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ジゼルの婚約  作者: Chanma
恋にポンコツ
25/120

13.えっ……⁈

 日も暮れた夕刻、ジョセフ・アイゼンは自宅のリビングで、妻と、長男ルーカスの妻、そして孫に当たるルーカスの子供たちと夕食を食べ終え、家族でたわいもない世間話や、遊んでくれとせがむ、かわいい孫達の相手をしてやり、幸せと呼べる時間を過ごした。

 幼い孫達が寝る時間になり、ルーカスの妻は子ども達を寝かしつけるため、寝室に行き、リビングには妻と二人になった。


「そろそろ、ルーカスが帰って来る頃だな。」

「そうですね。」


 今日は、今後ガルシア家との縁談を申込む件について、改めて話をするため、長男には早目に帰宅する様伝えてあった。そしてジョセフは、妻のエマ・アイゼンにも、ノアの言い出した突拍子も無い要求の内容を、打ち明けていた。


 執事が、リビングに紅茶を持ってきた時、ルーカスの声がした。


「父上、母上、ただ今帰りました。」


 長男のルーカスは、リビングに入ってくると、上着を脱いでソファーに腰を下ろした。執事が先程入れたばかりの紅茶を飲むと、母親のエマに、家で飲む紅茶が一番おいしいですね、とにこやかに微笑んだ。


「顔だけなら、お前とそっくりなんだがな…」

 ジョセフは長男を見て呟いた。


 長男のルーカスは、武芸も頭の良さも申し分無いが、群を抜いて一番、という訳では無かった。

しかしルーカスは、誰に対しても愛想が良く、周囲の空気を良く読み気を配る。面倒な社交や人付き合いにも嫌な顔一つせず、他者の前で感情的になる事も無い。

その人当たりの良さから、同じく代々軍人を多く輩出している公爵家の当主に気に入られ、その長女を妻に貰った。夫婦仲も睦まじく、かわいい子宝にも恵まれている。


 この歳になって思う。

 人間というものは、ルーカス位が一番ちょうど良いのではないかと。


 愚息(ノア)にも、ルーカス程…とまでは求めないが、ある程度の愛想と一般常識があれば…


 ノアは幼い頃から、兄弟の中で特に武芸に秀でていた。若干6歳の頃には、同世代はもちろん、訓練を受けていない大人相手であれば、打ち負かす程の腕前だった。

それに加えて頭も素晴らしく良く、同じくノアが6歳の頃、自分が読んで机に開きっぱなしにしていた戦術書を見つけ、興味深そうに眺めていたため、冗談半分でお前も読んでみるか?と勧めると、本当に読破しただけでなく、戦術書の内容について、改善点も指摘してきたのだ。


 この子は武神の再来だ───


 アイゼン家の誰もがそう思った。

 すぐさまノアを軍に放り込み、然るべき年齢になったら、もちろん士官学校へも通わせた。

 ノアは期待通り戦果を上げ続け、瞬く間に昇進していった。何も問題なく、順調に思えていた。初めの頃は。


 最初に違和感を感じたのは、ノアが20歳になった時だ。大人になり、適齢期になった息子に、縁談の話を持ちかけた。高位貴族であれば、婚約者がいておかしくない年齢だ。アイゼン家としても、他の貴族と親族になる事で、より立場を盤石に出来る。

貴族として生まれたからには、それは避けて通れない、当然の事なのだ。


    ──────────────────

「ノア、帰ったか。」

「ただ今帰りました、父上。」

「うむ、まぁ座れ。特に固い話ではない。」

「はい。」

「ノア、お前は今、好きな女性はいるのか?」

「おりません。」

「そうか。そんなに即答しなくとも……いや何、お前も20歳になった。アイゼン家の人間として、そろそろ結婚を視野に入れねばならない。もし、気に入っている女性がいるのなら、その家に縁談を申し込みに行ってやろうと思ったのだ。うちからの申し出ならば、だいたいの家であれば、了承されるだろうからな。しかし、特にいないのであれば、私とエマで、候補を探しておこう。」

「不要です。」

「何?」

「探して頂く必要は無いと言ったのです。」

「……どういう意味だ。」

「好きな女性はおりませんし、結婚をする気はありません。」

「ノア、先程も言ったが、他の貴族との婚姻は、アイゼン家の人間としての責務なのだ。」

「私の責務は、軍人として武勲を立てる事ではなかったのですか?父上はそう仰っていたと記憶していますが。」

「確かにそう言っていたが…それとこれとは違うのだ。好きな相手がいなくとも、結婚は、お前の意思とは関係なく、してもらわねばならないのだよ。それに結婚した後でも、相手を愛する事は出来るはずだ。私とエマで、良い相手を探してやるから。」

