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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
134/134

107.弾けろ!ポップコーン

 カール・ベレンソンの騒ぎが起こってから、数日が経った。

 特科連隊情報中隊の詰所。長方形のテーブルに、若い兵が2人、向かい合って座っていた。野営訓練中の彼等は疲れているのか、朝の訓練前から、その表情は分厚い曇り空の様に、どんよりとしている。


「ん?レオ、アシェリー、元気ねぇな。いつも食堂に行ってる時間だろ?どうした、食欲ねぇのか?」

「ミラー伍長……」


 どんよりする彼らの前に、詰所にやって来た上官が声を掛けた。


「飯はしっかり食わねぇと、訓練中もたねぇぞ。まだ時間はある。今からでも食って来い。」

「……………」

 レオとアシェリーは、顔を見合わせると、再びため息を付いた。

「本当に、どうしたんだ?お前ら………」

 オーウェン・ミラーは部下の様子に首を傾げた。

「今日は午前中ジルも、俺らと一緒に森に入るらしい。ジルに美味い獣でも狩ってもらうか⁈アシェリーは、あいつが狩った肉、まだ食った事ねぇだろ⁈」

 オーウェンは、そう言うと、様子のおかしい2人の肩を、笑いながら叩いた。

「ジルベール先輩───」

 だが、ジルベールの名前を聞いた瞬間、レオは顔をクシャクシャにして、今にも泣きそうになってしまった。

「お……おいおいレオ、本当にどうしたんだ?大丈夫か?」

「あの……ミラー伍長、実は昨日、僕達───」

 泣き出しそうなレオをなだめながら、アシェリーが口を開いた。




⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎


「あー、今日も訓練疲れたなー。アシェリー、早く食堂行って、晩御飯食べよう。」


 一日の訓練終わりの、特科連隊情報中隊の詰所は、ガヤガヤと騒がしい。明日の準備をする者や、着替えやシャワーを浴びる者、食堂に行く者や、これから街へ飲みに行く者など、思い思いに、ひと時の自由な時間を過ごしている。


