9.このパターンね…
私は私室で眠ったその夜、きれいな姿の兄の夢を見れた。
兄が亡くなってから、夢でも良いから会いたいといつも願っていたけど、兄の最後にあんな姿をみたせいか、いつもまともな姿で、夢に出て来てくれる事は無かったのだ。
私は、きちんと人間の姿をした兄と、少佐が連れて行ってくれた店で食事をしている。私達の前には、テーブルが見えない位の料理が並んでいる。
「お兄様は、とても沢山食べるのですね。」
「軍にいると、家にいる時よりもお腹が空いてね。」
兄の薄い金髪が優しく揺れる。水色の瞳が私を見つめる。
大好きな兄だ。誰よりも会いたかった…
「お兄様、私…お兄様と同じ歳になっちゃったんだよ?」
「ええ?ジゼル、何を言ってるんだい!おかしな子だなあ!ジゼルは10歳でしょ?俺は18、同じ歳にはならないんだよ。」
兄は、パスタを取り分けながら、あはは!と笑う。
兄の水色の瞳には、確かに幼い子どもの姿が映っている。
「あれ…そうだったっけ?」
「そうだよ。ジゼルはたまに変な事を言うよね!子どもらしいというか…ほら、お食べ。」
「わー!美味しそう!私肉団子のパスタ大好き!!」
「よかった。今度、家の皆も連れてこようね。」
「うん!」
「お行儀良く食べないと、エイダンに叱られちゃうぞ、ジゼル。」
「エイダン、厳しいんだもん。嫌になっちゃうよ!」
「ジゼル、君のためなんだよ?エイダンが厳しく言うのは。ちゃんと言う事聞きなさいね。」
「ちぇー……」
兄は笑いながら、私のお皿にどんどん料理を取り分ける。
「ちょっと!お兄様!私はこんなに食べられないよー!」
「あはは!少食だなあ、ジゼルは。そんなんじゃ大きくなれないぞー!」
「本当に多すぎよ!お兄様ってば!」
………ル………ジゼル………
「……お兄様、お腹いっぱいだけど、そのミートローフは食べる………」
「……軍曹、ガルシア軍曹。」
「!!」
私はハッとして目を開けた。
どこだ……ここは……ものすごくふかふかなベッドだ。
ベッドの横、暗がりの中に誰かいる。
「お兄様………」
じゃ、無い。兄は8年前に死んだ。
私は軍人だ。
ここは、いつもの兵舎……じゃなくて、
そうだ、私は今回私室に…
そこまで記憶が戻って、冷や汗が出た。
じゃあ横に立って、私を見下ろしているこの人は…
「リー中尉…?」
違う。リー中尉やオーウェンは、私が起きるのをいちいち待ったりしない。蹴っ飛ばされて起こされる。
誰だ?知らない人…⁈
そうだ、私短剣を手に…
「うわっ!」
私はベッドの上で後ずさって、ベッドの端から落ちた。
ゴツッ───
「痛っ!」
頭の上に、サイドテーブルに置いていた短剣が落ちてきた。
家で寝る時以外は、いつも短剣の鞘に付けている網紐を片方、左手首に結んで寝ている。
痛さで完全に目が覚めた。頭を抑えていると、近づいてきた人影に、両脇を抱え上げられて、ベッドの上に戻される。
抱え上げられた感じで、分かるようになってきた。
この人は───
「起きたか?ガルシア軍曹。」
「どうして少佐がここに………」
アイゼン少佐だ。
だいぶ暗闇に目が慣れてきた。軍服を着た少佐は、腕組みをして立ち、こちらを見下ろしている。
今は…まだ夜中だな。少佐は懲罰の傷が落ち着いてきたのだろうか…相変わらず血の匂いがするが、先程より具合は良さそうだ。
少佐から、血の匂いに混じって、紫煙草の匂いがする。
紫煙草は、麻酔効果の強い、軍用の煙草だ。負傷兵には、医療品として支給されるが、軍の購買部でも買う事ができ、使用すると疲れも取れるため…結局はその麻酔効果の強さによるものなのだが…軍人なら多くの者が普段から愛用している。
効き目が強すぎるため、一般市民の常用は禁じられているが、高値で買いたい者も多く、横流しが絶えない。
私は紫煙草の、その独特の匂いが好きでは無いため、医務室から処方された時以外は使用しない。それに、体に匂いが付くと、偵察班の任務に支障が出る。
そういえば、父も紫煙草の匂いは嫌いだと言ってたな。そして、兄もそうだったと、父が話していた。私達みたいなのは軍内では珍しい方なのかもしれない。
アイゼン少佐が紫煙草を吸っている姿を見た事はないが、微かに紫煙草の匂いがすると思っていた。第一師団の普通科の人達は、ほとんどが愛用者だろうから、少佐が吸っているのか、他の人から匂いが移ってるのか分からないが、今日は間違い無く、医務室から処方されたのだろうな……
