100.燃えないゴミ
──ガサ……──
「……おーい、あったぞー。」
「オーウェンの言った通りだったな。」
「あーあー、ひでぇ有様だな。」
リソー国軍、野営訓練の行われている森。朝の日差しの中、兵士が数名踏み入り、作業にあたっていた。
「しかし……本当に食い散らかされた感じだなぁ……どうするよ?」
顔をしかめながら、穴の中を覗き込む兵の隣で、他の一人が、長い木の枝を持って来た。そして、それを穴の中に突っ込むと、器用に血と泥で汚れた懐中時計を釣り上げた。
「おおー。上手いな。」
「よし。証拠品は回収した。このまま埋めるぞー。」
「え?遺体は良いのか?」
「ああ。こいつは………売国奴だからな。」
「──と、いう経緯で今朝、回収班により、証拠品が回収された。」
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい────
リソー国軍、軍事基地の会議室。ウィリアム・リーは、青ざめた顔で俯いていた。
本日、朝から緊急の招集令があり、主に中隊長以上の兵が集められていた。若き将校、ウィリアム・リーもその一人である。大勢の兵が集められた会議室、一番後の端の席に座った彼は、集められた兵に報告をするべく座っている、重々しい表情の司令部付きの兵が、最初に発した言葉を聞いてから、どうすればこの状況を切り抜けられるか──頭を抱え、考えを必死に巡らせていた。
「カール・ベレンソンが、死体で見つかった。」
これが、司令部付きの兵の、最初の言葉だ。
絶…………っ対に、オーウェンとジルだ。でなきゃ、どう考えてもおかしいだろ?何で帰還したばかりの奴が、死ぬんだよ。
問題は、おそらく俺以外の奴も、そう考えている……って事だが────
あのクソガキ共が………何で殺しちまうんだよ……
確か…ジルの家をカールが蔑んだのなんだの、言い訳してたが。大体、俺もジルも、家の事で差別されるのは、しょっちゅうのはずだ。いちいち全員を相手にしてたら、日が暮れちまう。
事実、そんな誹謗中傷を、普段、ジルも気にはしていない。
それなのに、だ。
今回みたいに相手を殺しちまう事が……昔から、たまにある。
はっきりした証拠はねぇが…オーウェンとジルに疑いをかけられたまま、うやむやになってる件が、いくつかあるからな。
というか、どう考えてもオーウェンとジルなんだが……
クソッ────
どうすりゃいいんだよ………
とりあえず、カールが死んだとされる時間に、オーウェンとジルが、その場に居なかった事実が必要だ。
オーウェンとジルは、勝手に独房を抜け出していた。オーウェンは、独房を抜け出した後、一切の反省をする事無く、野営訓練に戻っていた。小隊の奴らと一緒に森にいる所を発見したからな。
恐らく、オーウェンが工作し、ジルが実行する。オーウェンとジルが軍内で殺しを実行する時は、この役割り分担だと、俺は睨んでいる。
そして、実行役のジルの方は……アリバイが無い。昨日、軍内のどこを探しても、見つからなかった。このままだと、ジルが犯人だとバレてしまう。
オーウェンとジル……どうして、もっと上手くやらないんだよ……同胞殺しは死罪だぞ⁈
誰かを買収して、ジルと居たと、証言させるか?
でも誰に………
アデル部長は、頼めばやってくれそうだが、若干怪しさは残るよな……ジルを庇っているのが、丸わかりだ。もっと、普段関係しない奴が良いよな。
誰に頼む……?早く考えねぇと、時間が───
「……中尉、ウィリアム・リー中尉!」
「っ……は、はいっ!」
全員に説明を続けていた、司令部付きの兵に名指しで呼ばれ、リーは青ざめたまま、立ち上がった。
しまった……時間切れか─────
「リー中尉、聞いていたか?」
「……は、はい。その───」
「その……?」
「ジル……は……広報部のアデル部長と、打ち合わせをしておりましたっ!!」
ウィリアム・リーは、ビシッと敬礼をしながら、言い切った。
もう……これしか無い……
「………リー中尉、何の話だ。」
「……え?」
しかし、司令部付きの兵は、眉をひそめて、訳が分からない、という顔をしている。集められた他の兵も、ポカン、とした顔でこちらを見ており、リーはキョロキョロと周りを見渡した。
「リー中尉、君は確か……カール・ベレンソンの同窓だな。気が動転しているのか?」
司令部付きの兵は、手元の資料をパラパラとめくりながら、呟く様にそう言った。
「え……あの……」
「まあ、無理もない。軍内でも、衝撃だった。今回の件は。」
「…………本当に、説明を聞いていなかった様だな、リー中尉。」
「……申し訳ございません。」
「仕方ない。手短に話す。落ち着いて聞く様に。」
「はっ。」
「今朝、カール・ベレンソンの死体が、森で見つかったが、カール・ベレンソンは、カントの商人と内通しており、こちらの情報を売り渡していた事が分かっている。」
