26.全部俺が言いたかった事なのに
庭にあるという訓練場は、屋敷と渡り廊下で繋がっており、うちの小隊は余裕で入る程の広さがあった。中隊でも全員入りそうだ。
長方形の部屋の一番奥には、弓矢を当てる的がある。壁には、一通り、軍で使っている物と同じ武器が掛けられており、どれでも自由に使える様だ。姿勢や構えを確認できる大きな鏡や、打ち込みをする為の等身大の鎧、重量上げ用の重りもある。
「凄いね、リアム。君の家の訓練場は…」
私は訓練場を、キョロキョロ見渡した。
「父上と一緒に、毎日ここで剣の練習をしてるんだ!フィンレーとノアも、帰って来たらここで訓練してるよ。ノアは帰ったら、だいたいずーっと、ここに居る。」
「へぇー、そうなんだね。」
フィンレー……知らない名前だ。少佐は確かアイゼン家の三男って聞いた様な…少佐の、もう1人のお兄さんなんだろうな。
「よいしょ…」
リアムが、訓練場の東側の壁に手を掛け、ガラガラと開け出した。
「引き戸になっているんだね、手伝うよ!」
リアムと一緒にガラガラと東側の壁を全て開けると、庭に植えられた、高さ15メートル程の木々の上に、薄く月が見えていた。少しひんやりした、外の空気が入ってくる。
反対側の壁も、引き戸になっており、開ける事が出来る様だ。
私は、早速壁に掛けられている、弓を手にした。金属製で、軍で支給されているものと、同じ型式だ。基本的な調整が成されている。
「じゃあ、リアム!これで的を打つよー!」
「ジゼル!的じゃなくて、あれを落として!!」
私が、壁に据え付けられた矢筒から、矢を取りながらリアムに声をかけると、リアムは開け放たれた訓練場の東側から、何かを指差してそう答えた。
リアムの方に近づいて見ると、リアムの指差す方、訓練場から見える庭の木の上の方に、何か果物が生っている。
よく見ると、この時期に実る、柑橘類の一種だ。その実は、甘酸っぱくてすごく美味しい。細かい事を言えば、種も少な目で食べやすい!私も大好きな果物だ。
実は、木々の上の方にだけ残っている。下の方の実は食べちゃって、上の方は取れずに残ってるのかな?
「リアム!さっき沢山デザート食べたばっかりでしょー!でもね、気持ちはすごく分かるよ…私もあの実は大好きなんだー!ちょっと酸っぱくて、美味しいよね。えへへ!」
私の口の中は、甘酸っぱい実の味を思い出して、よだれが出てきた。
私は、リアムを見てそう言いながら、弓を構えて矢を放ち、実を傷付けない様に、枝の先から打ち落とした。
枝葉と一緒に、綺麗なオレンジ色の実が2つ、トサリと地面に落ちてきた。
「美味しそうー!」
私は小走りで実を拾い、リアムに渡した。
「一緒に食べようか!あ!ナイフで切ってあげ───」
「ジゼルッ!!」
渡された果物を、じっと見つめていたリアムが、いきなり私を向いて叫んだ。
「リアム!どうしたの…いきなり。急に叫んで、びっくりしたなぁ!」
「ジゼル……凄いね…一瞬で打ち落としちゃった…しかも…僕の方を見て、喋りながら打ったでしょ?木の方を見てなかったのに…」
「リアム………」
リアムは、訓練場に来て、武芸の話になると、少し子どもっぽさが、無くなる気がする。
「父上に、この実を取る様に、言われていたんだ。だけど、なかなか出来なくて…ジゼルが、弓が得意って聞いたから、ジゼルは出来るのかなって…そう思ったんだけど…予想以上だった。」
リアムはそう言って、少し大人びた顔で、私を見上げた。
