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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
48/120

21.緑鱗鳥の季節

 モリス准尉の小隊が設営をしていたB地区から、北東に森を進み、ジルベールは、アシェリーを連れて無事D地区に辿り着いた。


 ここでも、兵達がガヤガヤと忙しく作業をしている。モリス准尉の小隊に比べて、やはりこちらは全体的に人数が少なく、若い兵が多い。


「あっ!ガルシア軍曹、お疲れ様です!」

「ガルシア軍曹、どうしたんですか?後の人は?」


 作業中の兵達が、現れたジルベール達を見るとすぐに寄って来た。


「お疲れ様、加勢に来た。見張りを変わるよ。ルイス少尉とオーウェンは?」

「それならあっちで───」



「ジル!!」



 指を差された方向から、オーウェンの声がした。こちらを見て手を振っている。ルイス少尉も一緒だ。


「お疲れ様です。」

 私が近づいていくと、ルイス少尉は咥えていた紫煙草(しえんそう)を地面に落とし、右足で踏み付け火を消した。


「ジル、独房から出してもらえたのかよ!」

「もー…うるさいなぁ。皆してその事ばっかり…」

「皆……?後の奴は何だ?」


 ルイス少尉とオーウェンに見られて、アシェリーは縮こまった。


「ア…アシェリー・マーティン二等兵であります。」

 敬礼をしながら、か細い声でアシェリーは返事をする。


「この子、ルイス少尉の隊でもらって頂けませんか?オーウェン、面倒みてよ。」


 私がそういうと、アシェリーは俯いてモジモジし出した。私は、アシェリーの背中を軽く叩いて前を向かせる。


「ジルベール……君は、初日から寝坊してきたかと思えば、いきなり何だ……そいつは、確かモリス准尉の小隊の兵だろ?」

「モリス准尉に許可は頂きました。拠点設営は出来ます。それ以外は、何も出来ません。」


「何も…?」

 ルイス少尉とオーウェンは、腕組みをして首を傾げる。


「まだ、自分で耳を取れない。足音も酷い。武器の調整も全部見直しがいる。」

「あぁ…そういう事か……」


 私の説明で、恐らく状況を理解したオーウェンが、腕組みしたまま、腰を屈めて、アシェリーの顔をじっと見下ろす。


 オーウェンは、背が高く、がたいもいい。背はアイゼン少佐と並ぶ位だなあ…アシェリーには、ちょっと威圧的に見えるかもしれない…


 アシェリーは、顔を引きつらせて敬礼した。


「…………こいつ、ガキの頃のお前に似てるな。」

「えっ……?」


 アシェリーの顔をじっと見ていたオーウェンが、いきなり、少し笑いながらそんな事を言い出し、アシェリーは目を丸くした。


「どこが私に似てるのよっ!」「どこが似てる?」


 私とルイス少尉の声が重なった。


「何かモジモジしてるとことか…リー中尉に怒鳴られたら、今もそうだろ?1人でなかなか耳を取れねえ所も一緒じゃねえか。ああ!足音は、立てるだけこいつがマシだな!お前は、東門が開く前から、リー中尉に、おんぶしてーっ!って泣きながらしがみついてたろ⁈お前は、森じゃずっとおんぶされてて足音なんか聞いた事なかったぞ!今も昔も、お前は足音しねえもんな!わはははははは!」


 オーウェンはそう言って一人で笑い出した。ルイス少尉も、笑いを堪えた表情をしている。

 私は両手を握りしめ、怒りでぷるぷる震えた。


「オーウェン……あのねえっ!私はアシェリーより、まだ小さい子どもだったでしょっ!」

「俺だってお前と同じ歳だった。けど、俺はリー中尉に背負われた事なんかねぇぞ!お前だけ、いつもこいつみたいにメソメソして──」

「もうっ!!昔の話はいいからっ!!とにかく、オーウェンの分隊で、面倒見て!いいでしょ⁈」

「分かった分かった!」


 オーウェンが軽く了承したので、アシェリーは少しホッとした様だ。


「……そうだな…オーウェン、拠点の外では、こいつはしばらく上等兵以上と2人で行動させろ。あまり遠くには行かせるな。お前が見て、慣れたと判断したら、全体に混ぜて行動させろ。」