そういえば…私は紫煙草は好まないのだが、前回の野営訓練で、オーウェン達と使った時は……良かったなぁ…
見つかって、独房に入れられたけど、独房程度で済むならもう一度位はやりたい。1人じゃ無理だし…オーウェンが話に乗ってくれるなら……
「ガルシア軍曹、ここは兵舎だ。上官が部下の部屋にいるのがおかしいか?」
私の思考が逸れ出した所で、アイゼン少佐が不機嫌そうに言い放った。
そうだった。確かに兵舎で上官に呼ばれた場合、何時であっても返事をせず出てこなければ、部屋に怒鳴り込まれても仕方がない。実際リー中尉には、今でも良く怒鳴り込まれ、相部屋のオーウェン達に迷惑がられている。
「も…申し訳ありません、少佐。」
慌ててベッドから降りようとすると、少佐は私の両肩を抑え、そのままで良い、と短く言い捨てた。
「ガルシア軍曹、君はいつも兵舎で、その様に丸まって寝ているのか?」
少佐が、呆れた様に聞いてくる。
「え…っと…丸まって……?」
あまり気にした事は無かったが、いつもオーウェンに、お前の寝相は最悪だと言われる。相部屋の2段ベッドの上で寝た時は、下に落っこちた事もある。
「ガルシア軍曹、質問に答えなさい。」
「は…はい。そうであります、少佐。」
自分で言ってて情けない。
何がそうであります、だ。
エイダンとのやり取りで、経験豊富な私は、なんとなく察した。
このパターンは……
「ガルシア軍曹、兵舎で丸まって寝てはいけない。」
ほら…
「兵舎で丸まって寝ていると、前線でもそうしてしまう。今すぐ正す様に。」
小言を言われる流れだ。
「ガルシア軍曹、返事は?」
「はっ、少佐。」
「それと…就寝時に短剣を手に結んでおくのは、良い策だと思うが…俺が横に立った時点で起きない様では、何の意味もないだろう?それどころか、上官に起こされる等、話にもならない。君は若い兵だが、もう軍曹だろう?2階級上から将校になる。将校になっても、上官に起こしてもらうつもりなのか?」
将校…准尉になった私を、大尉だか少佐だかになったリー中尉が、蹴り飛ばして起こす…
容易に想像出来た。
私が短剣を就寝時、左手に結んでいるのは、父の言いつけだ。私の寝起きがあまりにも悪い事を心配し、家以外ではそうする様に言われている。
例え寝起きが悪くても、手に短剣を結んで寝ていれば、標的から外され易いし、いつかは気配に気づいて起きれる様になるだろう…という父の期待だ。
残念ながら、私はまだ期待に応えられていない。偵察任務中、1人で野宿する時は、さすがにまだましだけど、こんなふかふかなベッドだと、起きれる訳が無いと思う。
「ガルシア軍曹、何を想像している…」
「も…申し訳ありません、少佐。」
アイゼン少佐は、大きなため息をついた。
なんだか私の周りの人達は、いっつもため息を付いている気がする。
「話は戻るが───」
あー……戻るのかー
エイダンからの小言にもあるなぁ、戻るパターンのやつ…
長引くんだよね…
「そもそも就寝時は、その状況下において、一番効率的に体力を回復出来る様考えねばならない。」
この人寝る時にそんな事考えてるのか。
そんなの、寝てたら自然に寝やすい体勢になるものなんじゃないの?
「私室のベッドで寝る時は、丸まらず、真っ直ぐ仰向けで寝なさい。訓練すれば、人の気配にもすぐ気が付く様になる。」
「はい、少佐。」
「あと…褒められる点については──」
あー、エイダンも、最後に褒めてくるんだよねー。
小言の言い方として、そういう構成になってるのかな。
でも、この最後の部分で口答えさえしなければ、
多分小言はすんなり終わるはず…
「常に軍服で寝る、というのは、軍人として素晴らしい心掛けだ。だが、相部屋ならそうすべきだが、ここは私室だ。先程も延べたが、就寝時はその状況下において、一番効率的に体力を回復出来る様考えねばならない。軍服ではなく、室内用の服で寝なさい。そちらの方が寝易い。」
「え?室内用の…」
「何だ?意見があるのか?」
「いえ、ございません、少佐。」
まずい、ここで口答えしたら、長くなるパターンだ。
「分かればいい。私室に戻ったら、室内用の服に着替える様に。」
「はっ、少佐。」
アイゼン少佐は一通り小言を言うと、さっさと出て行った。
何だったんだ…今のは…
私は運悪く交通事故にでも合った様な心境だ。
とりあえず、室内用の服に着替えるのは次回からにして、私はまたふかふかの布団に沈み込んで、寝る事にした。