「父上、ご存じかと思いますが、私は来月から隣国の前線に赴きます。結婚などしてる暇はありませんよ。それに、今婚約したとして、戦死すれば相手に悪いでしょう。」

「いや、家同士の縁談を結んだという事実が重要なのだから、戦死したからといって、無意味ではない。もちろん、お前に死なれたくない、という気持ちは変わらないが。とにかく、分かってくれ、ノア。」

「いえ、結婚はしませんよ。武勲は立てますから。」


「…………ノア、あのな──」

「不要です。」

「なぜだっ!なぜ分からないのだ!こんなに説明しただろう?」

「分からないのは父上の方ですよ。私は今好きな女性はいないと申し上げたではないですか。それにしばらく前線に行きますし。」

「だからそれは関係ないと言ってるだろ!」

「なぜ関係ないのですか?」

「……お前……正気で言ってるのか?」

「私の正気をお疑いなのですか。」

「悪いがお疑いしている……」


「……ノア、まぁ……確かに、また前線に行くお前にとって、急すぎる話だったのかもしれんな。今は考えられないのも理解出来る。またの機会にしよう。」

「分かって頂ければ良いのです。それでは、軍に戻りますので。失礼します。」

「……………。」

     ─────────────────


「そういえば母上は、ノアの件はもう父上にお聞きになっているのですか?」

 紅茶を飲み終えたルーカスが母親に尋ねた。


「もちろん、聞きましたよ。」

「びっくりしたでしょう?私なんか笑ってしまいましたよ。暴力沙汰を起こした相手と数日後に、今度は結婚したいだなんて!」

「お前は笑いすぎだ、ルーカス。そもそも、ベネット公爵家を怒らせてしまって…本当に大変だったんだぞ。それにお前の笑い声のせいで、子ども達は皆起きてしまっただろう。」

「子ども達には悪かったですね。」

 ルーカスは、またクスクスと思い出し笑いをしている。


「いやでも、私も驚きましたよ。あんなに女性なんか興味ない、みたいな顔をしていたのに。いきなりですからね。」

「その通りだ。今まで、エマと一緒に選んでやった相手の見合い写真を、いくら見せても無反応だったと言うのに。」

「無反応は良く言い過ぎですよ。ゴミでも見る様な目で睨んでいたじゃないですか。」

「やめなさい、ルーカス。失礼ですよ。」

「すみません、母上。」


「まあ、確かに、あまりにも理解しないようだから、女性に興味が無いのではと思っていたが…だとしても貴族として結婚はしてもらうつもりだったがな。」

「父上、それは無理だったでしょうね。無理矢理結婚させたら、相手を斬り殺しそうです。」

「ルーカス!」

「すみません、母上。女性に興味があったのかは分かりませんが、軍人ですからそれなりに経験はあると思いますよ。ノアがまだ下級兵の時に、上官に強引に連れられて娼館に行っていたのを見ましたから。帰って来たノアに、どうだったか聞いたら、あいつ何と言ったと思います?」

「ルーカス、もうよせ。聞くのが怖い。」


 ルーカスは笑いながら、父と母、そして自分に紅茶のおかわりを注いだ。

「とにかく、女性に興味云々以前に、人に対しての興味が希薄なのは間違いないですね。」

「そうだな…」


「ガルシア軍曹に対しては別ですが。」

 ジョセフは紅茶を一口のみ、長男の言葉を聞いてため息をついた。ここ数日で、一生分のため息をついている気がする。


「今朝、あいつの執務室に寄ったんですがね。今日、何やらガルシア軍曹と街へ行くのだとかで。口を開けばもうジゼルジゼルジゼルジゼルと──もう何というか。…異常な執着ぶりですね。」

「まぁ、あの子が。それほど好きなのね。」

「えぇ、もう。盛りのついた動物……あ、いえいえ!初恋に浮かれる少年、と言った所ですね。父上、元々父上がノアの見合い相手の候補として選んでいた、ハリス子爵家の令嬢を、先日ノアが自分の部下に紹介したでしょう?」

