94.押し掛けて娘婿
あぁ………
父さんの緑鱗鳥、
すっごく美味しそう…………っ!
今日捌き立てでは無いけれど、恐らく3日以内だろう。
新鮮な肉、香ばしい焼き目………
あぁ………
食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べ────
『……ゼル!ジーゼル!』
『……父さん………』
『ったく、人の肉を涎垂らしてジロジロ見やがって。それはマナー違反だと教えなかったか?ジーゼル。勇敢な春の息子。』
『ごめんなさい、父さんの緑鱗鳥が、すごくおおちぃそうだから……つい……』
『ったく……そんなんじゃ、相手に殺されても文句言えねぇぞ⁈人様の獲物をジロジロ見るんじゃねぇっ!あと、おおちいそうじゃなくて、おいしそうだ、ジーゼル。音程には気をつけろ、勇敢な俺の息子。』
『はぁい。だって難しいんだもん。』
『ばか、ガキでもぺらぺら話してるぞ。難しい訳ねぇだろうが……全く。久しぶりだってのに相変わらずだな。まぁ、飢えててお前らしいが。お前も俺の息子なら、常に腹を空かせてろよ、ジーゼル。』
『………ねぇねぇ、父さん。その緑鱗鳥、一口ちょーらい?私我慢できないっ!』
『お前なぁ、話聞いてたか⁈まあ、待て。やっぱりお前は運が良い。お前にも、もうすぐ───』
───ドンッ───
父さんがそう言いかけた時、私の目の前に、焼きたての緑鱗鳥が運ばれて来た。
『待たせたね。』
緑鱗鳥を運んで来た屋台の店主は、私達と同じ古語で、ぶっきらぼうにそう言うと、足早に戻って行った。運ばれて来た緑鱗鳥は、父さんが食べているものと、遜色無い質の良さだ。新鮮で、捌いてからそう日が経っていない。
「なっ……最初に出された物と全然違───」
父さんの、向かいに座っている少佐が、運ばれて来た緑鱗鳥を見て、目を丸くしている。そうだろう、そうだろう。こんな良い物、なかなかお目にかかれない。屋台で注文してくれたのは…父さんなのかな…?
「そういえば…父さんっ!どうしてここにいるの⁈私ね…父さんに、聞きたい事が沢山あるんだっ!」
「ミ……あまレはばかラーレぃ……ソばまシっなーがやラファー……ジーゼル、まず先に、そいつを食わなくて良いのかぁ?俺はぁ逃げねぇが、鮮度は逃げちまうが。」
「ぞがラファーっ!」─ガブッ─
「ジーゼル、急に言語を変えるなぁ。お前の連れが、会話について来れないだぁろぉ?」
「あっ…ごめんなさい…もぐもぐ…少佐も早くどうぞ!あぁ……美味しい……」─うっとり─
私は、緑鱗鳥にかじり付き、こんがり焼かれた表面が、パリッと音を立てた。引き締まった赤身は弾力があり、噛むとじゅわっと脂が染み出して来る。
「うんま……」
私は天に感謝した。
「俺の事は気にせず会話をして良い、ジゼル……ッ!」
言いながら緑鱗鳥にかじり付いた少佐は、紺色の目を見開いて、言葉を失った。
初めての食材に出会える喜びば、何物にも変えがたい。
私は少佐の隣に座り、目を丸くする少佐の顔を、そっと覗き込んだ。
「ショーサって言うのかい?あんたの名前は。」
父さんが、少佐に向かって問いかけた。
「いえ……もぐもぐもぐ……ノア・アイゼンです。」
「ノアぁ⁈おいおい冗談だろ⁈クソほど似合わねぇな!…………だが………本名みてぇだな。」
父さんは、少佐の顔をしげしげと見ながら答えた。
「ジゼル、君が父さんと呼ぶこの人は…俺の知っているガルシア男爵の顔では無いが───」
「はい。この方は、私に狩りを教えてくれた方です。」
