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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
42/120

15.青天の霹靂

            

   ────────────────────


 セリージェは髪の毛を逆立てて叫んだ。


「あのねえ、僕は女の子なんだよっ!だから君の前では着替えられないのっ!あっちにいってよ!」


「えぇっ!セリージェ、君、女の子だったの⁈」


   ────────────────────



 まさか……まさかセリージェが、女の子だったなんて……

 


 ジルベール・ガルシアは独房で、売れっ子の作家である、ベネット公爵の子ども向けの著書、「セリージェの冒険」を読みながら、驚きに目を見開いた。


 私レベルになると、独房もなれたものだ。

 最近は少なくなったが、以前はしょっちゅう入れられてた。


 私は、予め隠し持って来ていた、読みかけの本、セリージェ冒険を独房での暇つぶしに読みふけっている。もちろん、モニカのお父さんの小説だ。

 寝坊した時から、恐らく独房行きだと思って、こっそり持って来ていたのだ。


 そろそろ、体術訓練もするか。


「よっ………と…」


 ジルベールは、独房の中で、右手で本を持ち、左手で身体を支えて倒立した。


 でもまさか…セリージェ、女の子だったのか。

 確かに…ちょっと伏線みたいな部分はあったな。途中の村で村人の子どもと、かわいらしい恋、みたいな場面があったけど、その子は───


「ジルベール様!」


 その時、独房に声が響いた。


「守衛殿に、エイダン…」

「お疲れ様です。ガルシア軍曹。」


 エイダンが、守衛の男に案内されながら、独房室に入って来た。独房の檻に手をかけ、檻の中の私に向かって、嘆かわしい…と悲痛な表情をする。


「これは一体…どういう事ですか?」


 憐れむ様な声で、エイダンが独房の檻の外から、私に問いかける。守衛の男は、いつものにこやかな笑顔でエイダンの隣に立っている。


 私は倒立していた体を戻し、セリージェの冒険をパタンと閉じた。


「では、私は部屋の外でお待ちしていますね。」

 守衛の男がエイダンに告げる。

「お手数おかけして、大変申し訳ございません…」

「いえいえ、とんでもない!エイダン様!ごゆっくりお話し下さいね。」

「ありがとうございます…」


 エイダンは守衛の男に深々と頭を下げた。そして、守衛の男が独房室を出た後、下げたままの顔を私に向け、鬼の形相で睨みつける。


「ひぇっ……」

「ジルベール様、どういう事か説明して下さいっ!今日から野営訓練では無かったのですかっ⁈」


「エイダンこそ…どうしてここに…?」

「私は、忘れ物をお届けに来たのですよ!」


 エイダンは、私に弓を差し出した。

「あっ…!」

 そうだった…休暇の間、家で調整するため持って帰って、調整した後そのまま忘れてた…


「全く…忘れ物はするわ、初日から独房にいるわ…ジルベール様、あなたもう下士官なのでしょう?下士官って、そんなに独房に入るものなのですか⁈」

「たまたまだよ…本当…久しぶりだよ。」

「嘘おっしゃらないで下さい!慣れた感じで寛いでいたじゃないですか!セリージェの冒険なんか読んで…!どうして、独房にいらっしゃるのです?」


「………今朝、寝坊しちゃって……」


 私の答えを聞いたエイダンは、無言で怒りをあらわにした。


「お願いっ!父上には黙ってて!」

「言いますよ。言わない訳ないでしょう。あとで叱られて下さい。」

「そんなぁ………」

「ウィリアム様に、謝罪をして帰らないといけませんね…」


 エイダンは、呆れ返りながら、独房の檻の外で、小言を続ける。


「本当に…貴女はどうしてそう……とにかく、野営訓練中も、お手紙はきちんと書いて下さい!普段どんな行動をお取りになっているのか、心配でなりませんよっ!何度も言いますが、ジルベール様は家督をついだも同然です。何事も可能性を捨ててはいけませんよ?ガルシア家の将来を思うのであれば、私の言う事を少しはお聞きください!!」

