22.アイゼン家へ行こう!!
「着いたな。今日は、野営訓練中に無理を言ってすまない。」
「とんでもございません、少佐。お招き頂き、光栄です。」
私とリー中尉は、アイゼン家の馬車に乗って、少佐の実家、アイゼン侯爵家に到着した。私達の軍事基地からさほど遠くない場所で、閑静な街中の家だ。
アイゼン少佐も、私達と一緒に軍から馬車に乗った。馬車の中では口数は少なく、リー中尉と軍務の話をする程度だったが、始終穏やかな雰囲気だったと思う。
「また、軍に戻らなければならないからな。あまり長くは居れないが…そう硬くならず、寛いでもらえたら良いと思っている。」
「お気遣いありがとうございます、少佐。」
「本日は、私まで招待して頂いて…ありがとうございます。」
私は、リー中尉に続いて、アイゼン少佐にお礼を述べた。
「本日、君が来る事を、私の両親も楽しみにしている。君が好みそうな料理を、家の料理長が作ってくれているから、遠慮は無用だ。沢山食べて行くと良い。」
少佐は、リー中尉のついでに引っ付いてきた私にも、気を遣って言葉を掛けてくれる。
私に向けられる、少し緩められた紺色の瞳を見ると、ついつい正式に食事に招かれた様な気になってしまうけど…自分の役目を忘れてはいけない。
軍から馬車に乗る前、改めてリー中尉に、今日はよろしく頼むぞ!と言われた。
今日は、リー中尉の今後のために、私が場を和ませて、頑張らないと!
きっと大丈夫だ、私!
広報部からの指導で、挨拶は完璧なはず!
エスコート、する側は。
モニカも、いつも喜んでくれているし…
食事の作法も完璧なはず!
エスコート、する側は。
なんなら、ダンスもできる!
エスコート、する側は……
きっと…大丈夫…だと思う……
ちょっと…緊張してきた……
「おおー、ジル!すごいな!庭も広かったけど、中も広いぞ!おい、見ろ!馬車にも装飾されてたが、アイゼン家の家紋だ!」
少佐に連れられ、玄関に足を踏み入れると、リー中尉が正面を向いたまま、任務中に使う話し方で、小声で話しかけてきた。
リー中尉は、初めての高位貴族の家とあって、なんだか、キャッキャとはしゃいでいる。気持ちは分かるな。私も、初めてモニカの家に行った時は、キョロキョロしてしまった。
リー中尉が見上げる先には、玄関から入った、2階部分の階段と繋がる吹き抜けの正面に、窓の下から大きな家紋の織物が、掛けられている。
この家全体もそうだが、豪華な調度品や、珍しい宝飾品がある訳ではない。だがそれは、決してきらびやかでは無いものの、厳かで威厳のある、堂々とした佇まいで、自然と目を引かれる。
アイゼン家の家紋は有名で、大きな盾の文様だ。
「確か、お前の家にも家紋あるよな?お前の家に行った時、リビングに飾ってあったろ?」
「ああ…そうですね…」
確かにガルシア家にも、家紋がある。
それは、長いたてがみと、長い尾を持つ一匹の狼が、姿勢良く座って、両の目でこちらを見据えているものだ。
「ありますけど…うちは、表立って家紋を使う事を、王命で禁じられていますから。家の中だけですね。」
「そうか。それにしても、お前の家も、訳ありとはいえ古くから軍人なんだろ?お前の家とは、雰囲気が全然違うな。大きさとか、そういう事じゃなくてさ。」
「うちはですね…義母と、メイジーの趣味で整えられていますからね。」
「なるほどな。俺は、お前の家の方が落ち着くなあ。」
ガルシア家は、義母とメイジーの可愛らしい趣味で、全体が構成されており、なんというか…カントリー風?…な感じだ。義母とメイジーが作った、手作りのクッションが部屋の至る所にあり、ソファーカバーやテーブルクロスも、かわいいパッチワークで作られている。
