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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
129/134

102.特殊武器科のロレンツ

……何でも、食堂のゴミ捨て場に捨てられていたらしい………

どうしてそうなるんだ?………

とにかく、開かないんだとよ……死亡時刻を……確認……

それで、うちに回って来たのか……

……そういえば……ロス大尉……機嫌が良いな……

……ああ、今、ジルベールが来てる……寝てる……

……なるほど、分かりやすいな………何で寝てんだよ、あいつは……わはは………

………

……………

…………………


「う……ん……ここは……」


 少し遠くで、人の話し声が聞こえる。

 ゆっくり目蓋を開けると、どこかの部屋だった。私の他には誰も居ないみたいだ。


 ソファーの上に寝かされていて、身体には、丁寧にブランケットが掛けられている。手足は自由だ。私はゆっくり上体を起こした。


「私……何してたんだっけ────」


────ガオシュン。人買いの言う事なんか、信じるもんか。毎回そう言うけどさ…そんなに言うなら、気絶でもさせて、勝手に連れて行けば良いだろ?────


────出来るならそうしてるんだけどねぇ────


「そうだ……私、ガオシュンと森で────」

 そこまで思い出して、私は青ざめた。そこからの記憶は無い。


 と、いう事は……私は売られたのか。


 ガオシュン(あいつ)、仕事以外は信用して無かったけど、完全に、調子に乗った。私の落ち度だ。不甲斐ない……


 ガルシア家(いえ)にも……申し訳ない……


「ここの奴ら、全員片付けて……絶対帰還してやる。」─しくしく…─



       ────ガチャッ───


「………っ⁈ジルベール、どうして泣いているんだ⁈」


 しかし、部屋に入って来た人を見て、私は我に帰った。


「ロー大尉………」


 特殊武器科のロレンツ・ロス大尉だ。私はキョロキョロと周りを見回した。


「悪いな、勝手に連れて来て……一応、リーの許可はもらったんだが。」

 そう言いながら、ロー大尉は食堂のオレンジミルクを手渡してくれた。

 リー中尉の許可……私、どうやって森から帰還したか覚えてないけど、ここは見慣れたロー大尉の執務室だった。

「すみません、一瞬……ここがどこか分からなくなって……」

「はぁ?夢でも見てたのか、ジルベール。頼もしくなってきたと思っていたが、まだまだ子どもだな。」

 ロー大尉は黒い瞳を細めて、あはは!と笑った。一つに纏められ、肩まで伸びる真っ直ぐな彼の黒い髪が、そっと揺れた。


 ロレンツ・ロス大尉。特殊武器科の連隊長で、リー中尉の同窓だ。偵察班と特殊武器科は、軍務で関わる事が多く、リー中尉とロー大尉の仲が良い事もあって、私は新兵の時から、ロー大尉にはお世話になっていた。

