96.ギクシャク
「あー、久しぶりに、たらふく飲んで食ったなぁー。満腹だぁ。たまには良いもんだなぁ、国持ち連中の祭ってやつもよぉ。」
既に夕暮れ時。向かいの席で、父さんは丸く膨れたお腹をポンポンと叩いた。
「父さん、お腹まん丸過ぎだよー!どう考えても食べ過ぎだって!……ケフッ……」─ポンポン─
指摘したものの、少し食べ過ぎたかもしれない。私もお腹をポンポンとさすった。
「ジーゼル、お前に言われたくねぇなぁ。俺より食べてんじゃねぇかぁ?」
「いやいや、それは無いかな…ケフッ…」
「あはは。2人共、食後の仕草が似てますね。」
私の隣の席で、少佐が私達を見て小さく笑った。
「ノアぁ、ご馳走になっちまったな。ありがとうなぁ。」
「この国の祭典を、楽しんで頂けて光栄です。お父様。」
あれから、更に3回、父さんと私のリクエストを叶えるために、少佐は買い出しに向かった。祭典に出ている、殆どの屋台を制覇したのではないかと思われる。
「それにしても、ノアぁ、お前は小食だな。大丈夫かぁ?」
「そうですか?今日はどちらかといえば、食べたと思うのですが。」
「それでか?心配だな……ジーゼルを見習えよぉ。」
少佐は私に比べて全っ……然食べない。でも、確かに今日は、いつもより食べていたと思う。少佐も満腹そうだ。
「それじゃあ、俺はこの辺で帰るとするかな。十分過ぎる程食った。」
父さんは、満足そうにそう言いながら私達を見た。
「父さん、しばらくこの辺にいるの?」
「いや……どうするかなぁ……緑鱗鳥の飛来を狙って来たが、今すぐには来なさそうだからなぁ。あと少しではあるがぁ……」
「父さんは凄いね!そんなに分かるんだ!」
「ジーゼル、お前が分からなさ過ぎるんだ。教えたろ?あのな……いや、長くなるからまた今度話す。まぁ、お前達にも会えた事だ。ぼちぼち家に帰るが。」
「また来て下さい、お父様。」
「ノアぁ、子どもが生まれたらすぐに知らせろよ。」
「はい。」
「だから、なんで少佐が───」
少佐は、父さんと固く握手をした。
「ジーゼル、」
そして、握手し終えた父さんは、私に向き直った。
「何?」
『飢えた風が、お前を守るよ。』
優しい眼差しで、父さんはそう言った。私が父さんと出会って……軍に戻る日も、父さんは同じ言葉をくれた。
『ありがとう、父さん。私の周りには、父さんがくれた風が、いつもビュンビュン吹いてるよ!』
『そいつは、元気が良くて何よりだ。飛ばされるなよ、勇敢な息子。』
父さんはガハハ!と笑って、最後に私の頭を撫でた。
「じゃあなぁ。」
そう言って父さんは、直ぐに人混みに消えてしまった。
「ジゼル、」
「はい、少佐。」
「俺達も、戻るか。」
父さんが歩いて行った先を見ながら、少佐がそう言った。
「はい。」
祭典は、楽しかった。たぶん……少佐もそう。
「よいしょっ……と…」
──どさどさっ──
私は、食事をしていたテーブルのすぐ側に設置された、祭典のゴミ箱に、自分達が食事をした後のゴミを捨てた。
少佐は帰る前に、酒瓶を返してくる、と言って大量の瓶を持ち、また屋台の方へ向かった。戻って来るまで、少し時間が掛かるだろうな。
私は、またテーブルの端に座った。夕暮れ時だが、人の多さは変わらない。むしろ、夕食の時間で、人は増えている気がする。
今日、父さんに会えたのは、びっくりした……いくら、肉の祭典とはいえ、他の狩人達と同じく、軍人を嫌う父さんが、まさか来るなんて思わなかった。緑鱗鳥に感謝だな。おかげで会えたんだから。
──キャハハ……お菓子買いに行こー!──
小さな男の子と女の子が、手を繋いではしゃぎながら、通り過ぎていった。
ジルベールは、通り過ぎる子ども達を、じっと目で追いかけ、ため息を付いた。
父さんにも会えた、美味しい物も沢山食べた。
あと一つ、私は達成したい事がある。
───ねぇ、ジル。ノアと肉の祭典に行くのでしょう?───
