12.舌打ち
目的の店に着き、入口のドアを開けると、ドアに吊るされた来客を告げるベルが鳴った。
そういえばこんな音だったか…
ドアの向こうには、8年前から変わらない光景が広がっていた。がやがやとした活気のある店内、料理の湯気に暖色のランプ、木製のテーブルに椅子、そこに掛けられたテーブルクロスは、店主の妻の手作りだったと記憶している。軍人が来ようが誰が来ようが気にしない、客と店員の喋り声。
俺に気づいた店主が、カウンターから顔を出して、奥の席を勧めた。
小さな暖炉の前、いつもテディと座っていた席だ。暖炉付近のテーブルはいつも、俺達が注文した料理が占有していた。
テディが座っていた席に、彼女が座っている。
店主が彼女を見て、テディによく似ていると言うと、彼女は驚いた様だがすぐに目尻が下がり、愛想笑いでは無い、柔らかな表情を返した。
確かに店主の言う通り、テディによく似ているが、彼女の方が、整った顔立ちだと思う。テディには悪いが。銀色の髪も、彼女にこそ、よく似合っている。
もしテディが生きてこの場に居たら…笑って言い返してきたのだろうな。
彼女は自分の兄の話を、嬉しそうに聞いていた。そして料理も気に入ったようだ。この店に来て、正解だった。
ただ一つ誤算は、彼女がテディ程食べない、と言う事だった。テディは易々と平らげていたが。
初め彼女はとても美味しそうに肉のシチューをたべていたが、次々に運ばれてくる料理に、徐々に青ざめ始めた。そして小さな口で、一生懸命に料理を食べている。その姿も愛らしい。
彼女は、青ざめながらも、とても綺麗に食べ続ける。テーブルマナーは完璧だ。社交に慣れていないかと思ったが、そうでもないのか…先程はあんなに戸惑っていたが…まだ、よく分からないな。
せっせと料理を口に運ぶ彼女は、本当に愛くるしい。
早く彼女との生活を手に入れて、いつもこの姿を隣で見ていたい。
そこまで夢想して、一瞬テディに睨まれた様な気がしたが、生前テディは、俺に彼女をもらって欲しいと確かに言っていた。友人として、願いは必ず叶えてみせる。
しかし、本当にこの料理の山はどうしたものか…俺はそう食べる方ではないし、彼女も限界だろう。
そう考えていた時に、彼女の知り合いと思われる、町民の親子が複数名、店にやって来て、彼女がすぐさまこちらへ呼んだ。あの人数なら、十分この料理を食べきれそうだ。
案の定、親子は喜んで料理を食べるのを手伝ってくれた。
そして町民の子ども達は、彼女とかなり親しげだった。彼女に、思った事を遠慮なく発し、恋人同士なのかと聞いてくる。彼女に否定する隙を与えない様、彼女の代わりにそれとない返事で返し続けた。
おそらく親子は、俺が彼女の恋人だと思ったはずだ。こういった事は、町民の噂話から始まって、いずれ世論になっていく。
さあ、俺が彼女の恋人だと、明日からふれ回ってくれ。
彼女は、子ども達の、歯に衣着せぬ物言いに多少困った様な顔をしている。特にその事について、あれこれ咎めよう等とは思わない。いずれ事実になるのだから。
一通り料理を食べ終え、相席した町民の親子に挨拶をして店を出た。
彼女を馬車に乗せた後、俺が乗り込む前に店主が店から出てきて、笑って話しかけてきた。
「ノア、今日は久しぶりに顔が見れて嬉しかったよ。いやしかし、あんたも人間みたいな表情をするもんだね。今の方が、可愛げがあっていいと思うよ。」
「どういう意味だ?彼女はもちろん可愛い女性だが。」
「ぶはっ!……あはは、そうかい、ノア。またいつでも連れて来な。大事にしてあげるんだよ。」
俺の背中をバンバンとたたきながら、店主はひとしきり笑うと、店の中へ戻って行った。
俺が馬車に乗り込むと、先に乗せた彼女は、背もたれにもたれかかり、目を閉じて料理で膨れた胃袋をさすっている。
可愛さの塊が、馬車に乗っている。
手を出さない自分を褒めたい。
馬車はカラカラと街中を進んで行く。
