表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
126/128

99.星屑の降る夜

 前線から帰還した日の夜中、カール・ベレンソンは、軍事基地の東側に広がる森に、一人で踏み入っていた。

 木々の隙間からは、瞬く様な星の明かりが、暗い森の中を急ぐカール・ベレンソンや、森の生き物達全てに、いつにも増して、優しく降りそそいでいる。


 全く……今思い出しても気分が悪い。


 リーの奴。


 あのクソガキ共を使って、出世しやがって。しかも、今日特科連隊の奴から聞かされた話だと、アイゼン家からの紹介で、結婚まで決まったらしい。どうして、あんな奴がアイゼン家から紹介なんか───

 アイゼン侯爵家は、軍内の有力貴族だ。どんな形であれ、繋がりを持ちたい奴は、ごまんと居る。連隊長のアイゼン少佐は、アイゼン家の三男で、数年前までは、どの家と婚姻を結ぶのか、良く話題になっていた。賭け事にして遊ぶ奴らや、予想屋も出始めた。だが、あの人は浮いた噂どころか、会話を交わす女は、軍の食堂で働く既婚者の調理師達くらいで、全く結婚しそうに無い。面白くないと、だんだんと、誰一人、噂をしなくなっていった。

 仕事以外、興味が無いのだろう。無愛想で、表情なんか、欠片も無いしな。高位貴族のくせに、あの歳で婚約者もいなけりゃ一生独身なのだと、今では誰もが考えている。



 カール・ベレンソンは、周りを見回して、足を止めた。


 この地点のはずだが───


 まだ…来てねぇのか……いつもは、時間通りか、少し早目に来てるんだがなぁ─────


 木々の生い茂る森、地図の座標を頼りに待ち合わせの地点に来たカール・ベレンソンは、懐中時計で時間を確認して、ため息を付いた。そして、真っ直ぐ一歩踏み出した。



   ─────ザ、ズザザザーッ─────



「……ぐっ……な……痛ってぇ……くそっ、落とし穴か?どうしてここに……」


 足を踏み出したカール・ベレンソンは、巧妙に落ち葉や枝で隠された落とし穴を踏み抜き、穴に落ちた。

「しまった……油断した。だが、暗闇じゃあな……」

 昼間ならともかく、夜に隠された落とし穴に気づく事は難しい。中に、トラップが仕掛けられていなかったのが、救いだった。

「野営訓練中の奴らが作ったのか?だが…この地点は、まだ訓練に使われていないはずだがなぁ……」

 

 落とし穴の深さは、2mと少し、といったところか。絶妙な狭さで、身動きが取りづらい。だが、こちらも訓練された軍人だ。落ち着いて時間を掛ければ、問題無く這い出せるだろう。カール・ベレンソンは、落とし穴の中から、外を見上げた。


 丸い、窓の様な落とし穴の入り口からは、その丸い窓を横半分に分割する様に、生い茂る森の太い木の枝が1本見える。そして、その枝の上下には、木の葉の隙間を縫って、綺麗な星空が見え、カール・ベレンソンは、一瞬無心になって、瞬き合う星々を見上げた。



