21.緑鱗鳥の季節
モリス准尉の小隊が設営をしていたB地区から、北東に森を進み、ジルベールは、アシェリーを連れて無事D地区に辿り着いた。
ここでも、兵達がガヤガヤと忙しく作業をしている。モリス准尉の小隊に比べて、やはりこちらは全体的に人数が少なく、若い兵が多い。
「あっ!ガルシア軍曹、お疲れ様です!」
「ガルシア軍曹、どうしたんですか?後の人は?」
作業中の兵達が、現れたジルベール達を見るとすぐに寄って来た。
「お疲れ様、加勢に来た。見張りを変わるよ。ルイス少尉とオーウェンは?」
「それならあっちで───」
「ジル!!」
指を差された方向から、オーウェンの声がした。こちらを見て手を振っている。ルイス少尉も一緒だ。
「お疲れ様です。」
私が近づいていくと、ルイス少尉は咥えていた紫煙草を地面に落とし、右足で踏み付け火を消した。
「ジル、独房から出してもらえたのかよ!」
「もー…うるさいなぁ。皆してその事ばっかり…」
「皆……?後の奴は何だ?」
ルイス少尉とオーウェンに見られて、アシェリーは縮こまった。
「ア…アシェリー・マーティン二等兵であります。」
敬礼をしながら、か細い声でアシェリーは返事をする。
「この子、ルイス少尉の隊でもらって頂けませんか?オーウェン、面倒みてよ。」
私がそういうと、アシェリーは俯いてモジモジし出した。私は、アシェリーの背中を軽く叩いて前を向かせる。
「ジルベール……君は、初日から寝坊してきたかと思えば、いきなり何だ……そいつは、確かモリス准尉の小隊の兵だろ?」
「モリス准尉に許可は頂きました。拠点設営は出来ます。それ以外は、何も出来ません。」
「何も…?」
ルイス少尉とオーウェンは、腕組みをして首を傾げる。
「まだ、自分で耳を取れない。足音も酷い。武器の調整も全部見直しがいる。」
「あぁ…そういう事か……」
私の説明で、恐らく状況を理解したオーウェンが、腕組みしたまま、腰を屈めて、アシェリーの顔をじっと見下ろす。
オーウェンは、背が高く、がたいもいい。背はアイゼン少佐と並ぶ位だなあ…アシェリーには、ちょっと威圧的に見えるかもしれない…
アシェリーは、顔を引きつらせて敬礼した。
「…………こいつ、ガキの頃のお前に似てるな。」
「えっ……?」
アシェリーの顔をじっと見ていたオーウェンが、いきなり、少し笑いながらそんな事を言い出し、アシェリーは目を丸くした。
「どこが私に似てるのよっ!」「どこが似てる?」
私とルイス少尉の声が重なった。
「何かモジモジしてるとことか…リー中尉に怒鳴られたら、今もそうだろ?1人でなかなか耳を取れねえ所も一緒じゃねえか。ああ!足音は、立てるだけこいつがマシだな!お前は、東門が開く前から、リー中尉に、おんぶしてーっ!って泣きながらしがみついてたろ⁈お前は、森じゃずっとおんぶされてて足音なんか聞いた事なかったぞ!今も昔も、お前は足音しねえもんな!わはははははは!」
オーウェンはそう言って一人で笑い出した。ルイス少尉も、笑いを堪えた表情をしている。
私は両手を握りしめ、怒りでぷるぷる震えた。
「オーウェン……あのねえっ!私はアシェリーより、まだ小さい子どもだったでしょっ!」
「俺だってお前と同じ歳だった。けど、俺はリー中尉に背負われた事なんかねぇぞ!お前だけ、いつもこいつみたいにメソメソして──」
「もうっ!!昔の話はいいからっ!!とにかく、オーウェンの分隊で、面倒見て!いいでしょ⁈」
「分かった分かった!」
オーウェンが軽く了承したので、アシェリーは少しホッとした様だ。
「……そうだな…オーウェン、拠点の外では、こいつはしばらく上等兵以上と2人で行動させろ。あまり遠くには行かせるな。お前が見て、慣れたと判断したら、全体に混ぜて行動させろ。」
「はい、少尉。」
「ねぇ、オーウェン!この子、行軍訓練からしてあげて!ここに来るまでも、ガッサガサ、ガッサガサ音立てるからさー!あと、弓も合ってないから、剣も状態酷いと思う!」
