6.人で無くても…
私は今回の休暇を、家でのんびりと過ごした。
メイジーと遊んだり、
義母とお茶をして最近の流行りの話を聞いたり、
朝昼晩の食事を家族とゆっくりと食べたり、
花壇の手入れをしてエイダンに余計な事するなと言われたり、
リビングの模様替えをしてエイダンに余計な事するなと言われたり、
お菓子作りに挑戦してエイダンに残念無念と言われたり…
いや、なかなか充実した休暇だった。人の幸せとはこういうものだ。肋骨の調子もかなり良い。
今日は、休暇の最終日。私は軍服に着替えて、家を出る所だ。そして本来なら、休暇最終日の今日、今からモニカと家でお茶をする予定だった。
「本当に馬車は良いのか?」
見送りに出てくれた父が聞く。
「大丈夫です。街まで歩ける距離ですし、そこから軍までは辻馬車を捕まえます。」
「そうか。」
「父上、」
私は改まって話しかけた。前々から、時折相談はしていたが、今一度伝えておきたい。
「メイジーの件なのですが。応じてくれそうな家が見つかったのです。向こうが了承次第、すぐにご連絡はしますが…承諾して頂けますか?」
「そうか…分かった。しかし、メイジーはまだ幼い。良く応じてくれる家が見つかったな。どこなんだ?」
「まぁ、かなり強引に頼み込んで──いえ、同窓の子爵家の嫡男なのですが。人柄も良いですし、籍だけ入れてメイジーが成人するまで待っていいと、言ってくれているのです。」
「向こうがそう言ってくれているなら…あの子は10歳ながら淑女教育も申し分ない出来だ。本人にとってもそれが最善だろう。ジル、世話をかけたな…」
「いえ…」
私がもし兄の様に戦死してしまえば、ガルシア家には妹のメイジーしかいなくなる。メイジーは今年10歳、私が王命を受けて軍に入った年齢だ。おそらく私と同じ様に、軍人にさせられてしまうだろう。
それだけは、何としても避けたい。
もし、私が戦死した時、メイジーが既にどこかの貴族の家に嫁いでいたのなら…ガルシア家の家名でなければ…
軍には取られないのではないか?
私は常日頃からそう考えていた。絶対とは言い切れないが、現時点で出来る最善策だとは、思える。
出来れば家督を継ぐ嫡男が良い…
私はそう考えて、以前よりメイジーの嫁ぎ先を探していたのだが、最近ようやく決まりそうなのだ。近いうちに話をまとめたいと思っている。
「それと父上、メイジーのために、私は他に打てる手は全て打っておきたいのです。」
「他に…何かあるのか?」
私は父を真っ直ぐ見つめて告げた。
「可能性は低いでしょうが…もし、私との結婚を理由に、ガルシア家に対する王命の撤廃を願い出てくれる家があれば、すぐに婚姻に応じて欲しいのです。」
「お前…」
「軍人の、ジルベール・ガルシアは、世間からの人気もあります。もしかすると、私との婚姻を有益に思う家が出てくるかもしれません。その家が、王命の撤廃を求めてくれるのであれば…可能性に賭けたいのです。」
ガルシア男爵は言葉が出なかった。
「たとえその家が貴族でも、商人でも、裕福な市民でも…異国の有力貴族でも…たとえ…」
「たとえ人で無くても良いのです。」
「ジル、それは出来ない。お前をこれ以上…」
「父上、」
ジルベールは、はっきりと宣言した。
「私は兄上の死後、王命に従いガルシア家嫡男としての責務を果たしてきました。軍人となってから、望んだものはありません。あなたの娘だった、ジゼル・ガルシアの最後の願いとして、これだけは聞き届けて頂きたい。私は命に代えても、あの子を軍に渡したくないのです。あの子だけは、渡さない……」
ジルベールの水色の瞳は、凪いだ湖の様に優しく揺れている。
「私はあの子に、人を殺させたくはない……」
「………分かった。約束しよう。」
ガルシア男爵は力無く頷いた。彼の水色の瞳もまた、優しく揺れている。
その時、ガラガラガラと軽快な音を立てて、公爵家の馬車がガルシア家の前に到着した。
「やっほー!ジル!!」
何と、御者の席にはモニカ本人が座っており、馬車を操縦しているのは、モニカなのである。
「えっ!ちょっとモニカ、あなたが馬を引いてるの?」
