14.親ばか
「え?本日、夕食を……ですか?」
アイゼン少佐と2人残された会議室に、リー中尉の拍子抜けした声が響いた。
「ああ。軍務中に、私的な内容で申し訳ないのだが、都合はつけられるか?」
良かった…間違いなく、ジルの奴が初日から遅刻した事に対する、叱責だと思ったのだが。助かった。
しかもあいつ、馬鹿正直に二度寝したとか言いやがって。たまに怖いもの知らずで恐ろしいんだよな…あいつの発言は。
「リー中尉、どうなんだ?」
「は、はい!少佐。ありがとうございます。ですが…何故、私が少佐のご実家にお招き頂けるのでしょうか?」
「今回、君は、うちからの縁談を受けてくれたろう?知っているだろうが、ハリス子爵家はうちの遠縁だ。今後も、うちとは付き合いがあるだろうから、私の両親が、是非にと。急で悪いが来てくれると有り難い。」
「そうだったのですね……ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
「では、その様に家に伝えておく。私の両親と、私も同席するが…ガルシア軍曹にも声を掛けようと思っている。その方が、君も緊張しなくて良いだろう?」
「はい。お心遣い感謝いたします、少佐。」
「軍を、18時にアイゼン家の馬車で出よう。ガルシア軍曹には、私から話しておく。その時に独房からは出すが、構わないか?」
「その様にお願いいたします。申し訳ありません、私の教育不足で初日からお見苦しい姿を───」
「……二度寝か。よほどベッドの寝心地が良かったのだろうな。」
「…………」
アイゼン少佐も、冗談を言うのだな。それにしても、ジルの寝坊については寛大だな。まあ、言ってあいつは下士官だ。その位の兵には、佐官ともなると寛容なのかもしれない。
前任の連隊長は、良くも悪くも事なかれ主義だった。
日頃の訓練はもちろん、前線へ隊が向かう任務の時でさえ、現場に顔を出すことはない。状況報告さえしていれば、特に何も言われる事は無かった。
部下がどうなろうとほったらかし、しくじれば現場の者に責任をとらせる。
そのくせに、軍で花形の普通科や、特殊武器科をいつも羨ましがっていた。
だが、こちらはジルベールやオーウェン達が、やる気さえ出してくれれば、任務を遂行出来ない、等という事はない。
むしろ、あの2人の突拍子も無い行動を知られない分、良い上官だったと言える……
正直、自分の軍服を売り捌いて酒代にする位、笑って許せる可愛いものだ。本気で箍が外れたあいつらの行動には、毎回正気を疑う。
アイゼン少佐は、こちらを兼任しており、基本的には普通科の方に重点を置いているだろう。
普通科の同窓に聞いたが、アイゼン少佐は今回の様に、訓練には必ず顔を出し、前線にも赴いて的確な指示を出す。
上官の鑑の様だが…当然規律に厳しく、容赦無い。
うちの中隊に対しては、さほど厳しく無さそうだが…気は抜けないだろう。
普通科の部下を蹴り倒す姿は、軍内で良く見かけるし、無駄口を叩いただけで、その場で薙ぎ払われた者もいると聞く…
俺は、高位貴族達の考えについては良く分からないが、私生活でもこんな感じなのだろうか…
そりゃあ、縁談も断られるよな。俺が縁談を受ける娘の親なら、もっと人間味のある人でないと、心配になる。
まあ、とにかく…今回のジルの行動は、少佐の怒りには触れなかった様だが、いつ逆鱗に触れてしまうか…怖いところだ……
ジルとオーウェンは、新兵の頃から、面倒を見てきた。軍人として一人前になった頃には、実力も十分だったが、変な行動力も十分過ぎて、いざ、どこかの小隊に付けて独り立ちさせようと言う時に、どの小隊長も、厄介事を恐れて首を縦に振らなかった。
ただ一人、当時小隊長になりたてだった、同窓のマシュー・ルイスだけが、二つ返事で了承してくれたのだ。
マシューには感謝だ。
そこから、ずっと2人は、マシューの隊に付けている。マシューは、前回の野営訓練で、アイツらがあんな騒ぎをおこしても…さすがに怒りはしていたが…別の隊に移せなどとは絶対に言い出さない。あいつらは、騒ぎは起こすが、きちんと戦果も上げるからな。どちらかと言うと、マシューは2人を気に入っている方だろう。
特に、ジルはマシューに気に入られていると思う。それなのにジルのやつ、マシューが直属の上官じゃないのを良い事に、何かと反抗的な態度を取りやがって…
マシューがいきなり訳の分からない事を言ってきて怖いだの、前の名前で呼んできて嫌だの…
いきなり訳の分からない事を言い出して怖いのは、お前だろうが!
マシューの指示を聞く様に、改めて言った方が良いな。
ジルは、俺が自分で言うのも何だが、黙っていれば、かなり可愛いと思う。田舎の実家で暮らす、俺の妹に匹敵する可愛さだ。
特に、広報部の依頼で、ポスター用の写真を撮る時の衣装は、すごく似合っている!