「分かった分かった。けど、弓はお前が面倒みろよ。ああ、出来たら、他の奴の弓も調整してくれると助かる。」
「いいよ、時間が空いたら、調整しとく。剣はオーウェン見といてよ!」
アシェリーについて、一通りオーウェンにあれこれ言った後、オーウェンが思い出した様に聞いてきた。
「ジル、こいつ何年目だ?」
そうだろう、そうだろう……心配になるよね。
「2年目。」
「だったら、今回耳取れねえなら懲罰じゃねえ?」
私は、さっき取った、残りの耳1枚を、袋のままオーウェンに渡した。
「ほら、今回の分。次回までに取れる様になれば、他にはバレないでしょ。」
「お前が取ってやったのか…分かった分かった。」
分かった分かった──この口癖は、オーウェンの性格を、良く表していると思う。あっけらかんとしていて、時に救われる。
「あとオーウェン、悪いけど、死体を回収してくれないかな?2体ある。一応、目立たなくして、茂みに置いてるけど、獣に嗅ぎつかれて縄張でも張られたら厄介だし…地図だと、この辺り。」
「大きさと所持品は?」
「2体とも標準。どちらかといえば、痩せ型。所持品は少ない。」
「分かった。おーい!お前ら!回収作業だ!4人来い!」
オーウェンが、分隊の部下を呼びつけて指示を出し、4名が、死体の回収に向かった。
「じゃあ、アシェリーの事、よろしくね。私もちょくちょく面倒は見る。」
「ああ。まあ今は、設営が出来るだけでも助かる。おい!レオ!いるかあ⁈」
「はい、伍長!」
数メートル先の作業場から、レオちゃんが出てきた。腕まくりして、額の汗を拭っている。
「あれ?ジルベール先輩!独房から出してもらえたんですねー!!」
「……もー、うるさいなぁ。ほっといてよ。」
「怒らないで下さいよー!僕の事、可愛くないんですか?」
レオちゃんは、ニコっと首を傾げる。
「レオ、お前は二等兵だろ?ジルベールは軍曹だ。さすがに馴れ馴れしすぎだ。」
ルイス少尉は顔をしかめた。
「はい!申し訳ありません、少尉。」
「私は構いませんよ、少尉。レオちゃんは、実家の妹みたいで、確かに可愛いですから。」
「…………」
レオちゃんは、へへっと笑った。私はレオちゃんの頬に付いている、機械油を右手で拭った。
「まあ、私の妹は、レオちゃんと違って、礼儀作法は完璧なんですけどね。完璧な、淑女です。」
「へぇー、じゃあジルベール先輩と正反対ですね!本当に姉妹なんですかぁー?」
私は、機械油を拭った右手で、そのままレオちゃんの頬をつねった。
「いててててて!」
「おいレオ!ふざけてねえで、こいつ頼む。設営はできるらしいから、分担してやってくれ。急がねえと、徹夜だぞ!」
「その人は?」
「アシェリー・マーティン二等兵です。よろしくお願いします。レオさん。」
「ジルが、モリス准尉の隊からもらってきた。仲良くしてやれ。」
「そうなんですね。よろしく、アシェリー!僕の事はレオでいいよ!僕もアシェリーって呼ぶから!」
「ありがとう、レオ。」
レオちゃんは、アシェリーにも、人懐っこく笑いかけ、一緒に作業場に戻って行った。
アシェリーに、今の時点でしてあげられる事はやった。とりあえず、一安心かな。
「……ねぇオーウェン、レオちゃんって何歳?」
「確か、13だったかな。」
「そっか。もう耳は取ったの?」
「ああ。レオは、配属早々、サクッと取ったぞ。」
「だよね。そうかな、と思った。オーウェンも、そうだったよね。私とリー中尉の所に来るなり、さっさと取ってた。」
「そうだったか?昔過ぎて、よく覚えてねぇな。」
「ガサツな君達には分からないよ。耳が取れない私達の気持ちは……」
「ジル、お前は難しく考え過ぎなんだよ。」
「…………そうかな…」
サクッと取れる方が、すごいと思うけどな…
野盗とはいえ、人なんだから……
「あっ!!ねぇ、オーウェン!」
私は急に、オーウェンに聞きたかった事を思い出した。アシェリーに会って、すっかり忘れていた!