 若い下級兵の、レオと、アシェリー・マーティンの2人は、これから食堂に行く様だ。


「アシェリー、今日何食べるー?」

「そうだなー。肉よりも、魚の気分かな。」


     ───ガチャッ…ドンッ───


「うわっ……す、すみません…」

「あっ!リー中尉、お疲れ様です。」

 2人は、詰所のドアを開けた時、出会い頭に中隊長のウィリアム・リーとぶつかった。


「おー、お前ら今から晩飯か?元気が良いな。ポップコーンか?」

 リーは、弾けるように詰所から飛び出して来た2人を見て笑った。

「ぶつかってすみません、中尉。」

「いいよ、敬礼は。それよりオーウェンはいるか?」

 敬礼をする下級兵に、疲れてるだろ?と言って、リーは敬礼を解かせた。

「はい、確かミラー伍長は街へ飲みに行くって、シャワー浴びてました。今頃着替えてると思います。」

「分かった。あっ!そうだお前ら、ちょうど良かった!悪いが、ジルにこの通達を届けてくれると助かるんだが、頼めるか⁈」

 思い出した様に、リーは手にしていた書類の山から、軍の封筒に入れられた通達を一通、レオとアシェリーに手渡した。

「ジルの奴……通達は必ず確認しろって言ってるんだが、また見るの忘れやがって。今頃、私室に居るはずだ。悪いが、部屋に持って行ってくれるか?」

「えぇっ!私室棟に行くんですかぁっ!」

 レオが、頼まれた内容を聞いて、声を上げた。

「何だレオ。遠くて嫌なのか?」

「違いますよーっ!だって私室棟は、偉い人ばっかりでしょー!僕、何回かお使い頼まれた事あるんですけど、何だか雰囲気が怖くて……」

「大丈夫だ!怖くなんかねぇよ!それに2人で行けば平気だろ?頼むよ。ちょっと、他の用事で手が離せなかったんだ。ほら、部屋番号はこれだ。」

 リーは、通達にジルベールの私室の番号をサラサラと書くと、よろしくな!と言って2人に手渡し、詰所へ入っていった。

「しょうがないな…行こう、アシェリー。」

「僕、私室棟は初めてだよ、レオ。」

「僕らの兵舎と違って、辛気臭い所だよ。」

 こうして2人は、ジルベールの私室へ向かう事となった。



「この部屋…だね。」

「そうだね。」

 レオとアシェリーは、ジルベールの私室の前に立った。


 私室棟の見張りの兵には、リーの筆跡で部屋番号の書かれたジルベール宛の通達を見せると、直ぐに中へ通された。私室棟は、通路の両側に重々しいドアが、ずらっと並び、殆ど物音がしない。いつも、自分達が過ごしている、相部屋の兵舎とは、雰囲気が全然違って……レオが辛気臭いと言うのも納得だと、アシェリーは考えた。

「じゃあ、ノックするね。」─ドンドン─

 レオは、ドアをノックした。

「ジルベール先輩ー、レオです。通達を持ってきました!」

 そして、レオはいつもの様に元気良く呼びかけた。

「どーぞー!」

 中から、ガルシア軍曹の声がして、レオはドアを開けた。



───ガチャッ───



「えっ……………」

 だが、ドアを開けてレオとアシェリーは固まった。 


 私室の中は、軍と思えない位に可愛らしい雰囲気だった。部屋の奥には、真っ白な大きいベッドがあり、ぬいぐるみが山盛りになっている。ぬいぐるみ達の前で、室内用のドレス姿で──紺色のドレスは、肩が出ていて、今街で流行りのデザインだ──綺麗に髪を編み込まれたガルシア軍曹が、ベッドにうつぶせで足を投げ出し、本を読んでいた。読んでいるのは、セリージェの冒険…かな。


 アシェリーは、思った。


 私室の扉を開けた途端、別世界に来たみたいだ。軍とは関係無い…そう、極一般的な令嬢の部屋に。


 だけど───


 なぜか、この令嬢の部屋では、軍服姿のアイゼン少佐がソファーで足を組み、頬杖を付きながら本を読んでいた。ガルシア軍曹と打って変わって、こちらは分厚い歴史書の様だ。


 何で、この人がここに……


 いや、それよりも───


 見間違いで無ければ、ガルシア軍曹は、鎖に繋がれている。ベッドに投げ出された左足首に、金色の足枷が付けられ、そこから細い銀色の鎖が伸びていた。


 チラッとレオを横目で見ると、レオはガルシア軍曹の足枷を見たまま固まっている。


 アイゼン少佐は、こちらを一瞥すると、ガルシア軍曹の方に顔を向けた。

「ジゼル、人前で足を投げ出すものではない。」

「はい。」

 そう言われたガルシア軍曹は、ベッドに投げ出していた足を、ドレスの中にシュッと引っ込め丸まった。シャラッと鎖の軽い音がして、ドレスの中に鎖が入って行く。ドレスから、鎖が伸びているのは、異様な光景だ。少なくとも、自分にとっては……


 人前──自分達より、アイゼン少佐の前で、その態度の方が駄目だと思うけど、やはり夫婦だから問題無いのか。


 夫婦って……

 相手を鎖に繋いだりするものなのかな……


「あの……ジルベール先輩、これ……」

 目の前の光景に、思考が追いつかないでいると、隣で固まっていたレオが、震える手で、通達を差し出した。それを見たアイゼン少佐が、本を閉じソファーから立ち上がると、こちらに来て、レオから通達を受け取った。


「悪いな。」

「あ……いえ……」


「ジゼル、テーブルに置いておくぞ。」

「はい……くしゅんっ!」

 アイゼン少佐は、受け取った通達をテーブルに置き、ガルシア軍曹はセリージェの冒険──表紙がはっきり見えて確信がもてた──を読みながら、小さなくしゃみをした。

「ジゼル、冷えてきたから、上着を羽織りなさい。」

「えー、大丈夫です。」

 ガルシア軍曹は、本から目をそらさず、めんどくさそうに、返事をした。

「駄目だ、風邪を引く。」

 アイゼン少佐は、部屋の奥にあるクローゼットを開け、花柄のカーディガンを取り出すと、ガルシア軍曹に羽織らせた。ガルシア軍曹は、ベッドの上に座ったまま、もそもそと袖を通している。