「そうだったんだね。まあ…動かない的だし…あぁ、下の方に実が無いのは、食べちゃったんじゃ無くて、リアムのお父さんが、わざと上の方だけ残して取ってるのか。」
「ジゼル、僕に弓の打ち方を教えて!」
リアムはキラキラした顔で、せがんでくる。
「もちろん、そのつもりで来たんだけどね、リアム。君、そもそも、あの果物の所まで、当たらないとしても矢は届くの?」
「ううん…まだ、届かない…」
リアムは少し、しょんぼりして答えた。
そうだろうな。さすがに、いくら上手でも、リアム位の子どもの力で、あそこまで飛ばすのは難しそうだ。
「あとちょっとで届きそうなんだけど…」
「えっ!!そうなんだ…それは凄い…」
子どもの力も侮れないな。いや、アイゼン家の子どもだからか…
「リアム、まだあそこまで矢が届かないのなら…むやみにあの実を狙うより、他の訓練をした方が良いね。」
「他の…?」
「筋力をつける様な訓練だったり───剣術でも良いと思う。そうすれば、すぐに矢は届く様になるよ。届く様になったら、あとは的を狙うだけだ。リアムは、まだまだ成長途中の子どもだから、偏らずにいろいろ訓練するのが、一番の近道だと思うよ!」
きっと、そうさせる為に、リアムのお父さんは、あの実を落とす様に言ったのだろう。
「そっか…分かったよ!ジゼル!」
リアムは、理解した様だ。それだけでも、この年齢ですごい事だと思う。
「でもさぁ、リアム、」
私は、ちょっとニヤニヤしながらリアムに言った。
「なあに?ジゼル…」
「リアムのお父さんは、あの実を、弓で落とす様に言ったの?」
木の上に生る、実を見上げながらリアムに聞いた。
「……えっと……ううん。ただ、あの実を取りなさいって……」
「だったらさ!弓矢で落とさなくてもいいでしょ!」
「えっ……どうするの?」
「来て!リアム!」
私は手にしていた軍用の弓矢を背負うと、リアムを呼びながら、木の根元に駆け出した。
「待ってー!ジゼル!」
リアムは、ちょこちょこと走って付いて来る。
私は、腰に差していた軍刀──普段使わない標準サイズの方──を木の幹に立て掛け、それを足掛かりにして、一番低い枝によじ登った。
「リアム、ほら!」
私は枝の上から、リアムに手を差し伸べる。
「ジゼル…何をするの?」
「あの実を取りに行くんだよ!」
私はリアムを引っ張り上げた。
「あそこまで登るの⁈ジゼル⁈」
リアムは登った枝の上で、目を丸くした。
「あっ…ごめん、リアム。少し怖いかな?枝葉の太い立派な木だから、大丈夫なはずだけど。」
「……ちょっと怖いけど…」
「……やめておく?」
「ううん。登りたい!連れて行って!」
リアムは目を輝かせて答えた。
「よし行こう!リアム!」
まず、私が先に一つ上の枝によじ登り、リアムを引き上げる…それを繰り返し、少しずつ、実の生る場所へ近づいて行った。
「ほら!リアム!届いたよ!」
私の周りの枝には、美味しそうなオレンジ色の実が、鈴生りになっている。ツヤツヤしていて、見るからに食べ頃だ。
私はリアムを引き上げた。2人で、太い枝に腰掛ける。
「ジゼル…すごく高いね…」
「でも、実は取れたよ。」
私はリアムの横の、ツヤツヤの実を指さした。リアムはその実を恐る恐るもぎ取った。
「本当に取れちゃった……」
リアムは感動している様だけど、高さで手が震えている。
「あっ!そうだ!リアム、手をかして!」
私は、リアムの手首に、短剣の網紐を結びつけた。私の腰と、リアムの手首が網紐で繋がった。