「あぁ、そうだったな。リー中尉だったか。ガルシア軍曹の上官だな。先日、ベネット公爵令嬢も交えた話し合いの場も、上手く収めてくれた。ノアが、その礼として縁談を与えたのだろうが…叩き上げの軍人で、なかなか優秀な男だな。それに人柄も良さそうだ。ハリス子爵家も、リー中尉を気に入り、是非にとの連絡が来たぞ。全く…うらやましい限りだよ…」


「あはは!父上、ノアはリー中尉に何の感謝もしていませんよ!あいつは自分の都合で、リー中尉を結婚させたかったのです。」

「どういう事だ?」

「ウィリアム・リー中尉は、父上が仰っる通り、叩き上げの軍人で、ガルシア軍曹が入軍した時から面倒を見ています。彼女が死なずにここまで来れたのも、リー中尉の功績が大きいでしょう。もちろん、彼女もリー中尉を信頼していて、部下と上官という事を抜きにしても、仲が良いですね。ただ、どう見ても、兄と妹、といった仲の良さなのですが…」

「まさか……」

「お察しの通り、自分とあまり変わらない年齢で、かつ独身のリー中尉がガルシア軍曹と仲が良い。その事に嫉妬したあいつが、リー中尉に相手を充てがった、それだけです。あいつはリー中尉を厄介払いしただけだ。」

「……なんという自分勝手な……」

「まぁ、リー中尉もハリス子爵令嬢もお互いうまく行きそうなので、結果的に良かったのでしょうが…とにかく、ノアは放置しておけば、自分の初恋を実らせるためなら何でもしますね。アイゼン家として、さっさと実らせてあげたらどうです?」


「その初恋の相手が、同じ様にノアの事を思っているとは考え難い所が問題なのだ。私はどの面を下げてガルシア家に行けばいいというんだ……」

「でもあなた、」

 エマがゆっくりと夫を見て言った。


「あの子は…今まで何一つ、自分の要求を口にしませんでした。私は初めてあの子が望んだ事を、叶えてあげたい…」

「エマ……」

それに対して、ルーカスが口を開く。


「母上、気持ちは分かりますが、それはあちらも同じでしょう。自分の意思とは関係無く軍人となった娘の今後の幸せを、何よりも願っているはずです。それなのに、娘を絞め落とした相手と結婚させたいと思いますか?もちろん、ガルシア軍曹がノアを好きなら話は別ですが。そうではないでしょう。」

 ルーカスの言う事は最もだ。


「まあ、ですが、うちとの縁談が、ガルシア家にとって例の王命を撤廃出来る可能性を有しているという点では、むこうにもメリットはありますから…父上も婚姻を申し出に行くお考えなのでしょう?先程も言いましたが、一日でも早い方が良いですよ。」

「どうしてだ?ルーカス。」


「早く婚約しておかないと…今にも彼女に手出ししそうですよ、あいつは。結婚する前に、孫の顔が見れるかもしれませんね。」

 ルーカスはそう言って、またアハハ!と笑い出した。

「まぁ。でもあなた、子ども好きだから良いんじゃない?孫は沢山欲しいって、いつも言ってるじゃない!」

 エマも笑って微笑んでいる。


「ガルシア軍曹は美人ですからね。代々ガルシア家は、銀の髪に水色の瞳が多いみたいですし、かわいい子が産まれるんじゃないですか?」

「彼女の髪色で、ノアの瞳の色なんて、かわいいんじゃないかしら!女の子…男の子でも似合うわね!!」

「エマ、私の孫なんだから、私の瞳の色かもしれんぞ!」

「やだ!あなた!あなたとノアは、髪も瞳も全く同じ色じゃありませんか!」

「そうだったな!」

「父上は本当に子ども好きなんですから!子ども達の話になると、我を忘れますからね。」

「わははははは!」

「ふふふふ!」


「……いやいや!笑ってる場合じゃないだろ!もしそんな事になったら、アイゼン家始まって以来の飛んだ醜聞だぞ!正式な婚姻前に手を出すなど───!」

 ジョセフは我に返った。確かにかわいい孫たちに囲まれて、老後を過ごしたいものだが、きちんと手順を踏まねばならない。

「ですから、早くガルシア家に母上と行った方が良いと申し上げているのです、父上。」


「お前の言う通りかもしれんな、ルーカス。早いうちに行くか──」

「旦那様!奥様!ルーカス様っ!」


 話がまとまりかけた時、執事から、急な来客を告げられた。

「ベネット公爵子息様がお見えです!」


「えっ……⁈」

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