表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
29/120

2.彼女もまたポンコツな気がする…

 ジョセフ・アイゼンは、ベネット公爵子息と、軍のロビーにあるソファーに座り、愚息の帰りを待っていた。


「閣下、来ましたよ。ジルも一緒ですね。」

 先程より、ベネット公爵子息は、ロビーの窓から門の方を眺めていたが、ついに来たようだ。


「あらら、幸せそうに笑っちゃって。羨ましい限りだな。ねぇ、閣下。」


 幸せそうに、笑う⁈

 ソファーから立ち上がり、ちらりと窓から門の方を見ると、まだ遠くだが、確かにガルシア軍曹の隣に並んで、笑いながら歩いてくる軍人が見える。


 あれは…あんな笑顔を見せるのは、ノアでは無いだろう?ルーカスか⁈

 

 ジョセフ・アイゼンは、ガルシア軍曹の横に並び立つ軍人に、じっと目を凝らした。


 いや…愚息(ノア)だ…

 信じられん…まるでルーカスの様だ…


 そして、ため息をつきながら、またソファーに腰を下ろした。

 もうすぐ2人はロビーに入って来るだろう…

 いやしかし、ルーカスと見間違えたな…

 あの笑顔を、少しでも、数少ない見合いの場で見せてくれていたら…


 片手で数える程だが、頑なに見合い話に応じないノアを、強制的に見合いの場に引っ張り出した事がある。

 両家揃って顔を合わせたが、軍服を着て、悪態をつく…様に見えたであろう…ノアの態度に耐えかね、全て10分と持たず、相手の女性が泣き出してしまった。

 さらにあの愚息は、相手が泣き出すと、余計に機嫌が悪くなり、舌打ちをするか、ため息をついて睨みつけていた。

 

 毎回、私とエマで、相手の家に謝罪に行く…という結末になり、とうとう、まともに結婚させる事は諦めた。

 夫が家に帰らなくても、アイゼン家と繋がりが持てれば文句は言わない、という相手を選び、とりあえず結婚させようとしたのだが…


 それが今度は、例の王命で有名な、ガルシア家の令嬢と、絶対結婚させろなどと、言い出す始末だ。

 本当に頭が痛くなる…


 どうして、よりにもよって、彼女なのだろう。

 容姿なら、見合い相手達も引け目を取らなかったはずだ…


 そこまで考え、ジョセフ・アイゼンは、またため息をついた。


 いや、自分でも、なんとなく分かってはいる。そもそもノア(あいつ)は彼女の容姿に固執しているのでは無い。


 ガルシア家に多い、銀色の髪に水色の瞳は、この国の王族の特徴だ。現国王も、銀色の髪に水色の瞳をしている。ガルシア家の者が、それをどう思っているかは分からないが、お互いが有する特徴的な容姿は、ガルシア家と王家が血縁関係にあった確固たる証拠だ。ガルシア家が、今は男爵であっても、古くは公爵であった事を裏付ける事実でもある。


 ガルシア軍曹が、王命により入軍した時は…正直なところ、軍の誰もが息を呑んだ。

 王族と全く同じ容姿の、まだあどけない少女が、事務員や補佐官では無く、一般兵として放り込まれて来たからだ。もちろん、士官学校を出ている訳ではない。それどころか、昨日までは、家で家庭教師に勉強を習ったり、庭で遊んでいる様な年頃だ。

 間違いなく、数年と持たずに死ぬだろう。軍人としての生活は、それほど甘くない。


 この時、既にノアは、隣国との前線に行っていたのだったか。せめて彼女をしっかり認識していれば、もっとまともに出会えたものを…


 しかし、いたずらに殺す目的で放り込まれた様な彼女だったが、国王の意図が、はっきりとは分からなかった。

 王族と同じ容姿を持つ彼女が殉職した場合、万が一にでも、国王が気を悪くする可能性が、無いとは言い切れない。


 まさか、国王に直接、彼女は死んでも良いのですか?などと聞く訳にもいかない。

 悩んだ末、人事担当者は、下級貴族の出身で、当時まだ下士官だったウィリアム・リーに白羽の矢を立てた。


 体のいい、厄介払いだ。

 彼女が死んで、国王の怒りに触れたとしても、リーに責任を取らせれば良いと考えたのだろう。


 しかし、彼女は死ななかった。


 それどころか、軍人として成長し、年頃になった頃には、王族と同じその容姿から、彼女を広報活動に使ってはどうかと考えられ、ジルベール・ガルシアは軍人令嬢として、国民から絶大な支持を得るまでになった。