「これで……落ちる時は一緒だよ!」
私はリアムにえへっ!っと笑った。
「えーーっ!ジゼル!これで大丈夫、じゃなくて、一緒に落ちちゃうのー⁈」
「そうだよ。落ちる時は、落ちるんだから。」
リアムは笑顔になってくれた。
私は横に生っている実を取ると、軍服の胸ポケットに入れていた、折り畳み式のナイフで、実を半分に切った。切り口から、みずみずしい果汁がキラキラと滴れる。
「はい、リアム!」
私は切った片方をリアムに渡し、もう片方に思いっきり齧り付いた。
口の中が、みずみずしくて、甘酸っぱい味で満たされる。口の端から溢れた果汁を手の甲で拭った。
隣で、リアムも齧り付いた。口が小さくて、少し食べ難そうだけど、美味しいみたいだ。直ぐに笑顔になった。
「美味しい?リアム?」
「うん、美味しい!」
私は、新しく実を取って、串切りに切った後、リアムの口元に差し出した。
「リアム、はい!あーん!」
「!!」
リアムは差し出された果物を見て、目を丸くした。
「どうしたの?」
「ジゼル…ちょっと恥ずかしいよ…」
リアムは、子どもらしい赤い頬っぺたを、さらに赤くしている。
「えーっ!リアム!さっきまで私にしてたでしょーっ!!ほらっ!」
私がわざと口を尖らせて言うと、リアムは私を横目で見ながら差し出された果物を口にした。
リアムには悪いけど…くくくっ…可愛くて、笑いそう…こんな小さい子どもでも、プライドみたいなものがあるんだな。
「ジゼル、」
私が笑いを堪えていると、リアムが真面目な顔で、私の目を覗いてきた。
「くすっ……ん?なあに?リアム。」
「ジゼルは…凄いんだね。弓も上手だし、こんなに高い木だって、簡単に登れる。いろんな事を知っていて……」
「リアム…」
リアムは、私を綺麗な紺色の目で、見てくれる。
リアムは…年齢を教えてはくれなかったけど、今、5歳か6歳位かな。私やオーウェンが入軍した年齢位には、リアムも軍人になっているかもしれないし、アイゼン家の子どもなら、もっと早いのかもしれない……どちらにしても、あと数年で、軍人になるんだ…大多数の者は、普通科に配属される…
「リアム、」
「なあに、ジゼル?」
「私がどうして、こんなに木登りが上手か、分かる?」
私は背負っていた、軍用の弓矢に手をかけた。この位置からでも、訓練場の右側の的が、小さく視界に入っている。
私は枝に座ったまま、太い幹に左半身の体重を預けて弓を引き、矢を打った。
放たれた矢は、的に吸い寄せられる様に飛んで行く。
そして、乾いた音を立て、左上から、的の中央に突き刺さった。
「っ………………」
リアムは、信じられない様な目で矢が刺さった的を見ている。
「リアム、私が木登りが上手なのはね……自分が安全な位置から、敵兵を殺すためなんだよ。」
「ジゼル……」
リアムは私に向き直った。
「美味しい果物を取るためじゃない。」
そうだったのなら、どんなに良かっただろう。
「リアム、だから…気を付けないといけない。私達みたいな兵に、狙われない様に。単独行動しないとか…一箇所に留まらないとか…敵兵と斬り合って勝った直後、すぐにその場を離れるとか…まあ、一番は、大人数で纏まっている事かな。それだと、さすがに手出しは難しい。」
リアムは、無言で私を見つめている。
「あ……ごめんね、リアム。怖がらせるつもりじゃ無かったんだけど…本当に気をつけて欲しくて──」
「ジゼルッ!ジゼルは…本当に凄いんだねっ!」
「えっ!」