義母とメイジー、そしてエイダンが世話をしている花壇の花が、家のあちこちに飾られ、先程の、狼の家紋の織物が家のリビングに飾られているのだけれど、その横にもメイジーが詰んできた、カラフルな花壇の花が生けられている。
ピンクや黄色の花の横で、なんだか狼も、少し嬉しそうに見えるのだ。
最初の方こそ、「家紋の横にこの花は…」と苦言を呈していた父も、最近では率先して、自ら花瓶の水替えを行なっている。
「おかえりなさいませ。」
玄関に立つ私達を、執事達が両側に一列にピシッと並んで出迎えてくれる。
すごいなあ!うちは家族が出迎えてくれるけど…そして、メイジーや義母が抱きしめてくれる。ああ、エイダンも出迎えてくれるけど、執事頭だったな、エイダンは。
少佐の家は、執事の数も多いなあ。
「こちらだ。」
言いながら、アイゼン少佐が進む部屋の扉を、執事が開けた。
扉の向こうには、テーブルがあり、食器が並べられ、食事の準備がされている。
今の季節は、日が暮れると肌寒くなる。暖炉に灯る柔らかな明かりが、少佐と行った街の食堂の様に、暖かく部屋を包み込んでいた。部屋の中は、豪奢な装飾品などはないが、玄関に足を踏み入れた時と同じく、厳かな空気に包まれている。
部屋のテーブルの奥に、座る人がいる。
少佐の両親だ。
一人はアイゼン中将、本当にまた会ってしまったな。隣はもちろん少佐の母、アイゼン侯爵夫人だ。
二人は、部屋に入ってきた私達を見ると、立ち上がり、穏やかな表情で歩み寄って来た。
私の隣で、リー中尉が緊張しているのが分かる。
リー中尉の為に…頑張るのだ、私!
あの二人は…モニカの両親だと思うんだ!
───良く来たね、ジル!任務で行った、異国の話を聞かせてよ!セリージェの冒険、新刊は読んでくれた?感想は⁈面白かった⁈───
「野営訓練中、良く来てくれたね。ジョセフ・アイゼンだ。知っているだろうがね。息子が世話になっている。」
「エマ・アイゼンです。初めまして。二人とも、ゆっくりして行って下さいね。」
アイゼン中将は、リー中尉に右手を差し出した。
「本日はお招き頂き、あ…ありがとうございます、閣下、アイゼン侯爵夫人。」
リー中尉は、ぎこちなく言葉を返し、アイゼン中将と挨拶を交わす。
「ガルシア軍曹、君も、良く来てくれたね。」
「お会い出来て嬉しいわ、ジルベールさん。」
リー中尉と挨拶を交わした二人が、私に向き直った。
───ジル!モニカばかりじゃなくて、私もお茶に誘って欲しいわ!予定が合わない?そうねぇ…私も家業でなかなか国内にいないから…あなたが任務に出る時に、私も付いて行こうかしら…そういえば、ジルはコーヒーが好きなんでしょう?モニカに美味しいコーヒー豆を探す様に言ってるから、楽しみにしててね!───
「本日は、私までお招き頂き、ありがとうございます。」
私はアイゼン中将に挨拶を述べた後、アイゼン侯爵夫人の右手を取った。
アイゼン侯爵夫人は、モニカや、モニカの家族と同じ…綺麗な金色の髪に、金色の瞳だ。
「初めまして、ジルベール・ガルシアです。お会い出来て光栄です、アイゼン侯爵夫人。」
私は、モニカと、モニカのお母さんを思い浮かべながら、柔らかく微笑んだ後、目を伏せ、アイゼン侯爵夫人の右手の甲に軽く口付けた。
そして、微笑みながら顔を上げ、アイゼン侯爵夫人を見る。
……………あ……あれ?
見つめたアイゼン侯爵夫人は、その金色の目を丸くした後、何だか困った様に微笑んでいる。
アイゼン中将も、なんとなく困った様に笑っている。
リー中尉の横に立つアイゼン少佐は、腕組みをし、無表情で自分の両親を見ている。
……………私……失敗した……?
