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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
53/128

26.全部俺が言いたかった事なのに

 庭にあるという訓練場は、屋敷と渡り廊下で繋がっており、うちの小隊は余裕で入る程の広さがあった。中隊でも全員入りそうだ。


 長方形の部屋の一番奥には、弓矢を当てる的がある。壁には、一通り、軍で使っている物と同じ武器が掛けられており、どれでも自由に使える様だ。姿勢や構えを確認できる大きな鏡や、打ち込みをする為の等身大の鎧、重量上げ用の重りもある。


「凄いね、リアム。君の家の訓練場は…」

 私は訓練場を、キョロキョロ見渡した。

「父上と一緒に、毎日ここで剣の練習をしてるんだ!フィンレーとノアも、帰って来たらここで訓練してるよ。ノアは帰ったら、だいたいずーっと、ここに居る。」

「へぇー、そうなんだね。」

 フィンレー……知らない名前だ。少佐は確かアイゼン家の三男って聞いた様な…少佐の、もう1人のお兄さんなんだろうな。



「よいしょ…」

 リアムが、訓練場の東側の壁に手を掛け、ガラガラと開け出した。

「引き戸になっているんだね、手伝うよ!」


 リアムと一緒にガラガラと東側の壁を全て開けると、庭に植えられた、高さ15メートル程の木々の上に、薄く月が見えていた。少しひんやりした、外の空気が入ってくる。


 反対側の壁も、引き戸になっており、開ける事が出来る様だ。


 私は、早速壁に掛けられている、弓を手にした。金属製で、軍で支給されているものと、同じ型式だ。基本的な調整が成されている。


「じゃあ、リアム!これで的を打つよー!」

「ジゼル!的じゃなくて、あれを落として!!」


 私が、壁に据え付けられた矢筒から、矢を取りながらリアムに声をかけると、リアムは開け放たれた訓練場の東側から、何かを指差してそう答えた。


 リアムの方に近づいて見ると、リアムの指差す方、訓練場から見える庭の木の上の方に、何か果物が生っている。

 よく見ると、この時期に実る、柑橘類の一種だ。その実は、甘酸っぱくてすごく美味しい。細かい事を言えば、種も少な目で食べやすい!私も大好きな果物だ。


 実は、木々の上の方にだけ残っている。下の方の実は食べちゃって、上の方は取れずに残ってるのかな?


「リアム!さっき沢山デザート食べたばっかりでしょー!でもね、気持ちはすごく分かるよ…私もあの実は大好きなんだー!ちょっと酸っぱくて、美味しいよね。えへへ!」

 私の口の中は、甘酸っぱい実の味を思い出して、よだれが出てきた。


 私は、リアムを見てそう言いながら、弓を構えて矢を放ち、実を傷付けない様に、枝の先から打ち落とした。

 枝葉と一緒に、綺麗なオレンジ色の実が2つ、トサリと地面に落ちてきた。


「美味しそうー!」


 私は小走りで実を拾い、リアムに渡した。

「一緒に食べようか!あ!ナイフで切ってあげ───」


「ジゼルッ!!」


 渡された果物を、じっと見つめていたリアムが、いきなり私を向いて叫んだ。


「リアム!どうしたの…いきなり。急に叫んで、びっくりしたなぁ!」

「ジゼル……凄いね…一瞬で打ち落としちゃった…しかも…僕の方を見て、喋りながら打ったでしょ?木の方を見てなかったのに…」

「リアム………」


 リアムは、訓練場に来て、武芸の話になると、少し子どもっぽさが、無くなる気がする。


「父上に、この実を取る様に、言われていたんだ。だけど、なかなか出来なくて…ジゼルが、弓が得意って聞いたから、ジゼルは出来るのかなって…そう思ったんだけど…予想以上だった。」