ルイス少尉は、他の兵と話している。私は声をひそめた。
「あのさぁ……」
「何だよ。」
「もし、オーウェンが話に乗ってくれるなら、この前の野営訓練でやった、あれ……またやらない?」
私の話を聞いて、オーウェンも声をひそめた。
「俺も、お前に聞こうと思ってたんだよ!けどよ、軍に全部没収されたろ?」
「任務に出た時、また取ってきた!多分、前より良いのが作れると思う……えへへ!」
「マジか……!さすが!やろうぜ!チャンスがあるのは───」
「うんうん……」
「……おい、オーウェン、ジルベール!」
「はい!少尉!」
「はい!」
「お前達、話し込んでないで作業しないと間に合わないぞ。ジルベール、君は加勢に来てくれたのだろう?」
ルイス少尉がこちらに来たので、オーウェンとの話は中断した。
「そうです、見張りを代わります。北側は私が引き受けますから、北側を見張っている兵を設営作業に回して下さい。」
「分かった、助かる。オーウェン、指示を出せ。」
「はい、少尉。」
「申し訳ないのですが、18時までに軍に戻らないといけないので、時間になったら私は引き上げます。」
「なんだよジル、最後までいてくれねぇのか?」
「手伝いたいんだけどね、今日、アイゼン少佐の家で夕食を食べるんだ。」
「アイゼン家で?何で君が…」
ルイス少尉が驚いた表情をする。
「リー中尉が、アイゼン家からの縁談を受けましたよね?それで、リー中尉が、少佐のご両親に夕食に呼ばれてまして…私はついでです。侯爵家のご飯、凄そうだなー!楽しみ!」
「そういう事か…」
「いいよなー、お前は。良いもん食えて。だいたいお前の家だって、訳ありとはいえ、美味いもん食べてんだろ?」
「オーウェン、うちは貧乏なの!お兄様が死んで、私が嫡男なんだから!しょうがないでしょ⁈」
「ジル、お前、だったらもっと真面目に軍人しろよな。寝坊なんかしてんじゃねぇよ!」
「うるさいなー……とにかく、贅沢は出来ないってエイダンが言ってる。あ、でも、豪華じゃないけど確かにご飯は美味しいよ!」
ガルシア家は、領地経営をはじめとして、食事の用意もエイダンが担ってくれている。料理は、義母とメイジーも、2人でよく作ってくれて、義母は、異国の料理にも詳しい。私が帰ると、珍しい料理を作ってくれたりする。
エイダンが、モニカに相談して、領地経営は何とかなっているみたいだけど、もともと小さな領地で、資源が取れる訳でも無い。
私は…王命がある限り、父の様に、後継が入らないかぎりは、軍を辞める事は出来ない。
だったら、オーウェンの言う通り、私は少しでも多く戦果を上げて、家族と領民を養わなければいけないのだ。
私は………
「ジゼル、そんなに侯爵家の食事が食べたいのなら、家に来ればいい。いつでも食べさせてやる。」
いきなり、ルイス少尉に前の名前で呼ばれて、私は我に返った。そして、眉間にしわを寄せて、ルイス少尉に向き直る。
「……ルイス少尉、何度も言ってますけど、その名前で呼ばないで下さいっ!兄を思い出すから嫌だって、いつも言って───」
そういえば…………
アイゼン少佐にそう呼ばれても、お兄様を思い出さないのは、どうしてだろう?
「……どうした?急に黙って……」
何で……嫌じゃないんだろう……
「何でですかねぇ…?」
「は?何がだ?」
「……とにかく!また前の名前で呼んだら、リー中尉に言いつけますからねっ!!」
私はルイス少尉をキッと睨みつけた。
全くこの人は……良く分からない事を急に言ってきて、私をからかってくるから、嫌なんだ。あと、私の髪色についても、何かと言ってきて、イライラする……
私はルイス少尉の髪をみた。
ルイス少尉は、綺麗な金髪だ。良いよな、自分はその色なんだから。
ルイス少尉の髪は、木漏れ日に当たると、色が薄くなって、薄い金色に輝く。
私はそれを見て、お兄様の髪は、こうだったかな…と、いつも考えていた。お兄様の写真はあるのだけど、実際にはどうだったか…時が経つに連れ、思い出せなくなってしまっていた。
しかし……
私は昨晩、はっきりと、お兄様の夢を見た!
