91.花束を君に
モニカのお父さんの小説で、読んだ事がある。
素敵な王子様は、お姫様に花束を送るんだ。
「まぁ……綺麗……」
それは、お姫様の大好きな色の花束で、お姫様は、花束を手にしてそう呟く。
花束をもらったお姫様は、お話の最後に王子様と結婚して、いつまでもいつまでも、幸せに暮らすのだ。
「ジゼル、これを君に。」
私は今、軍の私室でベッドの端に座り、そのお姫様みたいに、アイゼン少佐から跪いて手渡された。
刃渡り20センチの軍刀を。
「先日、最新式に更新されたんだ。君が愛用している、この短剣は、長らく旧式のままだったろう?君が使用している型式を見て、至急、とある商人に作らせた。」
とある商人……アルバート兄さんのことかな……
「まだ、正式支給前だが、君には誰よりも早く渡したくて、取っ……貰ってきたんだ。」
少佐は、照れた様に微笑んで、新型の軍刀を、そっと私に握らせた。私は、軍刀を鞘から抜いた。
「わぁ……綺麗……」
まだ新品の刃は、軍の私室、窓から降り注ぐ午前中の陽の光に、キラキラと輝いている。
「そうだろう?かなり鍛えられた、以前よりも良い材質を使用している。重さは変わらず、刃渡りは長くなっている。気に入ったか?」
「嬉しいです。ありがとうございます、少佐。」
少佐の紺色の両目は、目尻が下がり、軍刀を持った私を見ながら優しく揺れている。そして、少し照れた様に、少佐は視線を逸らした。
「君に喜んでもらえて……良かった。」
「あの……少佐、」
「何だ?」
「図々しいお願いかもしれませんが……柄に、巻き布をして頂けませんか?」
私は、思い切ってお願いしてみた。少佐に街に呼び出され、収穫祭に寄った日。軍に戻る馬車の中で、少佐は短剣の巻き布を、巻き直してくれたのだけど、巻き直された短剣は、凄く握り易くなっていた。
でも…何だろう……
握り易さだけじゃなくて、私は……
少佐に、巻き布をして欲しい。
「ジゼル、そんな事……遠慮は要らない。いつでも言いなさい。」
少佐は笑顔でそう言うと、私の隣に座った。
「確か……新しい巻き布が───」
そして、軍服のポケットをゴソゴソと探して、新しい軍用の巻き布を取り出すと、新しい短剣の柄に、手際良く巻きだした。
巻き布…いつも持ち歩いてるのかな……?
「少し刃渡りが違うだけで、扱った感覚は大きく違うと思う。慣れるまでに時間が掛かるかもしれないが、戦闘に置いては有利な筈だ。」
「私も、そう思います。野営訓練中、野盗狩りも、早く済みそうです!」
「あはは!耳はノルマ程度にしておくんだぞ?新しい武器が支給されると、使いたくなる気持ちは理解できるが。」
「耳、取り過ぎそうです。少佐のせいですよ?」
「君は……可愛いな───」─いちゃ─
「ちょっと貴方達……物騒な物持ったまま、何を始める気なのかしら……?」
「うわぁっ!アデル部長っ!びっくりしたぁ……」
「マルティネス部長殿……いつからそこに……」
気が付くと、広報部のアデル部長が、ベッドの端に立ち、こちらを見下ろしていた。
「あんたが呼んだんでしょうが。無愛想少佐。いくらノックしても返事しないから、何してるのかと思えば、軍刀を介していちゃついているなんて…貴方達はなんて───」
「あのっ……アデル部長、私はそんな──」─あせあせ─
「なんっ……て!芸術的なのっ!!」
「は………?」
アデル部長は、両手を広げ、天井を見上げて叫び出した。
「今まで、軍の広報ポスターは、あえて、露骨に武器を使用した構図にする事は無かったわ!だけど……良いじゃないっ!!まさか、いちゃつきの素材にする使い方があったなんて────」
「いや、そういう使い方は無いですよ。アデル部長。」
「武器という、ある意味深刻さを表す物を持つ一方で、人間の馬鹿馬鹿しい行為が行われる。あぁ……芸術は、奥深い………」
「えっ……馬鹿馬鹿しい?私そんな事を──」
「チッ……」
アデルは、天井を見ながら、己をひしっと抱きしめ、ノアは眉間にしわを寄せて舌打ちをした。