父さんは、冷えちまったな…と呟きながら、自分の緑鱗鳥にかじり付いた。
父さんから教えてもらったのは、狩りだけじゃ無い。森でも…軍でも…生き抜く術を、私に教えてくれた。
「国を持つお前達の間じゃあ、先生っていうんだろぉ?俺達は、狩りの仕方は親が子どもに教えるもんだ。例え血の繋がりが無くても、狩りを教える間柄になれば、親子になる。俺達の間じゃあ、珍しくはねぇが……まぁ、軍人の子を持つ親は、俺ぐらいかもしれねぇなぁ!」
父さんはそう言って、ガハハ!と笑った。大柄な父さんが笑うと、周りの空気も一緒に動く。だけど今日は、騒々しい祭典の雑音にすぐ掻き消されてしまった。
「じゃあ貴方は──……凄いな、初めて見た。」
少佐が珍しく、人を目の前にして、社交辞令を忘れた様な言い方をした。しょうがないだろう、それだけ、父さん達は珍しい存在だ。
飢えた春の民───
「初めてじゃねぇだろうが。隣にジーゼルがいるだろう?勇敢な春の息子だ。」
「確かに……そうですね。」
「まぁ、俺はお前見たいな、馬鹿なあ軍人は初めて……じゃあ無いな。何度も見てきたか。俺は…そうだな。国を持つ人間には、ジョーエルってぇ、呼ばれてる。」
「失礼しました。改めてまして……お会い出来て光栄です、お父様。」
「お……お父様……少佐、それはちょっと違うんじゃ──」
「お前、俺はジョーエルって名乗ったが。お前に狩を教えた覚えはねぇぞ。」
「彼女の親は、私の親でもありますから。」
「えぇっ⁈そんなルール、貴族会にあったかな……」
私は顔をしかめる父さんを、チラッと見た。
「確かに。お前はジーゼルの……それなら理解出来る。」
「えっ⁈理解出来るの⁈」
「ジーゼル、何を驚いている?俺達の間でも、さすがにその辺のルールは同じだぁ。お前の親なら、ノアの親でもあるだろうが。」
「えぇーー…………?」
「ノアと呼んで下さい、お父様。」
父さんと少佐は、固く握手を交わした。
「ノア、緑鱗鳥は初めてかぁ?美味いだろぉ?」
「はい。どう美味いかと聞かれると…言葉に表せないのですが……」
「言葉?そんなもんに表す必要はねぇっ!美味いもんは美味い。俺達は、それを狩る事に、生涯をかける。」
「そうなのですね。言い伝えの通りだ……」
「ノア、ジーゼルは緑鱗鳥が好きだ。」
「ミ、いさばならうーレ!」
「……それは知ってるが、ジーゼル。ノアと話してるんだ。ちょっと黙ってろぉ。」
「ドミ。」
「ノア、緑鱗鳥は狩れるか?」
「経験は無いですが……狩れる自信はあります。」
「へぇ、そうかぁい。狩り方は知ってるのか?」
「狩り方……」
父さんは、少佐の顔を見ながら、ゆっくりと緑鱗鳥の肉を噛み、飲み込んだ。
「初歩の初歩だぞ?ノア。目の前の木の枝に、緑鱗鳥が留まっていたら、どうやって仕留める?」
父さんの喉が、ゆっくりと動いた。
「そうですね。こちらに向かって来た所を、仕留めます。」
少佐の答えを聞いて、父さんは目を見開いた。
「向かって来た所を……ノア、仕留め方はどうするんだ?」
「剣で首を斬り落とします。」
「……………」
父さんは絶句して、私の方を向いた。
緑鱗鳥は臆病で、余程の事が無ければ人間や、他の獣に向かっては来ない。
そして、彼等の身体を覆う緑の鱗は、どんなに優れた剣でも通さない。
「ジーゼル……お前の家の事情は、知っているがよぉ……良いのかぁ?こいつで。とんだ馬鹿息子だぞ⁈」
良いのかって……どういう意味だろう?上官として……?