 リアムはそう言って、少し大人びた顔で、私を見上げた。


「そうだったんだね。まあ…動かない的だし…あぁ、下の方に実が無いのは、食べちゃったんじゃ無くて、リアムのお父さんが、わざと上の方だけ残して取ってるのか。」

「ジゼル、僕に弓の打ち方を教えて!」

 リアムはキラキラした顔で、せがんでくる。


「もちろん、そのつもりで来たんだけどね、リアム。君、そもそも、あの果物の所まで、当たらないとしても矢は届くの?」

「ううん…まだ、届かない…」

 リアムは少し、しょんぼりして答えた。

 そうだろうな。さすがに、いくら上手でも、リアム位の子どもの力で、あそこまで飛ばすのは難しそうだ。

「あとちょっとで届きそうなんだけど…」

「えっ!!そうなんだ…それは凄い…」

 子どもの力も侮れないな。いや、アイゼン家の子どもだからか…


「リアム、まだあそこまで矢が届かないのなら…むやみにあの実を狙うより、他の訓練をした方が良いね。」

「他の…?」

「筋力をつける様な訓練だったり───剣術でも良いと思う。そうすれば、すぐに矢は届く様になるよ。届く様になったら、あとは的を狙うだけだ。リアムは、まだまだ成長途中の子どもだから、偏らずにいろいろ訓練するのが、一番の近道だと思うよ!」

