10.監禁する気じゃないだろうな⁈
「ノア!お疲れ様!」
ノアは執務室に行く途中、背後から呼び止められた。
「兄上、本日は軍にいらっしゃってたのですね。」
ルーカスは、人当たりの良い笑顔で、手を振りながら弟に歩み寄る。
「そうなんだ。用があってね。忙しい所呼び止めて悪いけど、ノアに頼まれてた件、済ませたから伝えたくてね。明日にでも、兵舎に届くと思うよ。ガルシア軍曹が所属する中隊の野営訓練開始までに、設置する時間はあるだろ?」
「十分間に合います。ありがとうございます、兄上。」
ルーカスは、弟と並んで歩きながら話を続けた。
「でも良かったの?いくらノアが自分で買ったとはいえ、軍の私室にあれこれ持ち込んじゃって。カーテンとか、テーブルとか…ベッドなんか、侯爵家で使ってるやつと同じものに丸ごと変えただろ?確かにうちのやつは寝心地が良いけどね。」
「上官の許可は頂いていますから。」
「そう…ならいいけど…」
ノアは、前々から、ジルベールが野営訓練で兵舎を利用するにあたり、自分の隣の私室を、彼女に使わせる事に決めていた。ちなみに隣は、今まで偵察班を管轄していた前任者が使っており、ノアは他の軍事基地に配置替えと称して彼を飛ばした後、私室も空き部屋として押さえていた。
彼女が気に入る部屋にするため、兄のルーカスに彼女の好みを伝え、家具やその他、彼女が喜びそうな物を手配してもらったのだった。
「まあでも、俺もノアから聞いて、ソフィアと一緒に選んだのだけどね、こういうのは、俺よりソフィアの方が詳しいし。なかなか楽しかったよ。ティーセットは、ソフィアも凄く気に入ったデザインでねぇ、自宅用にも同じ物を買っちゃったよ!」
「ありがとうございます。義姉にも、よろしくお伝え下さい。」
「そういえば、室内用の服も、ソフィアが選んでくれたけど、本当にあの色で良かったの?」
「はい。なぜです?」
「ソフィアがね、普通婚約者だとか…そう言った女性に服を贈る時は、自分の髪色とか瞳の色を入れたりするって。紺色にしなくて良かったの?」
「……彼女は、薄い黄色が好きですから。服は好きな色の方が喜ぶでしょう?紺色は、特に好みでは無いと思いますので。」
「そっか、分かったよ。」
「ちなみにジゼルの嫌いな色は、銀色です。あと、好きな本のシリーズは、兄上にも手配して頂いたベネット公爵の著書なのですが、私としてはそろそろ実用的な本も読んで欲しいと思っています。戦術書等も、読み始めないと…ジゼルはまだ若いですが、ああ見えて軍曹でしょう?読み始めるのが遅い位ですよ。今回、読みやすい本を選んだつもりなのですが、自分から読み出してくれるか、心配です。彼女なら、近いうちに必ず将校になるはずですし…ジゼルは、将校の軍服もきっと似合うでしょうね。あと───」
「……………………」
ルーカスは、執務室に着くまで延々と喋り続けるかわいい弟に、優しく微笑みながら相槌を打っているが、父親がガルシア家に縁談を申し入れに行かない様なら、今度から聞き役は父親に頼みたいと切に願っていた。
執務室の前に着くと、やっと弟の惚気は収まったが、あまりに一方的すぎて、惚気と言えないかもしれないのがルーカスは非常に不安だった。
おそらく彼女の方は、ノアについて名前位しか知らないだろう。いや、名前も知っているのか怪しいレベルだ。
「では兄上、私はこれで。お手数おかけしました。」
「ノア………」
「はい、何でしょう。」
「分かっているとは思うが…野営訓練が終わったら、彼女はまたガルシア家に帰るのだからな?ずっと私室に居る訳ではないからな?……な?」
「兄上、さすがに野営訓練期間が終わるまでには、父上もガルシア家に赴くでしょう、何ヵ月あると思っているのですか?」
微笑みながら言う弟にルーカスは焦った。
「いやいや、父上がガルシア家と話を付けたとしても!ちゃんと帰すのだぞ⁈」
「兄上、それではまた。」
「ちょっとまて!ノアッ!お前まさか───」
──バタン──
そうしてかわいい弟は執務室の扉を閉め、中に消えて行った。