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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
132/134

105.聖母は安全ベルトをする

「あの……少佐、」


 ジルベールの私室。ノアは、テーブルに夕食を手際良く並べていた手を止め、着替えを終えシャワー室から出て来たジルベールを見た。テーブルの中央には、本日のメインディッシュである、ローストビーフが山盛りになっている。


「ジゼル、良く似合っている。おいで。」

 ノアは、ジルベールを手招きした。


 マシューに泣かされたジゼルと──可哀想に、歩きながらも彼女はずっと泣いていた──私室に戻って直ぐ、彼女には、シャワーを浴びて着替える様言い付けた。

 今思い出しても殺意が湧くが、俺が偵察班の詰所に訪れた時、マシューは、嫌がる彼女を無理矢理抱きしめていた。見間違いでは無いだろう。俺のジゼルが(けが)されてしまった。綺麗にしなければ。今日彼女が着ていた軍服は、捨ててしまおう。


 マシューは……先日俺の執務室にも来て、今日と同じ様な事を言っていた。ジゼルは、揶揄われていると、思っている様だが────


 本気だろうな、あいつは…………


 だが、いくら本気とはいえ、ジゼルは嫌がっている。嫌がる相手に無理矢理強要するのは、貴族、そして軍人として恥ずべき行為だ──俺が言えた立場ではないが──


 まぁ…とにかく。例えアイゼン家()の権力を使ってでも、必ずマシューの行動は阻止する。


「……佐、少佐っ!聞いてますかっ!」


 思案していると、目の前に彼女が立ち、俺を見上げて何やら訴えている。

「どうした、ジゼル。」

「あの……この服なんですけど……ちょっと、肌が出過ぎでは無いかと思うのですが……」

 ジゼルは、自分の肩を抱いて、こちらを見上げている。


 私室のクローゼットには、義姉(あね)上がジゼルの為に、街で見繕った室内用の服が、補充されている。その中から、ジゼルに着替えさせた紺色の服は、確かに肩が出ている。肘の少し上に、大量のフリルが付いており、袖の部分はそこまでだ。だが、それ以外はシンプルな室内用のドレスで、裾にレースが付いており、彼女に似合って可愛らしいと思ったのだが。義姉(あね)上も、街での流行りだと、このドレスを手にして、俺に熱弁していた。


「それのドレスは、義姉(あね)上が、街での流行りだと言っていた。君に良く似合っていると、そう思うのだが………」

「ソフィアさんが……でも…その…私、傷だらけだから──」

「傷?外出する訳じゃないんだ。俺しか見ない。何の問題があるんだ?」

 俺が首を傾げると、彼女は顔を赤くして、少し頬を膨らませた。確かに、彼女は全身に傷跡があり、露出した肩にも、剣で斬られたと思われる、大きな古傷がいくつも付いていた。

 彼女が、どういう感情なのか分からないが、彼女の肌なら、何度も見ている。問題は無いと思うのだが……紺色でない方が良かったのか。


「ジゼル、気に入らないなら、君の好きな薄黄色の室内着もあるだろう?好きな服を着たら良い。」

「何で私が薄黄色を好きな事を………」

「気に入った物が無いないのなら、何でも好きな物を買ってやると、いつも言っている。」

「いえ、そういう訳では……ソフィアさんが選んで下さった物ですし……」

「だったら問題無いな。」

 同意も取れた。彼女を抱きかかえてソファーに座り、膝の上に乗せて、比較的シンプルに、彼女の左右の髪の編み込みを開始した。目の前のテーブルには、一面に夕食が並んでいる。


「うわぁぁ!美味しそー!!」─笑顔ぱあぁ─


 ジゼルは、髪の毛を編み込まれながら、並べられた夕食を見て、目を輝かせている。

「ジゼル……先程は、すまなかった。まさか、マシューが君にあんな……君は、嫌だったのだろう?」

「……う……うえーん……しくしく…」─ぽろっ─

「ああ、いやいや!良いんだ!思い出すのも辛いのだな。確認したかっただけなんだ。もう大丈夫だ。泣かないでくれ。」─よしよし─

 シャワーを浴びたばかりで、まだ濡れている彼女の髪の毛を、そっと撫でた。

「怖かったな。」

「えーん。早くご飯食べたい。」

「そうだな。だがその前に、少しじっとして…すぐに済む。」


      ────カチャ…────


 ノアは、膝に乗せたジルベールの左足首に、細い、金色の足枷(足枷)を付けた。一見すると、装飾品のアンクレットの様だが、足首に付けられた金属製の輪からは、細い銀色の鎖が伸び、重厚なベッドの足に繋がれている。


