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ジゼルの婚約  作者: Chanma
恋にポンコツ
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2.ポンコツっ子、世にはばかる

「帰ったのか、ノア。お前あのガルシア家の軍人令嬢に何かやらかしたんだって?」

 実家に着くと、長兄のルーカス・アイゼンが出迎えてくれる。

「兄上、起きていたんですね。」

「子ども達も、お前に会いたがっていたが、さすがに夜中だからな。寝ちまったよ。今度遊んでやってくれ。俺は、お前のやらかした面白話が聞きたくて、起きてたんだ。」

ルーカスはそう言うが、弟が帰る度に必ず出迎えてくれる。ルーカスも軍人で、数年前に結婚し家督を継いだ。首都で王城やその他施設の警護、公共事業計画等も担当している様だ。


「そうでした、父上に呼ばれていたのでした。」

「そうでしたって…お前他に何しに帰って来たんだよ。」

「厨房に大事な用事がありまして。」

「厨房?あぁ、そういえば、コックが何か作ってたな。子ども達が寝る前につまみ食いして叱られてたよ。」

ルーカスは、ノアと瓜二つの顔で、弟に向けノアには出来ない微笑み方をする。

「そうですか。急いで受け取りに行きます。」

「まてまて、先に父上の所に行ってからにしろ。お前は父上との約束をよくすっぽかすだろ?」

「……その様な事は無いと思いますが。」

「いいから行ってこい。父上は2階の書斎だ。」


 ルーカスに言われ、渋々先に父親の元へ向かった。

「父上、ノアです。ただ今戻りました。」

「入れ。」

書斎のドアの前で呼びかけると、すぐに父親が返事をした。自分が来るのを待ち構えていたのだろう。

書斎に入ると、父親がソファーに座りこちらを見ている。ノアは向かいのソファーに座らず、ソファーの後ろに立った。この書斎は、月明かりがとても綺麗に差し込む。掃除の行き届いた部屋で、本棚に並んだ本達がキラキラと輝いている。


「ノア、帰ったか。先の戦果、ご苦労だった。数年ぶりの自国だな。どうだ、休息は取れているか。」

ジョセフ・アイゼンがゆっくり話し出した。

「そうですね。隣国で任務に就いている時に比べれば。」

「そうか。それなら良かった。………ノア、」

「はい。」

「お前は軍人として、優秀な男だ…兄弟の中でも、最も昇進も早い。」

「ありがとうございます。」


「だが、今回ばかりは余計な事をしてくれた。」

ジョセフ・アイゼンは本当に困った様子で、深いため息をついた。

「返す言葉もありません、父上。」

ノアは感情の読み取れない口調で、淡々と答えた。


「……ジルベール・ガルシアは、軍の広告塔だ。長く続く戦禍で、国民からは侵略戦争だと批判の声も多かった。」

「侵略戦争なのは、事実なのでは?」

「お前は………軍ではその意見は慎め。事実かどうかは関係ない。国民の支持が下がれば、士気も下がる。士気が下がれば国力も下がる。それが問題なのだ。ジルベール・ガルシアの人気は、不都合な事実を国民の目から逸らしてくれる。特に婦女子に人気がある、という所も好都合だ。家庭からの支持は、軍人の徴用を肯定してくれる。」

ジョセフ・アイゼンは、本日何度目か分からないため息をついた。


「その大事な広告塔に、お前は暴行を働いた。」

「大事な、という割には、結構な頻度で前線に行かされていますが。」

「そこは、腐っても軍人という事だ。死んだら死んだで替えはいる。それは、軍人であるお前にも、私にも、言える事だ。」

「はい。」

「お前は…暴行を働いたのは、例の宿屋で彼女に会ったからだと、お前の上官に証言したそうだが?」

「その通りです。」

「だが、彼女はその時領地の教会にいたのだろう。なぜ良く調べもせずに独断で決めつけたのだ。」

「あの時宿屋で会ったのは…確かに彼女だと思っています。それは今でも変わりません。ただ、状況証拠から、彼女は白だ、と判断していますが。懺悔記録だけでなく、町民の証言もありましたから。軽率な行動であったと、反省しています。」

「そうか。まぁ、現時点では何とも言えんが、相手の会ったことのない人物や、よく知らない人物に成りすます、というのは陽動作戦では良く使われる手だ。だとすればその宿屋が黒、という事かも知れんな。」