「ありがとう、ジルベールさん……私は軍の関係者ではありませんし、ジゼルさん、と呼んでもいいかしら?」
「え……あ……はい…どちらでも…構いません。」
私は、挨拶を失敗したかもしれないショックで、アイゼン侯爵夫人の問いかけが、ものすごく遠くの方から聞こえた。
私………何か違ったのだろうか……
「では、食事にしよう。君たちは、野営訓練で、お腹も空いているだろう?」
アイゼン中将が穏やかにそう告げ、席に着く様に促してくれた。
「あの……リー中尉、私…挨拶変でしたか?」
私は、席に着く前、任務中に使う話し方で、リー中尉に小声で話しかけた。
「いや、完璧だったぞ、ジル!」
リー中尉はそう返してくれたけど…何だか反応がおかしかったと思う。
私が挨拶した時、モニカや他の令嬢は、困った様な表情なんかしない。こちらも嬉しくなる位の、弾ける様な笑顔を返してくれる……
私は……ちょっと自惚れ過ぎているのかな。
広報部が仕立て上げた、軍人令嬢ジルベール・ガルシアも、まだまだ努力すべきだという事だ。
気を取り直して、食事に集中しよう。
アイゼン中将の向かいに、リー中尉が座る。
私はアイゼン中将の隣に座っている、侯爵夫人の向かいに座ろうと、リー中尉の右隣の椅子に手をかけた。
「ジゼル、こちらに。」
しかし、リー中尉の右隣の椅子に座ろうとした時、アイゼン少佐が、リー中尉の左隣の椅子を引いてくれた。
この場合は…引かれた椅子に座るべきだろうか。
ちらりと侯爵夫人を見ると、微笑みながら、少佐が引いてくれている椅子の方へ、促してくれた。
引かれた椅子が、正解だな。
私は少佐が引いてくれた椅子の方へ移動した。
………だけど……椅子を引いてもらった場合は、どうすれば良いのだろう……
──頂いたご挨拶に対して、ありがとうございます、と言うのは、当たり障りなく使えるものですよ──
今日独房で言われた、エイダンの言葉が頭をよぎった。
「ありがとうございます、アイゼン少佐。」
私の言葉を聞いて、少佐は優しく微笑んでくれた。正解だったのだ!
──ファッファファーン!!──
私の頭の中でファンファーレが鳴り響き、姿勢正しく立つエイダンが拍手をしながら、
良く出来ましたね、ジルベール様…と告げる。
エイダン…私…これで一歩淑女に近づいたよ!
「おい、ジル!早く座れ!少佐が待ってるだろ!」
「あっ……すみません。」
アイゼン少佐は、引いた椅子に私を座らせると、自分はさっと、私の向かいの席に座った。
「ノア…お前が、蹴り飛ばすか、自分が座るか以外に椅子の使い道がある事を知っていたとは…知らなかったぞ。」
少佐の隣に座る、アイゼン中将が、小声で何か言っている。何を言われたのか分からないが、少佐はすました顔で、何も答えない。
侯爵夫人は、少佐をとても嬉しそうに見た後、私に向かって微笑んでいる。
何なのだろう……
まあ…和やかな雰囲気だから、良かったのだろうな。
アイゼン中将を真ん中にして、左右にアイゼン少佐と侯爵夫人、アイゼン中将の向かいにリー中尉、そしてアイゼン少佐の向かいに私が座る形で、食事が進められる事となった。
「リー中尉、今回は、アイゼン家からの縁談を受けてくれた事、感謝しているよ。」
アイゼン中将が、穏やかにリー中尉に告げた。
「とんでもございません、感謝しているのは、私の方です。」
