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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
130/134

103.ジルベールの理解ある屑野獣

……

………

…………


この光景、まただな────


俺は……暗い穴の中にいて……もうすぐ、奇妙な獣に襲われる……あぁ、来たな……獣の陰で見えづらいが、真上の木の枝に誰かいて、ずっとこちらを見下ろしている……


暗くて表情はよく見えないが、物凄く……嬉しそうだ……俺には分かる……きっと……そんな気がする……


こんなにも……彼女を喜ばせる事が出来たなら……幸せだと思えるのだろうな………


俺は、未だかつて……こんなに嬉しそうな彼女を見た事がない……


ジゼル………君だろう、そこにいるのは………


…………

………

……


「う………」


 目を開けると、白い天井が見えた。恐らく、本日2回目だ。何だか、よく覚えていないが……毎回奇妙な光景を見ている気がする。



「少佐、大丈夫ですか………?」



 真横から、彼女の声がした。

 俺が寝かされている、医務室のベッドの横で、丸椅子に座りこちらを覗き込んでいる。


 そうだ、俺は工作室にいて……また、謎の飛来物に───


 彼女は……俺を心配して来てくれたのだろうか。


「ジゼル、」

 ベッドから、上体を起こして彼女に手を伸ばした。頭をそっと撫で、今朝梳かして一つに結んだ、髪の留め具に触れた。アイゼン家の家紋が装飾された、小さな金属製の髪飾りが静かに揺れた。

「俺は……また飛来物にぶつかったのか……」

「…………」

「ロス大尉と、親しそうだったな。」

「…………」

 彼女は、こちらをじっと見たまま喋らない。


「………ジゼル、どうして黙っている?」

「発言を許可されていませんから。」

 彼女は涼しい顔で、そう答えた。

「ジゼル───」

 俺は目を見開いた。


「君は……子どもみたいな事を──先程俺が伝えた事は、間違ってはいない。軍務中に、上官を遮って発言をしてはならないし、敬礼中の目線は、常に正面だ。」

「はい、少佐。」

「………困ったな───」


────────────


「………困ったな───」


 そう言うと、少佐は私を抱え上げ、ベッドの上で抱き寄せた。

「わっ……少佐、辞めて下さ───」

「何だ、発言を許可した覚えはないが。」

「むー……」

 少佐は、膨れっ面の私を、ぎゅうっと抱きしめながら、真っ白なベッドに倒れ込んだ。


 またもベレンソン曹長の懐中時計が頭に飛んで来た少佐は、倒れて担架で運ばれた。オリビア先生は、運ばれて来た少佐を見ると、「何度目なのよーっ!」と絶叫した後、手際良く処置をした。そして、私がしばらく側に付いていると言うと、処置を終えたオリビア先生は、往診に出て行った。