「………っ!少佐っ!嫌──むぐもご……」

 不意に足枷を付けられ、膝の上で暴れ抵抗しようとしたジルベールの口に、ノアはローストビーフを4、5切れ突っ込み、口を塞いだ。

「もぐもぐもぐもぐも………」

 ジルベールの口は、反射で一生懸命にローストビーフを咀嚼(そしゃく)し出し、反論出来なくされてしまった。


「落ち着くんだ、ジゼル。これは、決して君を拘束する為の物では無い。」

「もぐもぐもぐもぐも……ごっくん。じゃあ、何なんです?」

 ジルベールは訝しげにノアを見た。ノアは、また数枚のローストビーフを、ジルベールの口にグイッと詰め込んだ。


「……君は、最近(かどわ)かされそうになっているだろう?」

「もぐもぐもぐもぐも………」

「君が直接の目的では無かったとはいえ、最近では付き纏い被害も受けていた。」

「もぐもぐもぐもぐも………」

「それに、君は何度言っても、一度ベッドで寝ると、なかなか起きないし、人の気配を察知出来ない。」

 ノアは目を伏せ、残念そうに首を横に振った。

「もぐもぐも……ごっくん。それはそうですが……」

「これは、君が就寝時に手首に括り付けている、短刀と同じ意味合いの物だ。俺なりに、君の安全を第一に考えた結果なんだ。」

「……そうだったのですね、少佐。それなのに……申し訳ありません、私……」

「分かってくれたなら良いんだ、ジゼル。」



      ────カチャン───



 ノアは、そう言いながら、足枷に鍵をかけた。


「これは、君の安全を守る…そう、安全ベルトだ。」

「安全ベルト……」

「そうだ。これで、夜も安全だ。拐われる心配も無い。それに、このベルトは十分な長さがある。私室の中は今まで通り、自由に動けるし、不自由は無いはずだ。これからは、私室に戻ったら付けてあげよう。」

 ノアは、安心した様に微笑んだ。

「毎朝部屋を出る時に、外してやるからな。」

 ノアは、ジルベールの両脇に手を添え、高く抱え上げた。



       ───シャラ…───



 ジルベールの足枷に付けられた鎖の、軽い音が私室に響いた。


 抱え上げた彼女は、水色の瞳を揺らし、俺を見下ろしている。


 今回は、彼女を傷付けない様、力を入れずに抱え上げた。痛がってはいない様だが……

 この前抱えた時よりも、ふわふわな気がする。


 彼女の足首からは、銀色の細い鎖が垂れ、静かに揺れている。



 あぁ……やっぱり可愛いな。



 ジゼルに付けた足枷は、今日、急ぎで特殊武器科のロレンツに作らせた。


 あいつ、まさか彼女を繋ぐ用途の物を作らされたとは、思わないだろうな。考えただけで、笑いが込み上げてくる。


「ふふ……」

「少佐、何がおかしいのですか?」

「いや…何でもないんだ、ジゼル。」

 彼女は首を傾げている。

「少佐、そろそろ下ろして下さい。ご飯食べたいですっ!」─シャラシャラ─

「ああ、そうだったな。しかし、もう少しこのまま見ていたい気が───」



     ───ドンドンッ!ガチャッ───



「ノア、ここに居るんだろ………お、お前っ!彼女に何をやっているんだあぁぁっ!」


「父上……」

「アイゼン閣下…」


 部屋に入って来たジョセフは、2人を見るなり目を丸くし、慌ててノアの横まで来た。


「ノアッ!お前、早く下ろしなさいっ!こんな露出の多い格好をさせて……絶対に、手は出すな───ん⁈な……何なんだこれはっ⁈何で彼女を鎖で繋いでいるんだあぁぁぁぁ!」

