79.ンハゴ族のマフラー
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───ギャリギャリギャリギャリ───
目の前で、無数の鱗が擦れ、耐え難い金属音を立てる。およそ人間には、立てる事の出来ない音だ。
「流石だな。若く、小さき者。お前の勇気に敬意を表し、私の全力を持って相手をしよう。」
ドラゴンは炎を吐き、目の前は一瞬にして、金色の炎に包まれた。
炎避けのマントも、役には立たないだろう。
「ドラゴン……人の言葉を喋るのだな。」
そう呟くと、ドラゴンはこちらに向き直った。宝石の様に丸く輝く2つの目玉が、別々の方向にギョロギョロと動いた後、同時にグリンと動いて、自分に焦点を当てられた。
「愚かな人間よ。言葉という物は、遥か昔、我等の祖先がお前達に戯れに与えたものに過ぎない。長い命の、暇つぶしにな。私が、お前達の言語に合わせているのだ。」
剣を握り直すと、剣先に金色の炎が映った。今までの旅が、走馬灯の様に蘇る。
旅の末に辿り着いた先は、蔦の這う荒れ果てた古城。
長い、長い、旅だった。夢の様だ。
ここに来るまでに命を落とした、3人の仲間が……今も肩に手を添えてくれている気がする。
力を…借してくれ────
「僕は、お前を倒し、仲間の亡骸と共に、必ず故郷に帰る!こんな所で……僕は負けない!」
「その意気だ、小さき者よ。さあ、お前も全力で来い!お前の短い生涯の最期に、私との戦いを刻み込んで死ぬのだ!」
ドラゴンは見上げる程の上体を起こし、地響きのする咆哮を上げて叫んだ。古城全体が、ガタガタと震える。
「若き勇者、霜降り肉男爵子息よ!!」
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「うおぉぉぉ!霜降り肉男爵子息は、剣を構えてドラゴンに向かって走り出しました。」
「きゃあああ!」
アイゼン家のリビングに、興奮したリアムとジェイミーの歓声が響き渡った。
夕食を終えたジルベールは、パチパチと小さな火の粉を上げる暖炉の前で椅子に座り、子ども達に昔話の続きを聞かせている。リアムとジェイミーはジルベールの膝に纏わりつき、早く早くと話の続きをせがんでいる。
その様子を、同じく夕食を終えたジョセフの妻、アイゼン侯爵夫人と、ルーカス夫妻の3人も、暖炉の側で紅茶を飲みながら、微笑ましく見ていた。
「どうなるのっ⁈どうなるのっ⁈」
「ジゼル!早く続きを教えてっ!」
「くすっ……リアム、あんなに変なお話だって言ってたのに!夢中になっちゃって!」
「だってだって!こんなに面白いお話だって、知らなかったんだもんっ!」
「ねー、ジゼル!リアムはいいから早く続きをお話してよっ!」
続きを待てないジェイミーが、ジルベールの膝を叩いて催促した。
「はいはい…ふふ…あ!ジェイミーちょっと待って!完成したよ!」
ジルベールは、昔話をしながら、膝の上で何やら編み物をしていた。
「はい、どうぞ。ジェイミーの分。」
出来上がったのは、子ども用の小さなマフラーだった。リアムは、既に先に出来上がった物を、大事そうに首に巻いている。ジルベールはジェイミーの首にも、そっとマフラーを巻いてあげた。
「うわぁ!ありがとう、ジゼル!」
ジェイミーは、金色の瞳を丸くして、子どもらしい笑顔になった。
リアムとジェイミーが巻いている色違いのマフラーには、独特の模様が編まれている。中でも目を引くのは、一番目立つ位置にある模様で、持ち手の無いティーカップの様な器に、何かモコモコとした物が、山盛りに入っている。その側には、短い2本の棒の様な、模様もある。
「凄いな、本物と遜色無いよ。」
「市場で流通している物と、区別はつきませんね。」
子ども達の着けたマフラーを見て、ルーカス夫妻は感心した様に言った。
「遠征に出た時に、あるンハゴ族と仲良くなりまして、しばらく集落でお世話になったのです。その時に、彼等から、直接編み方を教えてもらいました。私はまだ下手なので、模様の部分にかぎ針を使いますが、彼等は全て、指で編み上げます。」
「へぇー!そうなんだ!」