 ガルシア軍曹の、アイゼン少佐に対する態度に、少しひやひやしてしまったが、アイゼン少佐は何でも無い事の様に、ガルシア軍曹の世話を焼いている。


「ジゼル、紅茶でも飲もうか。」

 ガルシア軍曹にカーディガンを着せ終わったアイゼン少佐は、満足気にそう言った。

「はい。」

「飲みながら、先に通達に目を通しなさい。そうしないと、君は忘れてしまうだろう?」

「えー。忘れないですよ。」

「駄目だ。君は必ず忘れる。ほら、ジゼル、おいで。」

 テーブルの上に置いてあるバスケットから、茶葉を取り出し、アイゼン少佐が紅茶を淹れ出した。


 アイゼン少佐(この人)が、淹れてあげるのか……


 ついにガルシア軍曹は、セリージェの冒険をパタンと閉じると、ベッドから降りた。



       ───シャラ……───



 見間違いでは無い、ガルシア軍曹の繋がれている鎖が、シャラッと音を立てる。


「レオちゃん、アシェリー、ありがとうね。」

 鎖に繋がれたガルシア軍曹は、いつもの様に、僕達に優しく微笑んだ。アイゼン少佐も、いつもの様に、無表情で僕達を見た。

「あ…はい。では、失礼します……」

「また明日ね。」



        ───パタン───



 固まったまま、動けないレオを後ろに下がらせ、僕は異世界へと通ずる扉を閉めた。


───ジゼル、こっちに…───

───自分で座れますよ、少佐───

───いいから……ジゼル、少し(かじ)りたい…───

───やぁ……あ…シャラシャラシャラシャラ───


 何をしているのか良く分からないが、ドアの向こうから会話の続きが聞こえた。



 ここは、巣だ。バカップルの巣だ。



「行こう、レオ。僕達も食堂で夕食を…ん⁈レオ⁈」

 レオは俯いて、涙を流していた。

「レオ、大丈夫⁈あんなの見たから…具合が悪くなっちゃった⁈」

 食堂に向かって、レオを歩かせながら、そっと尋ねた。


「ジルベール先輩……そんな……酷いよ……っ」

「レオ……泣かないで。」

「だって!あ…足に…足に鎖がっ!あの人に拘束されてるんでしょう⁈」

 レオはついに、ぼろぼろと涙を流しながら、こちらを向いて大声を上げた。

「レオ、静かに…落ち着いて!確かにそうだったけど……嫌がってる感じではなかったでしょう?紅茶も淹れてもらっていたし。」

「でも……」

「アイゼン少佐は、高位貴族だから……高位貴族の家にはね、独自のしきたりがある場合があるんだよ。もしかしたら、そうなのかもしれない……」

「しきたりって……なんだよそれっ!自分の家族を鎖に繋ぐしきたりなんか、おかしいじゃないかっ!」

「うん、それが普通の感覚だよね……」

「ジルベール先輩はねぇっ!拘束されたり、自由を奪われるのが、一番嫌いなんだよっ!アシェリーだって知ってるだろう⁈先輩の家の、王命の事…ただでさえ、生まれつき軍に囚われてるんだよ⁈それなのに、あんな…あんなのって──」