私は、ガルシア家へ帰る馬車の中、ルーカス兄さんとした、約束を思い返した。
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「そうなんですね。きっと、少佐も楽しいと思います!私が新鮮で、珍しくて、美味しい肉を選びますから!お任せ下さいっ!」
私は胸を張った。
「あはは!それは頼もしいな。ジル、それなら、ついでにお願いがあるんだけどさ。祭典に行ったらね、ノアと、手でも繋いであげてよ。」
「手………?」
私は、ぽかん、とルーカス兄さんの顔を見た。相変わらず、ルーカス兄さんは、優しく微笑んでいるが、何となく、申し訳無さそうな表情にも見えた。
馬車がガルシア家へと向かう乾いた音が、繰り返し頭の中に響いている。その音は、いつもと変わらない、長閑な川沿いの道を思わせた。
「ジルは、ノアと……手を繋いだ事はあるの?」
「手……いえ、ありません。私は下士官ですし……少佐と訓練を共にした事もありませんから。」
「あぁ、いやいや。そういう事じゃなくてね。何て言えばいいのか……そうだ!出掛ける時、とかだよ!プライベートの話ね。」
「出掛ける時……その場合も、手を繋いだ事はありませんが………」
「だったら、繋いであげてよ!そうじゃないかと思っていたんだよぇ……弟はさ……そういった順番ってものを、分かってないからさ。ジルから手を繋いであげて!ね?」
ルーカス兄さんは、キラキラした笑顔になった。
「ルーカス兄さん、ですが……そんな事して、少佐は不快に思われませんか?ましてや少佐は、私の隊の上官で───」
やっぱり、そんな事、しない方が良いのでは……そもそも、私が手を繋いで、少佐に何の得があるのだろうか。
上官にそんな事して……下手したら、薙ぎ払われるかもしれないのに───
接近戦で少佐に敵わないのは、野営訓練中の森で実証済みだ。
「大丈夫大丈夫!ジル、そんな不安そうな顔しないでよ〜!」
「でも……」
私の気も知らないで、ルーカス兄さんは、あはは!と笑っている。
「じゃあさ、こう考えてよ!僕からのお願いだ、って。」
「ルーカス兄さんからの──」
「そうだよ?一つ位、僕からのお願いを聞いてくれても、バチは当たらないよ!今日の夕食、なんでも君のリクエストにするからさ。」
ねっ、と言って、ルーカス兄さんは微笑み、私は夕食の、肉のシチュー、それからデザートの山盛りフルーツと引き換えに了承した。
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「はぁ………」
私は頭を抱えた。
祭典に来てから、何度か手を繋ごうとした。
だけど……その手は全てかわされてしまったのだ。
「やっぱり……少佐は嫌がってる。私と手を繋ぐの……」
そうじゃなかったら、かわしたりしないはずだ。
そもそも…家族以外と手を繋ぐ時って、始まりはどうするんだ?もしかして、繋ぐよ、とか言わないといけない?だからかわされるの?何か厳格なルールが……
いや、もう考えても分かんないな。
でも……リクエストした夕食、食べちゃったし。ここで約束を破ったら、流石にガルシア家に申し訳ない。私は、もう、下士官なんだ。こんな事で、失敗してられないのに。
「もっと、スピーディに手を繰り出すのかな。気迫か?気迫と気合いが足りない気がする。どんな相手でも、戦う前から負けてちゃ駄目だ。必ず殺す──じゃなくて……必ず繋ぐ。素早く、気合いを入れて。次の一手に私は賭け───」
「……ゼル、ジゼル?」
酒瓶を返し終わったノアは、先程まで食事をしていたテーブルに戻って来た。そこには、頭を抱え、何やらブツブツと小声で呟き続けるジルベールの姿があった。こちらに気づいていない様だ。ノアは、ジルベールの肩を、右手でポンポン、と叩いた。
「待たせたな、ジゼル。疲れたなら、帰りは馬車でも捕まえるか……さあ、一緒に帰───」
「少佐ああぁぁぁっ!帰りましょーーーーーーーっ!うおおおぉぉぉぉーーーー!」
