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ジゼルの婚約  作者: Chanma
恋にポンコツ
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15.馬車に閉じ込めておきたい

 私は収穫祭の帰り、アイゼン少佐と軍に向かう馬車の中で、昔の思い出を回想していた。

エイダンの言う事は、いつでも正しかったな。今度から、素直にエイダンの言う事は聞こう。

 

 この前、少佐に木の実のケーキを渡された時は、何かの間違いだと思った。

 この人が、兄にケーキをくれていた友人?

 何かの間違いでしょ。


 馬車の向かいに座り、窓に頬杖を付いてこちらを見ている少佐に顔を向けた。時折、美味しいか?とか、甘い物は本当に良く食べるな、だとか、笑いながら話しかけてくる。


 今日、少佐と出掛けて分かった。

 いつも兄が見ていたのは、今日の少佐なのだな。

 頬杖を付いて微笑む少佐は、確かに兄の言う様な人だ。

 真面目で、親切な、出身を鼻に掛けない、兄の友人。


 私は自然と兄と話していた時の様な笑顔になっていたと思う。


「ジゼル、」

 

 アイゼン少佐の低い声で、昔の名前を呼ばれると、なんだか心地よくさえ思う様になってきた。少なくとも全然嫌じゃない。少佐に名前を呼ばれる度に、今も、その名前だった気がしてしまう。

 私はチョコレートを食べながら返事をしたが、少佐の次の問いかけに我に返った。


「軍人は嫌いか?」


 やっぱり。聞かれると思っていた。

 子ども達とのたわいも無い雑談で、軍人は嫌だなぁ、とつい言ってしまった。子ども相手だからこそ、もっと発言に気をつけるべきだったな…

私は用意しておいた言い訳を答えた。少々苦しいか…


 しかし、少佐の返事は以外なものだった。少佐も特に軍人が好きな訳じゃない、なんて…何か意図があるのかな…

でも、考えた所で、今の私には分かりようが無い。

 発言を咎められ無かっただけ、運が良かったと考えておこう。


 私が、はい…と返事をすると、少佐は頬杖を付いたまま、また柔らかな表情に…なっているかは分からないが、少なくとも私にはそう思える表情に戻った。


 馬車は市場を抜けていく。もうすぐ軍に着く頃だ。

 私は、棒付きチョコレートの最後の一本を少佐に勧めた。本当に美味しかったので、買ってくれた少佐にもぜひ食べて欲しい。

チョコレートがかかっている果物は、バラ科の植物を品種改良して、実を大きくしたものだ。正直あまり珍しい果物では無いので、あげても惜しくは無いのだ。


「本当に美味しいですよ!」

 少佐は最初、遠慮していたが、私が右手で差し出すと、笑いながら、そんなに美味しいか?と言って、左手で私の右手ごと包んで、チョコレートを自分の口に持って行った。

一口で口に入れると、私の右手を引いて、自分の口からチョコレートの棒を引き抜いた。


「!!」

「どうした?」

 私は手渡すつもりだったので、ちょっとビックリして固まってしまった。


「いえ…やっぱり自分で食べたかったかもなー…なんて…」

「はは、欲張りだな。だから、君が食べろと言っただろう?美味しかったよ。」

 私がごまかすと、少佐はまた楽しそうに笑った。


「ジゼル、」

 少佐はまた、低い声で私を呼んだ。


「軍刀を貸せ。短剣の方だ。」

「え…はい、少佐。」


 予想外の事を言われて、一瞬戸惑ったが、腰に差していた短剣を少佐に手渡した。

 少佐は、手渡された短剣を一通り眺めると、私が柄に巻いていた布を解いた。そして、手際良く、しっかりと巻き直してくれた。


「ほら、握りやすくなっただろう。」


 少佐が巻き直してくれた短剣は、確かに握りやすく、掌から滑らなくなっている。


「ありがとうございます、少佐。」


 少佐は紺色の目を穏やかに細めて、短剣を握る私を見つめていたが、私が視線を短剣に向けた一瞬、すぐにでもこの馬車から飛び降りた方がいい位の、仄暗い殺意に似たものを感じた。

 はっとして少佐の方を向いたが、先程の気配はどこにも無く、少佐は変わらず穏やかな目をしている。


「どうかしたか?」

「いえ…とても握りやすいです。」


 私は短剣を腰に戻した。

 さっきのは……気のせいか…


「ジゼル、先程、軍人は嫌いだと言っていたが…」

「いえ…嫌いという訳では無いといいますか…」

 ゴニョゴニョと答える私を気にせず、少佐は続けた。


「構わない。嫌いなのだろう?軍人が嫌いなのであれば、どの様な人物が好きなんだ?」

「へ?」

 私は間の抜けた声で返事をしてしまった。どういう意味だろう。子ども達と同じ意味の、たわいもない質問なのか?


