7.子ども達と川沿いの道
「ジル。」
モニカとエイダンが家に入るのを見届けた後、街へ向けて歩き出した私の背に、父親が声を掛けた。
「なんでしょう、父上。」
「ジル、お前の希望は確かに果たすと約束するが…」
「はい。」
「私はお前を息子だと思った事は、一度も無い。」
ガルシア男爵は、亡き前妻の面影を残す、自分と同じ色の髪と瞳をもつ娘を見つめた。
自分も軍人だった。軍に入ってから、我が子が何をさせられて来たか、そして軍曹にまでなった彼女が何をしているか。よく分かっていた。
初めて彼女が前線に送られた時、正直なところ、娘の死を覚悟していた。
しかし、彼女はぼろぼろになりながらも、
無事帰って来た。
次も、その次も、そのまた次も…
そして最近では、野営訓練中の功績で軍曹に昇進し、当初の予想に反して、良いのか悪いのか、武勲を立て続ける娘を誇らしく思い始めてさえいる……
しかし家のために、身売り同然の行為など、娘に望むはずがない。だが、彼もまた、どうすれば良いか、他に策も思いつかない。
親子はずっと、軍服を着たまま答えを求めて彷徨っている。
「………。じゃあ、何だと思ってるんです?」
ぽりぽりと髪の毛をかきながら言うと、バカ言ってないで早く行け、と言い残して、父も家に戻って行った。
街までの道は、大人の足で30分程、緩やかに流れる川沿いの土手の上を歩いて行けば着く。
今日の様な天気の良い日は、町民が川で魚釣りをしたり、河原でピクニックをしていたり、子どもたちが遊んでいたり、賑やかだ。
軽食や、菓子を売る屋台と、何回かすれ違った。異国の特産品を売る屋台も、最近はよく見かける。
15分ほど歩いた所で河原で遊んでいる子ども達に声をかけられた。
「あっ!軍人の姉ちゃんだーっ!」
「ジルベールー!!」
7、8歳位の子ども達が数人、こちらを見つけて飛ぶように駆けてくる。
ここを通ると、たまに会う子ども達だ。
私は膝丈程に咲いている黄色の花をかき分けて、土手を降りた。
「ジルベールどこ行くのー⁈街に行くの⁈」
「ちょっとでいいから遊ぼうよー!」
「戦いに行くの⁈」
「その袋何が入ってるのー⁈見せて見せて!」
子ども達は一方的に次々に話しかけて来る。子どもの持つ熱量はすごいものだ。あっという間に、子どもだけが持つ、その空気に飲まれていく。
「君たち、学校は?」
「今収穫時期で休みだろー?」
「軍人姉ちゃんはそんな事も知らないのー!」
私はそっかそっか、と返事をした。確かに子ども達の方が、どれだけ物知りか分からないな。
「私も君らと遊びたいんだけどね、これから街に行かないと行けなくて。また今度誘ってよ。」
「えーっ!街ー!」
「ジルベール、デートなんだ!」
「俺の姉ちゃんも、今日街にデートしに行くって言ってたー!」
子ども達は勝手に盛り上がっていく。確かにデートだったら足取りも軽かっただろうな。
いや、デート、した事無いけど。
公爵令嬢のエスコートしかした事無いけど。
しかも、今は公爵令嬢というより、やり手の若手経営者だな。
「おい!ジルベール!」
子ども達と騒いでると、土手の上から呼びつけられた。
見上げると、土手の上に公爵家の馬車が停まっており、中から貴族の男性が降りてきた。
「あー…めんどくさい人に会ったなぁ…」
「誰だれ⁈ジルベールの恋人⁈」
「すっげー!金持ちっぽいじゃん!玉の輿!ジルベールもやるな〜」
「金持ちの兄ちゃん、お菓子買ってー!」
「おい、聞こえてるぞガキども!誰がこんな小汚い軍人と付き合うかっ!おい!ジルベール、早く来い!」
なかなか良いキャラをしているアイツは、モニカの元婚約者だ。モニカを振った、張本人なのだが、モニカを振ったはいいものの、勝手な事をした両親から手酷く叱責されたらしい。
それはそうだろう。モニカの家、ベネット公爵家は、由緒正しい家柄だが、全員が新進気鋭の商売人で、朝から晩までそれこそ辻馬車の様な働きぶりだ。あのモニカは、なるべくしてそうなったのだ。
当然この国の公爵家の中で、群を抜いて資産がある。そんな家との縁談を、勝手に破断にされて、怒らない訳はない。
最近では私の姿を見つけては、モニカとの仲を取り持つ様に迫ってくるのだ。
「おーい、ジルベール!早く来ーい!」
「兄ちゃんが来いよー!」
「彼女を呼びつけたりしたら振られるぞー!」
「そうだそうだー!お前が来い!」
私が答える前に、子ども達が冷やかす。
「なんだとっ…」
結局、ガサガサと草花をかき分けながら、元婚約者が降りてきた。
「このガキどもっ!何て口の利き方だっ!」
「まぁまぁ子どもの言う事ですから…あ、モニカとはとりつげませんよ、ウチは汚い軍人ですから、社交界には出ておりませんし。あ、安心して警備はお任せ下さい。」
「貴様憎まれ口をー…!」
元婚約は歯軋りをして睨んでくるが、私が軍人となってから、ガルシア家が社交界に出ていないのは本当だ。
メイジーも、このまま縁談がまとまれば、積極的に社交に出る必要は無い。