 私は、しばらく、姿勢正しく眠っている少佐の顔を見ていた。


───綺麗な敬礼だが、目線が正しくない。それに、俺は発言を許可してない───


 すると、さっき工作室で言われた事を思い出して、なんだかモヤモヤしてきたのだ。

 あんな……リー中尉みたいな言い方して───


「ジゼル、広報部からの依頼の件だが……」

 少佐は、私を抱きしめたまま話し出した。

「夜会の出席依頼が来ただろう?あれは……俺の母親が広報部に頼み込んだらしい。君にエスコートされたい、と。」

 少佐は、私の頭のてっぺんに、頬を寄せた。


「野営訓練中に、すまない。全く、アイゼン家として恥ずかしい限りだ。この件は、父親にも抗議した。あまりに……我儘が過ぎる。君が嫌なら、断って構わない。」

「少佐……」

「それを……伝えようと思って……朝から君を探していたのだが、なかなか話せなくてな───」

「発言しても良いですか?」

「君は……いつまでも根に持つな。しょうがないだろう⁈軍務中は、規律を守るべきだ。」

「今は、軍務中では無いのですか?」

「ジゼル、だいたい君がロス大尉と──」

「え?ロー大尉がどうかしましたか?」

「……そうだ、君はなぜ、彼をそう呼ぶのだ?」

「えっと……リー中尉がそう呼ぶので、私も子どもの時からそう呼んでいます。」

「……そういう事か……分かった。」

 少佐は、感情が、良く分からない声色になった。


「あの……広報部の件ですが……まだ、本格的な訓練前ですし、構いません。」

「ジゼル、」

「そんなに希望して頂けて、光栄です。私も、楽しみですから。」

 私の真下にある、少佐の顔に向かってそう言うと、少佐は困った様な表情になった。そして、私の顔を引き寄せると、一瞬止まった後、おでこにキスされた。


 今、ちょっとびっくりした……口にされるかと──


「ジゼル、」

「はい、少佐。」

「ちょっと……まだ頭が痛むんだ……」

「えっ!大丈夫ですか⁈」

「少し……休みたい。君も一緒に休もう。」

「え……お昼寝して良いって事ですか?」

「そうだ。」

「わーい!」

「あはは、可愛いな。疑わなくて──」

「え?」

「いやいや、何でもない。ほら、おいで。」

 仰向けに私を抱きしめていた少佐は、くるっと向きを変え、今後は私をうつ伏せに抱きしめた。

「少佐、苦し……寝れませんよ……」

「そうだな。」

「少佐──」

「大丈夫だ。済んだら私室に連れていく。いや……最初から私室の方が───」

 そう言うと、少佐は私を抱きかかえ、勢い良く立ち上がった。


「えっ!少佐、一体どこに───」

「私室に行こう。試し撃ちの依頼は断っておく。」

「待って下さい!私、何がなんだか……」─ジタバタ─


        ───シャッ───


「ちょっと待てぇぇーいっ!」

 少佐に抱きかかえられ、足をジタバタさせていると、ベッドの周りを囲むカーテンが開けられ、オリビア先生が入って来た。


「オリビア殿、」

「あんた、時計がぶつかったせいで、ついに頭がおかしくなったんじゃないの⁈………いや、元からか。この屑野獣(くずやじゅう)が。」

 オリビアは、ノアに無理矢理横抱きにされているジルベールを取り上げた。

「オリビア先生、」

「大丈夫、ジルベール軍曹?」

 そして、そっとジルベールを丸椅子に座らせた。

「あんたはさっさと軍務に戻りなさいよっ!だいたい、自分がそんななのに、よく部下を叱責出来るものね。」

「…………………」

「何か言いなさいよっ!もうっ。」

 オリビアに怒鳴られ、ノアは若干しわのよった軍服を伸ばし、乱れた前髪を右手で、後ろに軽く撫で付けた。


「ジゼル……とにかく、広報部の件は以上だ。今回については、いつでも断って構わない。遠慮は要らないからな。」

「ありがとうございます、少佐。」

 ノアはジルベールの返事を聞くと、軽く頷き、部屋を出て行った。


「ジルベール軍曹、嫌になったら、いつでも私に言いなさいね。(うち)もそれなりに、発言力はあるから。」

 オリビアは胸を張った。

「えっと……嫌……とかでは……」

「今から、軍務なの?」

「あ、はい。特殊武器科に試し撃ちに呼ばれていまして。」

「そうなのーっ!じゃあ私も行こうっと!ジルベール軍曹の弓、久しぶりに見せてほしいな!」

「私は構いませんが…あっ!そういえば、ロー大尉が、試し撃ちの前に食堂に連れて行ってくれる約束なんです。オリビア先生も一緒に行きましょう!」

「そうなの?じゃあご一緒させてもらおうかな。ちょっとお邪魔な気もするけど……ロス大尉ね……私はそっちの方が、健全だと思うんだけどなぁ。」

「健全?」

「健やかで、健康的って事よ。」

 オリビアはそう言いながら、ノアの寝ていたベッドを整え、ベッド周りのカーテンを開けた。


 オリビアとジルベールは、仲良く並んで特殊武器科へ向かった。

 

更新が遅くなり、申し訳ありません。


直近で、更新頻度が遅くなりますが、順次更新していきます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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