「ハリス子爵家も、君の事を気に入っていてね。本当に良かった。なあ、エマ。」
「ええ。それに、ハリス子爵令嬢は、ジゼルさんのファンなのだそうよ?」
侯爵夫人が、嬉しそうに言った。リー中尉も、そう言っていたな。サインも頼まれたし。
「あはは、そうだな。君が、ガルシア軍曹の上官だと教えたら、物凄い喜び様だったな。」
アイゼン中将が笑いながら告げる。
軍人令嬢ジルベール・ガルシア…
こういう形で、リー中尉の役に立てるのなら、広報部の仕事も、頑張って良かったと思える。
「私が、軍人として無事にここまで来れたのは、全て、リー中尉のおかげです。ガルシア家も、リー中尉には感謝しております。」
「ジル……お前…………」
私はリー中尉に微笑んだ。
本当に、リー中尉の結婚を嬉しく思う。
「お前……そう思ってるなら、初日から寝坊するなよな。」
「………………」
リー中尉が小声で小言を言う。
………本当に、嬉しく思う。
私は、サラダに乗っていた、卵を食べた。
あっ!この卵は───
「ガルシア軍曹の言う通りだ。リー中尉、ガルシア家に対する、君の功績は大きい。時にガルシア軍曹、ジキル殿と、フレイヤ夫人は息災かね?」
「はい、閣下。おかげさまで、父も最近は足の具合も良いです。」
「それは良かった。フレイヤ夫人とは、ジキル殿と夫人の結婚式以来だが、元気ならば何よりだよ。」
アイゼン中将は懐かしむ様に言った。
「義母をご存知なのですね、閣下。」
「ああ、君はまだ小さかったから、覚えていないだろうが、君の家で開かれた式に呼んでもらったよ。まあ、それでなくても、フレイヤ殿は、業界では知らない者はいない、有名人だからなあ。」
「そうですね。妹は…容姿以外も、母の生き写しの様で…」
「何と。それは興味深いな。だが……その道に進ませる訳では無いのだろう?」
「もちろんです、閣下。妹は淑女として──」
「こんばんは、アイゼン家の食事はどうかな?楽しんでくれている?」
その時、柔らかな声が部屋に響いた。
「帰ったか、ルーカス。」
部屋のドアを開けた所に、少佐に良く似た人が立っている。ただ、少佐と違い、ものすごく、物腰が柔らかそうな人だ。隣に、彼の妻と思われる女性と、その後に小さい男の子が二人、引っ付いている。
かわいいなあ、双子だろうか。二人とも、綺麗な金髪だが、瞳の色が違うな。一人は瞳も金色だけど、もう一人は、少佐と同じ、紺色の瞳をしている。
「長男のルーカス、ルーカスの妻のソフィアと、子ども達…私の孫だ。」
アイゼン中将が、嬉しそうに紹介してくれた。子ども達は、わぁっ!っとアイゼン中将に駆け寄って来て、子ども好きのリー中尉が、かわいいなあ!と笑顔になる。
「今日は来てくれてありがとう!リー中尉、ガルシア軍曹。」
この人は…少佐のお兄さんなのか。そっくりだなあ。
私とリー中尉は、挨拶のために立ち上がった。
「妻のソフィアです。初めまして。」
「今日は、妻と子ども達と食事に行って来たんだ。君達が来ると聞いて、子ども達も会いたいって言うからね!騒がしくして、申し訳ないね。」
「とんでもないです、わざわざありがとうございます。かわいいお子様ですね。」
リー中尉は、嬉しそうに返事をした。
少佐のお兄さんは、本当に物腰柔らかく、社交的だな…その点は、少佐とは似てないかも。
でも、私は少佐の方が───
少佐の方が……?
あれ?私は少佐の方が、何なのだろう?