俺は向かいに座る彼女を見た。だいぶ胃の中の料理が消化されて来たのか、先程に比べると苦しくなさそうだ。水色の優しげな瞳は、馬車の窓から街の景色を見ている。
彼女は、軍用のリュックを足元に置き、腰には軍刀を2振差している。
1つは、下士官以下に支給されるサーベルだが、彼女のものは柄が所々打ち抜かれている。一見装飾に見えるが、軽量化の為だろう。接近戦になると打ち負けやすいだろうが、彼女は、まともに剣を交える戦い方は好まないはずだ。扱い易さを重視したと見える。
もう1方は短剣で、こちらも下士官以下に支給しているものだが、その中でも刃渡りが20センチ程度の短い物を差している。ほぼナイフに近いサイズだ。
短剣の柄には布が巻かれ、握り込んだ跡があった。
主に使用しているのはこちらの方か。
短剣の鞘の両端からは、細い編み紐が垂れている。支給時にはこの紐は付いていない。装飾では無いようだが、自分でつけたのだろう。
この編み紐が何の用途かは分からないが、今回の野営訓練では、彼女の技量を確認するつもりだ。恐らく大丈夫だと思ってはいるが、もし、大幅に技量不足であれば、強化訓練させる必要がある。
前線で安易と死なれては困るからな。俺が。
今回の野営訓練のスケジュールはどうだったか…確認しようと思っていたのだが、今日彼女と出かける事に気が向いてしまい、渡された訓練内容に目を通すのを忘れていた。
どちらにせよ、最初の数日間は体を慣らす期間を取るため、夜には兵舎に帰って来るはずだ。軍に戻ってから訓練内容を確認しても、遅くはないだろう。
街の中心部に差し掛かったあたりで、馬車の外が賑やかになった。人通りも多く、道も混んでいる。
「今日は、外が賑やかですね。」
彼女が普段の会話で発する声は、あまり高くなく、聴いていると落ち着く。彼女の声ならいくらでも聴いていたい。
自分の声も含めて、人の喋り声は嫌いだ。特に仕事中は、不要な会話は一切耳にしたくない。
実際に、軍務に就いている時、あまりに無駄口の多い奴を喋れなくした事もある。どうせそういう奴は直ぐに死ぬし、他の者の命取りにもなりかねない。
だが、彼女の声を聴いていると、人の喋り声も、無駄な会話も、悪くないものに思えてくる。
そういえば、彼女が仕事の内容以外で喋りかけてくるのは、もしかすると今日が初めてだったかもしれない。
「あの……申し訳ありません、少佐。無駄口を叩きました。」
しまった。
考え事をして返事が遅れたせいで、彼女は俺が気分を害したと思った様だ。
「いや、構わない。何ならずっと無駄口を叩いてくれて良い。」
「……?」
「あの人集りは、収穫祭の祭りだな。この時期は街のあちこちでやっているだろう?警備に駆り出された事は無いのか?」
「収穫祭…そういえば、さっきの子ども達も言っていましたね。まだ入軍したての頃、何度か警備に当たったことがありましたが、最近は無かったので…忘れていました。」
彼女はそう言って、また窓から収穫祭に浮かれる町民達をじっと見つめた。
「まだ時間はある。寄ってみるか?」
「え?」
御者に馬車を止めさせ、待機場で待つ様に伝え、彼女と降りた。
馬車の外は、祭りで浮かれる者達で騒しく、食べ物と土埃の匂いがする。あちらこちらで、収穫を祝う音楽を、楽団や弾語りの者が演奏していた。
「皆さん楽しそうですね。」
沈みかけた夕日に少し眩しそうに目を細めて、彼女はこちらを見ずに呟く。
「少し見て回るか。」
「はい。」
祭りには、様々な露店や屋台が出ている。大人達には、酒蔵からワインも振る舞われており、浮かれて上機嫌の者が多い。子ども達は屋台の食べ物を手に持ち、広場で走り回っている。
祭りは、街の大通りから広がり、川沿いの土手の方まで店が出ていた。彼女は、祭りの出し物や楽団の演奏を見て、楽しそうにしている。2人で、土手の方まで歩いてきた。
「客として来るのも、良いものだな。」
「…少佐は、ご家族と来た事は無いのですか?」
「収穫祭は、警備でしか来た事は無いな。子どもの頃から軍にいて、10代からは士官学校にも行っていたから、あまり家族と過ごした事はない。」
