3.ガルシア男爵
「お前がすべき事は丁寧な暮らしなどでは無く、今すぐ軍の呼び出しに答える事だ。」
「父上…」
ジルベールの父、ガルシア男爵は退役軍人だ。怪我で右足が不自由になったため前線を退き、しばらくは士官学校で教職をしていたが、嫡男である息子が軍人となったため、兄本人の勧めにより退役したのだった。
「気が進まないのは分かるがな。遅刻しない程度に行きなさい。」
そうしてゆったりと笑いながら、エイダンの引いた椅子に腰掛ける。退役してから続けているリハビリで、ゆっくりした歩行程度なら、杖があれば出来るようになっていた。
「承知しました。義母上はどちらに?」
「お前は今日、モニカ嬢とお茶の約束があると言っていただろう?手土産にモニカ嬢の好きなケーキを予約していたらしいのだが、軍の呼び出しが来ては仕方がないが…予約しているからと引き取りに行っている。引き取りついでにメイジーとカフェに寄ってくるそうだ。」
「旦那様、奥様が予約していたケーキは無駄にはなりませんよ!私がジルベール様の代わりにモニカ様とお茶をさせて頂きますから!」
エイダンがさも当然の様に笑顔で告げる。
「何っ!そうか…いや、もはや驚きはしないのだが…」
「義母上のケーキが無駄にならずに安心しました。」
ジルベールの母は、彼女が幼い頃に病で亡くなっており、物心ついた時から、継母のフレイヤに育てられた。実母の記憶はないが、遠縁の貴族女性だったらしい。優しく笑う肖像画が残っている。
継母のフレイヤは、実母を亡くした後、父が軍の任務中に出会った女性らしく、貴族出身ではない。しかし、特に出身を気にする様な家柄ではないため、問題にはならなかったようだ。
フレイヤの事は、継母だと教えられるまで、実母だと思っていた。それほど愛情深く、ジルベールも、ジルベールの兄も育てられたのだ。ジルベールの8歳下に、今10歳となる父とフレイヤの子、メイジーが産まれた。歳の離れたメイジーを、ジルベールだけでなく、ガルシア家の関係者全員が可愛がっている。
「軍に行く前にメイジーに会いたかったのですが。しかたないですね。」
後髪を引かれながら家を出る私に、父上はいつもの憂いを帯びた様な笑みを浮かべる。
「帰ったら、遊んでやってくれ。用件も告げられない急な呼び出しなら、そんなに時間はかからんだろう。」
「だといいのですが。泊まりになる様であれば、後日モニカ公爵令嬢から、文句を言ってもらいますよ。公爵令嬢のお茶の相手を取り上げるなんて、よっぽどですからね。」
「エイダンがいるからな。文句は出ないだろうな。」
どこに主人に代わって公爵令嬢とお茶をする執事がいるのだろうか。いや、うちに居た。
「そもそもモナもモナだ。いくらエイダンがお兄様の乳兄弟だったからって、親しくしすぎでしょ!」
「ジルベール、人前で愛称で呼ぶのはやめる様にといつもいってるだろう。」
「そうだそうだ!そしてさっさと出かけて下さい!」
なかなか私が馬車に乗らないので、家から出てきたエイダンが私に罵声を浴びせる。
「……エイダン、モニカ嬢はバラよりも淡い色の季節の花を好まれるから、その様に手配しておいて。」
「さすが、ジルベール様はお気遣いが出来るお方ですね〜!でもモニカ様のお好みは存じ上げておりますから、余計な心配ですよ。」
「…行ってくる」
私はもともと重かった足取りをさらに重くして、軍に向かった。