77.応援するよ
「はい!出来ましたよ、ジルベール様。とても良くお似合いです!」
「うわぁ!本当だー!すごく可愛いよ!ジゼルッ!」
「ありがとう、リアム。なんだか恥ずかしいな。」
家の一番広い客室には、昨日から、ノアの婚約者が泊まっていて、家のお医者の先生が、いろいろとお世話をしている。リアムが言うには、ジゼルって名前が、本当の名前らしい。今、紺色の洋服から、また紺色の洋服に着替えたジゼルは、お医者の先生に髪を編んでもらったところだ。左右の髪を編み込んで、中央で結び、紺色の花の髪飾りで留められている。
ちょっと…紺色だらけな気がするけど…
この人の銀色の髪には、紺色がよく似合うと思うのは、確かだ。
そして、このノアの婚約者に、双子の兄、リアムは夢中になっているのだ。
朝から、勉強も、剣の稽古もそっちのけで、この人の客室に入り浸っている。昨日の夜なんか、一緒に眠ったらしい。
信じられない。あのリアムが…今まで、剣の稽古をさぼった事なんか、一度も無かったのに。
そして、何より信じられないのは、そんなリアムの行動を、父上も、おじい様も、一切咎めないという事だ。それどころか、ジゼルの客室にリアムが行く事を、喜んでさえいる。
「なぁ、ジェイミーもそう思うだろ⁈ジゼルは可愛いよな!」
リアムが、いきなりこっちを振り返って話しかけてきた。
「えっ──あ、うん!すごく似合っています、ジゼルさん。」
「ありがとう、ジェイミー。」
ジゼルは、そう言って微笑んだ。リアムは、鏡の前に座るジゼルの周りを、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
確かに…綺麗な人だとは思うけど────
そんなに夢中になる程かな?
リアムと楽しそうに話すジゼルは、顔に大きな古傷がある。ジゼルも、軍人だと聞いた。
ノアと結婚する人だもんな。同じ軍人だから、ノアはこの人を選んだのだろうか。
でも…ノアみたいに強そうには見えないし。
すぐに泣いちゃいそう。
何で、この人なのかな。
「ジゼル、本当に、すっごく可愛いよ!母上より可愛いっ!」
「まぁ!リアム様ったら!」
「それは…そんなに褒められたら、リアムのお母さんに申し訳ないよ。」
「うふふ、リアム様も可愛らしいですね。」
リアムも…あんなに夢中になった所で、この人がノアと結婚するのは分かりきった事なのに。
「ジェイミー、待たせてごめんね。眠くなっちゃった?」
「あ、いえ。大丈夫です。」
つい、あくびをしてしまい、ジゼルに尋ねられた。
「眠くなんてならないよな!ジゼルが髪を結ぶ所、見せてもらえたんだから!」
「う…うん。」
リアム…お前、こんな奴だったか?性格が変わり過ぎて怖いよ。
「ジェイミー様、お待たせしましたね。ジルベール様、夕食の準備は出来ております。リビングへどうぞ。」
「ありがとうございます。リアム、ジェイミー、一緒に行こう。」
「うん!」
リアムはさっさと、ジゼルと手を繋いだ。
今から、リビングで、ジゼルも一緒に家族で夕食を食べるのだ。おじいさまとノアは、まだ軍にいるみたいだけど、後から来るらしい。
「ほら、ジェイミーも行こう?」
ジゼルは、空いている左手を、こちらに差し出している。
「はい。」
僕はジゼルの左手を取った。ジゼルの右手は、リアムがしっかりと握りしめる様に繋いでいる。両手を僕等と繋いだジゼルは、お医者の先生に笑顔で送り出された。
「夕食が済んだら、お話の続きを聞かせてあげるね。」
「ああ、あのへんてこなお話だね、ジゼル。」
「へんてこー?とーっても面白いお話なんだよ⁈あのね、最後は主人公が───」
「おい……どうして君が、ここにいるんだ?」
2階から、吹き抜けを降りて玄関に続く、大きな階段を降りている時、階段の下から、声がした。
僕達は、ジゼルと手を繋いだまま、声がした方を見た。
「ベンおじ様、こんばんは。」
声の主は、おじい様の弟で、大叔父の、ベン・ルイス侯爵だった。
「リアム、ジェイミー、こんばんは。」
