23.お嫁さんだから
「ねぇ……おじいさま、おばあさま、じゃあ、この人が、ノアのお嫁さん?」
「ええっ!」
「父上と母上が話してたよ。ノアのお嫁さんは、ジルベールってお名前だって。」
私はびっくりして声を上げ、アイゼン中将は、リアムの言葉を聞いて、咳き込んだ。
「その通りだ、リアム。」
少佐が、アイゼン中将を睨みながら答えた。どうして肯定するのだろう。
「えっ!違うよ!私はね───」
私が慌てて否定しようとしたが、子ども好きのリー中尉に、肘でつつかれた。
「ジル!お前!こんな小さい子どもの言う事に、本気で返すなよ!可哀想じゃねえか。俺の弟や妹もそうだったが……この位の子どもはな、ごっこ遊びって言ってな、自分で役割を付けて遊ぶんだよ。少佐も付き合ってやってるだろ?合わせてやれ!」
「あっ…そっか…すみません。そ、そうだよー。」
確かに。メイジーも、良くそうやって遊んでた。
「やっぱり。お客様って、ノアのお嫁さんだったんだ。」
私が遊びに合わせると、リアムは私の目を、じっと見た。リアムの可愛い小さな瞳に、私の姿が映っている。
この子にとって、私は…どんな風に見えているんだろう。
子どもから見たら、顔も傷だらけで、軍服に、軍刀を差した変な女だと思うけど…お嫁さんの役なんて、ちょっとかわいいかも。
そういえば、メイジーと遊ぶ時も、メイジーは私をお姫様役にしてくれてたな。
私は、幼いメイジーと遊んだ事を思い出して、笑ってしまった。
「……ジルベールは、何歳なの?」
リアムは突然年齢を聞いてきた。
「えっ?18歳だよ。」
「そうなんだ。」
「リアムは何歳なの?教えて!」
「……何歳でもいいでしょ。関係ないよ、年の数なんて。」
リアムは、なんだかいきなり、私に大人びた返しをしてきた。うーん…難しいな。子どもの遊びも……
「リアム……お前、まさかとは思うが──」
少佐が、なぜか訝しげにリアムを見た。
「18で、軍曹か。なかなか順調だな、ガルシア軍曹。」
「そうでしょう、父上。」
「………ノア、お前に言っていない。」
アイゼン中将が、私を褒めてくれたが、私が返す前に少佐が答えた。まあ…うちの連隊長だからかな。
「では、リアムも椅子にお座りなさい。食事の続きをしましょう。」
アイゼン侯爵夫人が、優しく声をかけた。
そうそう!私は早く料理の続きを食べたい!やっぱり、侯爵家のご飯は美味しい!
「リアム、真ん中の席にどうぞ!」
リー中尉が、右隣りの、侯爵夫人の向かいの席に一つ移動し、アイゼン中将の向かいの席を、リアムに勧めた。
私と、リー中尉に挟まれた、真ん中の席だ。
「リアム、早く座れ。」
だが、椅子をじっと見つめたまま、リアムはなかなか座ろうとしない。少佐が早くとリアムを促すと、リアムは私をじっと見てきた。
「リアム…どうしたの?その席は嫌かな?」
「僕………ジルベールのお膝に座る。」
「えっ!!」
リアムはそう言うと、半ば強引に私の膝によじ登って、前を向き、ちょこんと座った。
「リアムッ!!お前は何をやっているんだ!!」
少佐がリアムの行動に、声を荒げた。リアムは少佐に怒られても、私の膝の上でじっと少佐を見たまま、どこうとしない。
それどころか、少佐を子どもながらに鋭い目付きで睨みつけている。
子どもって、怖いもの知らずだな……
でも、可愛いから、私は構わないけど。
私は、膝の上に、ちょこんと座る小さなリアムの顔を覗き込んだ。
幼い頃の、メイジーみたいだな!
「まあまあ…良いじゃないですか…アイゼン少佐。確かに、マナーも大事ですが…大人ばかりで緊張しているのでしょう?だよな、リアム?ジル、少し膝に座らせてやれよ。」
リー中尉は、リアムの頭を撫でながら言う。
「いや…リー中尉、リアムは緊張なんかしていない。こいつは──」
「少佐、私も構いませんよ?可愛いですし。リアム、私のお膝で良かったら、いくらでもどうぞ!」
私がそういうと、リアムは、私を見上げてニコッと笑った。本当に可愛いなぁ!