「はい、少尉。」


「ねぇ、オーウェン!この子、行軍訓練からしてあげて!ここに来るまでも、ガッサガサ、ガッサガサ音立てるからさー!あと、弓も合ってないから、剣も状態酷いと思う!」


「分かった分かった。けど、弓はお前が面倒みろよ。ああ、出来たら、他の奴の弓も調整してくれると助かる。」

「いいよ、時間が空いたら、調整しとく。剣はオーウェン見といてよ!」


 アシェリーについて、一通りオーウェンにあれこれ言った後、オーウェンが思い出した様に聞いてきた。

「ジル、こいつ何年目だ?」


 そうだろう、そうだろう……心配になるよね。


「2年目。」

「だったら、今回耳取れねえなら懲罰じゃねえ?」


 私は、さっき取った、残りの耳1枚を、袋のままオーウェンに渡した。


「ほら、今回の分。次回までに取れる様になれば、他にはバレないでしょ。」

「お前が取ってやったのか…分かった分かった。」


 分かった分かった──この口癖は、オーウェンの性格を、良く表していると思う。あっけらかんとしていて、時に救われる。


「あとオーウェン、悪いけど、死体を回収してくれないかな?2体ある。一応、目立たなくして、茂みに置いてるけど、獣に嗅ぎつかれて縄張でも張られたら厄介だし…地図だと、この辺り。」

「大きさと所持品は?」

「2体とも標準。どちらかといえば、痩せ型。所持品は少ない。」


「分かった。おーい!お前ら!回収作業だ!4人来い!」

 オーウェンが、分隊の部下を呼びつけて指示を出し、4名が、死体の回収に向かった。


「じゃあ、アシェリーの事、よろしくね。私もちょくちょく面倒は見る。」

「ああ。まあ今は、設営が出来るだけでも助かる。おい!レオ!いるかあ⁈」


「はい、伍長!」

 数メートル先の作業場から、レオちゃんが出てきた。腕まくりして、額の汗を拭っている。


「あれ?ジルベール先輩!独房から出してもらえたんですねー!!」

「……もー、うるさいなぁ。ほっといてよ。」

「怒らないで下さいよー!僕の事、可愛くないんですか?」

 レオちゃんは、ニコっと首を傾げる。


「レオ、お前は二等兵だろ?ジルベールは軍曹だ。さすがに馴れ馴れしすぎだ。」

 ルイス少尉は顔をしかめた。


「はい!申し訳ありません、少尉。」

「私は構いませんよ、少尉。レオちゃんは、実家の妹みたいで、確かに可愛いですから。」

「…………」


 レオちゃんは、へへっと笑った。私はレオちゃんの頬に付いている、機械油を右手で拭った。

「まあ、私の妹は、レオちゃんと違って、礼儀作法は完璧なんですけどね。完璧な、淑女です。」

「へぇー、じゃあジルベール先輩と正反対ですね!本当に姉妹なんですかぁー?」


 私は、機械油を拭った右手で、そのままレオちゃんの頬をつねった。

「いててててて!」


「おいレオ!ふざけてねえで、こいつ頼む。設営はできるらしいから、分担してやってくれ。急がねえと、徹夜だぞ!」

「その人は?」


「アシェリー・マーティン二等兵です。よろしくお願いします。レオさん。」

「ジルが、モリス准尉の隊からもらってきた。仲良くしてやれ。」

「そうなんですね。よろしく、アシェリー!僕の事はレオでいいよ!僕もアシェリーって呼ぶから!」

「ありがとう、レオ。」

 レオちゃんは、アシェリーにも、人懐っこく笑いかけ、一緒に作業場に戻って行った。


 アシェリーに、今の時点でしてあげられる事はやった。とりあえず、一安心かな。


「……ねぇオーウェン、レオちゃんって何歳?」

「確か、13だったかな。」

「そっか。もう耳は取ったの?」

「ああ。レオは、配属早々、サクッと取ったぞ。」

「だよね。そうかな、と思った。オーウェンも、そうだったよね。私とリー中尉の所に来るなり、さっさと取ってた。」

「そうだったか?昔過ぎて、よく覚えてねぇな。」

「ガサツな君達には分からないよ。耳が取れない私達の気持ちは……」

「ジル、お前は難しく考え過ぎなんだよ。」

「…………そうかな…」

 

 サクッと取れる方が、すごいと思うけどな…

 野盗とはいえ、人なんだから……


「あっ!!ねぇ、オーウェン!」

 私は急に、オーウェンに聞きたかった事を思い出した。アシェリーに会って、すっかり忘れていた!


