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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
52/120

25.震える手




「ジゼル……」


「………もぐ……」




「ジゼル、君は本当に、このケーキが好きだな。」

「……もぐ…………はい、少佐。」



 アイゼン少佐は、蕩けそうな目をして…少なくとも私にはそう見える目で、穏やかに笑った。


 少佐の、夜色の瞳が、私を真っ直ぐ見ている。


 山盛りのデザートの陰で、私は2つ目の木の実のケーキを、食べ終わった。私に食べさせ終えた少佐は、満足そうに、綺麗に空になったお皿とフォークを、手元に引いた。


 私達の目の前には、まだまだ山盛りのデザートがある。

「少佐は、何が好きですか?甘い物は、そんなに好きではないのでしたっけ?」


「俺は、これが良いな。」


 私に聞かれた少佐は、果物のチョコレート掛けを指差した。あの時と同じ、棒付きのチョコレートだ。


「これ…収穫祭の時に、買って頂いたものですよね!」

「ああ。君と食べて、美味しかったからな。料理長に説明して、作ってもらった。」

 少佐は、にこにこしながら、そう告げる。


「そうなのですね。私も好きです、これ。美味しかったですね。」

「ああ。」

 少佐は、変わらず、にこにこしながら、そう答えるが、食べようとはしない。


「食べないのですか?」

 そしてまた、にこにこしながら返事をする。



「ジゼル、俺は、これが良い。」



「え………」

 私は、目を見開いた。

 少佐は一言一言、ゆっくり区切ってそう告げた後、ずっと、にこにこしている。


 これは……つまり……


 私は、少し震える手で、棒付きチョコレートを手に取った。それは、満月みたいな、柑橘類の綺麗な輪切りに、チョコレートが掛かっていて、すごく美味しそうだった。


 そして、少し震える手のまま、少佐の口元に差し出す。


 私……私は……今、どんな顔をしているだろう…

 少佐はどうして、こんなに嬉しそうに───



「ノアッ!!」

「ジルッ!!」


「っ!!」


 少佐の口が開きかけた時、アイゼン中将とリー中尉の怒鳴り声が重なった。


「痛っ!!」

 私はリー中尉に叩かれ、少佐はアイゼン中将に、襟首を掴まれ、締め上げられている。

 満月みたいな棒突きチョコレートは、叩かれた勢いで、私の手から離れ、デザートの山の中に突っ込んでいった。


「ジルッ!お前……少佐に何やってんだ⁈少佐はリアムじゃねぇんだぞっ!!失礼だろっ!!」

「リー中尉……違うんです、これは……」

「あ?何が違うんだよっ!!」

「た…確かに…何が違うのだろう……」

「訳分かんねえ事言ってんじゃねえぞっ!!お前…下士官のくせに、少佐に失礼な事すんじゃねぇっ!!」

「も…申し訳ありません……失礼いたしました…」



「ノア……お前は、いい加減にしろ…彼女に何をさせているのだ…」

「強要した訳ではありません。合意の上です。」

「貴様…ガルシア家に、まだ何も伝えていないと言ったろう?昨日懲罰房に入れられた事を、もう忘れたと言うのか⁈」

「忘れてはいませんよ。父上が、早くガルシア家に赴いて下さらないからでしょう?」

「貴様…仮にも貴族同士の婚姻なのだぞ⁈そう準備もなく、さっさと行けるかっ!!」

 アイゼン中将は、少佐の襟首をギリギリ締め上げた。

「ぐ……くそっ……絶対私室で続きをさせてやる……」



「そうだわ!リアム!そろそろジゼルさんに、弓を見せてもらったら?皆さん、軍に戻らないと行けないのでしょう?遅くなると、お時間も無くなってしまうわよ!」



 私と少佐が、それぞれ叱責されていた時、背後から、侯爵夫人の柔らかい声が響いた。

 侯爵夫人は…私と少佐を、とても慈愛に満ちた眼差しで、見てくれている気がする。淑女って、こういう人の事を言うのだろうな。

 でも…私の義母(はは)も、負けない位の優しい眼差しを、いつも向けてくれる。


「そうだな。ガルシア軍曹、リアムに見せてくれるかね?」

 アイゼン中将が、少佐の襟首を離すと、リー中尉も、私に振り上げていた拳を引っ込めた。


「はい!私でよろしければ…!」

 私は、両手で自分の頭をガードした体制のまま答えた。

「やったー!ジゼル、ありがとう!」

 口の周りを、山盛りに取られたケーキのクリームでベタベタにしながら、リアムがぱぁっ!と笑顔になる。


「リアムったら…!」

 私は、リアムの横に座り、綺麗なおしぼりで、リアムの口元を拭いた。

 大人しく口元を拭かれながら、リアムが私に尋ねてくる。


「ジゼルは、どの位弓が上手なの?」

「どの位……うーん…」

 子どもの素直な疑問は、時に抽象的で、本人に分かる様に説明するのは難しい…

 一般的に、私の腕前を評価するなら……


「そうだなあ…私は…あっ!そうだ!緑鱗鳥(りょくうどり)を打ち落とせるよ!」

 私は笑顔で応えたが、リアムはきょとんとしている。


「ジル…もう少し、子どもにも分かりやすく答えてやれよ…」

 リー中尉が、呆れ顔で言ってくる。

 一般的に、緑鱗鳥(りょくうどり)を打ち落とせる腕があれば、狩人として十分生計が立てられると言われ、一つの目安になるのだ。


「りょくうどり……卵が美味しいやつ?」

「そうそう!リアム、緑鱗鳥(りょくうどり)の肉は食べた事ある?」

「え?ジゼル、りょくうどりのお肉はね、固くて食べられないでしょ?」

「リアム、それは、卵を取るために養殖されている、緑鱗鳥(りょくうどり)でしょう?野生の緑鱗鳥(りょくうどり)はね……飛ぶんだよ!捌いてすぐ、焼いて食べたら、他の肉がもう食べれない位おいしい!世界が変わるよー!」


 緑鱗鳥(りょくうどり)──鳥、とその名が付いているが、別名、竜の落し子と言われる、全身を硬い緑の鱗に覆われた、大型のトカゲだ。体長は90センチ程、大きい物は1メートルを超える。


 その硬い鱗は、剣も矢も、通さない。性格は比較的温厚で、こちらが手出しさえしなければ、自分からむやみに攻撃してくる事は無い。

 卵が美味しく、採卵のため養殖されており、飼育下に置いては地面や木の上を歩くだけだが、野生の個体はムササビの様に、前足と後足の間に持つ飛膜を使い、樹々の間を滑空して素早く移動する。

 主食は大型の羽虫で、羽虫の移動に合わせて、集団で移動する。この時期は、この羽虫を追って、彼らも、私達が野営訓練を行っている森に飛来してくるのだ。


 リアムが言うように、養殖された個体の肉は固く、あまり美味しくない。

 だが、野生の緑鱗鳥(りょくうどり)の肉は、引き締まった赤身で程よい弾力があり、それでいてじゅわっと脂も乗っていて、焼くと香ばしい匂いもする。新鮮な緑鱗鳥(りょくうどり)の肉は、高値で取引され、緑鱗鳥(りょくうどり)を専門にした、狩人もいる。


 野生の緑鱗鳥(りょくうどり)を狩るには、まず、彼らの背後に気付かれない様に付く。そして、剣も矢も通らない中で、唯一、一定のリズムで開閉する、彼らのエラが開いた時に、その隙間に向かって矢を打つのだ。上手く刺されば、すぐに仕留められるが、失敗すれば、反撃してくるか、逃げられる。