「こうしちゃいれないわっ!すぐに帰ってこの溢れ出す芸術のアイデアを、形にしなくては……!じゃあ、若いお2人さん、私はこの辺で。失敬!」
「お待ち下さいっ!マルティネス部長殿!」
踵を返して退室しようとするアデル部長を、少佐が引き留めた。
「なぁに?無愛想少佐。芸術の邪魔をしないでくれる?」
「まだ、部屋に来て頂いた目的を、果たされていませんよ、部長殿。今日貴方に来て頂いたのは────」
「…………そいえば、そうだったわね。芸術の雷に打たれた衝撃で、全てを忘れ去っていたわ。」
「あの……少佐、目的って………?」
「ジルベールちゃん!ソファーに座りなさい!」
「…………?」
「全体的に、紺色だらけだけど……まぁ、いつもと違って、良いんじゃないかしら?」
「ジゼル、似合っている。」
ソファーに座った私の髪を編み込みながら、アデル部長が言った。広報部の仕事でも、アデル部長自らが、私の髪の毛をセットしてくれる事があるけど、その時と同じ様に、気合いが入っている。
「わざわざありがとうございます、アデル部長。」
「良いのよ、ジルベールちゃん!この無愛想少佐から、勉強の為に肉の祭典へ行くと聞いた時は、初め驚いたけどね。でも、ちょっと見直したわ。広報部の仕事にも、多少理解があったのね。」
アデル部長は、今日肉の祭典に出掛ける私の為に、わざわざセットに来てくれたのだ。
「広報部からの収入が、軍の貴重な財源である事は、理解しています。私は今まで、広報部に属する部下を持った事がありませんでしたので。後学の為にも、この機会に赴きたいのです。彼女を連れ出して申し訳ありませんが、彼女はこういった祭典の知識も豊富ですから。」
「ジルベールちゃんにも、肉の祭典には行って欲しかったんだけどね。野営訓練中だから、断念したのよ。こちらとしても、良かったわ。貴方の言う様に、イベントを見て回るだけでも、勉強になるからね……編み込むリボンは、紺色と黄色にしましょうか……」
「彼女自身、この祭典を楽しみにしています。本日は、連れ出す許可を頂けて、感謝します。マルティネス部長殿。」
「無愛想少佐────」
アデルは手を止め、一見感情の無い様なノアを、見返した。
「ジルベールちゃん!出来たわよ!」
ジルベールの髪は、左右を耳の上から複雑に編み込まれている。広報部でのセットに使用される、艶出しが塗られた銀色の髪は、いつにも増して燦々と輝き、一緒に毛先まで編み込まれた紺色と黄色のリボンが、アデルの見立て通り、ジルベールに良く似合っている。
「ありがとうございます、アデル部長。」
「可愛いわよ!ジルベールちゃん。一応、ドレスもいろいろ持って来たのだけど、今着ている物が、以外と合ってるからね。ドレスはこのままで良いんじゃないかしら。これは、アイゼン侯爵家が用意したものなの?」
「その通りです。マルティネス部長殿。」
「やっぱり。良い生地だと思ったのよ。紺色全開にしちゃってる所は、むかつくわね。」
「え?」
「だけど、さっきも言ったけど、以外と似合ってるのよね、紺色。広報部の案件でも、使わない色だから、今日は向いてるかもしれないわ。」
「アデル部長、どういう意味ですか?」
「紺色は、軍人令嬢ジルベールの、イメージカラーじゃないからね。市民に、貴女だと、気付かれにくいと思うわ。まあ、髪色で分かるだろうけど……でも、肉の祭典では、あまり気付かれない方が、ジルベールちゃんも良いでしょう?」
「え……それはどういう……?」
「貴女、今回の祭典のポスター、嫌がってたじゃない。あんなに芸術性の塊なのに。あのポスター、祭典では、あちこちに貼ってあるわよ?」
「っ!!」
ジルベールは固まった。
「じゃあ、無愛想少佐、ジルベールちゃんをよろしくね。くれぐれも、危険な目には会わせない様に…!彼女に何かあったら、殺すわよ。」
「心得ています、部長殿。」
───パタン───
固まったままのジルベールを残し、アデルは私室を後にした。