『流石に、もっとマシな奴がいるだろう⁈』
父さんは気を遣ってか、今度は古語で私に問い詰める。
「ジゼル、すまない…俺は、彼を怒らせてしまったのか?」
少佐は、申し訳無さそうに私を見た。まぁ…狩人じゃ無ければ、緑鱗鳥の狩り方を知らなくても仕方ない事だし。
人生損してるとは思うけど……
『父さん、少佐は緑鱗鳥の狩り方は知らないけどね。優しい人……だと思う。緑鱗鳥は、もうすぐこの国にも飛来して来る時期だから…私が仕留めて、食べさせてあげるんだ。』
『ジーゼル……お前がこいつを嫌じゃねぇなら、別に構わねぇんだが。お前は、優秀な春の息子だ。それなのに、こんなボンクラと一緒になるかと思うと…普通だったら許さねえからな。つい、口を出しちまったが……』
嫌も何も、上官だからなぁ……
少佐は軍人だし、狩人じゃないから……
まさか、今日一緒に祭典に来ていただけで、こんなに心配されるとは。
『心配しないで、父さん。』
『分かった。』
父さんは、納得したのか、少佐に向き直った。
「ノア、お前の事は認め───」
「ありがとうございます、お父様。」
「返事が早いな……」
父さんは、顔をしかめながら、また緑鱗鳥を食べ出した。
「ノア……ジーゼルは緑鱗鳥が好きだ。一番、じゃあねぇがなぁ。とにかくなぁ、緑鱗鳥が狩れなきゃ話にならねぇっ!子どもでも一人で狩れる獲物だが!」
父さんは、右手で緑鱗鳥を持ちながら、左手でバンバンとテーブルを叩いた。
「精進します。」
少佐は、怒る事も無く、素直に頷いた。
「ちょっと父さん、少佐は狩人じゃないんだから。狩り方を知らなくても仕方無い───」
「相手の好物を狩る、当たり前の事だがよぉっ!」
父さんは、私の言葉を遮って、真顔で少佐に怒鳴った。父さんの怒鳴り声で、私達の周りの風が、少佐に向かって揺れた気がした。
『父さん止めてっ!何度も言ってるけど少佐は───』
『黙ってろジーゼル。お前と言い合う気は無い。』
『そんな一方的な……』
「ジゼル、」
私と父さんの間に、少佐が静かに割って入った。
「俺はいつか必ず、君の望む物を、君に渡す。」
「少佐───」
少佐は静かに、そう告げた。
「取り急ぎ、今は………」
「今は……?」
「君が食べ損ねた、屋台の食べ物を買って来よう。」
そう言いながら、少佐はスッと、黒い軍服のポケットから、祭典のパンフレットを差し出した。パンフレットには、出店している店の並びと、売っている食べ物の説明が載っている。
「何でも言いなさい。すぐに買って来る。」
「何でも…⁈良いんですか⁈少佐!」
「構わない。」
「やったーーっ!!」
少佐は、赤い丸印が沢山付いたパンフレットを持って、買い出しに旅立って行った。私よりも、何気に父さんの方が、あれこれと少佐にリクエストし、沢山丸印を付けていた。そして、遠慮の無い父さんのリクエストにも、少佐は二つ返事で了承していた。
私は少佐が人混みの中に消えて行くまで、そっと、紺色の髪の毛と、黒い軍服のあわいを見ていた。
『ジーゼル。』
少佐の姿が見えなくなると、向かいのテーブルに座る父さんが、改まって私を呼んだ。父さんに視線を移すと、父さんは、日に焼けた褐色の目元を緩めた。
『元気にしてたか?勇敢な、俺の自慢の息子。』
口の中で、父さんの狩った、懐かしい獲物の味が広がっていく気がした。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
直近で、更新頻度が遅くなりますが、順次更新していきます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。