「そうなのですね。すみません、私的な事をお聞きしてしまって。」
「構わない。アイゼン家の様な家系では、普通の事だ。」
土手も、土手の下の川沿いにも、屋台や露店が競う様に店を出しており、土手の下では子ども達が、棒の付いた菓子を手にしてはしゃいでいる。彼女は歩きながら、屋台や露店に目移りしている様だ。その姿が、子どもの様で少し笑ってしまった。
「ジゼル、何か食べたいか?…と言っても、さすがにまだ入らないか。」
先程あれだけ食べたのだ。無理だろう。
「そうですね。……でも……」
「ん?」
「甘いものなら入る気がします。」
彼女は、今度は俺の顔をしっかり見て、振り向きざまに少し笑いながらそう言った。
「君は…やっぱり兄妹だな。」
「どういう事ですか?」
「テディも、さっきの店でたらふく食べた後、甘いものならまだ入る、と毎回言っていたよ。言い方までそっくりだ。」
俺はついに声を上げて笑ってしまった。
「テディも振り向きざまに、俺の顔を見ながらそう言うんだ。そして本当に食べていたよ。俺は毎回最後まで付き合わされた。」
忘れていたテオドールの記憶が、彼女と重なって鮮明に思い出された。
仕事上がりの夜の街、食べ過ぎて苦しい胃袋、店から響く雑音、振り向きざまに揺れるテディの薄い金色の髪、彼女と同じ色の瞳で、俺を見ながらよく冗談を言っていた。
今になって理解した。
それは幼い頃から軍にいた自分にとって、きっと楽しかった記憶だ。
「アイゼン少佐、」
「何だ、ジゼル。」
「兄に最後まで付き合っていたのなら、妹の私にも付き合ってくれますか?ちょうど土手の下に、お菓子の屋台があるんです。」
「そうだな。テディに付き合って、君に付き合わない訳にはいかないだろうな。」
笑いながらそう答えると、彼女は本当に子どもの様に、屋台へ向かって土手を降りて行った。
彼女が向かった屋台は、様々な果物にチョコレートをかけて固めたものを、棒に刺して売っている店だった。
「うわ〜!どれにしようかな〜!」
「ジゼル、好きなだけ買ってやる。食べれるならな。」
「少佐、良いんですか!私は本当に甘いものならまだまだ入りますよ!」
真剣に悩む彼女を見ていると、屋台の店主の男が話しかけてきた。
「うちのは果物が新鮮だからね!どれも美味しいよ!この辺は南方のやつを仕入れてるんだ!珍しいだろ!」
「そうなんですねー!悩んじゃうな〜。」
「じゃあその珍しいやつにしたらどうだ?」
彼女は目を輝かせて悩んでいる。微笑ましいものだ。
「お姉ちゃん、そんなに悩むなら1本おまけしてやるよ。あんたの恋人が沢山買ってくれそうだし。」
「いえ、この方は恋人では───」
「ジゼル、沢山買って良いんだぞ。」
「そういやあんたら、軍服だけど軍人さんかい!まったく、恋人の兄ちゃんはそんな優しそうな顔して、喧嘩もした事なさそうじゃないか⁈大丈夫なのかねぇ!この国の軍隊は!」
彼女は悩み抜いた末、大きめの物を10本選び、店主は笑いながら1本おまけして紙袋に入れた。
優しそうな顔…他人に初めて言われた言葉だが、俺はどんな顔をしていたのだろうか。
買い終わった後、彼女は紙袋を大事そうに抱えて土手に腰を下ろした。
俺も彼女の右隣に腰を下ろす。穏やかに流れる川が、夕日でオレンジ色になっている。この祭は、確か夜まで続いていた記憶がある。町民達は、まだまだ騒しく浮かれている。
彼女は紙袋を覗き込んだ。
「アイゼン少佐、買って頂いてありがとうございます。少佐も食べますか?」
「俺はいい。あんなに悩んでいたんだ、君が食べたいだろう?」
彼女は、へへっと笑うと、輪切になった柑橘類にチョコレートがかかった物を取り出し、食べ始めた。頬張った彼女は、少し目を見開いた。美味しいのだろう。
「時間はある。ゆっくり食べたら良い。」
彼女はあっという間に1本食べ終わり、2本目を選んでいる。
祭で浮かれる町民達を見渡した。祭も良いものだな。