「ルーカスも、当然だが軍人でね。数年前に、家督を譲っている。私もエマも、後は隠居するばかりなのだが……」
「父上、お願いですから、まだ隠居されては困りますよ。私一人では、首が回りませんから。子ども達も小さいですし。」
「孫の世話だけして、暮したいものだな。わはは!」
アイゼン中将も、子ども好きなのだな。
それはそうと、私も挨拶しなくては。
「本日は、この様な場に、私までお招き頂きありがとうございます。」
私はルーカス夫妻に向き直った。
「いやいや、弟のわがままで……」
「え?」
「来てくれて嬉しいよ、ガルシア軍曹。」
ルーカス夫妻は、優しく微笑んでくれた。
私は、ルーカス夫人の右手を取り、先程侯爵夫人にした様に、柔らかく微笑んだ後、目を伏せて右手の甲に軽く口付けた。
そして、ルーカス夫人に向き直って微笑んだが……
ルーカス夫妻も、困った様に微笑んでいる。
そしてアイゼン少佐も、先程と同様に、座ったまま腕組みをして、無表情でルーカス夫妻を見ている。
私…本当に、自信無くなっちゃったかも……
「リー中尉…広報部からの軍務…増やしてもらえますか?」
私はルーカス夫妻に挨拶を終えた後、リー中尉に小声でお願いした。
「どうした急に。いつも嫌がるのに何だ?まあ、お前がその気になったのなら、良い事だ。前から言ってるだろ?広報部の依頼は、お前に取って悪い話じゃ無いって。」
「……はい。」
「リー中尉、ガルシア軍曹、沢山食べて行ってね!じゃあ、ノアもまた!」
ルーカス夫妻は、子ども達も寝る時間だからと、にこやかに笑って、部屋を後にした。
「ジゼル、挨拶ばかりで疲れたろう?食べなさい。」
「ありがとうございます、少佐。」
ルーカス夫妻と子ども達が去った後、アイゼン少佐が、穏やかに声を掛けてくれる。
私は食べかけていた、サラダに向き合った。
そう、このサラダに乗っている卵は……!
「緑鱗鳥の卵、君は好きだろう?」
少佐に言われて、私は顔を上げた。
「はい。どうして分かったのですか?」
「昨日行った、街の食堂でもそうだったが…君は、好きなものを食べると、目を丸くして見開くだろう?分かりやすい。」
少佐は笑いながら告げた。
「そうなのですね…自分では、気付いていませんでした。」
「そうか。だったら、気付かせないままの方が良かったな。可愛らしい癖だと思う、ジゼル。」
「え?」
「おいノア!お前、自分と彼女の二人だけで食事をしているつもりじゃないだろうな⁈リーもいるのだぞ!」
「…………」
アイゼン中将が、また小声で少佐に何か言った。少佐は、自分の父親の顔も見ず、しれっとしている。
「ノア、今日は良く食べるわね!」
「そうですか?」
アイゼン侯爵夫人が、目を細め、嬉しそうに少佐に言った。
良く食べる……これで?
少佐は、今テーブルに出されている前菜の中で、緑鱗鳥の卵の乗ったサラダを、半分程しか食べていない。前菜のハム…要らないなら私が欲しい位だ。
街の食堂でも思ったけど、少佐はすごく少食だ。戦力外だったもんな。町民の子どもの方が、まだ食べていた気がする。
私は少佐のハムをじっと見つめた。
すると、少佐は気付いた様にクスッと笑って、アイゼン中将とリー中尉が話している隙に、私のお皿に自分のハムを、ポイっと乗せてくれた。
私は乗せられたハムを、すぐに口にした。
本当に、美味しい……
「少佐は、お野菜が好きなのですか?」
「え?ああ…そう……だろうか?あまり考えた事はなかったが………」
少佐は私を見ながら、何故か、笑いを堪えた様に返事をする。
「お肉は嫌いですか?少佐。」
「嫌い………では無いな。本当に、あまり考えた事が無いだけで、特に食べ物の好き嫌いは無い。」
「でも、あまりお肉食べませんよね?」
「君に比べればな。」
「私も、お肉以外も食べますよ!ちゃんと野菜も好きですし!」
「あはは!そうだな。ほら、俺の緑鱗鳥の卵も、全部あげよう。」