     ─────サラ……─────



「……ん……?」

 その時、ほとんど無音に近く、木の葉が風に吹かれて揺れた様な音がした。だが、はっきりと、丸い窓に映る木の枝の上に、影がある。



「こんばんは。」



 星明かりの影になり、はっきりと分からなかった顔は、目が慣れるとだんだんその輪郭が、見覚えのある人物と結び付き始めた。



「っ……ジルベール……てめえの仕業か⁈」



 ジルベール・ガルシア。


 太い木の枝の上に、器用にしゃがみ、こちらを覗き込んでいる。



「星が綺麗な夜ですね、ベレンソン曹長。」



 昼間会ったばかりのクソガキは、言いながら頭上に広がる星空を見上げた。


「……ああ、そうだな。奴隷以下のお前らガルシア家の人間には、幾らあがいても、手に入らないものだ。見るだけにしとけよ。」

 ジルベールは、ゆっくりこちらを見下ろした。表情は、はっきり分からない。


 風に、ジルベールの着ている、奇妙な服の羽飾りが揺れた。特に腰回りは大量の羽飾りで覆われ、スカートの様になっている。大方、どこかの少数民族の衣装か……


「待ち合わせの人はねぇ、来ないよ、ベレンソン曹長。代わりにあんたには、違う待ち合わせを、私が取り付けてあげる。」

「待ち合わせ……何の事だ。」

「流石に言い訳しずらいよ?この時間に、この森に来る正当な理由は、無いもんね?」

 緩やかに木々の間を吹く風に合わせて、クソガキは告げた。


 本当に……面倒な奴らだ。こいつらも、リーの野郎も────


「もうちょっと、早く来たかったんだけど…東門からは入れなかったからね、遅くなっちゃった。通行履歴が残ると、都合が悪いし。大変なんだよー?」

「……………」

「曹長、東門の通行履歴残っちゃってるみたいだけど、大丈夫でありますか⁈あはは!」

 木の枝の上で、ジルベールは笑っている。


「チッ……この猿が……憎たらしい、あの貧乏な犬の、駒使いの分際で───」

「あぁ、リー中尉の事ね。確かに、貧乏だからなー。リー中尉の領地も……」

「だったら、目立たず大人しくしてろ。腹立つんだよ。何であいつばかりが……実力もねぇのによ。少佐に媚び売りやがって───」

 カール・ベレンソンは、周りの土壁を、右こぶしでドンドンと叩いた。

「おいっ!クソガキッ!落とし穴なんて地味な嫌がらせしやがって。さっさと出せっ!ガキの喧嘩じゃねぇかっ!それで勝ったつもりかっ⁈」

 怒鳴り散らしたが、クソガキは涼しい顔のままだ。こんな事しやがって…俺に訴えられないと踏んだか?


「そっか……あんた、犬が嫌いなんだねー。」


 そう言うとクソガキは、こちらに弓を構えた。軍用の弓じゃない。木製の…小汚い弓だ。落とし穴の中だからか、奴が弓を引く音は、全く聞こえなかった。

「何のつもりだ、ジルベール。」

「その落とし穴はね……私が掘ったんじゃないよ。」

「はぁ?また訳の分からない事を………だったらオーウェンか?」



黄土犬(おうどけん)だよ。」



 クソガキは、風に揺れる様に、静かに告げた。


「お……おうどけん…………?」

黄土犬(おうどけん)は、とても器用に落とし穴を作る。リー中尉より、上手かも。そしてね、獲物を落としてその穴の中で、喰い殺す。時には保存食として、そのまま埋めるんだ。」

 俺は、呆気に取られて、弓を構え続けるジルベールを見上げた。


「おい……正気か?同胞殺しは死罪だぞ……」

「え?自分に言ってるの?リー中尉を殺そうとしたでしょ。そして今日も、そのために画策してたくせにさ……まぁいいや。とにかく、私はあんたを殺したりしない。」

「おい、まて……ジルベール───」


「あんたはこれから、自分が大嫌いな犬に、喰い殺される。ほら、少し遠くで、地を這う様な獣の足音がするだろ?あんたが騒いだから、この落とし穴の持ち主が、獲物が落ちた事に気付いたんだ。もうじき会えるよ。」

「ジルベールッ!てめぇ……こんな事しやがって!軍法会議ものだぞ⁈」

黄土犬(おうどけん)はねぇ、犬って呼ばれてるけど、穴に落ちた獲物を効率良く食い殺せる様に、短足で、胴体と顔が異様に長い、変な生き物なんだよね。ハワード助教授によれば、もぐらの仲間らしいんだけど……きっと、大きなもぐらなんだろうね。」

「……待て、話を聞けっ!ジルベールッ!」

黄土犬(おうどけん)の肉は、独特の臭みがあってねぇ、好きな人は好きって感じかなー。私はあんまり好みの味じゃないんだ。成体は、結構強いから、狩るのも手間だし…労力の割にはリターンが少ないっていうかね……最近、この辺にも出だしたみたい。」

「何が望みだっ⁈……謝罪か⁈リーに謝れば良いのか⁈」

「でもね。あんたを食い殺した個体は、後で私が狩って、美味しく頂いてあげるよ。」

「お前………気が狂ってんだろっ⁈」

「同胞殺しのあんたに比べたら、私は普通だよ。」


     ───ざざざ…ざざ…ざ…───


「足音、隠しきれてないよね。」

「お……おいっ…分かった分かった!認める!あいつに、間違った地図を渡したのは俺だっ!戻ったら、必ずリーに謝罪するっ!だからここから───」

「必ず謝る?」

「ああ!必ず!」

「もう、リー中尉を妬んで、邪魔をしたりしない?」

「約束するっ!」



「残念、もう遅いよ。私、落とし穴に落ちてる人間の言う事は、信用しない主義なんだ。」



「なっ……おいっ……ジルベール、頼む───」

「昼間に聞きたかったな。その言葉。」

「ジルベールッ!!」




     ───ざざざざざざざざざ───




────────────


 オーウェンとジルベールが、騒ぎを起こし独房送りとなった日の夜中、偵察班の詰所にて。



「ジゼル、やっと見つけた。どこに行ってたんだ?夕食の時間は、とっくに過ぎている。いつも大人しく私室で待っているのに───」

 ノアは、なかなか私室に戻らないジルベールを探し回り、やっと偵察班の詰所で、ジルベールを見つけた。


 彼女は、1人で詰所にいた。偵察班専用のこの詰所は、そう広くない。彼女は、なにやら自分のロッカーで、着替えている様だった。声を掛けると、こちらに気付いて無かったのか、ビクッとしたかと思うと、開けたロッカーの扉から軍服姿でひょこっと顔を出し、隠れる様に、チラッとこちらを伺った。