 きっと、そうさせる為に、リアムのお父さんは、あの実を落とす様に言ったのだろう。


「そっか…分かったよ!ジゼル!」

 リアムは、理解した様だ。それだけでも、この年齢ですごい事だと思う。


「でもさぁ、リアム、」

 私は、ちょっとニヤニヤしながらリアムに言った。

「なあに?ジゼル…」


「リアムのお父さんは、あの実を、弓で落とす様に言ったの?」

 木の上に生る、実を見上げながらリアムに聞いた。

「……えっと……ううん。ただ、あの実を取りなさいって……」


「だったらさ!弓矢で落とさなくてもいいでしょ!」

「えっ……どうするの?」

「来て!リアム!」

 私は手にしていた軍用の弓矢を背負うと、リアムを呼びながら、木の根元に駆け出した。

「待ってー!ジゼル!」


 リアムは、ちょこちょこと走って付いて来る。

 私は、腰に差していた軍刀──普段使わない標準サイズの方──を木の幹に立て掛け、それを足掛かりにして、一番低い枝によじ登った。


「リアム、ほら!」

 私は枝の上から、リアムに手を差し伸べる。

「ジゼル…何をするの?」


「あの実を取りに行くんだよ!」


 私はリアムを引っ張り上げた。

「あそこまで登るの⁈ジゼル⁈」

 リアムは登った枝の上で、目を丸くした。


「あっ…ごめん、リアム。少し怖いかな?枝葉の太い立派な木だから、大丈夫なはずだけど。」

「……ちょっと怖いけど…」

「……やめておく?」

「ううん。登りたい!連れて行って!」

 リアムは目を輝かせて答えた。

「よし行こう!リアム!」



 まず、私が先に一つ上の枝によじ登り、リアムを引き上げる…それを繰り返し、少しずつ、実の生る場所へ近づいて行った。



「ほら!リアム!届いたよ!」

 私の周りの枝には、美味しそうなオレンジ色の実が、鈴生りになっている。ツヤツヤしていて、見るからに食べ頃だ。

 私はリアムを引き上げた。2人で、太い枝に腰掛ける。


「ジゼル…すごく高いね…」

「でも、実は取れたよ。」


 私はリアムの横の、ツヤツヤの実を指さした。リアムはその実を恐る恐るもぎ取った。


「本当に取れちゃった……」

 リアムは感動している様だけど、高さで手が震えている。


「あっ!そうだ!リアム、手をかして!」

 私は、リアムの手首に、短剣の網紐を結びつけた。私の腰と、リアムの手首が網紐で繋がった。


「これで……落ちる時は一緒だよ!」

 私はリアムにえへっ!っと笑った。


「えーーっ!ジゼル!これで大丈夫、じゃなくて、一緒に落ちちゃうのー⁈」

「そうだよ。落ちる時は、落ちるんだから。」

 リアムは笑顔になってくれた。


 私は横に生っている実を取ると、軍服の胸ポケットに入れていた、折り畳み式のナイフで、実を半分に切った。切り口から、みずみずしい果汁がキラキラと滴れる。


「はい、リアム!」

 私は切った片方をリアムに渡し、もう片方に思いっきり齧り付いた。

 口の中が、みずみずしくて、甘酸っぱい味で満たされる。口の端から溢れた果汁を手の甲で拭った。

 隣で、リアムも齧り付いた。口が小さくて、少し食べ難そうだけど、美味しいみたいだ。直ぐに笑顔になった。


「美味しい?リアム?」

「うん、美味しい!」


 私は、新しく実を取って、串切りに切った後、リアムの口元に差し出した。


「リアム、はい!あーん!」

「!!」


 リアムは差し出された果物を見て、目を丸くした。


「どうしたの?」

「ジゼル…ちょっと恥ずかしいよ…」

 リアムは、子どもらしい赤い頬っぺたを、さらに赤くしている。


「えーっ!リアム!さっきまで私にしてたでしょーっ!!ほらっ!」

 私がわざと口を尖らせて言うと、リアムは私を横目で見ながら差し出された果物を口にした。

 リアムには悪いけど…くくくっ…可愛くて、笑いそう…こんな小さい子どもでも、プライドみたいなものがあるんだな。


「ジゼル、」

 私が笑いを堪えていると、リアムが真面目な顔で、私の目を覗いてきた。


「くすっ……ん?なあに?リアム。」

「ジゼルは…凄いんだね。弓も上手だし、こんなに高い木だって、簡単に登れる。いろんな事を知っていて……」


「リアム…」

 リアムは、私を綺麗な紺色の目で、見てくれる。


 リアムは…年齢を教えてはくれなかったけど、今、5歳か6歳位かな。私やオーウェンが入軍した年齢位には、リアムも軍人になっているかもしれないし、アイゼン家の子どもなら、もっと早いのかもしれない……どちらにしても、あと数年で、軍人になるんだ…大多数の者は、普通科に配属される…


「リアム、」

「なあに、ジゼル?」



「私がどうして、こんなに木登りが上手か、分かる?」



 私は背負っていた、軍用の弓矢に手をかけた。この位置からでも、訓練場の右側の的が、小さく視界に入っている。

 私は枝に座ったまま、太い幹に左半身の体重を預けて弓を引き、矢を打った。


 放たれた矢は、的に吸い寄せられる様に飛んで行く。

 そして、乾いた音を立て、左上から、的の中央に突き刺さった。



「っ………………」

 リアムは、信じられない様な目で矢が刺さった的を見ている。



「リアム、私が木登りが上手なのはね……自分が安全な位置から、敵兵を殺すためなんだよ。」



「ジゼル……」

 リアムは私に向き直った。


「美味しい果物を取るためじゃない。」

 そうだったのなら、どんなに良かっただろう。


「リアム、だから…気を付けないといけない。私達みたいな兵に、狙われない様に。単独行動しないとか…一箇所に留まらないとか…敵兵と斬り合って勝った直後、すぐにその場を離れるとか…まあ、一番は、大人数で纏まっている事かな。それだと、さすがに手出しは難しい。」