「今日は、お2人で広報部の仕事ですか?お疲れ様です。」
少佐と私室棟を出る時、顔見知りの見張りの兵に、笑顔でそう声を掛けられた。初日私室棟に来た時に、居た人だ。
「この格好なので……皆さんそう思われるみたいですね。」
「まあ、間違っては無いが。マルティネス部長に、仕上げてもらっているからな。」
少佐と話しながら、軍の玄関に向かった。
「祭典が行われる市場まで、歩いて行けない距離ではないが、行きは軍の馬車を使うか。その格好では、歩きづらいし、目立つだろう?帰りは、辻馬車でも捕まえるか。」
「通りに出店が続いていたら、帰りは歩きたいですっ!」
「君は……出店で食べ物を買い続けて、軍まで辿り着けないかもしれないな、それは。」
「お願いします、少佐!」
「あはは、分かった。君に頼まれたら……仕方がないな、ジゼル。」
少佐は歩きながら、優しく笑ってくれた。
「少佐、祭典ではいろいろ聞いて下さいねっ!各国の狩人達の獲物なら、そこそこ詳しいですから。多少は、私の知識が少佐のお役に立てると思います。」
胸を張ってそう言うと、少佐はそっと、私を見下ろした。
「ジゼル……野営訓練中の隊から、君を連れ出す為に、マルティネス部長には後学の為だと伝えたが……」
少佐は歩きながら、左手の人差し指で、私の右頬をそっと撫でた。
「君が喜びそうだと思って……いや、違うな。」
「少佐───」
「恐らく…単に俺が、君と出掛けたかっただけだ。」
少し考えながらそう言った少佐に、私は少しびっくりして、返事が口から出て来なくなってしまった。
「ジゼル、良く似合っている。」
「あの………えっと………」
「ジゼル、」
「私も……楽しみにしていました。凄く………」
少佐はそっと、肩に手を回して私を引き寄せた。紺色の瞳が揺れている。
紺色が揺れている時……
少佐は何を思っているのだろう。
「しかし──リソー国にしては、珍しい趣旨の祭典ではあるな。俺自身、君に会うまで食に興味が無かったからかもしれないが。勉強になるのも、事実だ。」
「少佐は……今、食べ物に対して興味がお有りなのですか?」
「そうだな。君と食事をするなら、食べた事の無い物を食べて見たいと、そう思う。今日も楽しみだよ。」
「少佐───」
「ジゼル、」
少佐……そんな風に、思ってくれているなんて…
私……
「私が、美味しいお肉を選びますから!任せて下さいっ!」
私は胸を叩いて、決意した。
新しい食材を、一緒に食べたいとまで、思ってもらえるなんて───光栄だ!
そう。まさに、狩人冥利に尽きるというものだ。
まぁ…軍人だけど。私……
肉の祭典では、少佐に、誰よりも美味しいお肉を探して、食べさせてあげたい!
「……あはは、それは楽しみだな!」
私がそう言うと、少佐は少し目を丸くしたあと、とびきりの笑顔になって、笑ってくれた。
「晴れて良かったな。」
続けてそう言った少佐は、私の肩を強く抱き寄せると、頭のてっぺんに唇を落とした。髪の毛に、柔らかい物が、触れられた感覚がある。
はい。と、そう答えたのだろうか。私は。
何だろう、まだ、祭典に着いてもいないのに。
ずっと……ずっと、今日だったら良いのに……
「ジゼルッ!!」
ゆっくり近づいて来る、紺色の瞳を見つめながらそう思っていた時、私を呼ぶ温かな声がした。
聞き間違いじゃない。優しい響きの、この声は───
「……義母上っ!」
軍の玄関には、まさか、義母が居たのだ。周りには、沢山の人がいる。何かあったのだろうか……
余談だが、ノアとジルベールに、武器を介していちゃつかせながら徴兵ポスターを撮影するという、アデルの案は、後日ルーカスに却下された。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
直近で、更新頻度が遅くなりますが、順次更新していきます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。