 俺が近づいていくと、なにやらあせあせとロッカーに片付け──服か?──バタンと扉を閉めた。


「あ……少佐……えっと……これは、その………」

 俺は、バツが悪そうなジゼルの正面に立った。


「あぁ、分かったぞ、ジゼル。昼間の騒ぎを咎められると思って、隠れていたのだろう?」

「あの───」

「リーも探していた。勝手に独房も抜け出したそうだな。だが、例えどんな理由があれど、前線から帰還したばかりの隊に、文句を言うのは褒められた態度では無い。」

 そう告げると、彼女は素直にこちらを見上げた。


「申し訳ありませんでした。後で、謝罪します。」

 そして素直にそう答えた。若気の至りだろう。元気があるのは、良い事なのだが。


「ジゼル、これ以上相手と揉め事を起こさないのなら、今回の件はもう良い。」

「はい、もうあの人と、揉め事は起こしません。」

「そうか。」

 俺は、ジゼルの頭を右手でそっと撫でた。彼女は、大人しくしている。


 リーは、ああ言うが…素直で可愛らしいじゃないか。


「さぁ、一緒に夕食にしよう。今日は、ミートローフらしい。少し冷えてしまったが……実は、アイゼン家(うち)の料理長が、君に出来たてを食べて欲しいと張り切っていてな。それで、探し回っていたんだぞ?」

「それは…申し訳ありませんでした、少佐。」

 彼女はしょんぼりと肩を落とした。

「まあ、冷えても美味しいだろう。」

「少佐、私、丁度ひき肉料理が食べたかったんです!なんだか、物凄くひき肉が食べたい気分になっちゃって。あぁ、お腹空いたっ!」

「それは良かった。」

「なんだか、ぐちゃっとした料理の気分なんです。」

 彼女はそう言って、えへっと笑った。


「……ぐちゃ?あはは!ミートローフは、ぐちゃっとしているか?君はいつも良く分からなくて、かわいいな。」

 ノアはジルベールをそっと引き寄せ、銀色の頭のてっぺんに唇を落とした。


「……あ…あの、少佐、誰か来ちゃったら───」

「ああ、そうだ。料理長から聞いたのだが、今日は星がよく見える日らしい。」

「そうですね。星が綺麗な夜です。」

「気付いていたのか、流石だな。私室に戻る前に、一緒に見ないか?」

「はい、少佐。」

 俺の提案に、彼女は、水色の目を細めて微笑んでくれた。



 ノアはジルベールと軍の玄関を出て、正門近くに立ち、星空を見上げた。ノアの手には、既に冷えた、夕食のバスケットが握られている。

「綺麗ですね、少佐。」

「ああ。」

 ノアは、生まれて初めて、星空の美しさに気が付いた。

「落ちてきそうだな。」

「そうですね。」

 ノアは、そっとジルベールの肩を抱き寄せた。

「ジゼル、」

「少佐、」


「いやー、星が綺麗ですな〜!」


「うわぁっ!びっくりした……守衛殿…」

「……お疲れ様です、守衛殿。」

 気が付くと、背後に守衛の男が立っており、肩をポンッと叩かれた。

「お疲れ様です、ガルシア軍曹。アイゼン少佐、ここで彼女に何をするおつもりで?」

「少佐と星を見ていたのです、守衛殿。」

 彼女が、微笑みながら答えた。

「星……ああ、今日は、星が良く見える日ですからね。」

 そう言いながら、守衛も空を見上げた。

「兵舎に戻る前に、彼女と見に来たのです。」

「そうだったのですか。」

「戻ったら、ミートローフ食べるんですよ!」

 彼女は自慢げにそう言った。

「ミートローフ⁈良いですねぇ!私も好きですよ。ぐちゃっとしていて。」

「ですよね、守衛殿!」

 彼女と守衛の男は、何やら意気投合し、頷き合っている。

「守衛殿、宜しかったら一切れいかがですか?」

「えっ!宜しいのですか⁈これは嬉しいですなぁ!では、守衛室で、星を見ながら紅茶でもどうです?」

「やったー!」


 3人は星空の下、守衛室に向かってゆっくりと歩き出した。

更新が遅くなり、申し訳ありません。


直近で、更新頻度が遅くなりますが、順次更新していきます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