「どうなんだ?完全に希望に沿う事は出来ないと思うが、今後のために、出来る限り善処する。」

コンゴノタメ?ゼンショ?どういう事だ。上官として、どんな人が良いか?って事なのか。


 そんなの、決して私を懲罰房送りにしない様な、優しい上官が良いに決まっている。


「えっと…優しい人?が良いと思います。」

「優しい人…優しいとは、具体的にはどういう行動を指すのだ?」

「私を懲罰房送りにしない様な──」

「は?懲罰房?」

「あー!いえいえ!違います!えっと、えっと…そうですね…例えば、モニカ嬢の様な人は、優しいと思います。」


「ベネット公爵令嬢か?ベネット公爵家は、手広く事業を起こして外貨を稼いでるが、主な事業は武器商だ。優しいか?」


 アイゼン少佐の言う通り、ベネット公爵家は武器商だ。リソー国軍の大半の武器は、ベネット公爵家から卸されている。モニカが手掛けている事業は、ベネット公爵家本来の事業からすれば、とても小さくかわいいものだ。


 だが、モニカは自分が起こした事業で得た利益を資本として、主に孤児の為に、孤児院や就学支援をはじめとした慈善事業を数多く手掛けている。


 この国は、孤児や、弱い者に、決して手を差し伸べない。代わりに手を差し伸べてくれるのは、モニカの様な人達なのだ。


 その手も届かなかった者は、虐げられ、死んで行く。

 私は死なない。絶対に。

 こんな国に、殺されてたまるか。


 私はモニカの行っている慈善事業を、簡単に説明した。


「なるほど。そういう意味か。……少々壮大だな…」

「モニカ嬢の様な人は、私は尊敬出来ると思います。」

「まあ…分かった。参考にしよう。俺もその行いは、貴族だからではなく、人として、素晴らしいと思う。ワーワー喚くだけでは無いのだな。」


 少佐が自分に言い聞かせる様にそう言った時、馬車は軍の入口に到着した。

 着いちゃったか。なんだか寂しい気がするな。収穫祭に行って、浮かれる街の人々を見たからだろうか。


 しかし到着したものの、少佐は何故か馬車を降りようとせず、ドアの内鍵に手を掛けたまま、何か考え込んでいる。

「少佐、着きましたよ?」

「……ん……ああ、そうだな。」

「?」

 私が声をかけると、少佐は内鍵を開け馬車を降りた。続いて降りる私の手を引いてくれる。


 私達が降りた後、守衛の男が出てきて、少佐に話しかけた。


「旦那、すみませんが、お願いしますね。」

「アイゼン少佐、何かあったのですか?」

「今、入口の門は故障して、手動で開けなければならないだろう?守衛も腰を痛めているらしい。俺が入る時は、自分で開けてやっているんだ。」

 少佐はそう言って、守衛室に向かおうとした。門って、故障なんかしてたかな……?


「私が開けます、少佐。」

 上官にそんな事、させる訳にはいかない。私が代わりに行こうとすると、守衛の男にやんわりと止められた。


「ガルシア軍曹はお待ち下さい。門を手動で開けるのは、なかなか力が要りますから。アイゼン少佐が開けてくれますよ。」

「守衛殿、お気遣い感謝しますが、私はこれでも軍人です。少佐に比べれば頼りないかもしれませんが、私にでも開けられますよ。ご心配なく。」

 私は微笑んでそう言ったが、守衛は何故か複雑な顔をして首を横に振った。

「それでは意味が無いのです、ガルシア軍曹。あいつに開けさせなくては…」

「えっ⁈あ、あいつ⁈」


 私達が言い合っている間に、少佐がガラガラと門を開けてくれた。

「申し訳ありません、少佐。私がすべき事でしたのに…」

「ジゼル、君はそもそも今日休暇だったのだろう?気にするな。それに、君と来た時くらいは、俺が開けよう。」


「ありがとうございます。」

 私は素直にお礼を伝えた。少佐は、私が今日休暇だからか、本当に親切だ。少佐ともなると、公私混同しないものなのだな。


 少佐は門を開け終えると、歩きながら、守衛の男など目に入らない様な素振りで私に、行こうか、と言い、胃袋はもう苦しくないのか?だとか、あの棒付きチョコレートは以外と美味しかった、などと、馬車に頬杖を付いていた時と同じ表情で話し出した。


 なんだか背後で、守衛の男が、少佐を睨んで歯軋りをしている気がした。

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