「……な……カールが⁈そんな、まさか───」
カントは、この国と、隣国グラノの国境付近の一帯にある深い森に古くから住む少数民族だ。カントの商人と内通⁈カールが……まさか……そんな事をしなくても、あいつは金に困ったりしてないだろうに……
「リー中尉、心情は理解出来るが、事実だ。落ち着きなさい。カール・ベレンソンは、昨晩、カントの商人と、森で待ち合わせをしていた。その際、待ち合わせ場所にあった、獣の落とし穴に誤って落下し、獣により殺傷された。」
「…………」
「内通相手のカントの商人は、カール・ベレンソンと落ち合う前に、野営訓練中の、我が軍の隊に発見され、捕虜となっていた。捕虜となった、カントの商人に吐かせた情報から、事実が発覚した。カール・ベレンソンが売り渡した情報の詳細については、調査中だ。」
「カールが……どうして……」
「リー中尉、同窓だからと、同情をしない様に。カール・ベレンソンは、内通者として処分している。遺体の埋葬は無しだ。軍規に則り、今後ベレンソン家からの入軍は認めない。」
一度聞いた話だからか、周りの者達は、平然としている様だった。
「そして……君を立たせた理由だが……カール・ベレンソンと内通していたカントの商人を、森で捕らえたのが、君の部下、オーウェン・ミラー伍長とその小隊の者達だ。」
「えっ!」
「聞いていなかったのか?君の部下だろう?速やかに、部下からは報告を上げさせる様に。」
「はっ。申し訳ありません。」
「捕虜の取り調べに際し、当日の状況を知るミラー伍長からも話を聞きたい。この後、ミラー伍長を司令部に来させる様に。」
「承知いたしました。」
「以上だ。解散。」
司令部付きの兵の話が終わると、集められた者は、全員立ち上がり、会議室を後にした。
「おい、リー。」
リーも部屋出ようとした時、顔見知りの兵数人に、呼び止められた。
「リー、悪いな。今回の件、正直、オーウェンとジルベールの奴かと思ってたよ。」
「まさか……カールが内通者だとはな……」
「すまねぇな、疑って。ほら、昨日騒ぎを起こしてたろ?」
わざわざ謝りに来たのか。
「謝る事じゃねえよ。俺だって……あいつらだと思ってたからな。」
「わはは、素行が悪過ぎるからなぁ、オーウェンとジルベールの奴は!」
「リー、カールの件はショックだろうが…気を落とすなよ?珍しい事じゃ無い。」
顔見知りの奴らは、笑いながら持ち場に帰って行った。
────────────
軍の食堂、ウィリアム・リーは入るなり、食堂内をキョロキョロと見回した。そして、すぐに何かを見つけると、またズンズンと大股で、歩き出した。その先には、テーブルの一番端に座りダラダラしている、二人組の姿があった。
「おいっ!ガキどもっ!」
「あー、リー中尉だぁ。」─ダラダラ─
「うっす。お疲れっス。」─ダラダラ─
リーは、食堂でダラダラする、オーウェンとジルベールの前に立った。自分達の上官が隣に立っても、オーウェンとジルベールは、頬杖を付いたまま、ストローで飲み物を飲み続けている。
「お前らなぁ………」
リーは顔をしかめた。
「何ですかぁ、リー中尉。また私達を独房に入れに来たの?」
「うっす、ちっす。」
「……オーウェン、お前、野営訓練中だろ?さぼりか?ジル、お前は午前の予定は、まあ特に無いが、食堂でダラダラして良い理由にはならない。手持ちの軍務に当たれ。」
「これからやりますよー。」
「うぃっす。」
「お前らっ!!」
リーが怒鳴り、テーブルを叩いた。怒鳴り声に、食堂にいた者は振り向いたが、リーを見ると、またいつもの事だと、食事を再開し出した。
「……小隊に、必要な指示は出してますよ。そんなに怒鳴らなくても、もうすぐ戻ります。」
「私は〜、どうしよっかな〜。」
オーウェンとジルベールは、澄ました顔で、飲み物を飲み出した。
「チュー…あぁ、美味しいなぁオレンジミルク。」─ぷはっ─
「ズズズズ…あー、無くなった。おかわり買ってくるかな。」
「クソガキが。反省してねぇみてぇだなぁ?」
「反省?何を?私達は、リー中尉のお友達みたいに、内通したりしてないですよ。」
「リー中尉、友達は選んだ方が良いっスよ?」
「そうじゃねぇっ!これを見ろっ!」
───バンッ───
リーはテーブルに、何かを叩きつけた。オーウェンとジルベールが覗き込むと、そこには傷だらけで、既に時を刻む事を止めてしまった、懐中時計があった。
「あっ!何でこれを───」
「あぁ?何だジル。これが何か知ってんのか?」
「あっ。えーっと……な、何かな〜、汚いな〜。」
「リー中尉、何すか、これ。」
「これはな……カールの懐中時計だ。」
リーは、悲しそうにそう告げた。
「誰?それ。」
「知らないっスね。」
リーは、面倒くさくなり、2人を無視して話を続けた。