 ルイス少尉は、他の兵と話している。私は声をひそめた。


「あのさぁ……」

「何だよ。」

「もし、オーウェンが話に乗ってくれるなら、この前の野営訓練でやった、あれ……またやらない?」


 私の話を聞いて、オーウェンも声をひそめた。

「俺も、お前に聞こうと思ってたんだよ!けどよ、軍に全部没収されたろ?」

「任務に出た時、また取ってきた!多分、前より良いのが作れると思う……えへへ!」

「マジか……!さすが!やろうぜ!チャンスがあるのは───」

「うんうん……」



「……おい、オーウェン、ジルベール!」


「はい!少尉!」

「はい!」


「お前達、話し込んでないで作業しないと間に合わないぞ。ジルベール、君は加勢に来てくれたのだろう?」

 ルイス少尉がこちらに来たので、オーウェンとの話は中断した。


「そうです、見張りを代わります。北側は私が引き受けますから、北側を見張っている兵を設営作業に回して下さい。」

「分かった、助かる。オーウェン、指示を出せ。」

「はい、少尉。」

「申し訳ないのですが、18時までに軍に戻らないといけないので、時間になったら私は引き上げます。」

「なんだよジル、最後までいてくれねぇのか?」

「手伝いたいんだけどね、今日、アイゼン少佐の家で夕食を食べるんだ。」


「アイゼン家で?何で君が…」

 ルイス少尉が驚いた表情をする。


「リー中尉が、アイゼン家からの縁談を受けましたよね?それで、リー中尉が、少佐のご両親に夕食に呼ばれてまして…私はついでです。侯爵家のご飯、凄そうだなー!楽しみ!」


「そういう事か…」


「いいよなー、お前は。良いもん食えて。だいたいお前の家だって、訳ありとはいえ、美味いもん食べてんだろ?」

「オーウェン、うちは貧乏なの!お兄様が死んで、私が嫡男なんだから!しょうがないでしょ⁈」

「ジル、お前、だったらもっと真面目に軍人しろよな。寝坊なんかしてんじゃねぇよ!」

「うるさいなー……とにかく、贅沢は出来ないってエイダンが言ってる。あ、でも、豪華じゃないけど確かにご飯は美味しいよ!」


 ガルシア家は、領地経営をはじめとして、食事の用意もエイダンが担ってくれている。料理は、義母(はは)とメイジーも、2人でよく作ってくれて、義母(はは)は、異国の料理にも詳しい。私が帰ると、珍しい料理を作ってくれたりする。


 エイダンが、モニカに相談して、領地経営は何とかなっているみたいだけど、もともと小さな領地で、資源が取れる訳でも無い。

 

 私は…王命がある限り、父の様に、後継が入らないかぎりは、軍を辞める事は出来ない。

 だったら、オーウェンの言う通り、私は少しでも多く戦果を上げて、家族と領民を養わなければいけないのだ。


 私は………


「ジゼル、そんなに侯爵家の食事が食べたいのなら、(うち)に来ればいい。いつでも食べさせてやる。」


 いきなり、ルイス少尉に前の名前で呼ばれて、私は我に返った。そして、眉間にしわを寄せて、ルイス少尉に向き直る。


「……ルイス少尉、何度も言ってますけど、その名前で呼ばないで下さいっ!兄を思い出すから嫌だって、いつも言って───」



 そういえば…………

 


 アイゼン少佐にそう呼ばれても、お兄様を思い出さないのは、どうしてだろう?


「……どうした?急に黙って……」


 何で……嫌じゃないんだろう……


「何でですかねぇ…?」

「は?何がだ?」


「……とにかく!また前の名前で呼んだら、リー中尉に言いつけますからねっ!!」


 私はルイス少尉をキッと睨みつけた。

 全くこの人は……良く分からない事を急に言ってきて、私をからかってくるから、嫌なんだ。あと、私の髪色についても、何かと言ってきて、イライラする……


 私はルイス少尉の髪をみた。

 ルイス少尉は、綺麗な金髪だ。良いよな、自分はその色なんだから。


 ルイス少尉の髪は、木漏れ日に当たると、色が薄くなって、薄い金色に輝く。

 私はそれを見て、お兄様の髪は、こうだったかな…と、いつも考えていた。お兄様の写真はあるのだけど、実際にはどうだったか…時が経つに連れ、思い出せなくなってしまっていた。


 しかし……

 私は昨晩、はっきりと、お兄様の夢を見た!