「手紙はちゃんと書くよ…」


「約束ですよ?少しでも、対人関係や社交で、疑問に思われる事があったら、全てお手紙に書いて下さい!貴女の教育係として、この私が!淑女としての正しい対応を、きちんとお教えしますからねっ!」


 エイダンは独房の檻をギリギリと握りしめ、決意を固くした。

 執事頭であるエイダンの所作は、私が見ても、とても綺麗だと分かる。モニカも、エイダンの作法は、高位貴族の家でも通用すると褒めていた。

 そんなエイダンは、私の礼儀作法全般が、残念でならないのだ。

 

 私だって、出来る事ならエイダンの期待に応えたい。でも…言うは易し行うは難しとは、まさにこの事だ。


「あっ…あのね!エイダン!そう言えば、聞きたい事があるんだけど……」

「何ですか?何でもお聞きください。」


「社交の場で、男性に挨拶されたら、どうすればいいの⁈」


「はあ?ジルベール様、社交での挨拶なら、いつもモニカ様にされているではありませんか。それこそ、歯の浮くようなセリフをスラスラと…それについては、ジルベール様は問題ないと思いますよ?」


「歯の浮くような…そうかな…モニカには、本心から思った事を言ってるだけなんだけど…えっとね!違うんだよ!エスコートする側じゃなくて……エスコートする側はね、広報部からの指導で、一応ちゃんと出来ると思うんだけど…聞きたいのは、される側の方なの!」


「エスコートされる側の挨拶ですか?」

「そうなの!」


 エイダンは、姿勢を伸ばして腕を組み、一瞬考えた後、人差し指を立てて、言葉を続けた。


「あまり難しく考える事ではないと思います。例えば…そうですね。夜会等で、男性からご挨拶されたとしましょうか。お相手は、ジキル様だったとしましょう。」

「うんうん。」


「ジキル様は貴女に、お会いできて光栄です、等と仰った。ジキル様はガルシア男爵ですから、お返事としては軽く微笑んで、ありがとうございます、ガルシア男爵様、となりますよ。」


「うーん………しっくりこないなあ……」

「ジルベール様、しっくりくるとか、こないとかじゃなくて、決まり事ですよ。定型文みたいなものです。状況にもよりますが。頂いたご挨拶に対して、ありがとうございます、と言うのは、当たり障りなく使えるものですよ?」


「うーん…ありがとうございます……?」


 あの時、街で…私の右手を取って挨拶をしてくれたアイゼン少佐に対して、ありがとうございます…


 何だか違う気がするけど…でも、なぜ違う気がするのか、分からない。


「ですが、ジルベール様から、その様なご質問をして頂けるのは、私も嬉しいですよ。成長なさっていますね。しっくりこないと言うのは、その時どういう状況だったので───」




「ガルシア軍曹、そちらの男性は?」




 エイダンの言葉を遮って、独房室に、低い声が響いた。


 アイゼン少佐だ。ここに何の用だろう?

 少佐はエイダンを見て、顔をしかめた。


「私の家の、執事頭であります、少佐。」

 私は檻の中から、敬礼をしながら答えた。


「君の家の執事頭……そうでしたか。いきなり失礼をしました。ノア・アイゼンです。」

 少佐は、私の答えを聞くと表情を和らげ、エイダンに向き直って挨拶をした。


 そして、少佐は独房の檻の中に手を伸ばすと、私の右手を頭の上から、そっと下ろした。


 エイダンは、少佐のその動作を見て、一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに何事も無かった様に、少佐に向かってお辞儀をした。


「ご丁寧に…ありがとうございます。いつも、ジルベール様がお世話になっております、ノア・アイゼン侯爵子息様。(わたくし)、ガルシア家の執事頭を務めさせて頂いております、エイダンと申します。」