「すまないねぇ、ガルシア軍曹。リアムは、いつもお行儀は良い方なんだがね…」
「貴女に甘えたいのかしらね?」
アイゼン侯爵夫妻は、困った顔をしているものの、リアムの行動を微笑ましく思っている様だ。
可愛いし、場も和んで、良かったと思う。
「チッ………」
「ノア!リアムに舌打ちは止めろ!」
でも、少佐は不満そうだ。子どもでも、やはり侯爵家の人間だからな。マナーには厳しいのだろう。
少佐は…武芸も社交も完璧だからな。
私達のテーブルの上には、次々に美味しそうな湯気の立つ、温かい料理が運ばれて来た。
真っ白な食器に対比する様に、色とりどりの料理が盛り付けられている。
「うわぁ!美味しそうだね、リアム!」
私の大好きな、肉のシチューも、テーブルの上にやって来た!真っ白なお皿の中に、濃いワイン色のシチューが揺れ、台形の柔らかそうなお肉が、シチューから覗いている。
「ノア…お前…こんなに沢山、用意させ過ぎではないか?昨日の今日で、うちの料理長に無理を言ったのだろう?」
「確かに…急な依頼で申し訳ないとは思いますが…料理長も、彼女が来ると聞いて喜んでいましたよ。彼は、テオドールを知っていますから。」
「そうか…」
アイゼン中将は、少佐と何か話した後、また、やれやれという顔をして、私とリアムに沢山食べなさい、と微笑んだ。
リアムを膝に乗せたまま、私は肉のシチューを頬張った。少佐が連れて行ってくれた、街の食堂のシチューも美味しかったけど、このシチューは、お肉がとろける位に柔らかくて、すごく美味しい…!
「美味しい?ジルベール?」
リアムが膝の上から聞いてくる。
「うん、とっても美味しいよ!」
「良かった!あのね、あのね、うちは、パンも美味しいよ!僕、大好きなんだ。食べて!」
「そうなの?じゃあパンも頂こうかな!」
「ジゼル、ほら。」
私がパンに手を伸ばそうとすると、少佐がパンを、食べやすい大きさにちぎって渡してくれた。
「ありがとうございます、少佐。リアムもどうぞ。」
リアムはパンを受け取ると、少佐をじっと見ながらパンを頬張った。
少佐は目を伏せて、小さくため息をついた。
「ねぇねぇ、ジルベール。ジルベールも、軍人なの?」
リアムが、パンを食べながら、可愛く聞いてくる。
「そうだよ。」
「ノアはね、帰ってきたら、いつも剣を教えてくれるよ。ジルベールは何を教えてくれるの?」
「えっと……私は……弓か、体術かな。」
「弓…」
リアムは何か考え込んだ。基本的には、剣術が先だろうな。弓も、体術も、あまり馴染みが無いのかもしれない。
「ガルシア軍曹、君の弓の腕前は評判だね。一度見て見たいものだ。リアム、良い機会だから、後で庭に出て見せてもらったらどうだ?」
アイゼン中将がそういうと、リアムは喜んだ。
「じゃあ、後でお庭に行こうね、リアム。」
「ガルシア軍曹、武芸はジキル殿に師事をされているのかな?」
「基本は全て、父ですが…弓も体術も、父に基本を習った後、今は別の方に師事を受けています。父は、剣術を得意にしている様ですが……お恥ずかしい話なのですけれど、私は、剣は上達しなかったもので……父も匙を投げまして……」
「人には向き不向きがある。恥ずかしい事では無いよ。いやしかし、ジキル殿に剣術で本気を出されてもな…」
「今も昔も…父は、お前が男だったら…が口癖ですね。家で稽古をつけてもらう時に、よく言われます。私も、家にとっては、自分が男であったらと…そう思うのですが──」
私は、少し笑いながら答えた。考えてもどうしようも無い事だと分かってはいるが、父の気持ちは痛い程分かる。
父は、私の身を毎日案じている。いくら、私が軍人として、名前を変えても、娘は娘だ。息子だとは思えないと。
私が次男として生まれていれば…少なくとも、家族に今程心配はかけなかったはずだ。リー中尉だって。私の指導に苦労しなかっただろう。
エイダンも…毎日嘆かなくて済んだのに。
「ジゼル、君は男で無くとも──」
「ジルベールは、今のままで良いよ!!」
少佐が何か言おうとした時、膝の上で元気良く、リアムが私に言った。