 リアムは、無言で私を見つめている。


「あ……ごめんね、リアム。怖がらせるつもりじゃ無かったんだけど…本当に気をつけて欲しくて──」

「ジゼルッ!ジゼルは…本当に凄いんだねっ!」

「えっ!」


 黙っていたリアムが、両手を握りしめて、急に喋り出した。


「僕…ジゼルみたいな人は初めてだよっ!僕…僕ね……ジゼルの事───」

「リアム───」




「おいっ!ジルーーーッ!お前っ!何やってんだーー!リアムに危ねえ事させんなっ!!」




 その時、訓練場の方から、リー中尉の叫び声がした。


「リー中尉!」

「お前…リアムを連れて降りれるのかーーっ⁈」


 リー中尉が、私達が登っている木の下に来て、叫んでいる。

 少佐とアイゼン中将も、訓練場に来ている。そろそろ時間なのだろう。迎えに来てくれた様だ。


 確かに…リアムを連れて、降りる時の事を考えて無かったな。大丈夫だと思うけど、万が一の事もあるし…


「リー中尉ーー!!リアムを迎えに来て下さーーい!」

「全く…そうだと思ったよ……」


 リー中尉は、文句を言いながら、あっという間に登って来た。


「お前…リアムに何かあったらどうすんだよっ!」

「すみません…」


 そして、リアムを肩車すると、危なげなく、さっさと降りて行った。



「これをあそこから…見事な腕だな……」

「そうでしょう?父上。ご理解頂けたら、早くガルシア家に行って下さい。」

「それとこれとは別だ。それに、行かないとは言って無いだろう!行くと言っている。ただ、お前は急かしすぎだ!」


 私が下に降りると、少佐とアイゼン中将が、私が打った的の近くで、何やら話している。


「ジル、そろそろ軍に戻るぞ。」

 リー中尉は、まだリアムを肩車している。子どもらしく、キャッキャと喜んでいたリアムは、それを聞いて、リー中尉の肩の上でしょんぼりしてしまった。


「ジゼル…帰っちゃうんだね…」

「また遊ぼうね、リアム。」

「…………うん……」





 私達は、軍に戻る馬車の前まで戻って来た。

 見送りは遠慮したのだが、アイゼン侯爵夫妻と、リアムも、せっかくだからと、わざわざ馬車まで来てくれた。


「今日は、野営訓練中にもかかわらず、来てくれて感謝しているよ、リー中尉、ガルシア軍曹。」

「そんな…恐縮です、閣下。お招き頂き、ありがとうございます。」

「また、いつでも来て下さいね。リアムとも、遊んでくれて、ありがとう!」

「そうだな、リアム。良かったな、ガルシア軍曹に弓を見せてもらえて!」

「…………」

 アイゼン侯爵夫妻は、笑顔で私達に微笑んでくれている。アイゼン中将は、リアムの頭を笑いながらぐりぐりと撫でた。

 リアムは相変わらず、2人で取ったオレンジ色の実を持って、俯いたままだ。こんなに別れを惜しんで貰えるなんて…可愛いな…


「リアム、私も一緒に遊べて楽しかったよ。また遊んでくれる?」

 私は、しゃがんでリアムに話しかけた。

 話しかけられたリアムは、私の目をしっかりと見つめる。


「ジゼル…僕も楽しかったよ…あのね、あのね…」

「なあに?」



「あのね…僕ね…ジ…ジゼルの髪の色、すごくすごくね、素敵だと思うよ。あと、目の色もね、素敵だと思うの……」



「リアム…!」

 リアムは、恥ずかしそうに、でもはっきりと、私の髪色と目の色を褒めてくれた。

 私の大嫌いな髪色を───



「これ、リアム…いきなりそんな事を言ったら、ガルシア軍曹もびっくりするだろう?」

「そうよ?リアム…ごめんなさいね、ジゼルさん。リアム、女性の髪色や瞳の色を褒めるのは、挨拶として正しいわ。だけどね──」


「いえ、構いませんよ。閣下、侯爵夫人。」

 孫の発言を困った様に(たしな)める侯爵夫妻に、私は微笑んだ。そしてリアムに笑いかける。


「ありがとう、リアム。リアムに褒めてもらえて、すごく嬉しい!」

 私は、自分の髪色は大嫌いだ。だけど、こんな可愛い子どもに褒めてもらえて、嬉しくない訳無いじゃないか。

 メイジーも、私の髪を良く褒めてくれるけど、その度に私は嬉しい気持ちになっている。


「ジゼル……」

 リアムは可愛い頬を赤くして、私をじっと見つめる。私はリアムの頭を撫でた。


「リアムも、綺麗な髪の色だね。私のお兄様も、君よりちょっと色が薄いけど…とても綺麗な金髪だった。だから、私は黄色が好きなんだ。リアムも…私のお兄様に負けない位、とても素敵な髪の色だよ!」