「あの、アイゼン少佐、」
「ん?何だ。」
彼女は2本目の棒付きチョコレートを右手に持ちながら、話しかけてきた。
「先日は、木の実のケーキ、ありがとうございました。あのケーキは……兄が、友人にもらったと言って、よくお土産に持って帰って来ていたのですが、少佐が兄にくれていたのですね。」
「あぁ、テディは君の話をする時、木の実のケーキが好きで、いつも店で買って帰ると言っていたんだ。それを聞いて、実家のコックに作ってもらっていた。」
「そうだったんですね。私は、あの木の実のケーキが一番好きで、いつも兄に言っていました。美味しかったです。」
「食べたいなら、また持ってくるが。」
「はい!ありがとうございます。」
「君は本当に…甘いものならいくらでも食べそうだな。」
彼女は嬉しそうに、水色の両目を細めて返事をした。目の前に流れる穏やかな川に似た、夕日でオレンジがかった水色の瞳が揺れている。口元に、少しチョコレートが付いていた。
「ジゼル、君とは会って間もないが……」
「はい、少佐。」
「誰よりも君の事を正しく見ているのは、俺だ。」
彼女の口元に付いたチョコレートを左手の親指で拭き取ると、そのまま左手を彼女の後頭部にまわした。
「少佐……?」
近くで見る彼女の顔には、目立たないがいくつか古傷が付いていた。恐らく数年前のものだ。新しい傷痕は無い。
敵として対峙した相手を殺そうとする時、頭部は当たれば致命傷を与えられるが、的として狙うには小さい。相手との実力差があれば、尚更狙うのは難しくなる。
顔に新しい傷痕が無いのは、彼女にそれだけの実力が付いてきた証拠だ。
彼女の左頬にある一番大きな古傷を、右手の指でそっとなぞった。不遇な境遇にも決して負けていない、強くて、綺麗な顔だ。
彼女の両目が俺を見て、少し驚いた様に見開かれる。
後頭部に添えた左手に少し力を入れて、彼女の顔を引き寄せた。
もう父親がガルシア家に行くのを、いちいち待ってられるか。
「ジル!!」
その時、聞いた事のある声が、彼女の名前を呼んだ。
「モニカ……!」
声の方を見ると、ベネット公爵令嬢がこちらに駆け寄って来るところだった。
仕方なく彼女を引き寄せていた、左手を離す。
ベネット公爵令嬢はこちらに来るなり、彼女の隣に座る俺を見下ろしながら睨みつけてきた。
「ちょっとあんた…まさかと思うけど、今ジルにキス──」
「チッ………これはベネット公爵令嬢、ご機嫌麗しく存じます。」
「舌打ちされてご機嫌麗しく出来るかっ!!」
ベネット公爵令嬢は、挨拶のために、彼女の右手へ渋々伸ばされた俺の手を勢いよく払い落とした。
「モニカ、来てたんだね。」
「ジル……あなたの姿が見えたから……大丈夫?無理矢理変な事されてたら警察に言うのよ。」
「いや…モニカ、そんな事は……」
「はぁ───」
ジゼルの隣に座ったまま、両手を膝に置いてため息をつく俺を、ベネット公爵令嬢はまた睨みつけてくる。
「あんたねぇ……本当むかつくわねっ!!何なのよ!!」
「それはこちらのセリフだ。」
彼女との時間を邪魔されたのはこちらだ。俺は機嫌が悪いのを隠さずに返した。
「このっ……野蛮人がぁっ!!だいたいあんたねぇ!医務室でジルの事、好みじゃないって言ってたじゃない!覚えてるんだからね!」
「ジゼル、その様な事実は決して無い。むしろ、許されるなら今すぐここで君を───」
「堂々と嘘をつくなっ!そして何うっすら怖いこと言ってるのよあんた!いい加減にしなさいよ!!」
「モニカ、」
すると、ジゼルがすっと立ち上がって、喚き散らかすベネット公爵令嬢の髪の毛を一房取り、唇を落とした。
「私の都合なんだ。今日の埋め合わせは必ずする。だから、そんなに怒らないで。君ほど笑顔が似合う人は、他にいないんだから。」
「やだ、ジル。私今日ずっと仕事してたから、髪の毛汚いわよ!」
「そんな事はないよ。モナの髪の毛は、いつも綺麗で羨ましい。」
ジゼルはにっこりとベネット公爵令嬢に微笑んだ。