一応こいつは公爵家だし、私は公爵家同士の社交問題に口を出せる立場には無いのだ。
「金持ちの兄ちゃん、ジルベールかわいいじゃん!」
「そうだそうだ!俺の学校にいる女子達よりジルベールがかわいいぞ。付き合いなよー!」
「でもジルベールはお茶とか注ぐの下手そうー!」
「ギャハハ!」
「お前…良かったな。ガキ共の同級生と比べられてるぞ。」
「………。」
草花に囲まれながらわーわー騒いでると、何やら上の方で声がした。
「おい!馬車で道を塞ぐなっ!切符切るぞー!!」
見上げると、黒い制服を着た人物が、馬から降りる所だった。あの制服は、この国の警察、リソー警察だな。
「それは俺の馬車だ!用があって停めてる!警察ごときが口を出すな!」
元婚約者は警察に言い返した。あーあ…これは揉めそうだ。
「あー!警察の兄ちゃんだー!」
「警察兄ちゃんあそんでー!」
「よお、ガキどもー!学校行かねえのかー!」
子ども達は、この人とも知り合いなのか。通りかかる大人全員に声をかけているのだろうか…
警察官も、ガサガサと土手を降りて来た。警察官は、私と同じ位の背丈で、男性にしては小柄だ。近づくにつれ顔が見えて来ると、とても綺麗な顔立ちをしていた。言われなければ、女性だと思ってしまう程だ。
肩ほどまで伸びた、ストレートの金髪、金色の両目は長いまつ毛に縁取られてぱっちりしており、リソー警察の黒い制服に、よく映えている。
「学校は休みだよー!警察兄ちゃんも、ジルベールと一緒で何にもしらねぇんだなー!」
「ジルベール…⁈」
名前を呼ばれた私を、警察官は驚いた顔をしてジロジロ見出した。
私は軍の広報活動も行なっているので、私の写真が使われた、徴兵ポスターやらパンフレット等も作られている。街中はもちろんだが、警察関係者にも配られているので、ジルベール・ガルシアは警察官なら誰もが知っている所だ。
「あんた、ジルベール・ガルシア⁈」
「はい、そうです。勤務お疲れ様です、警察官殿。」
私が敬礼をすると、子ども達が、ジルベール本物の軍人みたーい!と指差して笑い出した。
「えーっ…!あんたが…!いやポスターで見るより全然いいじゃん…清楚系って言うか…あいつ、頭おかしい奴だと思ってたけど、女の趣味は良かったんだな。」
「え…⁈」
警察官の男は、私をジロジロ見ながら、私の周りを周っている。
「おい、何なんだお前は…」
蚊帳の外にされた元婚約者が、痺れを切らして口を開いた。
「あ?……あぁそうだった、あんた、馬車の駐車違反だ。切符切るからな。」
「はぁ⁈おれはこの女に用があってわざわざ停めてたんだ!この女がグスグズしてるからだろ!」
「あぁ⁈」
リソー警察官は、両手をポケットに入れたまま、やや腰を落として下から見上げる様に元婚約者を睨みつけている。
まぁ控えめに言っても、柄が悪い…
「お前…あの馬車の家紋が見えねぇのか⁈切符なんて切れる訳ないだろ!」
「てめぇ…往生際が悪ぃな!法の元に皆平等なんだよ!ぶっ殺すぞ!」
元婚約者はさすがにたじろいだ。
小柄で綺麗な顔の警察官だが、腕まくりした上着から覗く腕は、鍛えられていて筋肉が凄い。よく見れば、制服に隠れているが、全身無駄無く鍛えられ、無駄な肉一つ付いて無さそうだ。
軍の中でも、ここまで鍛えられた身体を、私は見た事が無いと思う。剣で切り掛かったとしても、その筋肉で止められそうだ…
「お、おい、ジルベール!お前も何か言えっ!」
筋肉に見惚れていたら、ついに元婚約者がこちらに助け舟を求め出してきた。
「警察の兄ちゃん、この金持ち兄ちゃんはジルベールに言いよってたー。」
「振られてたー。」
「ジルベールを無理矢理おそ───」
「このガキ共!ある事ない事言うんじゃないっ!」
またも私が答える前に子どもたちが騒ぐ。
「なんだとぉ……てめぇとんだ破廉恥野郎じゃねぇか!条例違反で死刑だぞ!!こっちに来いっ!」
「ちょっと待て!信じるんじゃねぇよ!おかしいだろどう考えてもっ!イテッイテテテ!」
「じゃあな!ガルシア家のお嬢さんにガキども!おらっ!破廉恥野郎はさっさと来い!!」
元婚約者は、警察官に右耳を引っ張られながら、土手の上に連行された。その後馬車に乱暴に詰め込まれ、馬に乗った警察官によって、馬車ごとどこかに連れられて行った。
「何だったんだ…今のは…」
「ねーねー、ジルベールお腹すいたー!」
「屋台で何か買ってー!」
「…そうだね…静かになったらお腹が空いたね。」
私は通りかかった屋台から、子ども達にサンドイッチを買った。サンドイッチには、こんがり焼かれたベーコンと、最近流行りの異国のチーズが挟まっている。子ども達ははしゃぎながら、チーズの伸ばし合いをして土手を駆け降りていった。
一騒ぎ終えたらやたら喉が渇いたので、私は冷たいコーヒーを買って、歩きながら飲む事にした。
「まいどありー!」
颯爽と次の客のもとへ走り去る屋台には、モニカの家の家紋が描かれていた。
なるほど…コーヒーも美味しいはずだ。
私は少し早足で、街まで歩き出した。