ンハゴ族───主に遊牧で生計を立てる、少数民族である。季節によっては農耕も行い、性格は穏やかで、少数民族の中では、勢力が大きく、認知度も高い。他の部族や、国に属する者、軍人に対しても友好的である。その為、比較的簡単に接触する事が出来る。彼等の作る民族衣装は、装飾が美しく人気があり、ンハゴ族の女性や子どもは、特に可愛らしい衣装を身に付ける。本物は高値で取り引きされるが、彼等のデザインをもとに、大量生産される衣服類も多く、リソー国でも人気が高い。
「彼等に編み方を習ってから、遠征に出た時の路銀には、苦労しなくなりました。本物でなくても、ンハゴ族の模様が装飾された物は、人気が高くて、どこでも買い取ってもらえますから。彼等は優しくて、多くの知識を持っていました。また、会いたいなぁ。」
「ジゼルは、いろんな事を知ってるんだね。僕も会いたいなぁ!」
「リアムにも会わせたいよ。彼等は、子ども達に、草原で出来るいろんな遊びを教えてくれるよ。」
「わぁ!」
「ジゼルさん、私にも作って貰えるかしら?」
「私も!」
侯爵夫人とソフィアが、子ども達のマフラーを見て、羨ましそうに頼んだ。
「もちろんです。お好きな色で作りますよ!」
ジルベールにそう言われ、2人は毛糸の籠から、いそいそと糸を選び始めた。
「そういえば、ジゼルさん、近く夜会にはお出にならないの?広報部の方々と、良くお出になっているでしょう?」
糸を選び終わった侯爵夫人が、ジルベールに尋ねた。
「今、私の所属している中隊が、野営訓練中ですので…野営訓練中は、広報部の活動は、入らない様になっていますから。」
「そうなの⁈残念だわぁ……」
「母上、ジルに無理を仰らないで下さい。それに、連隊長はノアですから。あいつは許可しませんよ。」
息子に言われ、侯爵夫人はますますしょんぼりしてしまった。
「……あの、広報部に問い合わせて頂ければ、まだ今のうちなら可能かもしれません。申し訳ありませんが、私からは要望出来ませんので───」
「本当⁈ジゼルさんっ!」
「ジル、無理をしないで!母上も止めて下さい!」
ルーカスは、我儘を言う母親を叱ったが、侯爵夫人は口を尖らせている。
「だって…ジゼルさんにダンスをエスコートして頂きたくて。久しぶりに、ドレスを新調したのよ⁈何年振りかしら……そもそも、ジョセフと踊っても、今更ときめきなんて……ねぇ。」
「ちょっと母上!勝手を言わないで下さいっ!」
「ソフィアさんも一緒に買ったのよ!ね、ソフィアさん!」
「はぁ⁈ソフィア、お前───」
ソフィアは子ども達の側で、えへへ、と笑っている。
「ねーねー、僕もジゼルと踊ってみたいよ!」
「僕も僕も!」
「全くお前達は……」
ルーカスはため息をついた。
「まだ、本格的に森に入る前ですし。絶対許可されるとは言い切れませんが、大丈夫かもしれません。」
「だけど、野営訓練中にそんな身勝手な………」
「それに……そんなに広報部と出席する夜会を楽しみにして頂けるなんて、嬉しいです。活動が報われた気がします。」
「ジル───」
「旦那様と、ノア様がお帰りでございます。」
ルーカスが、家族の我儘に、申し訳無さそうにジルベールを見た時、執事の声がして、リビングの扉が開いた。
「おじいさまっ!お帰りなさい!」
「おお、ただいま。リアム、ジェイミー。」
リアムとジェイミーは、扉から入って来たジョセフに駆け寄った。
「ノア、お前は入らないのか?」
ジョセフは、開いたドアの所に立ち、リビングに入ろうとしないノアを訝しげに見た。
「ノア、夕食まだなんでしょう?食べなよ!」
ルーカスが誘ったが、ノアは顔を逸らしたまま、言い淀んだ。そして、暖炉の前で、椅子に座って編み物をしているジルベールを、チラッと見て、またすぐに顔を逸らした。
少佐───
「いえ……持ち帰った軍務がありますから。自室で食べます。」
「ノア、お前…ガルシア軍曹にそれを渡すのではないのか⁈リビングに入らないでどうする!」
「……………」
「さっさと彼女に渡しなさいっ!」─ぐいっ─
「父上っ……乱暴に扱わないで下さい!散ってしまいます!」
アイゼン中将が、少佐に何か言ってるけど…何だろう。
リビングにいたジルベール達は、ジョセフとノアを見て、皆首を傾げた。
「ねーねー、おじいさま!これ、いいでしょう!ジゼルが僕らに編んでくれたんだよ!」
言い合う2人にお構い無しに、リアムがマフラーを自慢気に見せた。
「ん……おぉ!その模様は見た事あるぞ!有名なやつだな!」
