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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
133/134

106.豆のジャム

「只今参りました、ジルベール・ガルシア軍曹であります。」

「おい、遅いぞジルッ!何やって──その髪型…広報部で軍務中だったか?悪いな。」

「いえ、これは……その……」

「じゃあ早速頼む。対象はあいつだ。腕を折ったが吐かねえからな……これ以上は時間の無駄だ。こういう奴には、お前のやり方が合ってるだろう。」

「承知しました、中尉。」


 狭い部屋で、数人のリソー兵(犬野郎)から、拷問を受けていた。どうせ、喋っちまえば、直ぐに殺される。何とか、隙を見て……出来れば誰か一人、買収出来そうな奴がいれば───

 こういった碌でも無い国には、カールみたいな奴が多いからな。


 たった今、部屋に女が一人、入って来て、俺の両腕を折りやがった男と何か話している。女は俺を見ると近づいて来た。

 軍服を着ているが、最近の街娘みてぇな髪型だ。軍の事務員か……


 いや……違う。


 両腕を折りやがったクソ野郎程じゃねぇが、女は足音がしない。


 近づくにつれ、鮮明になってくる顔は、古傷だらけだ。


「……て…めぇ…寄るんじゃねぇ……」

「こんばんは。」


 女はそういうと、床にうずくまる俺の前にしゃがんだ。手には、小さな小瓶を持っている。瓶の中で、小さな白い物が動いていた。

「……虫…か…」

 女は、瓶の蓋を開けた。

「え?これ?あぁ、これはねぇ。今、街で流行ってるんだよ。豆のジャムでねぇ、サンドイッチやトーストに付けるとおいしいんだ!瓶が可愛いから、空になったら、私は乾かして小物入れに──」

「おいジルッ!捕虜と無駄話すんなっ!」

「………もー。あの人、うるさいよねぇ。嫌になっちゃう。小言ジジイなんだから。」─ひそ─

 銀髪の女は、若い娘達が噂話でもするかの様に親しげに、声を潜めて俺に耳打ちしてきた。

「誰がジジイだっ!俺は24だっ!」

 そして、クソ野郎に怒鳴られている。

「………」

 何なんだ……この小娘は……


「と、いう事で。小言ジジイの嫌味なんか、聞こえなくしてあげるね。」

「は?」

 銀髪の女は、ニコッと笑いながら俺に耳打ちすると、小瓶から出した白い物を、俺の左耳に入れた。


「なっ…………てめぇ……何だこれっ……!」


 左耳から入って来た物体は、耳の中で一気に膨らみ、何か綿の様な感触に変わった。

「け……毛虫か⁈」

 そして動きながらどんどん奥へ入って行く。左耳は、何も聞こえなくなった。


「脳に行っちゃう前に、喋った方が良いよー。寄生されちゃうから。」


 そう言いながら、女は右耳にも虫を入れやがった。

「本当煩いよねぇ、小言ジジイ。ちょっと話す位別にいぃ………ぇ………」

──寄生…⁈おいっ!取ってくれっ!──

 いかれた女はニコニコしながら、口を動かしている。もう、音は聞こえなくなった。

──おいっ!分かった!分かったから……早く取れっ!──

 女が左手を挙げると、後に控えていた兵達が近づいて来た。



────────


「本当に早かったな、ジゼル。」

 彼女は、一時間も経たない内に、私室へ帰って来た。今度は、薄黄色の室内着に着替えたジゼルは、脱いだ軍服を持ってシャワー室から出て来た。

「軍服を渡しなさい。」

「自分で衛生室へ持って行きますよ、少佐。」

「いや、その軍服は捨てる。」

「えぇっ⁈どうして……別に破れたりなんか──」

「良いから渡しなさい。」

「……分かりました……」

 納得のいかない顔をするジゼルから軍服を受け取り、ドアの前に放った。そして、彼女を抱き上げ、ソファーに座り膝の上に乗せた。


「やっと夕食が食べられるな、ジゼル。」─カチャン─

 彼女は、自分の左足に、足枷が付けられるのを大人しく見てから、テーブルの上の夕食に視線を移し、こくんと頷いた。


 こんなにも愛くるしい物に……俺はどうして今まで気付けなかったのだろうか───


 吸い寄せられる様に、彼女の頬にそっと口付けると、彼女は水色の目を丸くして、俺の顔を見上げた。そして、俺が口付けた右頬を、そっと自分の右手で包んだ。


 先程の……紺色の服を着てくれなかったのは残念だが、この服も、彼女によく似合っている。

 頬を包む彼女の右手を取り、ゆっくり膝に下ろした。


「ジゼル、何から食べたい?今日はな…街で流行りの、豆のジャムがあるらしい。料理長が言うには、パンに付けて食べると美味しいそうだ。」

 俺は、ジャムの小瓶を開けた。透明の瓶に、赤茶色のペーストが入っている。蓋は、白地に赤のチェック模様だ。

 パンに豆のジャムを塗ってジゼルの口元に差し出すと、彼女はパクッと頬張った。その後で、自分のパンにも、豆のジャムを塗り、口に入れた。予想より、控えめな甘さが口の中に広がっていく。

「もぐもぐも…ごくん。少佐、そのジャムの瓶、空になったらもらっても良いですか?」

「瓶?あぁ、構わない。料理長に伝えておこう。」

「ありがとうございます。可愛いから、集めてるんです。蓋は、いろんな柄があるんですよ。その柄は、まだ持ってなくて…」

「そうなのか。」

 彼女はニコッと微笑んだ。ジャムの瓶を集めているのか。ジャムの空瓶…素朴な趣味だな。


 愛くるしい彼女は、趣味も可愛らしいものだ。


「素朴…か。初めて、ブライアンの言う意味が、理解出来た気がするな。」

「?」

 膝の上の彼女は、せっせとローストビーフを皿に取り、頬に詰め込みながら首を傾げた。

「いや、こっちの話だ。何でも無い。」


 ノアは、パンをもう一切れ取り、また豆のジャムを付けて口に入れた。そして、普段甘い物は好まないが、意外とこのジャムは美味しいかもしれないと考えた。

アイゼン家(いえ)に、違う柄の空瓶が、あるかもしれないな。料理長に聞いておこう。」

「本当ですかっ!ありがとうございます、少佐!」

 ジャムの空瓶にはしゃぐジルベールを見て、ノアは幸せそうに微笑んだ。


 そして、ある程度の情報を吐いたカントの商人は、ジルベールが部屋を出た後、リーによって殺された。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

評価等で応援して頂けると、とても励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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