 レオは、右腕でゴシゴシと涙を拭いて訴えた。

「いや…たぶん、プレイの一環だよ…」

「はぁ⁈プレイの一環⁈あれが⁈」

「客観的に見れば……恐らく……」

「いやいや、軍の私室だよ⁈だとしたら、頭おかしいでしょ⁈そんなの、ジルベール先輩が、望む訳ないよ!無理矢理に決まってる!」

「うーん……どうかなぁ……」

 それから僕等は、口数少なく食堂へ向かった。



⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎


「と、言う事がありまして───」

 僕は、昨日見た、衝撃的な光景を、かいつまんでミラー伍長に話した。レオは、話を聞いて、また気分が悪くなってしまった様だった。


「…………で?」


 ミラー伍長は、それがどうした、と言わんばかりの表情で、首を傾げた。

「でって、異常な事ですよ⁈鎖に繋がれていたんですよ⁈」

 僕も気分が悪くなり、テーブルにうずくまった。


「おぉ!どうした、ポップコーン組。今日は勢いがねぇな。しなしなじゃねぇか。」

 うずくまる僕達と、ミラー伍長の所に、リー中尉がやって来た。

「おはようございます、リー中尉。」

「オーウェン、今日も訓練よろしくな。」

「了解っす。」

「……こいつらは、どうかしたのか?」

 リー中尉は、具合が悪そうな僕達を見て、ミラー伍長に問いかけた。

「うーん。何か良く分からないんすけど、」

「今の説明で何で分からないんですかっ!」

「アシェリー、オーウェンの話を遮るな。何度言ったら分かるんだ?」

「くっ………」

 リー中尉に怒られ、僕は歯軋りをした。

「ジルの私室に、アイゼン少佐がよく居るじゃないすか?それが、こいつらは不思議みたいっすね。」

「いや、そう言う事じゃ……うーん、そうと言えばそうですが……」

「お前ら、何を悩んでんだよ。」

 話の読めないリー中尉が、不思議そうに僕達を見た。


「その…ガルシア軍曹の私室で…アイゼン少佐の行動が…おかしいと思うのですが……」

「そうなんですよっ!」

 ついに、俯いていたレオが声を張り上げた。

「ジゼルジゼルジゼルジゼル…って!おかしいでしょ⁈鎖に繋いでるんですよ⁈」

「はぁ?鎖?よく分からないが、アイゼン少佐は、亡くなったジルの兄上と、戦友だったんだ。ジルの事は、手のかかる妹みたいに思ってんだろ。」

「違いますよっ!だって……医務室で……ひ、膝に乗せてたりとか……」

 レオは涙ながらに訴えた。


「レオ、俺の妹も、家ではそうだぞ。帰る度に、いまだに甘えて膝に座ろうとしてくる。可愛いもんだよ。」

 リー中尉は微笑んで、あはは、と笑った。


「絶対違う…この兄妹愛(きょうだいあい)バカ…」

「ん?何か言ったか、レオ。」

「……何でもないですよっ……」

「あと、ジゼルって言うのは、あいつが軍人になる前の元の名前だ。だから、そう呼んでも、別におかしくは───」

「ジルベール先輩の前の名前は僕も知ってますっ!そういう事じゃないんですよっ!」

 レオはまた涙目になった。

「そもそも、上官が部下の部屋に行って何がおかしいんだ。俺もよくジルを叩き起こしに行ってたぞ。」

 駄目だ、この兄妹愛バカ(ひと)に何を訴えても無駄だ。

 アシェリーとレオは、肩を落とし沈黙した。


「ミラー伍長は、おかしいと思わないんですか⁈」

 レオは、今度はミラー伍長に訴えた。

「俺も、ジルの部屋にアイゼン少佐が居るのは見たぞ。」

「ほらっ!」

 ミラー伍長は話し出した。

ジル(あいつ)を飲みに誘おうと思ってよ、私室に行ったんだ。」

「オーウェン、今回の野営訓練中はジルを誘うなって言ってたろ⁈お前らは酒代欲しさにジルの軍服を売ってたろうが!」