 リアムはそれを聞いて、キラキラした笑顔になってくれた。


「ジゼル、僕の好きな色はね!あのね!今日から、銀色と水色だよ!」

「ええっ!嬉しいよ、リアム!ありがとう。」

「良かったな、ジル。」

 リアムの可愛すぎる発言に、リー中尉と、侯爵夫妻も笑っている。

 だが、次のリアムの大人びた…いや、むしろ子どもだからかな…その発言には、私もちょっとたじろいでしまった。



「ジゼル、あのね!僕が大きくなったらね!ノアじゃなくて、僕のお嫁さんになって!ノアのお嫁さんには、ならないで欲しいの!」



 リアムは、真剣な眼差しで、私に告げた。

「こら!リアム、さすがにその発言は……」

「リアム、マナー違反ですよ?」

 侯爵夫妻は困り顔になった。


「リアム…ふふ、可愛いなあ。ありがとう。」

 私が笑いながら答えると、リアムは悲しそうな顔をした。

「本気なんだよ。僕……」


「ジル、子どもだからって笑うなよ。きちんと答えてやれ。教育上、そういうのは良くないぞ。」

 私の答えを聞いて、教育熱心なリー中尉がダメ出しをした。

 確かに…子どもだからって、笑ったら失礼だ。


「ジゼル、あのね、僕ね、大きくなったら強くなるから。僕がジゼルを守ってあげるから!だから、お願い!」


 か、可愛い……!


 瞳を潤ませて告白してくれるリアムに、胸がキュンとしてしまった。



「ありがとう、リアム。じゃあ…大きくなったら、私をリアムのお嫁さんにしてね。」



 私が微笑んでそう答えると、リアムはとびきりの笑顔になって、ぴょんぴょん飛び跳ねた。そして、興奮気味に、私に告げる。


「やったあ!ジゼル、ありがとう!絶対!絶対!約束する!あのね、こういうのね、僕なんていうか知ってるよ!こういうのはね、婚約っていうんでしょ!明日、父上と母上に、僕はジゼルと婚約したって言うからね!」


 私は、リアムと可愛い婚約をしてしまった。

 そして、リアムは侯爵夫妻にも、僕はジゼルと婚約したよ!と息巻いている。

 侯爵夫妻は、困った様な、しかし孫の可愛い姿に嬉しそうになりながら、私に向かって、すまないねぇ…と謝った。


「あはは!リアム、君のお父さんとお母さんに、ぜひ伝えておいて。」

 そして、うん!と喜ぶリアムの顔を、私は覗き込みながら言った。



「でも、リアム。君が大人になった時、私も今より強くなってるよ。だから私が、リアムの事、守ってあげる。」



「ジゼル……」

 これは、本心だ。

 軍人なんて、(ろく)でもない仕事だけど…リアムや、メイジーや…この国の子ども達を少しでも守ってあげられるなら。それだけで救われると思う。


 リアムは、何やら感動した様に私を見る。

「ジゼル…僕……僕……ジゼルみたいな人は…他にいないと思うから……絶対、絶対、待っててね。」

 そう言いながら、オレンジ色の実を持っていない方の手で、自分の洋服の上着の裾を、ぎゅっとにぎりしめた。


 あーっ!可愛いなぁー!子どもの笑顔と仕草は、なんて可愛いんだろう!