「ジゼル…君は…軍から台本か何か渡されているのか?」
彼女は、先程までとは別人の様に社交辞令を口にしている。
「台本?」
「いや、何でもない。」
彼女は……「エスコートする側」の所作だけ完璧なのだな。
怒りが多少収まったベネット公爵令嬢は、コホンと咳払いをすると、俺たちに向き直った。
「…とにかく、あんたはジルに変な事するんじゃないわよ!」
「俺は自分に権利のあること以外はしていない。」
「なんですってえぇ!!とんだ破廉恥野郎じゃないの!」
「…何だかどこかで聞いたような…まぁ、モニカ、私は大丈夫だから。ね。モナはここには仕事で来てるの?」
「そうよ、私が経営してる屋台や露店が結構出店してるのよ!ジルも良かったら見て行ってね!」
「それなら、街に来る途中、川沿いで子ども達とサンドイッチとコーヒーを買ったよ。美味しかった。子ども達も喜んでたよ。」
「本当⁈あのサンドイッチのチーズとコーヒー豆は、最近流通経路を確保した一押しのヤツなのよ!他にもいろいろあるから、食べてみてね!」
「ありがとう。モナの働きぶりには頭が下がるよ。働き過ぎて倒れない様にね。」
「ジル、あなたこそ…軍に行くなら気をつけるのよ。」
そして、ジゼルとひとしきり喋ったベネット公爵令嬢は、俺に向いて言い放った。
「ノア・アイゼン侯爵子息……あんたも今から軍に行くんでしょうけどね!今度こそあんたに……あんたに……波に乗ってる実業家の恐ろしさ、思い知らせてやるわよ!!」
本当にワーワーとうるさい女だ。
控えめに言っても、今すぐ薙ぎ払いたい。
お前が邪魔しに来なかったら今頃はジゼルと───
「モニカ……落ち着いて……」
「じゃあ私は仕事に戻るわ。ジル、こいつに何かされそうになったら、遠慮なくその剣で斬り殺しなさいよ!」
「生憎、軍曹程度の兵に殺される程、俺は弱くない。」
「黙れ、婦女子の敵がっ!!じゃあまた、ジル。」
やっと邪魔者が去って行ったが…これ以上は、帰りが遅くなりすぎる。残念だがそろそろ馬車に戻らなくてはならない。
くそっ……彼女の友人だから無下には出来ないが、本当に目障りな女だ…
「ジゼル、そろそろ戻ろうか。残りは馬車で食べたらいい。」
「はい、少佐。」
馬車の待機場から馬車に乗り、また向かい合わせで座った。彼女は早速、次に食べる棒付きチョコレートを選んでいる。
最後にとんだ邪魔が入ったが、彼女のこういう表情を見れる様になっただけでも良しとするか。
「ジゼル、収穫祭は楽しかったか?」
「はい。連れてきて頂いて、ありがとうございます。」
「それなら良かった。」
馬車は、もうしばらくすると街を抜けて市場に入る。軍まではまだ少し、距離がある。彼女が棒付きチョコレートを食べ切る時間は十分あるだろう。
チョコレートのかかった南方の果物を、美味しそうに頬張る彼女を馬車の窓に頬杖を付いて眺める。
──でも、この人軍人なんでしょ?
ジルベールは軍人は嫌いって言ってたじゃん──
「ジゼル、」
「はい。」
彼女は口をもぐもぐさせながら、返事をした。
「軍人は嫌いか?」
俺の問いかけに、彼女は真顔になった。そして、果物を飲み込むと、繕った声で答える。
「私は…志願して軍人になった訳ではありませんので。そういう意味では好きではないのですが…子ども達に、誤解を与える様な言い方をしてしまった事は、反省しています。市民の、軍への好感度を下げるつもりはありません。」
本心では無く、俺に問われるかもしれないと思って、用意した答えだろう。彼女は分かりやすいな。軍人としては努力すべき所だが、個人的には可愛げがあって好ましいと思う。
「まあ、気にする事では無い。」
「どういう意味でしょうか……」
「俺も特に、軍人が好きな訳では無い。」
返した言葉に、彼女は驚いた顔をした。
俺も別に、軍人が好きだとは思わない。
そう、そんな事は、関係の無い事だ。
彼女が軍人を好きだろうと、嫌いだろうと、
彼女は俺と結婚するのだから。