「ンハゴ族だよ!ジェイミーとお揃いなんだ!」
「あぁ、そうだったな。良く出来ている。本物と、見間違いそうだよ。」
「ジゼルは、ンハゴ族から習ったんだって。」
「なるほど…流石だなぁ。」
「私とソフィアさんも、今編んでもらっているのですよ。」
侯爵夫人が笑顔で言った。
「エマ、お前あまり無理をさせるな。傷が悪化でもしたら──」
「え?傷?」
ジョセフとルーカス、そして女医と料理長以外には、今回ジルベールの滞在を、妹の結婚に際して仲人の手続きの為だと伝えていた。ルーカスは、失言した父親を、ジロッと睨んだ。
「あ、いやいや。彼女の隊は野営訓練中だろう?家に泊まっているとはいえ、あまり無理をさせない様に。野営訓練は、厳しいものだからな。ゴホンッ。」
「ほら、父上もそう言っているのに…母上達はジルに夜会に出てなんて我儘言わないでよ!」
「えー…でも……」
「大丈夫ですよ。アデル部長に、聞いてみて下さい。」
「もう…ジル……」
「はい、出来ましたよ!」
侯爵夫人の首にも、ジルベールは優しくマフラーを巻いた。
「ねぇ、ねぇ。ノア、いいでしょう?羨ましい?」
リアムはニヤニヤしながら、入り口に隠れる様に立つノアに、マフラーを見せびらかした。
「ノア、取ったりしないでよ。僕のだからね!」
「……リアム。流石に、子どもの物を欲しがったり等しない。」
ノアは、ため息を付きながら言い返すと、自室へ行ってしまった。
「ノアの奴…素直じゃないなぁー。」
誰にも聞き取れない位の小声で、ルーカスはそう呟いた。
「ヤダヤダッ!今日もジゼルと寝るんだっ!またいっぱいお話してもらうんだっ!」
「今日は駄目だっ。ジルも疲れている。いい加減にしなさいっ!ごめんねジル、おやすみ。」
「いえ、お気になさらず……」
「ううわああぁぁぁぁ!」
夕食後の団らんも終わり、ジルベールがソフィアのマフラーも編み上げた後、ジタバタと駄々をこねるリアムを引きずる様にして、ルーカスはリアムとジェイミーを、子ども部屋へ連れて行った。
ジルベールは、一人でそっと、客室のドアを開けた。
アイゼン家で出された温かい夕食は、とても美味しかった。リアムとジェイミーも、昔話を喜んでくれたし、皆優しく迎えてくれて……
ガルシア家での食事みたいで、楽しかったなぁ。
「義母上やメイジーは、今頃何してるかなぁ………ん?」
客室のテーブルに目をやると、テーブルの上には、白い花瓶が置かれ、花が生けられていた。
「わぁ………綺麗────」
ジルベールは、テーブルの側に来て、微笑んだ。
淡い黄色と、淡い水色の花が、花瓶から溢れそうな位に生けられている。ふわりと優しく広がった花びらは、丸くて可愛い。緑の葉は瑞々しくて、切花じゃないみたいだ。
任務で、他国に行った時、こんな花畑を見たな。
見渡す限り、一面に咲いていて、感動した事を、覚えてる。
また行きたいと、思ってたけど……
その花畑に、また来たみたいだなぁ────
ジルベールは、淡い黄色の花びらに、そっと触れた。
お兄様の、髪の色と、
私達兄妹の、瞳の色───
「任務、か……」
ジルベールは、花を見ながら、ぽつりと呟いた。
任務で無かったら……自由に他国を旅して回る事も、叶わない。
軍人だから、だけじゃない。
領地で暮らす人々の、生活もある。
だけど───
────母上達はジルに夜会に出てなんて我儘言わないでよ!────
こんな事を願う私の方が、
どれだけ我儘な思想か、知れないなぁ……
ジルベールは、そっと花瓶から、淡い黄色の花を一輪、手に取った。
「本当に……すごく綺麗────」
これは、少佐が選んでくれたのだろうか。
きっと……そんな気がする。
でも………
────そんな似合わない格好までして……ルーカスから夕食に呼ばれたのか知らないが、アイゼン家の厚意に甘え過ぎているのではないか⁈────
ふと、夕食前に、ルイス侯爵から言われた言葉が頭をよぎった。まさか、ルイス少尉の父親に、ここで会うとは思わなかった。
似合わない格好、そんなの、私が一番分かってる。正直な所、ほんの数日軍服を着ていないだけで、なんだか落ち着かない。
入軍して数年は、嫌いだった軍服も、今では割と似合うと思ってさえいる。
モニカ達も、褒めてくれるし……父上も、多分そう、思っている。