「……で、部屋に行ったら、」

 ミラー伍長は、リー中尉の小言を無視して話し続ける。

「あいつは、人形だらけのベッドでグーグー寝てやがってよ。」

「それで……?」


「起こそうとしたら、アイゼン少佐が、私室のシャワー室から、スッキリした顔して、髪の毛拭きながら出てきたぞ。」


「いやそれアウトでしょ!スッキリって!」

「何がだ?」

 僕は叫んだが、ミラー伍長は首を傾げる。


「で、どうしたんだ?」

 リー中尉がミラー伍長に尋ねた。

「アイゼン少佐に、ジルは疲れて寝てるから行けないって言われて……」

「疲れて⁈寝てる⁈」

「あいつ、今回の野営訓練で、まだ大した事してねぇのによ!」

「本当だな、ははは!」

 ミラー伍長とリー中尉は、呑気に笑い合っている。

「いや……訓練で疲れてるって意味では無いんじゃないですか?」

 僕はだんだんと、心配になってきた。


「じゃあオーウェン、ジルとは飲みに行けなかったんだな。」

「はい、ジルは寝てたんで。部屋にいたアイゼン少佐と飲みに行きました。」


「ええっ!ミラー伍長、よくあの人と行けますね⁈」

 僕とレオは立ち上がって声を上げた。

「それは良かったじゃねぇか。連隊長に飲みに連れて行ってもらえる機会は、なかなかねぇぞ?佐官になると、忙しいしなぁ。」

 リー中尉は喜んでいるが、あの人が部下を飲みに連れて行く姿は、想像し難い。

「なんか俺の事、弟だ、とかなんとか言われるんすよ、少佐に。お前は弟だから、いつでも連れて行ってやるって。」

「えー……それどういう事……」

 僕達は眉をしかめた。


「アイゼン少佐も、子どもの頃から軍に居るらしい。佐官になって、下士官以下のお前らの事は、自分の弟みたいに思ってんだろ。」

 リー中尉が、また、恐らく検討違いな事を言う。

「いや、おかしいでしょ。僕達は言われた事無いですよ⁈」

 レオが抗議した。


「まあ、それで…アイゼン少佐が飲みに連れて行ってくれる事になったんで、俺の相部屋の奴等も誘って、近くの酒場に飲みに行きました。アイゼン少佐、飲み代全部奢ってくれるんすよー!」

 ミラー伍長は嬉しそうに話し出した。

「まあ、佐官だからな。良かったじゃねぇか。」

「はい!アイゼン少佐は、最初の店だけで帰ったんですが、俺達がまだ他の店に行くって行ったら、その分も奢ってくれました。次の店で使えって、橙半紙(とうばんし)、くれたんすよ!」

「面倒見が良いんだな、アイゼン少佐は。」

 駄目だ、ミラー伍長は、飲みに連れて行ってもらえるせいで、アイゼン少佐の正しい姿が見えていない。完全に、懐柔されてしまってる。


 アイゼン少佐は、絶対に良い人では無いと思う。少なくとも紳士では無い。


「酒場で、ミラー伍長達と分かれた後、ちゃんと自分の私室に帰ったんでしょうか。アイゼン少佐は…」

 さすがに心配になって、僕はつぶやいた。

「いや、ジルがちゃんと、シーツ掛けて寝てるか心配だって帰ってったからな。ジルの部屋に行ってんじゃねえの?」

「ええっ!」

「確かにあいつ、寝相最悪だもんな。そのくせ絶対短剣手に括り付けて寝てるし。」

「だが、どうせ起きないからな。何の意味も無い。」

「そうなんすよねー。わはは!」

「はぁ⁈そこじゃないでしょ?絶対おかしいですって!」

「アシェリー、さっきから一体何を心配してんだよ。」

「アイゼン少佐の倫理観ですよっ!」

 僕は叫ぶと、笑っていたリー中尉が、少し考えて僕に向き直った。


「倫理観…確かに、高位貴族達の行動は、俺らには理解しかねる物がある。だがな、アイゼン少佐は、今回ジルの妹と、オーウェンの仲人を、アイゼン家が受けると申し出てくれたんだ。少なくとも、人情はある人だと、俺は思う。」