「ジルベールが、男だったら変だよ?今のままでいいよ!ねえ、おじいさま!おばあさま!ジルベールは、可愛いよねぇ!」
「ちょっと…リアム!」
「貴方の言う通りよ、リアム。」
私が恥ずかしがっていると、侯爵夫人が優しく微笑んで返事をしてくれた。
「良かったな、ジル。」
リー中尉はそう言って笑うと、リアムは小さいのに、本当に良い子だなぁ、と感心している。
「ジゼル、弓の師は…記録にあったが、例の狩人か?」
少佐が尋ねてきた。
「その通りですよ、少佐。こいつは勝手に……結果的に良かったものの、一時はどうなる事かと…」
私の代わりに、リー中尉が私を睨みながら答える。
「それは…本当に申し訳ありません、リー中尉。でも…あの機会を逃す訳には……」
「だからってなあ、お前!一度ちゃんと戻って来てから──」
「ジゼル、では体術は誰に師事を受けているのだ?」
少佐が、興味深げに聞いてくる。
あまり、人には言って無いのだけど…
まあ…隠している訳では無いし。リー中尉だって知っている。
別に良いか。それに何だか、少佐に聞かれたら、何でも話してしまいたくなる───
何でだろうな───
私はじっと少佐の顔を見た。
「ジゼル…どうした?……いや、話したく無ければ、言わなくて良いんだ。君に、無理強いはしたくない。勝手に調べ───」
「いえ、違います、少佐。体術は───」
「ねえ!ジルベール!」
私が少佐の質問に答えかけた時、リアムが声を上げた。
「なあに?リアム?」
「ジルベールは、ジゼルってお名前なの?ジルベールじゃないの?」
そっか。確かに、不思議に思うよね。
「ジルベールで合ってるよ、リアム。」
「でもノアはジゼルって…」
「あのね、ジゼルっていうのは、私の…昔のお名前なんだ。軍人になる前のね。今は、ジルベールなんだよ。」
リアムは、へぇ…と呟いた。
「リアム、ジゼルは、ガルシア男爵家の貴族令嬢であり、お前が、将来成るべき軍人でもある。この場合、お前はガルシア男爵令嬢、もしくはガルシア軍曹、と呼ぶべきだ。」
少佐が相手を呼称する際のマナーについて、分かりやすく、リアムに教える。
だが、リアムは納得いかないようだ。
「でも、ノアはジゼルって呼んでるでしょ?」
そう……
何で少佐は、ジルベールでも、ジルでもなく…ジゼルと呼んでくれるのだろう。
友人だった、お兄様の妹だから…?
「それは……リアム、お前も自分で言っていたが、彼女は俺のお嫁さんだからだ。」
「えっ!少佐、その教え方はちょっと───」
「この場合は、ジゼルと呼んでもおかしくは無い。」
私は少佐の答えに、少し気恥ずかしくなったが、少佐は表情を変えずにリアムを諭す。
その発言を聞いたアイゼン中将が、侯爵夫人、そしてリー中尉と笑顔で話しながら、自身の右肘で、少佐をドスッと小突いた。
「やだ!僕もジゼルって呼ぶ!」
「リアム!言う事を聞きなさい!」
リアムは瞳を潤ませた。私は少しかわいそうになって、リアムの頭を撫でながら告げる。
だって…まだ小さい子どもだもんね。大人の真似が、したかったりすると思う。
「私は、構いませんよ、少佐。リアム、君の好きに呼んで良いんだよ。」
「ありがとう、ジゼル。」
リアムは、えへ!っと笑った。リアムの紺色の瞳が可愛く揺れる。
なんだか…小さい少佐みたいで、可愛いな…
「リアムは可愛いねぇ!」
「ありがとう、ジゼルも可愛いよ!」
「えーっ!嬉しいなぁ!」
「ジル、良かったな!優しい子だね、リアムは。」
視界の端に、リアムに食って掛かりそうな少佐と、少佐を押さえつけるアイゼン中将が映っている。
リー中尉の言う通り、高位貴族家に生まれたら、幼い頃から社交マナーに厳しく言われるのだろう。
だけど…今日少し位、良いじゃないか。
膝の上で、にこにこするリアムを見て、私とリー中尉は笑い合った。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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