20.ルイス家
特科連隊情報中隊、野営訓練全体説明の前夜─
「絶対に、駄目だ。」
ルイス侯爵家の一室に、有無を言わせない声色の声が響いた。
「どうしてですか⁈父上……ガルシア家に……例の王命があるからですか⁈」
声の主である、ルイス侯爵に食ってかかるのは、彼の息子、マシュー・ルイス侯爵子息だ。
「ガルシア家の王命……確かに、それもある。誰しも、厄介事に首を突っ込みたくは無いからな。だが、理由はそれでは無い。」
「では…何故、駄目なのです⁈」
ルイス侯爵は、呆れた様にため息をついた。
「あのな、マシュー…お前は、ルイス家の嫡男だ。お前が結婚する相手は、この家の、侯爵夫人になるのだぞ?」
「そうですが………それが何か?」
ルイス侯爵は、息子を睨み付けて怒鳴った。
「それが何か?……ではないだろうっ!!ルイス家の侯爵夫人となる女性が…!街の酒場で同僚達と飲んだくれて……翌日は軍に顔も出さず…探し回って見れば、その同僚達と、事もあろうに娼館横の路地裏で酔い潰れ、折り重なって寝ていたり…数年前だったか、上官のリー中尉の意向もろくに聞かず、任務先で出会ったという訳のわからん狩人だかに、弟子入りすると言い出し…数ヶ月行方をくらませたり……だいたい、その狩人は男性なのだろう?例え軍人とはいえ、うら若き貴族令嬢が、見知らぬ男と数ヶ月も一緒に……とうにそいつと、ただならぬ関係になっていてもおかしくないだろう⁈そんな、淑女とは遠くかけ離れた女性を、お前の妻になど出来るかっ!!」
「それは……彼女の行動については、全て事実なのですが…彼女がその男性と関係を持ったりという事は…無いと思います。それに、その狩人の元から帰ってきた彼女は、実際に見違える程、弓や、森での身のこなしが上達しており───」
「今は、彼女の弓の腕前の話では無いっ!弓の腕が立つのは知っているが、訳のわからん狩人と関係が無かったと、なぜそう言い切れるのだ⁈」
「なぜ、と言われると少々返答に困るのですが…彼女はそういった事に、疎いと言いますか……あと、娼館横の路地裏で酔い潰れていたというのは、その娼館の横に、彼女とミラー伍長の分隊の、行きつけの酒場がありまして───」
「言い訳になってないぞ!そんな酒場に行きつけさせるなっ!!……あとは……まだまだあるだろう⁈ああ、前回の野営訓練中だ!お前とリー中尉が居ない隙を見計らって、ミラー伍長と紫煙草でとんでもない騒ぎを………」
マシューは、右手で両目を覆って俯いた。
「確かに…その件は……しかし、もう二度と無いよう、軍からも強く言い聞かせていますから……」
「信用ならんな。だいたい、お前の小隊付きの兵でありながら、お前の言う事なんか、一つも聞かないではないか。妻にした所で、お前には扱いきれんだろう⁈彼女は、素行が悪すぎる!!」
ルイス侯爵は捲し立てると、深呼吸して自分を落ち着かせた。
「うちにとって、とんだ醜聞になるのは目に見えている。そうなれば…本家である、兄上の…アイゼン家の迷惑にもなる。絶対に、ジルベール・ガルシアを妻にするなど許さん。」
「ですが……」
「何だ。」
「ですが、父上。私は彼女を愛しています。彼女以外は考えられません…」
ルイス侯爵は、憐れむ様な目で、物分かりの悪い息子を見た。
「だから何だ。そんな事は関係ない。お前が誰を愛していようと、その相手が淑女にあるまじき行為をする様であれば、認める事は出来ない。そもそも、お前は彼女に好かれている訳ではないのだろう?お前の指示を、ろくに聞こうともしない位なのだからな。」
「彼女に好かれていない…それは…その通りだと思います。私も、出来れば、彼女に好かれようと努力していますが……伝わりそうにありません。ですが、諦める事は出来ないので……こうして、ガルシア家に婚姻の申し出に行って頂きたいと、お願いしているのです、父上。」
「彼女に好かれる努力……するな!そんな努力はっ!そんな事をする位なら、ノアの様に、戦果を上げる努力をしろっ!!まあ、ノアも、兄上が言うには、見合い話を散々駄目にして、先方との関係を悪化させたらしいからな…お前とは違った方向に、突き抜けている様だが…そっちの方がまだましだっ!絶対に、許さん。」
「ですが…私は……」
「しかし…彼女の、素行の悪さについては…幼少期に王命で入軍させられ、淑女教育すら受けていないからなのかもしれないがな…その側面を考えれば、彼女は可哀想だと思うが…うちではどうにもしてやれない。」
「…………」
「そういえば、前任者の移動で、特科連隊もノアが連隊長になったんだったな?素行が悪すぎて、ノアに左遷されなければ良いが。ノアは、容赦無いからな…」
「それは…大丈夫です。リーも、そこは気をつけて言い聞かせていますから…」
「マシュー、一体どうして彼女にそこまで拘るのだ?確かに彼女は、一般的には美人なのかもしれないが…彼女程度の容姿なら、社交界では良く見かける。それに、言っては悪いが、顔も古傷だらけで、あれなら体も傷だらけのはずだ。他に女性なら沢山いるだろう?」
「そうですね…自分でも、何故なのか良く分からないのですが……強いて言えば、目が……好きです。」
「目?」
「はい……あまり見せてはくれないのですが…野盗や敵兵を射抜く時の、何というか…強く武運を宿しているかの様な目が…好きなのです。」
「………良く分からんが……マシュー、少なくとも、お前の妻には…人を殺めた事の無い女性を選ぶ。」
「父上、私は彼女以外とは───」
「この話は終わりだ。もう、二度とするな。お前の相手は、近く私が相応しい令嬢を選んでくる。」
「父上、彼女も、最近は素行も落ち着いてきていますっ!心配される様な事は、もう──」
「もう行け。話す事は無い。」
ルイス侯爵は、何か言いかける息子を、無理矢理部屋から追い出した。
─────────
「あっ!…そういえばジルっ!お前なぁ!街で飲む時に、自分の軍服を売って酒代にしてるそうじゃねえかっ!次にやりやがったら、懲罰房にぶち込むからなっ!」
「えっ!…………オーウェンっ!告げ口したのっ⁈」
「告げ口なんかしてねぇよ!!」
まさか……昨日の今日でこんな事が……
軍服を酒代に⁈リーの奴、ノア従兄さんがいる前で、なんて事を言うんだ…!
まさか本当に左遷なんて事になったら……
チラッと、部屋の隅に座るノアを見やると、黙っているものの、紺色の両目を見開いて、彼女を見ている。
信じられないよな、従兄さん…
俺も、信じられない…
ただ…俺は父のあの言葉だけは…認められない。
──マシュー、少なくとも、お前の妻には…人を殺めた事の無い女性を選ぶ──
どの口が言ってるんだ。俺も…お前も…
皆同類じゃないか。
彼女だけでは、無いはずなのに。
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