ルイス少尉の髪……
いやいや!お兄様と全然違う!やっぱりお兄様はすごく似合ってて素敵だったなぁ…
お兄様、他の人なんかと比べてごめんなさい!
お兄様の圧勝だよ!
「ふ…ふふ……」
「ジル、なんだお前。いきなり笑い出して、気持ち悪りぃな。」
「ねえ、オーウェン、夢ってどうやったらもう一度同じものを見れるのかなぁ?」
「はあ?何だ急に、頭いかれてんのか⁈」
「……それはそうと、君は、軍服を売っていたというのは…本当か?」
私がせっかく、お兄様に想いを馳せていたのに、またルイス少尉が嫌な事を言って水を差してきた。
「そうですが……」
「何という事だ……君は…二度とするなよ…⁈」
そう言って、ルイス少尉は悲痛な顔をした。何だよ、軍服位で…
リー中尉にバレてしまったから、ほとぼりが冷めるまでは控えるつもりだ。何故だか分からないけど、酒場で酔いが回った頃、酒代が尽きそうだとぼやいていると、着ている軍服を売って欲しいと声をかけられる。最近はこっちが驚く位、高値で売れるのだ。
無理矢理売りつけているなら、悪いと思うけど…
向こうが欲しいと言ってくるから、売ってるだけなのに。何が悪いんだ。軍の備品だからか?
綺麗事言って…余計なお世話だ…
「……はい、そのつもりです、少尉。」
「分かっているのなら、いい…」
「…………」
ルイス少尉は、呆れた様な顔でそう言うと、他の兵に呼ばれて去って行った。
「別に…服位なんだよ。今は、高値で売れる獲物を狩って売ってるけど、任務で遠くに行って路銀が尽きたら、服なんか真っ先に売っちゃうよ。ねぇ、オーウェン?」
「まあ……俺も酔っ払ってるからな……最近は一晩飲める位の値段で売れるから同調しちまうが……そろそろ、止めた方が良いのは確かだな……」
「何だよ。オーウェンまで…」
私は腕組みして、口を尖らせた。
「まあ…とりあえず、来てくれて助かった、ジル。北側の見張り、全員設営に回すが、大丈夫だよな?」
「いいよ、オーウェン。」
「よし、声をかけに行く。すぐに交代してくれ。時間になるまで、よろしく頼む。」
オーウェンに指示され、北側を見張っていた兵は、全員設営作業に行った。これで、最悪徹夜にはならないはずだ。
私は、一番良く見渡せそうな、幹の太い樹に登り枝の上に立った。
遠くの山岳の合間に、鳥の群れが飛んでいく。
「もうそろそろ、緑鱗鳥が飛来して来る時期だな!」
私は楽しみで、つい声に出した。
望遠鏡を取り出し、周りを見渡す。生い茂る様々な樹々や、植物達、時折、大型の虫も飛んでいる。
野盗も獣も、まだ多いだろうな。近くに野盗はいない様だけど…獣は潜んでいそうだ。虫も多い。
以外と、この大型の虫なんかに、足をすくわれる事もある。
「はぁ……野営訓練中、軍務をこなしながら、あと耳14枚か…下手したら、私が懲罰房だよ……」
私はまた、つい声に出した。
でも、約束してしまったものは、仕方ない…
ジルベールは矢筒から、獣除けと、虫除けを塗布した矢を取り出し、樹の上から周囲の地面に向けて放った。
──ジゼル…今日行った店は、気に入ったか?
野営訓練が明けたら、また行こう──
私は、少佐の優しく揺れる、紺色の瞳を思い出した。
「野生の緑鱗鳥、少佐にも食べさせてあげたいな……」
沢山、飛来して来ます様に。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
続きが気になる!と思って頂けましたら、
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