 ここ、ロー大尉の執務室は、特殊武器科の工作室の一角にある。ロー大尉は、私が来る度オレンジミルクを買って来てくれるのだ。


「そうやって泣いてると……新兵の時と変わらないな。リーが心配するぞ?」

「心配?しませんよ、リー中尉は。いっつも怒ってばっかりなんだから。」

「何だ?まだ反抗期なのか、君は。」

 ロー大尉はまた笑ったが、ふっと黙り込んで、俯いた。

「どうしたんですか?ロー大尉。」

「君の……その、今日付けている髪飾りなんだが───」

「え?髪飾り?」

「いや……違うな。そもそも、ルーカス殿からの通達が、信じがたい───」

「通達?」

 何か、小さく呟くロー大尉の顔を覗き込むと、ロー大尉は真顔でこちらを見た。

「ロー大尉……?」


「ジルベール、今日君を呼んだのは、新型の試し撃ちをして欲しいからなのだが……その前にお腹が空いてないか?食堂にでも行こう。」

 ロー大尉は、そう言って微笑んだ。試し撃ちの依頼には、良く呼ばれるけど、ロー大尉はいつも、その前に食堂に連れて行ってくれる。

「やったー!!」

「今回は、武器の量が、なかなか多いからな。満腹の方が、君は試し撃ちのキレが良い。」

「何食べよっかな〜。」

「行こう。食堂で、尋ねたい事もある。」

「尋ねたい事?」

「ああ。俺の勘だが、事実では無いと思っている。君の口から否定を聞いて……安心したいんだ。」

 ロー大尉は、私の前髪を、そっと掻き上げた。

 新兵の時から、私が泣いていると、決まってロー大尉は泣くなと言って、そうする。


 だけど───


 今日は、ロー大尉の方が、泣きそうな顔に見える。


「ロー大尉、どうして───」



       ───ドンドンッ───



 どうして悲しそうなのか尋ねようとした時、執務室のドアが勢い良く叩かれた。

 ロー大尉を困らせる様な人がいるなら……私が消してあげるのに。


「ロス大尉、普通科からアイゼン少佐がお見えです!至急ご対応願います!」

「アイゼン少佐⁈」

 ロレンツとジルベールの声が重なった。



────────────


 特殊武器科の工作室に、ノアは来ていた。リーに聞いた情報だと、恐らく、ジゼルはここのはずだ。


 先程は運悪く、食堂で飛来物にぶつかり───何がぶつかって来たのか、誰も教えてはくれなかったが───しばらく医務室で寝込んでしまった様だ。


 ジゼルと……少し話がしたいだけだ。どうして、いつもなかなか会えないのだろう。

 少しして、工作室横にある執務室から、特殊武器科の連隊長、ロレンツ・ロス大尉が出てきた。


 特殊武器科──最近は、よく普通科(うち)に嘆願書を寄越してきたりと、何かと大変な様だが……兵の不足はどこも一緒だ。自分達の尻拭いは、自分達でして欲しい物なのだが……俺は、ため息をついた。


「軍務お疲れ様です、アイゼン少佐。こちらに来られるのは珍しいですね……何かありましたか?」

 ロレンツは、いつも一つに纏めている黒髪を揺らしながら、申し訳無さそうに聞いてきた。多少、嘆願書の件を、悪いと思っているのか…


「いや……()()兵が、こちらに来ていると思うのだが。」

「お……俺の?……確かに、偵察班も、少佐の管轄下だとは思いますが……いつも、そんな言い方していましたか?少佐……」

「いいからさっさと出せ。来ているだろう?」

「………ジルベール、アイゼン少佐が君に用事だ。」

 ロレンツが呼ぶと、執務室の扉がゆっくり開き、ジゼルが顔を出した。そして、扉の前に立つと、こちらに向かって綺麗な敬礼をした。


 試し撃ちに呼ばれたと聞いたが………

 なぜ、執務室に────


 俺が近づくにつれて、彼女はだんだんと顔を上げ、水色の目で敬礼をしながら、こちらを見上げる。

「あの……お呼びでしょうか?アイゼン少佐。」

「綺麗な敬礼だが、目線が正しくない。それに、俺は発言を許可してない。」

「し…失礼いたしました、少佐っ。」

 指摘され、彼女はすぐに視線を正面に戻した。口を引き結び、俺の軍服の胸元を、真っ直ぐに見つめている。


「アイゼン少佐、本日は、試し撃ちの為に彼女を呼んだのです。他に軍務があったのでしたら、申し訳ありません。彼女に非は──」

「君を咎めるつもりはない、ロス大尉。嘆願書の件は別だが。」

「……………」

「リーの許可を得ているなら、ガルシア軍曹に何の依頼をしようと、問題は無い。今から新型の武器の試し撃ちをするのだろう?悪いが、その前に彼女を借りたい。終わったらすぐに返す。」