せっかく、着せてもらって申し訳ないけど、今着ている紺色のドレスが不自然な事位、私にだって言われなくても分かっているんだ。
この綺麗な花だって………
私には、似合わないのだろうな。
どう頑張ったとしても、モニカみたいな淑女にはなれない。
せめて、もっと……
自分でも良く分からない、この気持ちを、
素直に伝えられたらなぁ……
ルイス侯爵────
「余計なお世話だ。」
────────────
まきまき…………ぎゅっ……
「ノア……?リビングで…何してるの?ため息なんかついて。」
ビクッ──
「っ……!あ、兄上…いえ、これはその…今から、紅茶でも持って、ジゼルの客室に行こうかと思いまして…厨房に行く所で──」
「あぁ…そうなんだね。ジルは、まだ起きてると思うよ。行ってあげなさい。いやぁ、リアムには参ったよ。ジルと一緒に寝るって聞かなくてさ。今、子ども部屋に押し込んだ所なんだけどね。今日は、ノアがジゼルと過ごしたいかなって思ってね。」
「そうなのですね。お気遣いありがとうございます、兄上。」
「ノア?」
不思議そうな顔をするルーカスを他所に、ノアはそそくさと、リビングを後にした。
────カチャカチャ────
厨房では、料理長が楽しそうに、明日のメニューを考えていた。ノアが顔を出すと、喜んで紅茶とお菓子をトレイに用意し、ノアに差し出した。
用意してもらったティーセットが、カチャカチャと軽快な音を立てる。ジゼルの居る客室の前に立つと、ノアは扉を軽くノックした。
「……ジゼル───」
だが、返事は無い。眠ってしまったのだろうか…
ノアは、そっと客室の扉を開けた。
「余計なお世話だ。」
そこには、今日買い求め、先程生けたばかりの花に向かって、静かに怒りを露わにする、彼女の姿があった。
「ジゼル………」
「少佐、」
呼びかけると、彼女はこちらに気付いた。そして、驚いた様に、水色の両目を丸くした。
「すまない…気に入らなかったか?」
「え?」
「不快にさせるつもりは、無かったのだが───」
どうしたら良いか分からず、その場に立ち尽くしてしまった。
「……その……君が好みそうだと、ただそう思って……他意は無いんだ。」
そうだったとしても──
贈られたくない相手からであれば、確かに余計なお世話だろう。
─────ヒヒン─────
俺は……一体どうしてこんな大事な局面で、フレデリックの鳴き声が脳裏をよぎるのだろう。
馬だぞあいつは………
ノアは、顔をしかめて額を押さえた。
────────────
「……急に訪ねて、すまなかった。」
ティーセットを手に、客室に来た少佐は、謝罪の言葉と共に、直ぐに退室しようとした。
違う、少佐、何か誤解してる────
少佐は踵を返し、扉へ向かっている。
どうしよう────
違う、待って────
でも、何て言えば………
少佐は客室の扉に手を掛けた。
「っ…………」
──────ガシッ──────
結局、言葉が出なくて、退室しようとする少佐の、上着の袖を、無言でガシッと掴んでしまった。
「ジゼル………」
少佐は、目を見開いて、袖を掴む私を見下ろしている。
「あの……違うんです。私───」
どうしよう。引き留めたものの、言葉が出ない。
少佐も無言のまま、こちらを見ている。
「私、私………」
「ジゼル、」
モニカの元婚約者を追って森に入ってから、ここ数日の事が、頭の中を駆け巡っていく。
─────泣くなよ、ジルベール─────
─────指示に背く奴の言う事を、易々と信じると思うか?─────
─────ジル、大丈夫だよ。今の所、悪手では無いと思う─────
─────僕が用意したティーセットなのにねっ!勝手に持って行ったんだよ⁈取ったら駄目だよねぇ⁈─────
「う……うう…………」
「ジゼル、俺は────」
「ぷいっ」
「なっ……」
悩んだ挙句、私は、腕組みをして、ぷいっとそっぽを向く、という行動に出てしまった。
「ジゼル………!」
なんだか良く分からないけど……
いつでも私は良く分からないけど……
今回は、素直に怒っても良い気がした。
そうだ。
私はきっと、怒っていたんだ。
ルーカス兄さんと、いろいろと契約を交わしたけど、そんなのは知らん。
私の出した要求は、必ず守ってもらうけど、ルーカス兄さん側の要求は……知らん!