 さすがエイダンは、例の事故の件で、少佐の名前と、侯爵家の子息であるという情報をしっかり記憶していた。


「先日は、私の誤解から、ご令嬢に大変失礼をしました。非礼をお詫びします。」


 少佐は、先程の野営訓練全体説明の時とは、別人の様な綺麗な口調で、エイダンに話しかける。


 まるで高位貴族みたいだな。


 ……高位貴族だったな、この人。

 

 少佐は、武芸も社交も完璧なんだ。

 

 自分が死なない為、武芸に必死で、社交は疎かにしている…私とは雲泥の差だな…すごい人だ…


「ノア様、とんでもございません。ジルベール様に、誤解を招く部分があったのでございましょう。お気遣い頂く事ではございません。」


 えー…私、誤解を招く部分無いと思うんだけど…

横目でチラッと視線を送る私を、エイダンはキッ!っと睨み返してくる。


「いえ、ご令嬢に怪我をさせてしまったのですから…後日、正式に謝罪に伺います。」

「ノア様…そんな、謝罪など不要です!」


 さすがに恐縮するエイダンに、少佐はたたみかける。


「本来なら、すぐにそちらにお伺いすべきでしたが…こちらの都合で申し訳ないのですが、軍務の都合がどうしても付けられなかったのです。必ず、謝罪にお伺いします。ガルシア男爵と夫人にも、宜しくお伝え願います、エイダン殿。」


「……承知いたしました。お待ちしております。」


 ついに、エイダンが折れた。少佐は、満足そうに微笑んでいる。


「ノア様、話は変わってしまいますが…ウィリアム・リー男爵子息様は本日どちらに?ウィリアム様には、ジルベール様がお世話になっておりますので、ご挨拶をして帰りたいのです。」


「恐らく、今の時間は執務室に。ガルシア軍曹、エイダン殿と一緒に、独房から出て良い。リー中尉の許可は得ている。エイダン殿を執務室に案内してあげなさい。」

 少佐は、笑顔のまま答えた。

「はい、少佐。」


「エイダン…ほんとにリー中尉に会って帰るの…?」

 執務室までエイダンを案内する事になり、バツが悪そうに言う私に対して、エイダンは少し声を荒げた。


「ジルベール様…!当たり前でしょう⁈なぜ、いつもいつも…ウィリアム様を困らせる様な事をなさるのですっ⁈ご自身が、そしてガルシア家が、ウィリアム様のお陰で、今がある事をなぜご理解なさらないのですか!!」