黙っていたリアムが、両手を握りしめて、急に喋り出した。
「僕…ジゼルみたいな人は初めてだよっ!僕…僕ね……ジゼルの事───」
「リアム───」
「おいっ!ジルーーーッ!お前っ!何やってんだーー!リアムに危ねえ事させんなっ!!」
その時、訓練場の方から、リー中尉の叫び声がした。
「リー中尉!」
「お前…リアムを連れて降りれるのかーーっ⁈」
リー中尉が、私達が登っている木の下に来て、叫んでいる。
少佐とアイゼン中将も、訓練場に来ている。そろそろ時間なのだろう。迎えに来てくれた様だ。
確かに…リアムを連れて、降りる時の事を考えて無かったな。大丈夫だと思うけど、万が一の事もあるし…
「リー中尉ーー!!リアムを迎えに来て下さーーい!」
「全く…そうだと思ったよ……」
リー中尉は、文句を言いながら、あっという間に登って来た。
「お前…リアムに何かあったらどうすんだよっ!」
「すみません…」
そして、リアムを肩車すると、危なげなく、さっさと降りて行った。
「これをあそこから…見事な腕だな……」
「そうでしょう?父上。ご理解頂けたら、早くガルシア家に行って下さい。」
「それとこれとは別だ。それに、行かないとは言って無いだろう!行くと言っている。ただ、お前は急かしすぎだ!」
私が下に降りると、少佐とアイゼン中将が、私が打った的の近くで、何やら話している。
「ジル、そろそろ軍に戻るぞ。」
リー中尉は、まだリアムを肩車している。子どもらしく、キャッキャと喜んでいたリアムは、それを聞いて、リー中尉の肩の上でしょんぼりしてしまった。
「ジゼル…帰っちゃうんだね…」
「また遊ぼうね、リアム。」
「…………うん……」
私達は、軍に戻る馬車の前まで戻って来た。
見送りは遠慮したのだが、アイゼン侯爵夫妻と、リアムも、せっかくだからと、わざわざ馬車まで来てくれた。
「今日は、野営訓練中にもかかわらず、来てくれて感謝しているよ、リー中尉、ガルシア軍曹。」
「そんな…恐縮です、閣下。お招き頂き、ありがとうございます。」
「また、いつでも来て下さいね。リアムとも、遊んでくれて、ありがとう!」
「そうだな、リアム。良かったな、ガルシア軍曹に弓を見せてもらえて!」
「…………」
アイゼン侯爵夫妻は、笑顔で私達に微笑んでくれている。アイゼン中将は、リアムの頭を笑いながらぐりぐりと撫でた。
リアムは相変わらず、2人で取ったオレンジ色の実を持って、俯いたままだ。こんなに別れを惜しんで貰えるなんて…可愛いな…
「リアム、私も一緒に遊べて楽しかったよ。また遊んでくれる?」
私は、しゃがんでリアムに話しかけた。
話しかけられたリアムは、私の目をしっかりと見つめる。
「ジゼル…僕も楽しかったよ…あのね、あのね…」
「なあに?」
「あのね…僕ね…ジ…ジゼルの髪の色、すごくすごくね、素敵だと思うよ。あと、目の色もね、素敵だと思うの……」
「リアム…!」
リアムは、恥ずかしそうに、でもはっきりと、私の髪色と目の色を褒めてくれた。
私の大嫌いな髪色を───
「これ、リアム…いきなりそんな事を言ったら、ガルシア軍曹もびっくりするだろう?」
「そうよ?リアム…ごめんなさいね、ジゼルさん。リアム、女性の髪色や瞳の色を褒めるのは、挨拶として正しいわ。だけどね──」
「いえ、構いませんよ。閣下、侯爵夫人。」
孫の発言を困った様に窘める侯爵夫妻に、私は微笑んだ。そしてリアムに笑いかける。
「ありがとう、リアム。リアムに褒めてもらえて、すごく嬉しい!」