 ルイス少尉の髪……


 いやいや!お兄様と全然違う!やっぱりお兄様はすごく似合ってて素敵だったなぁ…

 お兄様、他の人なんかと比べてごめんなさい!

 お兄様の圧勝だよ!


「ふ…ふふ……」


「ジル、なんだお前。いきなり笑い出して、気持ち悪りぃな。」


「ねえ、オーウェン、夢ってどうやったらもう一度同じものを見れるのかなぁ?」

「はあ?何だ急に、頭いかれてんのか⁈」


「……それはそうと、君は、軍服を売っていたというのは…本当か?」

 私がせっかく、お兄様に想いを馳せていたのに、またルイス少尉が嫌な事を言って水を差してきた。


「そうですが……」

「何という事だ……君は…二度とするなよ…⁈」

 そう言って、ルイス少尉は悲痛な顔をした。何だよ、軍服位で…

 リー中尉にバレてしまったから、ほとぼりが冷めるまでは控えるつもりだ。何故だか分からないけど、酒場で酔いが回った頃、酒代が尽きそうだとぼやいていると、着ている軍服を売って欲しいと声をかけられる。最近はこっちが驚く位、高値で売れるのだ。


 無理矢理売りつけているなら、悪いと思うけど…

 向こうが欲しいと言ってくるから、売ってるだけなのに。何が悪いんだ。軍の備品だからか?

 綺麗事言って…余計なお世話だ…


「……はい、そのつもりです、少尉。」

「分かっているのなら、いい…」

「…………」


 ルイス少尉は、呆れた様な顔でそう言うと、他の兵に呼ばれて去って行った。


「別に…服位なんだよ。今は、高値で売れる獲物を狩って売ってるけど、任務で遠くに行って路銀が尽きたら、服なんか真っ先に売っちゃうよ。ねぇ、オーウェン?」

「まあ……俺も酔っ払ってるからな……最近は一晩飲める位の値段で売れるから同調しちまうが……そろそろ、止めた方が良いのは確かだな……」

「何だよ。オーウェンまで…」

 私は腕組みして、口を尖らせた。


「まあ…とりあえず、来てくれて助かった、ジル。北側の見張り、全員設営に回すが、大丈夫だよな?」

「いいよ、オーウェン。」

「よし、声をかけに行く。すぐに交代してくれ。時間になるまで、よろしく頼む。」


 オーウェンに指示され、北側を見張っていた兵は、全員設営作業に行った。これで、最悪徹夜にはならないはずだ。


 私は、一番良く見渡せそうな、幹の太い樹に登り枝の上に立った。

 遠くの山岳の合間に、鳥の群れが飛んでいく。


「もうそろそろ、緑鱗鳥(りょくうどり)が飛来して来る時期だな!」


 私は楽しみで、つい声に出した。


 望遠鏡を取り出し、周りを見渡す。生い茂る様々な樹々や、植物達、時折、大型の虫も飛んでいる。


 野盗も獣も、まだ多いだろうな。近くに野盗はいない様だけど…獣は潜んでいそうだ。虫も多い。

 以外と、この大型の虫なんかに、足をすくわれる事もある。


「はぁ……野営訓練中、軍務をこなしながら、あと耳14枚か…下手したら、私が懲罰房だよ……」


 私はまた、つい声に出した。

 でも、約束してしまったものは、仕方ない…


 ジルベールは矢筒から、獣除けと、虫除けを塗布した矢を取り出し、樹の上から周囲の地面に向けて放った。



──ジゼル…今日行った店は、気に入ったか?

  野営訓練が明けたら、また行こう──



 私は、少佐の優しく揺れる、紺色の瞳を思い出した。


「野生の緑鱗鳥(りょくうどり)、少佐にも食べさせてあげたいな……」


 沢山、飛来して来ます様に。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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