「確かに、カールがやっていた事は、許されない。だがな。例え内通者であったとしても、それはそれ、これはこれだ。前線から帰還したばかりの者と、騒ぎを起こすな。」
「もうしませんよ。相手、いなくなっちゃったし。」
「謝ればいいんすか?」
───バンッ───
リーはまた、テーブルを叩いた。
「そうだっ!お前ら2人は、この懐中時計に謝れっ!深く、深く、反省しろっ!」
そして、司令部から借りて来た、カール・ベレンソンの懐中時計を高々と2人の前に掲げた。
────────────
アデル・マルティネスは、ジルベールを探しに食堂にやって来た。この時間は、ここでダラダラしている姿を良く見かけるのだ。
「きっと、ここに……あっ!やっぱりいたわ!おーい、ジルベールちゃ───」
「ごめんなさいっ!もうしませんっ!ごめんなさいっ!もうしませんっ!」
そしてそこには、何故だか懐中時計を持ったリーに謝罪を続ける、ジルベールとオーウェンの姿があった。
「何の儀式?これは───」
「アデル部長、お疲れ様です。」
私が近づくと、リー中尉はすぐにこちらに気が付いた。
「なあに、その時計は。何だか……禍々しい感じがするわね。」
リー中尉が掲げている時計は、何かに強く噛まれた様な傷がいくつも付いていた。
「そうなんです、アデル部長。これは、まがまがの時計なんです。」
「まがまがの時計……」
ジルベールちゃんは、時計を横目で睨みながらそう言った。
「俺達、謝罪を強要させられてるんすよ。」
オーウェンちゃんも、時計をジロッと睨んでいる。オーウェンちゃんの事は、ジルベールちゃんと同じく、子どもの頃から良く知っている。素直で可愛い子だわ。
「アデル部長、これには理由が──」
「リー中尉!」
私はリー中尉に向き直った。
「思想は自由だけどもね、それを他人に強要してはならないのよ!まがまが教の強要は、今すぐおやめなさいっ!」
「そうだそうだー!強要反対っ!」
「禍々しいぞー!」
「お前らなぁ……」
「それに、本当にこの時計からは、良くない気配がするわ。」
私はリーから時計を取り上げた。
「アデル部長、何を……」
アデルは懐中時計の鎖を右手に持ち、頭上でブンブンと振り回し始めた。
「こんな物は……こうよっ!」─ぶんっ─
そして十分な勢いを付けると、食堂の入り口横のゴミ箱に向かって、投げつけた。
「あぁっ!軍の証拠品がっ!」
リーが慌てたが、懐中時計はゴミ箱へ真っ直ぐに吸い込まれる様に飛んで行く。しかし──
「ジゼル………ッ⁈……」──ゴッ──
───バタンッ───
「なっ…………」
アデル達は目を見張った。確かに懐中時計は、ゴミ箱へ向かって真っ直ぐ飛んで行っていたが、タイミング良く入り口から人が現れた瞬間、時計は90度向きを変え、その人に向かって飛んで行き、頭に直撃した。
「おーい!人が倒れてるぞーっ!担架持ってこーい!」
「この人……普通科のアイゼン少佐だぞ⁈」
「何⁈おい、直ぐに医務室に運べーっ!!」
一瞬だけ姿を表したノアは、担架で運ばれて行った。
「あなた達、見た?今の……恐ろしいわ。やっぱり、禍々の時計よ。」
アデルは、惨劇を見て自分の肩を抱きしめた。
「いや、アデル部長が投げたからでは──」
「少佐……可哀相に……」
ジルベールは、担架に乗せられ、無惨に運ばれるノアを心配そうに見送った。
「そういやアデル部長、ジルに用事じゃ無かったんですか?」
オーウェンに言われて、アデルはハッとした。
「そうそうっ!あんな時計の事より、仕事の話よっ!リー中尉、野営訓練中悪いけど、ジルベールちゃんに、夜会の出席依頼が来てるのよ。広報部の仕事よ、お願いっ!」
アデルは、両手をパンッと合わせて、リーに頼み込んた。
「あぁ、承知しました。まだ、今のうちなら、本格的な訓練前ですので、問題ないかと。」
「良かったわー!詳細は広報部で打ち合わせさせて頂戴!」
アデルはにっこり笑った。
「オーウェン、お前は捕まえた捕虜の件で、司令部に呼ばれてる。直ぐに行って来い。その後は、ちゃんと野営訓練に行けよっ!」
「えー…司令部かぁ……」
「さっさと行けっ!」
オーウェンは面倒くさそうに、司令部へ向かった。
「じゃあ、2人とも、すこーしお時間頂戴ね!広報部へ行きましょう。丁度、美味しいクロワッサンがあるのよ〜!」
「やったー!食べたい食べたいっ!」
「街で人気のやつよ!カリッとしてて美味しいわよ〜!冷たい珈琲も淹れてあげるわ。」
カールの懐中時計は、一連の騒ぎの後片付けをする食堂の調理師により、ゴミ箱へ捨てられた。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
直近で、更新頻度が遅くなりますが、順次更新していきます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。