 彼女の昇進とともに、彼女を軍人として育て上げたウィリアム・リーも昇進し、先日、ノア(あいつ)が身勝手に押し付けた縁談が上手くまとまり、アイゼン家(うち)の遠縁の令嬢との結婚が決まった。

 

 リーは、当然だがガルシア家の者から、彼女を一人前の軍人として育てた上官として、感謝され、信頼されていると聞く。

 彼女の父親である、ジキルも、今となっては彼女に軍人として期待を寄せているらしいが、事実だろう。自分を棚に上げて、人の事をとやかく言えないが、全く軍人とは単純なものだ。


 今後、彼女とノアの縁談が決まれば、

 今は地方の下級貴族でも、近い将来───


 今回の縁談騒ぎで、一番の出世はウィリアム・リーだな。


 リーの様に、時として、己の善行が、報われる事もある。

 彼女に取って、ノアとの縁談がそうであればいいのだが…

 

 また、彼女が軍人として死なずに来れたのは、ウィリアム・リーの功績があってのものだが、それだけでは無いだろう。


 軍人に限らず、人間は、運に多く左右される。


 彼女は…


 ガルシア軍曹は、武運や、そう言った類のものに、愛されていると思える。

 彼女の父、ガルシア男爵である、ジキル・ガルシアもそうだった。


 武運に愛されたのが、テオドールで無く、彼女の方であったのは、皮肉な事なのかもしれないが…


 彼女の愛想の良い笑顔の裏には、まだまだ荒削りだが、良く訓練された兵の眼差しがある。武運に愛された彼女は、今後いくらでも成長するだろう。

 

 彼女のそういったものに、私の三男(むすこ)は惹かれたのではないか。

 手に入れたくなるのも、分かる気はする。


 分かる気はするのだが………


 こういった家同士が絡む事には、正しい手順というものが…それに、さすがにガルシア家(あいて)の意向を、全く無視は出来ない。断られる可能性だってあると言うのに…


 愚息(あいつ)はもはや、婚約者も同然の振る舞いではないか。

 もし、彼女に意中の相手でもいたら…

 どうするつもりなんだ。嫌な予感しかしない…


 ただ…ノアも恋愛事に対してポンコツだが、

 彼女もまた、ポンコツな様な気がするが…

 私の気のせいであろうか…


 そして、彼女の上官である、リーもまた、

 多少方向性は違えど、ポンコツ寄りの気配が…


 軍人であれば、ルーカスの方が、少数派なのか?

 良く分からなくなってきた……


 それにしても……あの2人はなかなか来ないな。

 そろそろロビーに入って来る頃だが?


 その時、周囲がざわつき出した。


「閣下!閣下!ちょっと!窓の外見て下さいよ!」

 ベネット公爵子息が、いきなり慌てた様に窓の外を指差している。


「一体何が───」

 ソファーから立ち上がり、窓の外を見ると、夢なら覚めてほしい光景がそこにあった。


 窓からはっきり顔が確認できる距離に、愚息(ノア)とガルシア軍曹が立っている。

 ノアは彼女の肩に手を置き、向かい合って立っているが、右手を彼女の左頬に添えている。


「えっ…ノアの奴…何を──」

 

 そう呟いた瞬間、ノアは彼女の左頬に顔を近づけ、あろう事かそのまま口付けた。


「何ぃっ!!!」

 周りでは、嘘だろ⁈等と声が上がっている。幸い、見ていた者はさほど多くはない。後で火消しをしなければ…


 いやいや、その前に…まずい……彼女に何て事を…!


 そしてノアが彼女の頬から顔を離し、向き合うと、彼女はその水色の目を大きく見開いた。


 まずいっ!彼女に叫ばれ────ない。 

 叫ばれないどころか、彼女は口付けられた左頬を押さえ、微笑んでいる。


 嘘!セーフ⁈良かった!

 しかし……そういう感じ⁈

 もしかしてガルシア家に婚約の打診に行っても全然大丈夫なのか⁈どういう事だ⁈


 だが、彼女が左頬を押さえ微笑むやいなや、ノアは彼女の両脇に手を添え、抱え上げた。

 みるみる彼女の顔が苦しそうになり、足をバタバタとバタつかせている。


 あのバカっ!!お前の馬鹿力で締め付けたら肋骨が折れるぞっ!!もっと優しく、そっと抱え上げないと!!敵兵じゃないんだからっ!!

 全く力の加減というものが分かって無い!!やはり女性に対する接し方を、無理矢理にでも教えておくべきだった…


「あの…閣下、いいんですか?出ていかなくて…」

 ベネット公爵子息の声で、我に返った。


「ああっ!いっかーーーん!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