あいつは特に、俺の妹と同じで、ピンクが似合うな。
詰襟で、長袖、露出が少ないやつが良い。
次の撮影はいつだったか…俺も必ず行く様にしているから、広報部に予定を確認しておかないと…
大人しくさえしていれば、言う事はないのだが、
あいつ…軍服を売り捌きやがって…
どうせ、服なんかまた貰えば良いとしか、思っていない。
自覚が無いんだよな…心がガキのままだ。
王命により軍人にさせられたせいで、淑女教育を受けていない…それはガルシア家から聞いているが、あいつももう18だ。そろそろちゃんと学ばせるべきだよな。
恐らく、今のジルの実力なら、運が悪くなければ、大抵の任務なら、無事に帰還出来るだろう。多少訓練の時間を削って、貴族令嬢としての、礼儀作法なんかを学んでも良いと思うのだが、なぜだかあいつは避けるんだよな。
どういう心境なんだ…
そのくせ、数年前から……あの時からだな。
ジルがバンシーの旅団と接触してからだ。
その戦果で、ジルは伍長から軍曹になり、俺も少尉から中尉に昇格した。
それ以降、あいつらに何を言われたのか、狩りや体術や…嫌がってた武芸全般に目覚めだして…
狩りの腕なんか、おそらく、その辺の本職の奴より上だと思う。
軍人としては良い事なのだが、エイダン殿が、嘆いている。
自分の軍服だって、買い取った奴がどういう使い方をしているか、考えた事もないのだろう。ガキすぎて、考えつかないんだ、あいつは……
はぁ…心配だ……どうすりゃ良いんだ……
最近は、貴族の子どもや令嬢を、誘拐する事件も多いみたいだからな。
優しい振りをして近づいて…
あいつ、美味い物とかで簡単に付いて行きそうだからな。
このままじゃ、変な男に騙されて…
気がついたら監禁されてた、何て事になったら…
ガルシア家に、俺は何て詫びれば良いんだ…
とりあえず、今回の野営訓練中、少佐の怒りに触れない様に、あいつの幼稚な態度を見逃して貰えるよう断っておくか…悪い予感しか、しないからな。
「アイゼン少佐、」
「何だ。かなり長考していたようだが……」
「今回、私の中隊の野営訓練をご指導頂けます事、感謝申し上げます。その…ガルシア軍曹の事なのですが……」
「話せ。」
「はっ。ガルシア軍曹は、偵察班の兵ですが、ご存知の通り、偵察班は中隊直下の部隊です。他の隊に比べ上官も少なく、ガルシア軍曹の直属の上官は私になります。加えて、ガルシア軍曹が新兵の頃から私が面倒を見ている事もあり、中隊長の私にも、常日頃から先程の様な態度です。ですが、彼女はまだ若く………」
「……リー中尉、何が言いたい。」
「率直に申し上げますと、訓練中の彼女の無駄口や、反抗的な態度の多さには、目を瞑って頂けないでしょうか。目に余る様でしたら、私の方から指導します。あれでもようやく、戦力になって来た所なのです。」
「分かった、その件は構わない。」
「その件は、と言いますと…?」
俺が尋ねると、アイゼン少佐は悲痛な声で返してきた。
「ガルシア軍曹が……自分の軍服を売って酒代にしていたというのは本当か?」
「え?ああ…その様ですね。」
悲痛な声で、何を聞かれるのかと思ったら…
何だ、軍服の件か…
「その様ですね、では無いだろう⁈」
アイゼン少佐は少し語気を荒げて言った。
「失礼しました、少佐。この件は、広報部からも嘆かれておりまして…広告塔である、ジルベール・ガルシアの支持を落としかねません。私も重く受け止めております。」
「彼女が広告塔だから、という問題では無い!!」
少佐は、さらに声を荒げる。
この人は……
ジルの様な年頃の娘が…しかも仮にも、貴族令嬢が、自分の衣類を売るのが信じられないのだろう。
だが、この国は…貧しければ、生活の為に身売りをする者もいる。正直、服を売る位、何でもない事だ。
高位貴族の方は、お上品な事だな。
そもそも、偵察班では路銀が尽きた時、身元を隠しながら、衣服や、装備品を売るのは定石だ。ジルにも、それは教えている。今は…狩りの腕が立つから、取った獲物を売ってるだろうが、皆がそうでは無い。
まあ、今回あいつは、酒代欲しさに売りやがったからな…
庇う事はできないが…
少佐は、具合が悪そうに目頭を抑え、ため息をついた。
マシューも、この件を聞いたとき、似た仕草をしていたな。
まあ、当然か。
アイゼン少佐とマシューは、従兄弟だからな。
「リー中尉、君はハリス子爵令嬢と、近く結婚するが…」
「はい。」
少佐は、具合が悪そうに言葉を続ける。
「君は、ハリス子爵令嬢が、同じ事をした場合、どう思う?」
「えっ…ですが、それとこれとは──」
「私はそう言う心境だ。」
「…………」
「事は重大だ、と言う事だ。」
「………はい。私も、非常に重く、受け止めています。」
「分かっているならいい。……それで、事が発覚した状況は聞いているのか?」
「はい。同じ酒場に居合わせた市民に売って、酒代にしており、恐らくかなり前から、常習的に行っていた様です。今年に入ってからも、軍服の上下ともに、既に数着売り捌いています。」
「下もか⁈……その後どうやって帰ったんだ…」
「先日、軍服を買った市民から、本当に軍人令嬢ジルベール・ガルシア本人の物なのか、と問い合わせがあり、発覚しました。」
「なんという事だ……」
少佐のここまで悲痛な声を、俺は初めて聞いた。
ジルの行いが、余程生理的に受け付けないのだな。
「本当に、私の教育不足で申し訳ありません、少佐。」
「今すぐ止めさせろ。繰り返すならすぐに、報告する様に。この件の始末は俺がつけておく。」
「はっ。ありがとうございます、少佐。」
「行っていい。」
「失礼します。」
頭を抱えて嘆く少佐を残し、会議室を出た。
無傷で出れたな…
約束だと、ジルを許す事になっている。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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