私は、自分の髪色は大嫌いだ。だけど、こんな可愛い子どもに褒めてもらえて、嬉しくない訳無いじゃないか。
メイジーも、私の髪を良く褒めてくれるけど、その度に私は嬉しい気持ちになっている。
「ジゼル……」
リアムは可愛い頬を赤くして、私をじっと見つめる。私はリアムの頭を撫でた。
「リアムも、綺麗な髪の色だね。私のお兄様も、君よりちょっと色が薄いけど…とても綺麗な金髪だった。だから、私は黄色が好きなんだ。リアムも…私のお兄様に負けない位、とても素敵な髪の色だよ!」
リアムはそれを聞いて、キラキラした笑顔になってくれた。
「ジゼル、僕の好きな色はね!あのね!今日から、銀色と水色だよ!」
「ええっ!嬉しいよ、リアム!ありがとう。」
「良かったな、ジル。」
リアムの可愛すぎる発言に、リー中尉と、侯爵夫妻も笑っている。
だが、次のリアムの大人びた…いや、むしろ子どもだからかな…その発言には、私もちょっとたじろいでしまった。
「ジゼル、あのね!僕が大きくなったらね!ノアじゃなくて、僕のお嫁さんになって!ノアのお嫁さんには、ならないで欲しいの!」
リアムは、真剣な眼差しで、私に告げた。
「こら!リアム、さすがにその発言は……」
「リアム、マナー違反ですよ?」
侯爵夫妻は困り顔になった。
「リアム…ふふ、可愛いなあ。ありがとう。」
私が笑いながら答えると、リアムは悲しそうな顔をした。
「本気なんだよ。僕……」
「ジル、子どもだからって笑うなよ。きちんと答えてやれ。教育上、そういうのは良くないぞ。」
私の答えを聞いて、教育熱心なリー中尉がダメ出しをした。
確かに…子どもだからって、笑ったら失礼だ。
「ジゼル、あのね、僕ね、大きくなったら強くなるから。僕がジゼルを守ってあげるから!だから、お願い!」
か、可愛い……!
瞳を潤ませて告白してくれるリアムに、胸がキュンとしてしまった。
「ありがとう、リアム。じゃあ…大きくなったら、私をリアムのお嫁さんにしてね。」
私が微笑んでそう答えると、リアムはとびきりの笑顔になって、ぴょんぴょん飛び跳ねた。そして、興奮気味に、私に告げる。
「やったあ!ジゼル、ありがとう!絶対!絶対!約束する!あのね、こういうのね、僕なんていうか知ってるよ!こういうのはね、婚約っていうんでしょ!明日、父上と母上に、僕はジゼルと婚約したって言うからね!」
私は、リアムと可愛い婚約をしてしまった。
そして、リアムは侯爵夫妻にも、僕はジゼルと婚約したよ!と息巻いている。
侯爵夫妻は、困った様な、しかし孫の可愛い姿に嬉しそうになりながら、私に向かって、すまないねぇ…と謝った。
「あはは!リアム、君のお父さんとお母さんに、ぜひ伝えておいて。」
そして、うん!と喜ぶリアムの顔を、私は覗き込みながら言った。
「でも、リアム。君が大人になった時、私も今より強くなってるよ。だから私が、リアムの事、守ってあげる。」
「ジゼル……」
これは、本心だ。
軍人なんて、碌でもない仕事だけど…リアムや、メイジーや…この国の子ども達を少しでも守ってあげられるなら。それだけで救われると思う。
リアムは、何やら感動した様に私を見る。
「ジゼル…僕……僕……ジゼルみたいな人は…他にいないと思うから……絶対、絶対、待っててね。」
そう言いながら、オレンジ色の実を持っていない方の手で、自分の洋服の上着の裾を、ぎゅっとにぎりしめた。
あーっ!可愛いなぁー!子どもの笑顔と仕草は、なんて可愛いんだろう!