踏み倒す、私は。
「ぷいっ」
「ジ、ジゼル、」
視界の端に映る少佐は、ティーセットを持ったまま、慌てている様に思えた。
「俺が悪かった、ジゼル……」
────ささささ…────
少佐が、手を伸ばしかけたので、私はさささと部屋の隅に移動して、壁の方を向いた。
少佐は、少ししてから、ティーセットをテーブルの上に置いて、私の側に来た。
「ジゼル……そんな、あからさまに何もない部屋の角を睨んで───」
「う"ー…………」
「怒っているのか……?そうだよな。怒らない方がおかしい。」
「………………」
「どうやったら…機嫌を直してくれるんだ?許して欲しい、ジゼル───」
「………………」
「ジゼル……」
はっきりと分からないけど、少佐は困った顔をしている気がした。
「…………が欲しいです。」
「え?すまない、もう一度言ってくれ……」
「木の実のケーキが欲しいです。」
「ん?ああ、欲しい物だな!分かった!他にもあるなら、何でも言ってくれ!」
「チョコレートと、プリンとゼリーとクッキーと──」
「ああ、必ず食べさせる。」
「スクランブルエッグとオムライスとミートローフと肉団子のスパゲティとビーフシチューと青犬のステーキと緑鱗鳥の玉子とそれから──」
「わ、分かった分かった。全部食べさせてやるから……な!」
素直に要求をしてくるジルベールに、ノアは相合を崩した。
「あと……街に……」
「ん?」
「街に行きたいです。ご飯を食べに……」
部屋の壁から目を離して、側にいる少佐をそっと見上げた。
少佐は───
今までに、見た事の無い表情をしていた。
「あぁ。一緒に行こう。」
多分私も、同じ表情をしてる。
「ジゼル、紅茶を飲もう。」
少佐が持って来てくれた紅茶は、私達を待ってる間に、ほんの少し、冷めていた。
────────────
翌朝、アイゼン侯爵家
「ぎゃああん!僕のマフラーが伸びてるっ!ノアが勝手に付けたんだ!ノアが壊したっ!」
「ありがとう、ジゼル……」
アイゼン家の玄関ホールで、ジルベールは、軍に戻るノアを見送りに出ていた。
ジルベールは、昨晩編んだノアのサイズのマフラーを、背伸びをして、ノアの首に巻いた。もちろんマフラーには、ンハゴ族の模様が編み込まれている。
暖かそうな水色のマフラーを巻いて、ノアは嬉しそうに頬を染めている。
「そんな物で良ければ……」
「凄く、嬉しい。」
「う……う……ぐすっ……僕の、マフラー……」
その様子を、少し後から、リアムが伸びてしまったマフラーを持って、泣きじゃくりながら見ている。リアムをなだめながら、ジョセフとルーカスは、白い目でノアを睨んでいた。
「ジゼル、今日は…なるべく早く帰る。一緒に……ゆ…夕食を食べてもらえないだろうか。」
「はい。待ってます、少佐。」
リアムの不幸を他所に、ノアとジルベールは初々しく微笑み合った。
「ノア様、仲直り……出来たって事なのかしら。どう思う?料理長。」
「おそらくね。今朝ノア坊ちゃんに、すごい量の夕食をリクエストされたんだ。仲直りしてなかったら、到底食べ切れる量じゃないからね。」
「そっか。良かった。」
料理長と女医は、玄関を出るノアを見送りながら、笑い合った。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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