僕達が階段を降りると、ベンおじ様は、僕らにいつも通りの挨拶をして、驚いた顔で、ジゼルを見た。さっきの言葉は、ジゼルに掛けられたのだろう。
「お邪魔しております……」
ジゼルは、戸惑っているみたいだ。顔見知りでは無いのだろう。
「ベン・ルイスだ。軍では、息子が世話になっている。」
その返事を聞いて、ジゼルは、はっとした表情をすると、僕達にごめんね、と言って両手を離し、綺麗な敬礼をした。
「失礼しました。ジルベール・ガルシア軍曹です。」
敬礼をするジゼルに、リアムは見惚れている。全く……
「………ここで、固い挨拶は不要だよ。それよりも、どうして君がアイゼン家にいるのかと聞いている。」
ベンおじ様は、いつもと違う、とげのある言い方でジゼルに問いかけた。どうして…冷たい態度なのだろう。
「ベンおじ様、ジゼルはね、ジゼルの妹が結婚するから、父上と母上が仲人をするんだ。その手続きで、家に泊まっているんだよ!」
リアムが、言い返す様に告げた。僕も、そう聞いている。
「結婚の仲人……⁈どうしてアイゼン家がそんな事を───」
「妹は、私の同窓と結婚するのです。アイゼン少佐が、ご厚意で申し出てくれました。」
「ノアが───」
ベンおじ様は、納得いかない、といった顔でジゼルを見た。
「ジゼル、もう行こう。父上と母上が待ってるよ。」
リアムは、雰囲気を察したのか、ベンおじ様を睨みながら言った。リアムのこんな態度は初めてだな…ベンおじ様も、驚いた顔で、リアムを見た。
「それに、ジゼルの妹が結婚するんだよ?うちが仲人をするのは、当たり前でしょ。」
「リアム………」
続けてリアムが言い返す様にベンおじ様に言い、ジゼルは困った顔をした。
でも、確かにリアムの言う通りだ。ノアはジゼルと結婚する。妻の兄妹の結婚に、夫側の実家が仲人を申し出るのは、この国では多々ある事だと、僕も今日、父上から聞いた。
「リアム…なぜ当たり前なのか分からないが……まぁ、アイゼン家が決めた事なら、私は口を出さない。」
ベンおじ様は、顔をしかめてジゼルを見た。ジゼルは、何でもない事の様に表情を変えず、ベンおじ様を見ている。
「ジゼル、ほら、行こう。」
リアムが、ジゼルの手をグイッと引っ張った。
「リアム…そうだね。失礼します。」
「待て!玄関はこっちだぞ⁈どこへ行くんだ?」
「今から皆で夕食を食べるんだよっ!ベンおじ様こそ、玄関はあっちだよ!」
「リアム、お前は一体どうして……」
ベンおじ様はため息を付いて、ジゼルを見た。
「ガルシア軍曹、仲人の手続きで呼ばれているのは理解した。だが、必要な手続きが終わったなら、すぐに帰りなさい。そんな似合わない格好までして……ルーカスから夕食に呼ばれたのか知らないが、アイゼン家の厚意に甘え過ぎているのではないか⁈」
「ちょっとベンおじ様っ!似合わないってなんだよっ!!ジゼルはとっても可愛い───」
「リアム、」
ジゼルは、優しくリアムを止めた。
「ジゼル───」
そして、ベンおじ様に向き直った。
「そうですね。私は、ご厚意に甘え過ぎていたかもしれません。」
「そんな事ないよっ!」
「リアム、ありがとう。」
ジゼルの水色の瞳が、優しくリアムに向けられた。
ベンおじ様は、一体どうして、ジゼルに冷たく当たるのだろう。
「理解したなら良い、ガルシア軍曹。君の様な家柄の人間に対しても、アイゼン家は寛大に接するのだろう。だがな、あまりうろついては、アイゼン家に迷惑を掛ける。夕食は辞退して、さっさと帰るか、仲人の手続きがまだなら部屋で大人しくしているべきだ。」
「家柄……ベンおじ様、どうして……」
「ああ⁈なんでジゼルの家柄が迷惑になるんだよっ!」
「ジェイミー、リアム。子どもは黙っていなさい。」
家柄……ちょっと事情があるって聞いたけど…そんなの、ただの差別じゃないか。
ジゼルは、俯いている。泣いているんじゃ──
「……ぶつぶつ……仲人が白紙になるか?……いや……モニカとアデル部長に……ぶつぶつ……」
ん…何か呟いている?
