5.諜報部隊はマシュマロを焼く
諜報部には、彼女達を採用すれば良いのに。
諜報員は、訓練して作るよりも、個々人の適性による所が大きいため、諜報部は通年人手不足だ。彼女達には十分適性がある。採用すれば、人手不足も解消されるに違いない。
軍の入口に到着する度に毎回、真面目に、そう思う。
通常の出勤時間はさることながら、今日の様な急な呼び出しについても、必ず彼女達は把握し、私の出勤を待ち構えているのだ。
しかも、端の方に見えるテントは、昨夜より前に私の呼び出しを知り、ここに泊まっていた、という事だろう。
何やら楽しそうにマシュマロを焼いた後もある…
すごい余裕だ…
私でさえ、自分の呼び出しを知ったのは、今朝なのに。
なぜだ…なぜ知っているんだ…
絶対に合格する!諜報部隊試験全員合格だ!
マシュマロを焼いていた彼女たちは、主席で合格だろうな。
試験会場と化した軍の入り口に馬車で降りると、キャーキャーと黄色い声援が鳴り響く。
テント付近で、あまり騒がず、余裕のある眼差しの彼女達は、諜報部隊試験に主席で合格した一同だろう。そういえば、いつも見かける顔ぶれだ。
主席合格者は風格から違うのだな。
「ごきげんよう、皆さん。」
彼女達に向かって、にっこりと微笑みながら告げると、黄色の声援がさらに大きくなって地鳴りの様に響いた。
彼女達には申し訳ないが、一般市民である彼女達に対する挨拶も、微笑み方も、軍からの指示による規定された行動だ。そういった類は、細かく指示を出されている。
しかし、私の出勤予定の出所について、悩ましい部分もあるとはいえ、ここに集まる彼女達は、とても可愛い。
軍の指示でなくとも、微笑んで挨拶をしたいと、本心から思える。
己の好きなものに情熱を注げる元気さは、周囲を明るくする。
たわいのないおしゃべりを聞いていると、悩みや憂いが軽くなる。
何より、私自身がこうして軍の中で生きながらえているのも、彼女達の声援のおかげだ。
彼女達の平穏な毎日を守る事に、自分が少しでも役立っているのなら、軍人の自分のことも好きになれそうだと、錯覚する。
彼女達を見て、本来お茶をするはずだった、モニカの事を思い出した。今ごろエイダンとともに、寛ぎながら美味しいお茶に舌鼓を打っているのだろう、私の家は、彼らの実家か何かだったのか…
私の家ではそんな態度のモニカだが、彼女はとても芯の通った女性だ。公爵家の長女として生まれ、重圧や苦悩もあるはずなのに、決してそれを感じさせない。多少口調がきつい一面もあるが、努力を惜しまず、自分の理想に向けて邁進する。領民からの信頼も厚く、慈善活動にも熱心だ。
全く、そんな彼女の婚約者になれておきながら、婚約破棄をする奴がいるなんて、気が触れたとしか思えないのだが。
私はまだ新兵だった頃、彼女に会った。それ以来、ずっと彼女を尊敬している。
自分の置かれた環境に、自暴自棄になっていた。だけど、彼女のおかげで思い留まれた。
私は、必ず生き抜く。
軍の門を潜る度、そう強く決意する。
守衛の男が、なぜかとても美味しそうにマシュマロを食べていたので、私の出勤予定の出所について嫌な予感がしたが、あまり考えない事にした。
彼は偶然にもマシュマロが食べたくなり、偶然にもそれが枝に刺さってしまったので、偶然にもこんがり焼いたのだろう。
時には深く考えない方が、上手くいくこともあるのだ。