ブーツを履いて、髪をポニーテールにしたモニカが、早速と降りてきた。
「そうよ!最近、街に辻馬車があるでしょ?私が経営してるのよ!経営してるからには、操縦出来た方がいろいろと分かるものなのよ。格安で、早くて、乗り心地も良いって評判なんだから!安ければ貴族だけじゃなくて、市民も使いやすいし!利用者が多ければ利益も上がるわ!他の街にもどんどん広げるつもりよ!そのうち、人だけじゃなくて、辻馬車の荷馬車版も展開したいと思ってるの!」
「はぇ〜〜……!」
切れ者だとは思っていたが、ここまでとは…淑女ここに極まれりである。
意気揚々と話していたモニカだが、軍服姿で軍用のリュックを担いでいる私を見て、顔をこわばらせた。
「ちょっとジル、あなたその格好…まさかとは思うけど…」
「ごめん…呼び出しがあって……」
モニカは信じられないと怒りを露わにした。
「何で今回の休暇で呼び出しがあるのよっ!!アイゼン大尉の処分に対してもらったものでしょう⁈はっ!もしかして…あなたを呼び出した人ってアイゼン大尉……⁈」
「いや………違うよ。」
「そ、そうよね。さすがにもう───」
「昨日、無事1階級昇進したらしいから、アイゼン少佐だね。」
「なっ……キーーッ!!」
モニカは、またもお茶を邪魔された怒りのあまり、キーキー言いながら、彼女の綺麗な髪の毛を掻きむしった。そして、あいつの家…今度こそ潰してやる……!と血走った目で宣言している。
「……少佐の家は、今度こそお取り潰しかもな……」
「モニカ様〜、そんなにキーキーおっしゃってると、辻馬車の馬と間違われますよ⁈」
「エイダン貴方っ!失礼ねー!本当、ここの執事は口が悪すぎるわっ!」
騒ぎを聞いて、エイダンが家から出てきた。手には可愛らしい小花の花束を持っている。
「モニカ様、残念でしょうが、今回も私がお茶のお相手をさせて頂いても?」
エイダンは貴族ではないので、モニカの右手を取ったりしないが、執事としての作法は、高位貴族家の執事と比べても引けを取らない。スッと花束を差し出して、ニコッと笑うと、モニカを家に促した。
「全く…まぁ貴方は、口は悪いけど、頭は良いものね。いつもエイダンには、私の事業についてアイデアをもらっているのよ。」
「そうだったんだ。」
「今回の辻馬車の会社も、彼にいろいろとアイデアをもらったのよ。ジルとのお茶会を二度も邪魔されたのは後で抗議しておくとして…しょうがないわ、エイダン、行きましょう。また私の事業に対して貴方の意見を聞きたいわ。」
「お茶のお相手に選んで頂けて、光栄です、モニカ様。あ、ジルベール様、早く出発されないと、遅れちゃいますよー!」
「そうだね……では行って来ます。モナ、この埋め合わせは必ず。」
「お気をつけて、ジル。」
私が何としても、ガルシア家に対する王命を撤廃したい理由は、もう一つあった。
私は仲良く言い合いながら、家に入っていくモニカとエイダンを見つめる。
モニカがもらった花束で、笑いながらエイダンをパシパシと叩いている。すごく打ち解けた態度だ。
おそらくモニカは、エイダンを気に入っている。エイダンはああ見えて、モニカも言うように頭が良く、一見フランク過ぎる態度だが、執事としての作法は美しく惚れ惚れしてしまう時もある。彼もモニカと同じく、努力家なのだ。
そしてエイダンも、多分…だけど、モニカに好意を寄せていると思う。
しかし、いくらモニカの家が先進的な考えであっても、公爵家の長女と、執事の若者では許されないだろう。
だがそれも、エイダンがガルシア家の養子になれば…可能性は十分ある。
ガルシア家の嫡男を従軍させる、という王命さえなければ…
ガルシア家の養子となった時点で、その王命がエイダンにも及んでしまうのだ。
2人には幸せになってもらいたい。
私はため息をついた。
こればかりは、神にでも願うほかない。
もうどれ位、願っているだろう…
誰でもいい、人で無くてもなんでもいい、
どんな見た目でも、ひどい性格でも構わない。
人で無くても良いのだから、愛されたいなど望まない。
私が戦死する前に…どうか現れてくれないだろうか…