「それは……多分、妻の妹の結婚だから──あっ!弟って、そういう意味か…義弟(おとうと)なんだ…」

 僕は、少佐の意図に気付いてハッとした。

「どうした?一人でぶつぶつ言ってるが……」


「だいたい、ジゼル、おいでって。軍の私室でそんな呼び方します?」

 レオはまだ納得していない様だ。

「あ?俺も、弟や妹にはそう言うぞ?」

「もうリー中尉は黙ってて下さいっ!」

「俺は、少佐に酒代奢ってもらえるから、あいつにはずっと私室に居てもらいてえな。」

 この人は───


「そもそもだな。上官が部下の部屋に行って何がおかしいんだ?」

 ミラー伍長も、リー中尉と同じ結論を言い、リー中尉はその横でうんうんと頷いている。

 僕達は、敗北を喫した。



「おはよーございまーす。」



 その時、詰所に高い声が響いた。ガルシア軍曹がやって来たのだ。

 僕達と、一緒に森に入ってくれるからだろう、ガルシア軍曹は迷彩服で、重装備をしていた。


「あ、ジル!お前らなぁ、もう直接聞けよ。めんどくせえからよ。そしたら解決だろ?」

 ミラー伍長は、スバっとデリカシーのかけらも無い事を言った。でも──

「確かに……そうですよね。ガルシア軍曹、お聞きしたい事があるのですが──」

「おはよー、アシェリー。なぁに?」


「あの……アイゼン少佐は、いつも昨日みたいにガルシア軍曹のお部屋にいるんですか?」

 ガルシア軍曹は、背負っていた軍用の弓とリュックを、よいしょっと言いながら、椅子の上に下ろした。


「アイゼン少佐?んー……分かんない。晩ご飯をね、持ってきてくれるんだよね。その後、大体ずっと私の部屋にいるけど、気が付いたらいなかったり、またいたり……」

 ガルシア軍曹の答えは、何だか要領を得なかった。


「いいよな、ジル。毎日侯爵家の飯を貰ってんだろ?」

「そう。本当もう、めちゃくちゃ美味しいんだ。あっ、朝ご飯も貰えるんだよ!」

 ガルシア軍曹は、うっとりとした表情になった。大方、先程食べたであろう侯爵家の朝食を、思い出しているんだろう。


「この食欲の権化……ジルベール先輩っ!部屋にずっとあの人がいて、気にならないんですか?それに……その……ジルベール先輩鎖に繋がれてましたよね⁈」

 レオが、ガルシア軍曹に詰め寄った。

「鎖?あぁ、安全ベルトの事?」

「安全ベルト……?」


 安全ベルト…そんな風には見えなかったけど……


「何だか、かなり安全そうじゃねぇか。レオ、アシェリー、お前ら何を心配してんだよ。」

 リー中尉は、あははと笑っているが、絶対に安全ベルトなんかじゃなかった。


「それに、部屋って言っても、ここは兵舎だから。上官が部下の部屋に来るのは、おかしい事では無いでしょう?レオちゃん、急にそんな事言って…どうしたの?」

 ガルシア軍曹はきょとんとして首を傾げた。

「いや、絶対あんたらがどうかしてるって──」

「レオ、ガルシア軍曹は大丈夫みたいだからさ。だったら、問題無いんだよ、きっと。」

 何となく腑に落ちないけど、レオにそう言うと、レオも納得いかない顔をした。


「ジル、それはそうと、お前……ポケットの中、見せてみろ。」

「えっ!リー中尉、何も無いですよっ!やだやだっ!キャーッ!」

 話が終わると、おもむろにリー中尉は、ガルシア軍曹に詰め寄った。そして、ガルシア軍曹を押さえ付けると、迷彩服の、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「ほら、何なんだー、これは?」

「くっそー……鼻が良いんだから……」

 そして、ガルシア軍曹のポケットから、紫煙草(しえんそう)に似た、煙草の様な物を数本取り出した。

「ジルッ!もっと上手く隠せよっ!」

「ぐぬぬ……」

 ミラー伍長は、あちゃー、という顔をして文句を言い、ガルシア軍曹は歯ぎしりしながらリー中尉を睨んでいる。

「残念だったなぁ、ジル。これは没収だ。野営訓練中に、葉っぱなんかやってんじゃねぇよ。」

 リー中尉は、どこか嬉しそうに、取り上げたものを自分のポケットに入れた。

「そんな事言って……リー中尉、自分が使うんでしょっ!返してっ!」

「駄目だ。本当なら、軍規違反で鞭打ちだぞー。さぁ、そろそろ東門に集合だ。真面目にやれよ。」

 そして、ニヤニヤしながら、リー中尉は詰所を出て行った。

「くそっ!あの小言ジジイッ……キーッ!森で襲ってやるっ!」

 ガルシア軍曹は激しくじだんだを踏み、ミラー伍長はガックリと肩を落としている。


「ほら…レオ、何だかよく分からないけど、ガルシア軍曹元気だよ。もう、この話は止めにしよう。」

「……そうだね。食堂の朝ご飯、ギリギリ間に合うかな?」

「走って行こう。ハムサンド、まだあるかな……」


 レオとアシェリーは朝食を食べるべく、騒がしくなってきた詰所を勢い良く飛び出した。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

評価等で応援して頂けると、とても励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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