「じゃあ、あのね、あのね、ジゼルは僕のお嫁さんだからね、」

「うん!」



「ノアと、もうキスしちゃ駄目だよ!もうノアとは、仲良くしないでね!」



 そしてそう言いながら、私の目をじっと見て、にこっと可愛く首を傾げた。

 アイゼン中将は、こらリアムっ!っとなにやら慌てている。


「えっ……!うん……わ、分かった…」

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ──




「リアム、いい加減にしろ。子どもとはいえ、さすがに許容できない。」




 私の頭の中が、またぐるぐるし始めた時、今までリー中尉の後ろに、腕組みをして黙ったまま立っていた少佐が近づいて来て、リアムの後ろ襟を掴んで持ち上げた。


「こっちに来い、リアム。」

「ぎゃあああぁん!離せーっ!ノアのバカーっ!」


 そして、自分の目線の高さまでリアムを抱え上げそう言うと、私達には、先に馬車に乗って待っている様に告げ、リアムを掴んで少し馬車から離れた。

 リアムを掴み上げる少佐を、侯爵夫妻が慌てて追いかける。




「うわーん!ノアがぁー!!離してーーっ!!」

「ノアやめんかっ!!」



「ジゼルは僕のお嫁さんになりたいって言ったもん!ジゼルはノアの事は嫌いだもん!」

「言ってない。」

「ううわあああああーーん!ノアが叩いたあー!」

「ノアーーッ!!」


「リアム、お前は指を咥えて見てるんだな、ガキが。」

「ぎゃああああーん!!ノアがつねるよーー!おじいさま助けてーーーっ!離せーーっ!」

「ノアーーッ!!リアムに嫉妬するな!!早く降ろせーー!!」

「ノア!子どもの言う事でしょう⁈いい大人が本気にしないのよっ!!」

「母上、リアムは本気ですよ。放っておけば、本当に自分が成人するまで彼女を待たせます。」

「離せーーーっ!ぎゃあああああーん!!ぎゃあああああーん!!」





 アイゼン家の人々は、何やら賑やかそうだ。馬車の中にも、わーわー言う声が聞こえて来る。


「リー中尉…リアム、怒られちゃったのかな…大丈夫ですかね?」

「まあ……子どもとはいえ、リアムは、アイゼン侯爵家の跡継ぎなんだろ。さすがに、お前に馴れ馴れしくしすぎだとかで、怒られてんだろうな。」

 リー中尉は、やれやれと笑いながら答える。


「私は全然構わないのですが…可愛かったのにな。」

「あはは!俺もそう思う。子どもは良いもんだよなぁ。まあ、あの人らは、社交界やらなんやらあるんだ。俺たちとは子どもの頃から、教育の仕方が違うんだよ。」

「そうなんですかね…」

「それにしてもジル、お前、リアムにかなり気に入られてたな。結婚してくれだなんて。可愛すぎるだろ!」

「そうですよ!キュンとしちゃいましたよー!」

 リー中尉は、優しく笑いながら言葉を続ける。


「ジル、本当にさ。リアムが大人になった時…今日の約束通り、お前に求婚してくれて…ほら、リアムはアイゼン家の嫡男だろ⁈ガルシア家の王命が撤廃、何て事になったら───」


「えーっ!それって……なんだか、セリージェの冒険みたい!!ロマンチックですねー!」

「だなぁ!!」

 私とリー中尉は、キャー!っと笑い合った。

 本当に、そうなったら───



「待たせてすまない。」



 リー中尉とはしゃいでいると、少佐が戻って来た。少佐の指示で、馬車は軍事基地に向けて走り出す。


「ジゼル、今日は甥がすまない。子どもとはいえ、君に失礼な事を言った。」

 走り出した馬車の中で、少佐がそう謝ってきた。


「そんな事ありません、少佐。リアムは無邪気で可愛くて…私は嬉しかったですから!初めてプロポーズされました!えへへ!」

「良かったな、ジル!」

 本当に、そう思う。リアムの可愛さには癒されたし、元気をもらえた。リー中尉も、私の隣で笑って頷いている。


「……………」

「料理もすごく美味しかったです。今日は私まで呼んで頂いて、本当にありがとうございました。」

「そうか……」

 少佐はそう答えた後、リー中尉と軍務の話をし出した。


 窓の外には、リアムと取った果物の様な、綺麗な満月が昇っている。

 明日、2人で取った果物を、自分の父親に自慢げに渡すリアムを想像しながら、私は窓の外を見ていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

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どうぞよろしくお願いいたします。

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