86.禁句
アイゼン家、まだ早朝の厨房では、珍しく使用人達が楽しそうに噂話をしていた。
「えーっ!ちょっとそれ本当⁈」
「本当よ。だって、私も見たんだもん。ジルベール様の汚れたドレスと、ノア様の室内着。あと、お二人の下着。」
「下着もっ⁈」
「ちょっと!声が大きいわよ!」
「ごめんごめん。だってさ……どういう状況よ、それ……部屋には、吐瀉物もあったんでしょう?」
「ベッドにもあったんだってよ。」─ひそ─
「えーーっ!!」
「だからさ……そういうプレイよ。ノア様もお若いから───」
「いや、若さの問題か⁈」
「ジルベール様の吐瀉物には、虹が掛かるそうよ。」
「レインボーまで⁈」
「そう。その吐瀉物レインボーに、ノア様は心を奪われているらしいの。」
「えー………そう言われると、見たいような見たくないような……」
「虹の橋が掛かったのよ。ノア様の心にはね。」
「いや、綺麗に纏めた様に言うなよ。汚いからな。」
「それにね…ノア様の部屋が汚れちゃったから、お二人はジルベール様の客室に行かれたそうなんだけどね───」
「うんうん、それで⁈」
「暖炉の火の具合を見に行った執事が、客室に入ったら、ノア様とジルベール様、2人でお風呂に入ってたんだって!」
「えー………いや、まあ……なんか、レインボーの話聞いた後だと、驚かないかな。むしろ、ほのぼの系かも。」
「……確かに。そうね。」
「仲は良いみたいだから、まあ…良いんじゃない?ノア様のお相手が、軍人令嬢ジルベール様なら、旦那様もルーカス様も、お喜びでしょうし。」
「軍人令嬢レインボーだけどね。」
「ちょっと…やめてよ!笑いが───」
「おい、お前達!話してないで仕事だぞ!」
「やばっ!料理長だ。はーーい!すみませんっ!」
「じゃあ、続きはお昼休憩の時にね。」
「そうしよ!」
──────────
「……う……ん………」
ジルベールは、ベッドの上で、ぼんやりと目蓋を開いた。
朝……かな。少し、頭が痛い……
この感じ、二日酔いだな。あれ?私、昨日──
そこまで思考して、自分が、誰かに抱きしめられている事に気が付いた。目の前に、人間の胸板が見える。
「なっ……!!」
慌てて胸板を押し退けようとしたが、逆にぎゅうっと息苦しい程に、抱きしめられた。
「むぎゅ………くるし……」
「……ジゼル……起きたのか?」
「……少佐……」
私を抱きしめながら寝ていたのは、アイゼン少佐だった。でも、心の端っこの方で、やっぱり少佐だったと、考えてしまった。私はいつから、そんな風に思う様になったのかな……
「ジゼル、水を飲むか?」
そう言う少佐は、何だか残念そうな表情をしている様に見えた。私…何かしちゃったかな……
まずい事に、昨晩、少佐の部屋でお酒を飲み出してから、以降全く記憶が無い。
「あ……はい。お水、飲みたいです……」
恐る恐る、そう答えると、少佐は起き上がり、テーブルの上に置かれている水差しから、グラスにお水を注いだ。
少佐……どうして上半身、裸なんだろう……
そう思いながらベッドの上で、ゆっくり上体を起こし、視界に入った自分の格好を理解して、固まった。
私は、紺色のレースのキャミソールと、紺色のドロワーズだけで───
私は、まさかの下着姿だった。
「ジゼル、ほら、飲みなさい。」
「………………」
「ジゼル……どうかしたか?」
私はベッドの上で、グラスに入ったお水を差し出している、少佐を見上げた。
「少佐………わ、私……どうして……下着しか、着ていないのですか?どうして少佐は……上半身に何も───」
私の問いを聞いた少佐は、少し目を見開くと、グラスをサイドテーブルに置き、私の肩を両手で掴んだ。
「少佐、」
「君は……何も覚えていないのか?」
少佐の紺色の瞳は、悲しそうに揺れている。
「えっ………私……そんな、まさか───」
「全て……君が、望んだ事だ。」
「ガーーーーン!!」
「俺は、君が望むままに、願いを叶えたに過ぎない。」
「私………私………」
「ジゼル………」
「そんな………」
「理解したか?」
「……は……い……」─ぽすっ─
ノアは、放心しているジルベールを、そっとベッドに押し倒した。
「君が、何も覚えていないのは……俺も、さすがに悲しい。」
「少佐───」
「一緒に思い出そう。」
「私……何も覚えて………」
「2人であんな事までしたのに。今更無かった事に等出来ない。ジゼル。」─ぎゅうっ─
「ぐすっ………そんな………わ、分かり…ました…」
「良い子だ。分かればいいんだ。じっとして……」
「しくしく───」
「あはは、怖いのか?昨日はあんなに大胆だったのに。君は泣いた顔も可愛いな。」
「ぐすんっ……うぇ……しくしく───」
──────バンッ──────
「そこまでだよっ!ノアッ!彼女から離れなさいっ!」
「チッ……兄上、また邪魔を───」
「何が邪魔だっ!ジル、大丈夫だよ。ノアは、寝ぼけた君をからかっただけだ。君は、昨日は大胆に、ノアの部屋で吐いただけだから。」
「えっ…それはそれで大変申し訳ございません…」
「ほら、2人とも着替えて、リビングに朝食を食べに来なさいっ!ノアは早くしないと軍に遅れるよっ!ジルは、今日一緒にガルシア家に行こう。」
「私の家に……?」
「ああ。君の妹の、婚姻に必要な書類が出来たからね。ついでに、ノアからのプレゼントも、君の家に持って行こう。」
「ありがとうございます、ルーカス兄さん。」
「ルーカス……義兄さん⁈」
ノアは、ジルベールの兄に対する言い方に、目を見開き、ルーカスはジロッと愚弟を睨んだ。
「…………じゃあ、2人とも、着替えたらリビングに来なさいね。」
──────パタン──────
「全く……若気の至りとはいえ、あの2人には振り回されるな……」
「父上っ!」
ルーカスがジルベールの客室を出ると、ンハゴ族の帽子をかぶったリアムとジェイミーが、手を繋いで立っていた。リアムは、なぜかタオルを空いた手に握りしめている。
「お前達……どうかしたのか?」
「ねー、父上っ!僕もジゼルとお風呂に入りたいんだけどね……僕はもう赤ちゃんじゃないからさ……恥ずかしいから、父上から、ジゼルにお願いして欲しいんだっ!お願いっ!父上っ!」
「ねー、ねー、父上っ!吐瀉物ってなあに?そういうプレイってなあに?」
ジェイミーと、タオルを持ったリアムに絡みつかれながら、ルーカスは、わなわなと震えた。
「ねーねー!吐瀉物レインボープレイッてなあに?プレイランド?遊ぶ所?僕も行きたいよっ!」
その後、ルーカスの今までに無い怒鳴り声がアイゼン家に響き、吐瀉物レインボープレイは、禁句とされた。
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不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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