5.どいつもこいつも肋骨も
いつもの様に、守衛の男に頼まれ軍の門を開けたあと、昨日実家で見繕った見合い写真を持って、ウィリアム・リー中尉の元へ向かう事にした。
先程、ジゼルにケーキを渡せた。ひと仕事終えた様な、晴れやかな気分だ。
何故か戸惑った様な表情をしていたのが気になるが…
再度、正式に謝罪をした方が良いか…
見た感じ、やはり肋骨を痛めている様だった。
更に、今後の事を考え、プライベートや私用の際は、ジゼルと呼称する旨も伝える事ができた。やはり、テオドールの妹を、他の名前で呼ぶのは違和感がある。それになぜが、彼女がジルベールと呼ばれる度に、テディが悲しんでいる様な気がするのだ。
テディは、自分が死んだ後、まさか彼女が王命により軍人にさせられるとは、思っていなかったはずだ…
リー中尉の執務室の前まで来た時、鈴を転がす様な笑い声がして、ドアの前で立ち止まった。彼女の声だ。こんな風に笑うのか。
彼女は俺の前ではかしこまった口調で、かつ義務的な言葉しか発しない。
先程の晴れやかな気分が無くなり、モヤがかかった様になる。
そして、そっと執務室のドアを開けて、目を疑った。
彼女はソファーに寝そべり、そのか細い両足を投げ出しているのだ。
バタバタと足をバタつかせて、笑いながら信じられない言葉を発している。俺の頭の中で、彼女の言葉がぐるぐると駆け巡る。
美味しいものを食べに連れて行って──
中尉は恋人いないんだから──
デート…デート…デート…
野営訓練はイヤダ…
いや、訓練はすべきだろう。何が嫌なんだ。
リーも、受け流してはいるが、まんざらでもない、という顔をしている。何より楽しそうに彼女に言葉をかけられている事が許せない。
殺すぞ。
彼女は俺のだ。
そこまで考えていた時、リーがこちらに気付いた。
リーに縁談を勧める事を思いついて、本当に良かった。自分を褒めたい。
タイミング良く、見合い話があった事も幸いした。
これだけは、普段何を考えているのか分からない、あの父親に感謝だ。
リーの机の上に、叩きつける様に見合い写真を置くと、物音にびっくりしたのか、後ろでジゼルがソファーから落ちた。ソファーの前に、ペシャッと座って、こちらを見ている。
かわいい。
若干顔色が悪い様な気がするが…かわいい。
やはり肋骨が痛むのだろうか…
しかし、これくらいの物音で驚く様では、前線でやっていけないだろう?いくら偵察班が他の部署に比べ戦闘に会う機会が少ないとはいえ、良く今まで死ななかったものだ。
今度訓練の様子を、直接確認した方がいいだろう。心配だ。
尻もちをついている彼女を抱え上げると、彼女は大人しく部屋の外に運ばれた。
このまま、私室に連れ帰って閉じ込めておきたい…
ささやかな願望を抑え込んで、人前で足を投げ出さない様に伝えると、はしたない事だと理解したのか、彼女は素直に返事をした。そういった姿を見て良いのは、将来夫になる俺だけだ。
かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわ───
まぁ、彼女はまだ若い。奔放すぎては心配だが、若気の至りもあるだろう。元気な証拠だ。
軍人ならば、質実剛健、元気が一番だ。
素直に返事をした彼女に安心して、俺は執務室のドアを閉め、リーに向き直った。
なんだかこいつも顔色が悪いな…今にも死にそうだ。
肋骨でも折れてるのか?
どいつもこいつも…肋骨が弱いな…