24 .ぐるぐるぐるぐる
「ジゼル…口をあけて?はい、あーん。」
「あーん……」
「美味しい⁈ジゼル⁈」
「うん、美味しいよ!リアム。」
私の答えを聞いて、リアムは可愛く微笑む。
今、リアムは私の膝から降り、私とリー中尉の間の席に座って、私に料理を食べさせてくれている。
一口私に食べさせる毎に、美味しい⁈と可愛く笑って聞いてくる。おままごとをしてるつもりなのかな。リー中尉も、微笑ましいなぁ!とリアムを見て笑っている。
「ジゼル、これも美味しいよ!はい、あーん。」
「あーん。」
「リアム…子どもだから許される等と、思うなよ。」
ただ…先程からアイゼン少佐は、もの凄く不機嫌そうにリアムを睨みつけている。子どもとはいえ、リアムのマナーが許せないのだろう。
そして、リアムもリアムで、その小さな可愛らしい目で、キッ!と少佐を睨み返しているのだ…
「少佐、私は嬉しいですから。可愛いですし…」
「そういう問題では無い!」
「…………」
少佐は、イライラした様に返してくる。
さすがにちょっと、マナーに厳しすぎないかな?まだ、ほんの幼い子どもなのに…
「ジゼル、ノアはいいから!こっち向いて!あーん!」
「………あーん……もぐ……」
「ジゼルは、たくさん食べるんだねぇ!いっぱい食べさせてあげるねっ!!」
「…………もぐ……」
「あはは!その通りだ、リアム!ジルは沢山食べるからなぁ。良かったな!ジル!」
「…………もぐ……」
私は不機嫌な少佐を横目で見ながら、楽しそうに笑うリアムから、料理を食べさせられ続ける。
「リアムはお前の甥だからな。彼女には…何かお前達を惹きつけるものがあるのかね…」
「チッ…リアムのやつ…」
「ノア、リアムに舌打ちは止めろと言ったろう?」
アイゼン中将が、何やら困った様に、小声で少佐に話かけている。
「まあ…実際彼女は…私から見ても、武運の塊の様に見える。ノア……お前にも、リアムにも、そう見えているのだろう?」
アイゼン中将は、ため息をついた。
「ジゼル!」
「あーん……」
大人達にはお構い無しに、無邪気なリアムは、私に次々に料理を食べさせる。
「もぐ……ん…⁈」
「どうしたの?ジゼル?」
「今食べてる料理…初めて食べたけど、何だろう⁈すごく美味しい!!」
「え?これかなあ!僕も初めて見るよ!」
リアムが食べさせてくれた料理は、肉と、溶き卵…緑鱗鳥の卵だろう。それと、分厚いきのこを油で炒め合わせた物の様だけど…味付けが…何だかこの辺のものじゃなくて…義母が作ってくれる、異国の料理に似ているな。
「それは、東方の国で、一般的な料理だ。大きな鉄鍋で食材を炒め、特有の香辛料で味を付ける。」
不思議そうに料理を頬張る私に、少佐が、少し嬉しそうに、作り方を説明してくれた。
「東方の……そうなのですね。すごく美味しいです!」
「その辺りの国は、料理に良く卵を使うらしく、君が好みそうだと思って…料理長に頼んで作ってもらった。気に入ったなら、良かった。」
少佐は、目を細めて、そう言ってくれた。
「ありがとうございます、少佐……」
「気に入ったなら、また作ってもらおう。料理長が言うには、東方の料理は、他にも沢山種類がある様だからな。」
少佐の…少し緩んだ紺色の瞳、ずっと見ていたくなるなぁ…
私は、口をもぐもぐさせながら、ボーっとしてしまった。この、特有の香辛料のせいかな…
「むぅ……」
「ん?リアム、どうしたの?」
「何でもない……」
リアムは、ちょっとムスッとしている。
「ノア、ちょっといいかしら?」
「はい。何でしょう?母上。」
アイゼン侯爵夫人が、椅子からゆっくり立ち上がり、少佐を呼んだ。
「貴方、忙しくて、なかなか帰れないでしょう?話しておきたい事があるのだけれど…今日で悪いけど良い機会だから…ちょっといいかしら?」
「はい、母上。」
そう言って、侯爵夫人と少佐は、部屋を出て行った。
「……ねえねえ、ジゼル!」
2人が部屋を出てすぐ、リアムがそわそわしながら、私に尋ねてくる。
「なあに?リアム?」
「ジゼルは……ノアともうキスしたの?」
「ケホッ!えぇっ⁈」
私は飲んでいた紅茶をむせた。
「父上が、母上に話してたもん。ノアは…絶対キスしてるって。ジゼルとの事なの?」
「えっ⁈えっ⁈」
私はリアムの質問に、慌てふためいた。今どきの子どもは…何て大人びているのだ!!私は紅茶のカップを持ったまま、固まってしまった。
リー中尉は、リアムのこんな質問にも、あはは!かわいいなあ!と笑っているが、アイゼン中将も、なぜか食器を持ったまま、固まっている。
「ねえ……もうノアとキスしちゃった?」
リアムは、何故だか悲しそうに聞いてくる。
「リアム…!そんなことはし……な………」
そういえば……
昨日、軍の正門の所で……左頬に……
あれは、キスだった…よね?