「あぁ……味を思い出すと…うっとりしちゃうなぁ……」

 私は緑鱗鳥(りょくうどり)の味を思い出し、目を閉じた。


「野生の緑鱗鳥(りょくうどり)の肉か…以前、戦地で流通しているものを食べたことはあるが、そう思い出に残る程では…」

 アイゼン中将が、ふむ…と首を傾げる。

「閣下、緑鱗鳥(りょくうどり)の肉の味と鮮度は、捌いてからの時間に反比例します。私の経験上、世界が変わる程の味がするのは、捌いてから、持って1時間ですね。」

「なるほど……」


「ジル…お前…狩りもいいが、野営訓練もちゃんと──」

「アイゼン少佐、私、野営訓練中、少佐にも緑鱗鳥(りょくうどり)を食べてもらいたくて…お時間があったら森に……」

「ジル!少佐は忙しいんだっ!変な事言うなっ!」

「いや、リー中尉…構わない。」

 少佐は、私に小言を言うリー中尉をやんわりと制止して、笑ってくれた。


「野生の緑鱗鳥(りょくうどり)か…君が狩ってくれるなら、楽しみにしている。時期が来たら、森に行く。俺も捌くのを手伝おう。」

「私、絶対仕留めますから!少佐!」

「すみません、少佐…ジルのわがままに付き合ってもらって……」

 気合いを入れる私に、少佐は目を細め、リー中尉はため息を付いた。

 

 少佐も来てくれるのだ!絶対仕留める!


 野生の緑鱗鳥(りょくうどり)………

 私は、師事してくれた、狩りの先生の言葉を思い出した。

 

 彼は、「飢えた春の民」


 今では、彼は、私のもう1人の父だ。

 彼は、私を慣習に従い息子と呼び、

 私は、彼を父さんと呼ぶ。


 父さんに誓って、緑鱗鳥(りょくうどり)程度、狩り損ねる訳にはいかない……



 ──ジーゼル、勇敢な飢えた春の息子…──



 独特の訛りで、私をそう呼ぶ、父さんの声を思い出した。しばらく会いに行けていないが…元気だろうか。(ろく)でも無い人だけど、良い人なんだよなぁ。



 ──緑鱗鳥(りょくうどり)は、初歩の初歩だ、ジーゼル、勇敢な俺の息子。子どもに練習させる用の獣だぞ。あ?何でかって?あいつら、襲って来ねえだろ!美味いのによぉ…!食ってくれって言ってる様なもんだ──



「見て、ジョセフ…あの子があんなに幸せそうに……緑鱗鳥(りょくうどり)を一緒に捌こうだなんて、ロマンチックねぇ……!」

「どこがロマンチックなんだ、エマ…血生臭い約束だろ……」

 アイゼン侯爵夫妻も、何やら小声で話しながら楽しそうだ。出来れば、侯爵夫妻にも食べさせてあげたいけど、さすがに侯爵夫妻を森に呼ぶわけにはなぁ……



「ジゼル、リアムに弓を見せるなら、庭の訓練場を使うと良い。俺も一緒に───」

「ノアは来ちゃダメーーーッ!!」


 少佐が一緒に来ようとすると、リアムは少佐を子どもとは思えない、凄い気迫で睨み、怒り出した。

 少佐とアイゼン中将は、少し目を丸くして、リアムを見た。


「こら、リアム。そんなに怒らなくても…」

「おじいさまは黙ってて!」

「!!」

 アイゼン中将は、初めて孫に反抗されたのか、たじろいだ。


「リアム、お前兄上に、まだ一人で訓練場に行くなと言われているだろう?」

「ジゼルがいるから大丈夫なの!!ノアおじさんは付いて来ないでっ!!」

「お……おじ……リアム、お前今までそんな事言った事無かっただろ……」

「来ちゃだめーっ!!」

 リアムは、もはや手がつけられない。


「ジル、2人で行ってやれよ。お前と2人で遊びたいんだろ?小さい子どもには、良くある事だ。」

 子ども好きのリー中尉が、またリアムの味方をし、リアムは微笑んだ。

「私は構いませんが……」

「やったー!じゃあ、僕が案内するね!こっちだよ、ジゼル!」

 リアムは、その小さく可愛い手を繋いでくれた。

「ありがとう、リアム!」

「チッ……」

「ノアッ!止めろと言っているだろう⁈」


 背後で、少佐の舌打ちが聞こえた気がしたが、私はリアムと、部屋を後にした。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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