「分かりました、アイゼン少佐。ジルベール、終わったら、また来てくれ。」

「承知しました、大尉。」

 彼女は、まだ真っ直ぐに俺の胸元を見続けている。


「ガルシア軍曹、先日広報部から依頼を受けたろう?その件で、話がある。」

「はい、少佐。」

「ここでは何だ……食堂にでも行こう。」

「えっ!」

 そう言った瞬間、彼女はまた視線を戻し、俺の顔を見上げた。

「何だ、不満か?……何でも好きな物を買って──」


「えっと……今からロー大尉と食堂に行く約束を……」


 敬礼したままの彼女は、そう言いながら、チラッと俺の横に立つロレンツの方に視線を送った。

「な……なんだと……ロー大尉……?」


 俺は衝撃を受けた。

 ロー……こいつの愛称か?俺は(いま)だ、名前すら、一度も呼ばれていないのに……


「ジルベールッ!アイゼン少佐は広報部の件で話だと言っているだろう?失礼な事を言ってはいけないよ。俺とはいつでも行けるだろう?」

「え……少佐との方が、いつでも行けるから……」

「はぁ?そんな訳ないだろう?君は、たまに訳が分からないな…………いや……もしや、本当に──」


 いや、こいつはロレンツ・ロスだったな。

 ロー……そうだ。家名の方の可能性も……

 そうだろう。そうであってくれ────


「アイゼン少佐、ジルベールが申し訳ありません。彼女がまだ幼い頃から、よく食堂に連れて行っていましたから。それであの様な事を──」

「ロス大尉、貴様何のマウントだそれは……」─わなわな…─

「は⁈マウント⁈どうしてそうなるのです……私は何も──」

「家名で呼ばれているだけだからな、お前は。後で彼女にも確認する。」

「え?どう言う事ですか?仰る意味が───」

「もう良い。お前達の言い分は分かった。」

「え?いや、言い分も何も──」


「俺も、お前たちと一緒に同席しよう。」

「えっ!」

 俺がそう言うと、彼女とロレンツの声が重なった。


「別に構わないだろう?そこで話をする。」

「えー…………意外と図々しい──」

「何か言ったか、ロス大尉。」

「あっ、いえいえ。何も……で、では行きましょうか。な、ジルベール。」

「構わないな、ジゼル。」

「はい、少佐。」

「えっ……ジゼル……アイゼン少佐、今何と──」



  ────ガンッ…ガキンッ…ガッ────

「くっそ……本当に開かねぇな。どうなってんだよ、こいつは──」

「おぉーい、こっちに貸してみろー!」

「……頼むよ!でも、ぜってぇ開かねぇぞぉ⁈」─ブンッ─



「あぁ?聞こえなかったか、ロス大尉。彼女の事を、ジゼルと呼んだのだ………っ⁈」──ヒュンヒュンヒュンヒュン……ヒュッ……ゴッ──



       ───バタンッ───



「なっ………アイゼン少佐ーーーっ!」


 ノアは、またもや飛んできたカール・ベレンソンの懐中時計に頭を直撃され、その場に倒れてしまった。


「お、おい……見たか⁈今の……」

「あぁ、時計の軌道がはっきり曲がったぞ!」

「この時計、開かねぇし……呪われてるんじゃねぇか⁈」

「そうかもしれねぇ。高名な聖職者に見てもらった方が良いな……武器や道具ってのは、信じがたいが、時にはそういう物もあるからな。」

「そうだな………」

「とにかくっ!おぉーいっ!担架ぁっ!」

 ノアはまたしても、担架に乗せられ医務室へ連れて行かれた。

 その様子を、ロレンツとジルベールは呆然と眺めていた。


「……食堂行くか?」


 口火を切ったのは、ロレンツだった。

「私は……すみません、少佐が心配なので、医務室に行って来ます。」

 そう言いながら、自分を見上げるジルベールに、ロレンツは目を見開いた。

「分かった。」

「今日中に、試し撃ちには戻って来ます。」

「ああ。」

 ジルベールは、担架を追いかけて駆け出した。


「本当に…心配そうにするんだな、ジルベール。」

 呟いたロレンツの後ろでは、カール・ベレンソンの懐中時計が、綿の敷き詰められた木箱に丁寧に入れられ、封をされていた。


更新が遅くなり、申し訳ありません。


直近で、更新頻度が遅くなりますが、順次更新していきます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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