「じゃあ、あのね、あのね、ジゼルは僕のお嫁さんだからね、」
「うん!」
「ノアと、もうキスしちゃ駄目だよ!もうノアとは、仲良くしないでね!」
そしてそう言いながら、私の目をじっと見て、にこっと可愛く首を傾げた。
アイゼン中将は、こらリアムっ!っとなにやら慌てている。
「えっ……!うん……わ、分かった…」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ──
「リアム、いい加減にしろ。子どもとはいえ、さすがに許容できない。」
私の頭の中が、またぐるぐるし始めた時、今までリー中尉の後ろに、腕組みをして黙ったまま立っていた少佐が近づいて来て、リアムの後ろ襟を掴んで持ち上げた。
「こっちに来い、リアム。」
「ぎゃあああぁん!離せーっ!ノアのバカーっ!」
そして、自分の目線の高さまでリアムを抱え上げそう言うと、私達には、先に馬車に乗って待っている様に告げ、リアムを掴んで少し馬車から離れた。
リアムを掴み上げる少佐を、侯爵夫妻が慌てて追いかける。
「うわーん!ノアがぁー!!離してーーっ!!」
「ノアやめんかっ!!」
「ジゼルは僕のお嫁さんになりたいって言ったもん!ジゼルはノアの事は嫌いだもん!」
「言ってない。」
「ううわあああああーーん!ノアが叩いたあー!」
「ノアーーッ!!」
「リアム、お前は指を咥えて見てるんだな、ガキが。」
「ぎゃああああーん!!ノアがつねるよーー!おじいさま助けてーーーっ!離せーーっ!」
「ノアーーッ!!リアムに嫉妬するな!!早く降ろせーー!!」
「ノア!子どもの言う事でしょう⁈いい大人が本気にしないのよっ!!」
「母上、リアムは本気ですよ。放っておけば、本当に自分が成人するまで彼女を待たせます。」
「離せーーーっ!ぎゃあああああーん!!ぎゃあああああーん!!」
アイゼン家の人々は、何やら賑やかそうだ。馬車の中にも、わーわー言う声が聞こえて来る。
「リー中尉…リアム、怒られちゃったのかな…大丈夫ですかね?」
「まあ……子どもとはいえ、リアムは、アイゼン侯爵家の跡継ぎなんだろ。さすがに、お前に馴れ馴れしくしすぎだとかで、怒られてんだろうな。」
リー中尉は、やれやれと笑いながら答える。
「私は全然構わないのですが…可愛かったのにな。」
「あはは!俺もそう思う。子どもは良いもんだよなぁ。まあ、あの人らは、社交界やらなんやらあるんだ。俺たちとは子どもの頃から、教育の仕方が違うんだよ。」
「そうなんですかね…」
「それにしてもジル、お前、リアムにかなり気に入られてたな。結婚してくれだなんて。可愛すぎるだろ!」
「そうですよ!キュンとしちゃいましたよー!」
リー中尉は、優しく笑いながら言葉を続ける。
「ジル、本当にさ。リアムが大人になった時…今日の約束通り、お前に求婚してくれて…ほら、リアムはアイゼン家の嫡男だろ⁈ガルシア家の王命が撤廃、何て事になったら───」
「えーっ!それって……なんだか、セリージェの冒険みたい!!ロマンチックですねー!」
「だなぁ!!」
私とリー中尉は、キャー!っと笑い合った。
本当に、そうなったら───
「待たせてすまない。」
リー中尉とはしゃいでいると、少佐が戻って来た。少佐の指示で、馬車は軍事基地に向けて走り出す。
「ジゼル、今日は甥がすまない。子どもとはいえ、君に失礼な事を言った。」
走り出した馬車の中で、少佐がそう謝ってきた。
「そんな事ありません、少佐。リアムは無邪気で可愛くて…私は嬉しかったですから!初めてプロポーズされました!えへへ!」
「良かったな、ジル!」
本当に、そう思う。リアムの可愛さには癒されたし、元気をもらえた。リー中尉も、私の隣で笑って頷いている。
「……………」
「料理もすごく美味しかったです。今日は私まで呼んで頂いて、本当にありがとうございました。」
「そうか……」
少佐はそう答えた後、リー中尉と軍務の話をし出した。
窓の外には、リアムと取った果物の様な、綺麗な満月が昇っている。
明日、2人で取った果物を、自分の父親に自慢げに渡すリアムを想像しながら、私は窓の外を見ていた。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
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