────ガシッ────
「なっ……!!ジゼ………」
────────────
リソー国軍、軍事基地。
正門では、守衛の男が、守衛室の椅子にやれやれと座り、グラスに入った冷たい茶をごくごくと飲んだ。今、街で流行りの東方の国の茶である。暑い時期、冷やして飲んでもとても美味しい。男の額からは、汗が滴った。
ここ数日、軍の周りの市場で、国を挙げた祭典が行われている。この国では、初めての趣向のため、中々の力の入れようだ。その甲斐あってか、予想を上回る集客らしい。この軍事基地からも、警備の為に人手を出しているため、人の出入りが多く、守衛や衛兵は連日大忙しなのだ。
「ふーっ……やっと、人の出入も落ち着いてきたな。今日も祭典は無事に終わりそうだ。」
守衛の男は、背伸びをし、座っていた簡素なパイプ椅子が、ギギッと軋んだ。外は、うっすらと月が見えている。
────ざわ、ざわ……ざわ、ざわ……────
────ジルベール様……どうして……────
「ん?」
一息付いて、背伸びをした時、何やら外で、ざわざわと人の声がする。女性の悲鳴の様なものも聞こえた。
────ギクシャク ギクシャク────
そして、何やらギクシャクと音がする(気がする)。
────ギクシャク ギクシャク────
「一体、何の騒ぎ…………なっ……嘘だろっ⁈」
守衛の男は、守衛室を出て絶句した。
市場へと続く道から、こちらに向かって、道の真ん中を堂々と歩いてくる人影が見える。そしてその人影を、居合わせた者達は道の端から遠巻きに見て、叫び声を上げたり、ヒソヒソと話し合っているのだ。
────ギクシャク ギクシャク────
「ちょっとちょっとちょっとーーっ!あんた達ぃーっ!」
守衛の男は急いで、ギクシャクと歩いて来る人影に駆け寄った。
「ガルシア軍曹っ!アイゼン少佐っ!あんた達、どういう事⁈」
道の真ん中を歩いて来たのは、ノアとジルベールであった。しっかりと、固く手を繋ぎ合ったまま……
────ギクシャク ギクシャク────
そして、守衛の男が呼び止めても、ギクシャクとぎこちない動きのまま、軍の正門へ進もうとする。
「止まれ止まれ止まれーっ!手を離しなさいっ!」
守衛の男は、2人の手を解こうとしたが、ノアとジルベールは頬を赤くし、無言で前を向いたまま、一言も喋らない。そして繋ぎ合った手は、指が交互にしっかりと絡まり、ぎゅっと握り合って離れない。
「くっ……この………離れろぉ……」
守衛の男は、何とか無理矢理絡まった手を解こうとするも、無駄であった。
「ぜー……ぜー……あんたら、どこからこうやって歩いて来たんだ?確か、2人で祭典に出掛けて……」
「……………………」
「まさか……祭典からここまでずっと⁈」
守衛の男は頭を抱えた。ノアはともかく、ジルベールは広報部の作り上げたイメージに、どう影響するか、分からない。
────ギクシャク ギクシャク────
ノアとジルベールは、再び無言で、ギクシャクと歩き出した。
「くそ……軍人の性か……例え理性を失っても、帰還しようとしているのだな。」
守衛の男は、この場で止める事を諦め、近くの衛兵へ叫んだ。
「君、アデル部長を軍の玄関へ呼んで来いっ!何としても、2人は玄関ロビーでくい止めるんだっ!!ここじゃ無理だっ!!」
守衛の男に指示された衛兵は、すぐさまアデルの元へと走り出し、2人が玄関に入る頃に、何とかアデルも間に合った。
そして、アデル渾身のエルボーがノアの頬に決まり、ノアは正気を取り戻し、ジルベールは守衛の男によって、軍の私室へと帰された。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
直近で、更新頻度が遅くなりますが、順次更新していきます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。