「えっ!わーい!」
アイゼン中将は、少佐を見て、やれやれという顔をしながら、リー中尉と婚姻の段取りについて、話している。
侯爵夫人は、私達を見て何だか嬉しそうだ。
「ほら、ジゼル……」
「えっ……」
自分の分の、緑鱗鳥の卵をくれると言った少佐は、自分のフォークに、綺麗に櫛形に切られた緑鱗鳥の卵を刺した。
そして、そのフォークを、私の口の前に差し出す。
これは……良いのだろうか……
だが、考えるより先に、私の体は反射的に、目の前に差し出された緑鱗鳥の卵を取り込もうと、口を開いた。
緑鱗鳥の卵は、今が旬だ。目の前に差し出されて、食べない人なんか、いないと思う。味もさる事ながら、旬の時期はその栄養価も云々───
「あー……」
私の口が開くと同時に、視界の奥で、ゆっくり破顔する少佐の顔が映る。
そして、鬼の形相で、少佐の左肩を掴みかかる、アイゼン中将も映った。
更に、何故だか少佐の後には、椅子から立ち上がり、両手を握りしめて私と少佐を見守る、キラキラした笑顔の侯爵夫人も映っている。
そして、アイゼン中将に肩を掴まれ、手元がブレた少佐のフォークは、緑鱗鳥の卵ごと、勢いよく私の口の中に入った。
「もぐっ…………」
「ノア…………貴様───」
「おじいさまっ!おばあさまっ!」
アイゼン中将が、少佐の軍服の襟元を掴みあげた時、背後から可愛らしい声が響いた。
「リアム………」
アイゼン中将は、掴み上げていた少佐の軍服を、パッと放した。
可愛らしい声をあげて、部屋に入って来たのは、先程の、少佐のお兄さんの子どもだ。
双子のうちの一人、少佐と同じ、紺色の瞳の子だ。
「リアム、どうした?寝たのではなかったのか?」
「あのね、あのね…僕も皆とお話したくてね。お部屋をこっそり抜け出してきたの。ノアも来てるし…いいでしょう?」
「まあ…リアムったら。」
アイゼン侯爵夫妻は、可愛い孫の登場に、やれやれという顔をしている。リー中尉も、君はいたずらっ子だなあ、と声を掛けて笑った。
「リアム、もう遅いだろう?兄上に叱られるぞ。」
「ノア、今度帰ったら剣を教えてくれるって約束してたでしょ!約束だったよ!」
「確かにそう言ったが…今日は別の用事で帰ったのだ。」
「やだ!僕も皆と遊びたいっ!お話したい!その後ノアに剣を習ってから寝る!」
「リアム……」
少佐は困った様にため息をついた。
まだ喋り方も幼いな。良く河原で遊んでいる子ども達より小さいだろう。5、6歳位かな?
「孫がすまないね……リアム、今日は駄目だよ。大事なお客様なんだ。ノアも、休暇で帰った訳じゃないのだよ。」
「えーっ!おじいさま!僕もお話したいよ!ちょっとだけでいいからさぁ!」
「閣下、少し位良いのではないですか?私達は構いませんし……」
リー中尉の言葉に、リアムはパッと目を輝かせた。
「うーん……君達が良いなら…リアム、ちょっとだけだぞ?」
「やったー!おじいさま、ありがとう!えっとね……リアム・アイゼンです。こんばんは。」
「こんばんは、ウィリアム・リーです。きちんと挨拶ができるなんて、偉いね。」
「えへへ。」
リアムは、可愛らしく笑ったあと、私の方を見た。そして、丸い紺色の瞳を、さらに丸くした。
子どもらしい、赤くてぷにぷにの頬っぺたも、とてもかわいいなあ。メイジーも、数年前は、こうだった。
「こんばんは、ジルベール・ガルシアです。」
私はリアムに微笑んだ。
だが、私をじっと見たリアムの口から出た言葉に、びっくりして、私の方が目を丸くする事になった。
「……ジルベール・ガルシア。……ジルベール……」
「そうだよ。」
「ねぇ……おじいさま、おばあさま、じゃあ、この人が、ノアのお嫁さん?」
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
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