「宿屋の調査は、今後継続して行うつもりです。」

「分かった。動機はまぁ良いとして…お前も知っているだろうが、ガルシア家は、代々嫡男を従軍させられている。長女であった、ジルベール軍曹も王命により軍人となった。おそらく、他の貴族が謀反を起こさぬ様、見せしめとして使われているのだ。また、ガルシア家は、謀反を企てた事により、男爵となっているが、それ以前は公爵家であったと記録されている。他の男爵家と、同じ扱いは出来んのだ。」


 ジョセフ・アイゼンは、昔を懐かしむ様に言葉を続けた。

「それにな…代々ガルシア家の者は、気立が良い。もう退役されたが、私もガルシア男爵とは軍人時代懇意にしていたよ。彼の息子のテオドールも、良い軍人であった。生きていれば、お前と同じ年だな…」


「そういう訳でだ、ノア。ガルシア家の者は、いくら男爵で部下であろうとも、お前が独断で傷つけて良い相手では無い。」

「はい。」

「更に…今回最も問題なのは、ベネット公爵家が大層お怒りだ、という点だ。今回の件は、例の宿屋を公に出来ない事もあり、事故の方向で処理をする事にしたのだが…ガルシア軍曹を心配し、見舞いに来たベネット公爵令嬢が、ガルシア軍曹の首に締められた跡があった、と強く抗議している。お前はガルシア軍曹の首を締めたのか?」

「はい。」

この様な質問でさえ、躊躇(ためら)わずに答えきる息子に、ジョセフ・アイゼンは諦めを通り越して、もはや脱帽していた。

「………お前…それだけだろうな?」

「いえ、みぞおちを殴りましたので、おそらく肋骨を痛めているかと。」


 ジョセフ・アイゼンは、さらっと答える息子を、信じられないという目で見た。

「お、……お前はぁ……。謝罪は済んだのか⁈」

「面会を禁止されていますので、まだです。私も、出来ればすぐにでも彼女に会いたいのですが…」

何故だか照れた様に言う息子を、ジョセフ・アイゼンはついに理解する事を諦め、幼い子どもを諭す気持ちで接する事にした。

「会いたいではなく、謝罪したい、だろ。そこは。とにかく謝罪は必ずする様に…」


 ジョセフ・アイゼンは息子の愚行に頭を抱えた。

「ベネット公爵家ともなると、意見を無下には出来ない。あそこは、公爵令嬢だけでなく、公爵夫人もジルベール・ガルシアに傾倒していると聞くからなぁ……」

「意図的に公爵家を手中に収めているとすれば、なかなかの策士ですね。偵察班として、有能なはずです。」

「もう黙っていろ、お前は……」


「ノア、お前の言い分は分かった。明日、私が直接ガルシア軍曹とベネット公爵令嬢に話をする事になっているが、おそらく、お前の降格は避けられんだろう。」

「承知しました。」

「うむ。それでは、この件は終わりだ。次の件に入るぞ。」


 ジョセフ・アイゼンは、テーブルの上に、ドサドサッと、綺麗な装飾の施された、書類にしては豪華すぎる革張りの物を広げた。

「なんです?これは。」

「なに、そんなに深刻な話では無い。お前ももう26になる。成人貴族として、良い年だ。この中から結婚相手を選べ。前々からお前に話を振っていたが、どの令嬢でも首を縦に振らんからな。」


 テーブルの上のそれは、見合い写真の山だった。

「お前が結婚をしたくないのは分かっている。だが、お前もアイゼン家に生まれた以上、結婚はしてもらわねばならないのだよ。この写真の令嬢達はどれも皆、お前が家に帰らなくても、はたまた異国の地で戦死していようとも、夫の務めを果たさなくとも、文句は言わない。アイゼン家と血縁関係が持てればそれで良い、そういった家を私が選んだ。」

 ノアは視線だけを、テーブルに置かれた見合い写真に向けた。

「ノア、これも私なりの親心だ。どの令嬢も、お前の重荷にはならない。さぁ、今、誰でも良いから選んでしまえ。」


「父上、」

ジョセフ・アイゼンは初めて、やや感情のこもった声で、息子に話かけられた気がした。

「ん?何だ。」

「その、結婚相手の件で…私も本日父上にお話をしたいと思っておりました。」


 息子の予想外の告白に、ジョセフ・アイゼンはまたも信じられない、という顔をしたが、まさかこの息子にも、好意を寄せる相手がいたのか…と思うと、親として自然な笑みが溢れてきた。

「何だ、まさか結婚したい相手でもいるのか?」

しかし、その笑みも、息子の次の一言で、一瞬で叫びに変わる。


「父上、私はガルシア家のジゼル嬢と結婚したいのです。」

「……………は…⁈」


 ポンコツはいつだって、恋愛において無策なのだ。

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