「違うよ!そんな事ないよ!分かってる!私、分かってるよ⁈リー中尉の指示だけは、絶対、絶対、聞くって決めてるんだから!リー中尉に何かするような人は、私が──」


 私は檻を掴んで訴えた。


 私だって、分かってる。

 リー中尉が、私のためにどれだけ苦労して…

 今だって…

 リー中尉の為なら、私は……


「ジルベール様っ!何ですかその言葉遣いは!ノア様の前ですよ!失礼でしょう⁈」


 私はハッとした。


「………申し訳ありません。」

 少佐の方は見る事ができなくて、私は言いながら俯いた。


「エイダン殿、私は彼女の言葉遣いについては、何も思いません。」


 私のおおよそ赤点レベルの謝罪を聞いて、少佐はエイダンに言葉をかけた。


 そして、独房の鍵を開けると、私の手を引いて檻から出してくれた。そのまま自分の隣に引き寄せると、右の掌をぽん、と俯く私の頭に乗せた。


「ジゼル、君は今まで言葉遣いよりも、優先すべき事があっただけだ。これから学べば良いのだから。」

「アイゼン少佐………」


 私に向かって穏やかに揺れる、少佐の紺色の瞳を見て、私は落ち着きを取り戻した。


 そして、礼儀作法のなってない自分を、初めて残念に思えた気がした。


 少佐は、私に向かって微笑んでくれている。

 それなのに、私はまたしても、どう返せば良いのか分からない。


 軍人じゃなくて、モニカみたいな…

 立派な淑女であったら、良かったのに…


「だが…独房で読書をしているのは、感心できないな。私室から持ってきたのか、君は。用意がいいな。」


 少佐は、私が手にしているセリージェの冒険を取り上げ、これは君の私室に戻しておく、と告げた。

 それを聞いたエイダンが、ため息をついて、私を睨む。


「それはそうと、ジゼル。君に伝えたい事があって、ここへ来たんだ。今日、夕食を私の実家で──」



「旦那!!今、正門から来客が来たと連絡が来ましてねぇ!ここにいるなら丁度良かった!一緒に門を開けに来てくれませんかねぇっ!!」



 何か言いかけた少佐の言葉を遮って、独房室の外で待っていた守衛の男が、怒鳴り込んできた。

 いつも穏やかな人なんだけど…少佐に対して、何故だか態度が荒々しい気がする…とげとげしているというか……


「………行きましょう、守衛殿。ジゼル、詳細はリー中尉から聞いてもらえないか?」

「はい、少佐。」


 エイダンに、また後日、と告げて、少佐は守衛の男と出て行った。


 私と2人になった独房室でエイダンが聞いてくる。

「ジルベール様、本当にあの方に、例の事故で投げ飛ばされたのですか?」


「正確には、投げ飛ばされて、みぞおちを殴られた後、気絶するまで首を絞められた。事故でね。」

「いやいや、嘘でしょ……そんな風には……むしろ、ジルベール様の事を……」


 エイダンは、信じられないと、何やら呟いている。


「ジルベール様、もしかして、先程のご質問のお相手は、ノア様ですか?男性から挨拶をされたらどうすれば良いのか、と。」

「そう、アイゼン少佐なんだけど……」

「ちなみに挨拶とは、具体的にはどの様なご挨拶をされたのですか?」


「昨日、街に呼び出されたでしょ?その時に、右の手の甲に……その……」

 何だか気恥ずかしくて、モゴモゴ言う私を見て、エイダンは察してくれた。


「ああ……そういう事ですか……でしたら、その場合は、何も言わずに微笑んでいて下さい。ジルベール様の力量では、下手に何か返そうとすると、ぼろが出ますからね。」


「そっか……その方が、ありがとうございます、よりは、しっくりくるかも。」

「納得されて結構ですが、ご自身の力量の無さを、多少憂いて頂きたいものですね。」

「そうだね……」


 俯く私に、エイダンは続ける。


「それと、ジルベール様。ノア様は、私的な用件の時に、ジルベール様の事をお名前で呼んでらっしゃいますよね?」

「名前?」


「ジゼル、と。呼ばれているでしょう?」


 そんな事も分からないのか、と言う様な目で、エイダンが見てくる。


「ああ、そういえば、そうだね。」

 何だかもう、少佐に前の名前で呼ばれる事は、何とも思わなくなっていた。

 それどころか、穏やかにその名を呼ばれると、ほっとする。


「そういえば、ではないでしょう?全く……ノア様に、お名前で呼ばれた時に、敬称で返すのは、おかしいですよ?」

「敬称……」

 そういえば、街で少佐にも、似た様な事を聞かれた気が……


「ジゼル、と呼ばれているのに、少佐、と返しているでしょう?」

「……おかしい事なの?それは……だって、少佐は少佐でしょ?」


 エイダンは、盛大なため息をついた。

「ジルベール様は、ジキル様に、ジルと呼ばれたら、男爵と返すのですか⁈モニカ様に、ジルと呼ばれたら、公爵令嬢と返すのですか⁈」

「確かに……それはおかしいね……」

「そうでしょう⁈」

「じゃあ、少佐にジゼルって呼ばれたら、何て返せばいいの?」


「ノア様、に決まっているでしょう⁈ここまで説明して、なぜ分からないのですかーっ!!」


「!!」


 私は雷に打たれた気がした。

 青天の霹靂(へきれき)だ。


 目を丸くして、両手を握りしめ、ぷるぷる震える私の横で、エイダンが俯いて残念そうに掌で目を覆っているが、私は今それどころではない。


 ノア様………ノア様………


 ノアさま……


 これは…

 淑女になるための、最初の試練かもしれない。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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