 ジョセフはジルベールの左足首に付けられた、足枷に気付き絶叫した。

「チッ………彼女をどうしようと、私の自由です。」

「貴様───」

「あの、閣下。何かご用事で来られたのでは…?」


 ジルベールに問われ、ノアに掴みかかったジョセフは我に帰った。


「そうだ…用件は2つあってだな…一つは軍務なのだが、まずはこれだ。」

 ジョセフは、白い琺瑯の容器をテーブルに置いた。

「あっ!木の実のケーキだ!」─シャラシャラ─

「焼きたてだそうだよ、ジル。ノア……アイゼン家(いえ)への軍事速達を、私用に使うな。」

「ありがとうございます、父上。それで軍務の方は?」

 ジョセフは、未だ、ノアに下ろしてもらえずにいるジルベールをチラッと見て、ノアに向き直った。


「軍務は彼女だ。司令部からの依頼でね…リー中尉からの呼び出しだよ。」

「司令部?」─シャラ…─


 ジョセフは、テーブルの上に並べられた夕食の中から、厚焼きのキッシュを一切れ掴むと、頬張った。


「先日、カール・ベレンソンが、カントの商人と内通していて、ミラー伍長達が、その商人を捕らえたろう?そいつが今までに買った情報を、どうしていたのか尋問しているんだが、なかなか吐かなくてな。リー中尉が、彼女を指名だ。行って、奴に情報を吐かせる様に。」

「承知いたしました、閣下。直ぐに着替えます。」

「食事中に悪いね。よろしく頼むよ、ジル。」

「父上、他の兵は居ないのですか?既にお聞きしているかもしれませんが、彼女は先程マシューに傷つけられ、傷心しているのです。」

「ノア、お前なぁ……だいたいマシューが何だ?どういう事だそれは───」



       ───ドサッ───



 ジョセフがため息をついた時、私室の入り口の方から物音がした。


「なっ……ベン!お前、どうしてここに……⁈」


 振り返ると、マシューの父親、ベン・ルイス侯爵が、開け放たれたドアの前で、膝から崩れ落ちていた。

「ベンッ!何でここに…とにかく、ドアを閉めなさいっ!」

 ジョセフは慌てて私室のドアを閉めた。


「何という事だ、何という事だ……まさか……これ程までとは……」

 ベンは、抱え上げられたジルベールに付けられた、足枷を見ながら、ぶるぶると震え、涙を流している。ノアは、無言でジルベールをそっと、床の上に下ろした。

「ベン、違うんだよ、これは…私も何が違うのか、言ってて良く分からないが、これには訳が───」

「兄上、」

 焦るジョセフを、ベンはそっと静止した。

「兄上……今までの苦労……痛み入ります。」

「は?」

 ジョセフはポカンと、弟を見た。


「いえ…例えどんな理由だろうと、マシューの件を一言謝罪しようと来たのですが……ルーカスの言う通りだ。もはや……もはやこれは、ノアのせいではない。アイゼン家(いえ)全体の、問題だ。」

「叔父上、どういう事です?」

「ノア、もう、一人で悩むな…お前がこれ程まで歪んでしまったのは、お前のせいでは無いのだ。皆の責任だ。もちろん、それは私にもある。」

 ベンは、ツカツカとジルベールの前に歩み寄った。

「あの……ご無沙汰しております……」

 何となく、居心地の悪いジルベールだったが、ベンは構わず、涙を流しながらジルベールの両手をがしっと握りしめた。

「うわっ!何ですか急にっ!」


「ガルシア軍曹っ!私は……君を誤解していた。今までの非礼を許して欲しい。」

「はぁ?仰る意味が──」

「何と、素晴らしい心掛けだろう…例え、いくら金銭を積まれたからとはいえ、これ程の献身が出来ようか。いや、凡人には出来るはずが無いっ!」

 ベンは語気を強め、ジルベールはびっくりして目を丸くした。


「ノアを正す為、ありのまま、全てを受け入れる……君は……もはや聖母だ。これからは共に、アイゼン家を支えよう。後日、君の領地に挨拶に行かせてくれ。」

「えぇ……話が読めない……」

「ノア、それ程までに、辛いのだな。幼い頃より軍人となり、お前の心は壊れてしまったのだろう…しかし、希望を捨てるな。きっと、光は見えてくるはずだ!」

 ノアは、ジルベールに目配せし、察したジルベールは軍服に着替えるため、そっとシャワー室へ入った。それからしばらく、ベンは泣きながら一人で喋り続け、ジョセフが何とかなだめて、私室を出て行った。


 そして後日、ガルシア家から、ジルベール宛に手紙が届いたのであった。



親愛なる娘へ



 野営訓練は、順調か?しっかりと励みなさい。

 ところで先日、家に変な奴が来た。ルイス侯爵家だと名乗っていたが…お前は聖母で、共にジョセフの家を支えようだの何だの…

 よく分からんが、適当に話を合わせておいた。


 長く軍人をやっていると、いろんな人間に出会うものだ。無駄な争いは避け、上手くやりなさい。


                  ジキル 

更新が遅くなり、申し訳ありません。


直近で、更新頻度が遅くなりますが、順次更新していきます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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