4.ジルベール・ガルシア
この国、リソーは、首都の隣の領地に、この国の最も大きい軍事基地があった。兵の訓練はもちろん、士官学校も隣接されている。この国に数ある主要軍事基地の1つであり、とある理由で最近民から絶大な人気のある基地である。
そして今日も、堅く閉ざされた基地の門付近に、若い女性達が集まっている。集まってくる女性たちをターゲットに、カフェや飲食店が店を出し始め、軍事基地の周りには市場が立ち並び始めた。
もともと森に囲まれた軍事基地だったのだが、基地の周り以外は開発が進み、他国の商人も良く流れてくる。他国の文化が一早く入る地域である事から、流行の最先端を行く地域になりつつある始末だ。
そして軍事基地の周りには、目当ての軍人を一目見ようと集まった町娘達が、わちゃわちゃ騒ぎ立てている。
こちらのとあるカフェの一角では、友人と思しき若い町娘の3人組が、会話に花を咲かせていた。
「あー!今日も見れるかしら〜!!麗しの軍人令嬢ジルベール様…私の生涯の推し…!」
「私この前見たんだけど、ほんっ……ともう素敵だっ─」
「素敵だったわよねーー!」
「ちょっと最後まで言わせなさいよ!」
「ああ~淡い銀色の長い髪、優しい水色の瞳、か細くも凛々しい手足…そして何より不遇な設定!」
「設定って言うな!」
3人の中の1人は、キャッキャとはしゃぐ友人2人に疑問を呈した。
「ねー、私よく知らないんだけど、その軍人さん、そんなに良いわけ?っていうか女の人なの?ジルベールって名前なのに?」
「あー!あんた最近こっちに来たばっかりで知らないんだっけ⁈もう知らないなんて損だよ!すでに今この瞬間も損している!」
言いながら友人の1人が、飲んでいた冷たい紅茶のストローを、ビシッとこちらに向けてくる。
紅茶のグラスの縁には、赤紫の異国の花が飾られている。
「今この瞬間も…そんなに…?」
「あのねー!さすがにこの国の、ガルシア男爵家って知ってるでしょ?」
「あー…確か、どのくらい前か分かんないけどー…だいぶ前?に領主が謀反を起こしてー、」
「そうそう!当時の国王を殺そうとしたんだけど失敗して、もとは有力貴族だったらしいけど今は男爵、そして代々嫡男を従軍させられてるのよ!」
「そして、現在のガルシア男爵家嫡男だった、ジルベール様のお兄様は、殉職してしまわれたのおぉぉーー!」
「そして、ほかに兄弟のいなかったジルベール様は、幼くして今の国王に入軍させられたのおぉぉーー!」
2人の町娘は、頬に手を当て、友人に向かって悲痛な素振りを見せる。
「えっ!それだけ聞いたら国王最低じゃね?」
「そうなの!最低なの!でもおかげで麗しの軍人令嬢ジルベール様が誕生したと考えれば、国王グッジョブともいえるの。」
公衆の面前で、悪びれもなく為政者の悪口や噂話を言えるのは、いつの時代においても彼女達の特権である。
「実際支持率上がってるし」
「いや支持率との因果関係あるのかそれ」
「むしろジルベール様のおかげで支持されてるようなものだから。国王ごときがわきまえろよ。」
「いやでもだとしたらすごいなジルベール様」
「そうなのよ!そして、数ある麗しエピソードの中でも私が推すのは、公爵令嬢モニカ様との出会いね」
「あーー!あれ、いいわよねー!!」
「え、なになに、どんどん気になってきた」
ついにこちら側に傾きだした友人に、2人が畳み掛ける。
「あのねー、王城で有名貴族を呼んでパーティーかなんかがある時って、軍の人が警備に着くじゃない?まだ子どもだったジルベール様も警備のため王城にいたら、モニカ様にあっつ熱のコーヒーをかけられたらしいの!あ!ちなみにモニカ様はジルベール様と同い年みたい。」
「なんか本当だとしたら情報網すごいな」
「それで、時は流れて2年前、ジルベール様が16歳の時にね、同じようにジルベール様が王城で警備をしていたその場で、モニカ様は婚約者に婚約破棄されたらしいのよ!」
「ちなみに理由は、モニカ様の性格のキツさって言われてるわ。」
「え!もはやドラマの世界じゃん」
「そしたらねー!ジルベール様は、婚約破棄されたモニカ様にひざまづいて、こう言ったらしいのー!」
────────────────
「あの時、ジゼルは私にこう言ったわ。
──昔の私は、貴方を不快にさせるだけでした。ですが今は違います。私に、過去の非礼を詫びさせ、貴方をエスコートさせて下さい。そして私を友という名の生涯のパートナーにして下さい──
って。」
「うわー、きっつ……」
エイダンは右手を広げ、両目を覆った。
「ちょっと、あなた執事でしょ、他に言い方あるんじゃないの?とにかく!ジゼルは私をもう不快にさせないって言ったのに!約束をすっぽかすなんて!しかもこれで何回目よ!」
「申し訳ありません…。ジルベール様も楽しみにされていたんですが、今朝急に軍から呼び出しがあったのです。」
「軍だから何なのよ!今度文句言っといてやるわ!」
「それはジルベール様もお喜びになられるでしょう、ありがとうございます。とにかく、お疲れでしょうから中へどうぞ!モニカ様のお好きなケーキもご用意しております。」
「そう、ジゼルの分も取っておきなさいよ。」
「かしこまりました。」
そうして、公爵令嬢は執事頭の若者に案内され、ガルシア邸に入っていった。