「ガルシア軍曹、何をぶつぶつ言っているんだ。分かったのなら、さっさと行きなさい。ここは、君の様な人間が、自由にしていい場所では無い!」
「ベンおじ様っ!」
「黙りなさい、リアム!」
「チーンッ!」
リアムがベンおじ様に殴り掛かろうとした時、ジゼルが顔を上げて、右手の人差し指を立てながら、訳の分からない声を上げた。
「な……何だね、ガルシア軍曹…」
「ジゼル…?」
ジゼルは両腕を腰に当てて、ツカツカとベンおじ様の前に出て来た。そして、体が付きそうな位ベンおじ様に接近すると、小柄なジゼルは下から見上げる様にして、睨み上げた。
「ちょっ……近い…近いよ!離れなさい、君っ!」
「計算の結果がでたぞ。」
「はぁ?ガルシア軍曹、何の事だね⁈」
予期せぬジゼルの行動に、ベンおじ様は慌ててジゼルの両肩を押し返したが、ジゼルは更にグイグイと詰め寄った。
リアムと僕は、呆気に取られてその場に固まった。
「あのさぁ……そういう侮辱は聞き飽きてるんだよね、私。あんた、士官学校とか、出てるんでしょ?もっと、パンチの効いた事言えないの?」
「なっ…………」
「ちょっと侮辱の仕方に、捻りが無さすぎるぞ。」
ジゼルは…何だか慣れた感じだ。
慣れた感じに、柄が悪い。
そして、フンッと言いながら、ベンおじ様から体を離した。恐らく…ここが外だったら、唾とか吐いてそうだ。ベンおじ様は、ポカンとしている。
「次に私の家を侮辱したら、あんたの左耳を削ぐからな。」
「君……何て事をっ………」
ベンおじ様は、顔を真っ赤にして、右手でジゼルに掴みかかったが、ジゼルは左足を引いて、体を逸らし、何なくかわした。
「私は、今回の野営訓練でノルマが多いんだ。森に入るなら気を付けるんだな。右耳だけで、出てくる事になるぞ。」
「貴様……お前の家の仲人なんか、絶対にさせるかっ!兄とルーカスに進言するっ………」
「ちょっと…さっき捻り無さすぎって言ったばかりでしょ!思いっきり悪役のセリフだぞ!」
「悪役はどっちだねっ!」
ベンおじ様は、よろめきながら叫んだ。
「別に、仲人させたくないなら進言しな。そうなれば、あんたのせいで、アイゼン家は取り潰しだからな!」
「何でそうなるっ……訳の分からん強がりを言うなっ!」
「ふんっ……とにかく、私は今日、ここで美味しい夕食を食べるからなっ!絶対にっ!お腹いっぱいにっ!あ、玄関はあっちですよ。あれ?こっちかな?」
「…………君は、頭がおかしいのかね……マシューは一体何故、君なんかを───」
「リアム、ジェイミー、行こうか。」
ジゼルはそう言うと、立ち尽くしている僕達の手を、また両手で優しく繋いでくれた。そして、リビングに向かってルンルンと歩き出した。
「おいっ!待たないかっ!」
「♫サル、ゴリラチンパンジ〜♪」
「チンパ……⁈何なんだその歌はっ!よく分からんが、低レベルな侮蔑を受けた事は分かるぞっ!おいっ!」
ベンおじ様は、それ以上ジゼルを止める事は出来ず、騒ぎを聞きつけ、駆け寄って来た執事に、何か話していた。
「やぁ、待ってたよ!ジル、とても似合ってるねー!ソフィアの見立て通りだ!」
「ジゼルさんは、紺色が似合いますね!」
「ありがとうございます。ルーカス兄さん、ソフィアさん。」
料理のぎっしりならんだリビングで、ジゼルは僕達の父上と母上に迎えられた。
僕とリアムはジゼルの少し後ろから、その様子を見ている。
「ねぇ、リアム、」
僕は、リアムに小声で話しかけた。
「何だよ。」
「僕…応援するよ。リアムの事。」
リアムは、目を丸くして僕を見ると、輝く様な笑顔になった。そして、僕の手を引いて、大人達の輪に駆け寄った。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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