あと、収穫祭でモニカが来る前、
頭を掴まれて………あれってもしかして……
でも……どうして……だけど……
私の頭の中で、ぐるぐると、少佐の行動が駆け巡る。何が何だか…良く分からなくなってきた…
社交辞令なのか…そうじゃないのか…
そもそも社交辞令で、頬にキスってするのかな…
エイダンに、聞いておけば良かった…
でも、社交辞令じゃ無かったとしたら、何で?
どうして?
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ───
「ジゼル?」
「キス……し、したこと、ある………かも………」
「ゴホッ!!」
私の答えを聞いて、今度はアイゼン中将が紅茶をむせた。
「ジル!お前は…!話を合わせろとは言ったけどな、そこまで合わせなくて良いんだよ!子どもに何て事言ってんだっ!」
正直に答えた私は、リー中尉に小突かれた。
「で……でも……」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ───
「でもじゃないっ!おままごとで変な事言うな!」
私の頭が破裂しそうになった時、侯爵夫人と少佐が部屋に戻って来た。
自分の椅子に戻る、少佐と目が合う。
「すまない、席を外して──ん、どうした?ジゼル。顔が赤いが……大丈夫か?」
「だ……大丈夫……です。」
「本当に大丈夫か?何か飲みなさい…ほら……部屋が暑すぎるか?」
「いえ、そんな事は…すみません……」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ───
私の横で、リアムが膨れっ面になっている。
「そ…そうだ!そろそろ、何かデザートを…ガルシア軍曹、君は甘いものが好きなのだろう⁈」
アイゼン中将は、その場の空気を切る様に、執事にデザートを持って来る様に告げた。
確かに…一度気持ちを切り替えた方が、良さそうな気がする。
「あ、ありがとうございますっ、閣下。」
「うんうん!沢山食べなさいっ!」
「うわあぁぁぁ!」
「すごいねぇ!リアム!美味しそうだねぇ!」
今、私たちのテーブルには、様々なデザートが山盛りに乗っている。
「リアム!すごいねぇ!いつもこうなの⁈」
「こんなの初めてだよ!ジゼル!デザートは、たまに出るけどね、こんなにいっぱいなのは、見た事ないよー!」
リアムも、目を輝かせている。
「じゃあリアム!こっそり部屋を抜け出して、ラッキーだったな!」
「うん!」
リー中尉は、さっそくリアムに、デザートを取り分けている。
「ノア…さすがにこれは、用意させすぎだろ?食べ切れないぞ…それに、代々アイゼン家では、普段の食事は質素にするのが慣習だ。知っているだろう?」
「今日位良いでしょう?彼女は良く食べますし…母上やリアムも喜んでいますから。余ったら、明日、兄上達にも食べて貰えばいいでしょう。」
「全く…お前は……」
テーブルの上には、ケーキ、クッキー、チョコレート、果物、プリンかなぁ、これは…タルトもある!
あっ!果物のチョコレート掛け!収穫祭で、少佐と一緒に食べたやつだ!迷うなぁ…
私は、行儀悪いかもしれないけど、キョロキョロしてしまった。迷うだろう、これは……!
あぁ…でも…でも…
やっぱり一番最初は……あるかな…?
「ジゼル、これを探しているのだろう?」
向かいの席で、山盛りのデザートに隠れていた少佐が、デザートの山から、何かお皿に取ってくれた。
「少佐…それです!」
少佐が取ってくれたのは、私が最初に食べたかった、木の実のケーキだった。
私が一番好きな、木の実のケーキ。
少佐は、木の実のケーキをお皿に取り、フォークで先の方を切って刺すと、緑鱗鳥の卵と同じ様に、私の口の前に差し出した。
「ほら、ジゼル……」
少佐の瞳は…昨日、街の食堂や、軍の正門前で見せてくれた様な、優しい優しい、夜の色だ。
私は、穏やかに揺れる、その色を見ながら、ゆっくり口を開けて、差し出された木の実のケーキを頬張った。
奥歯で木の実を噛み潰す。
それはもう、兄とのお茶会の味はしなくなっていた。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
続きが気になる!と思って頂けましたら、
「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします。