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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
103/134

76.肉と酒

………

……………

………………


「今日も疲れたなー。空腹が限界を超えてるよ。」


 暖色のランプと暖炉の灯りで、オレンジ色の店内。今日の食事をする人々や、厨房の音で、がやがやと騒がしく、大声を出さないと、周りの雑音に、簡単に掻き消されてしまう。すぐ横で、カウンターの客達が、楽しそうに酒を飲みながら、店員と笑い合っている。


 木造の食堂。木製のテーブルに掛けられた、テーブルクロス。


 そして、向かいの席に座る、軍服の男は、水色の瞳で、人の良さそうな笑みをこちらに向けている。



「テオドール───」



 改まって名前を呼ぶと、テディは俺を見て、不思議そうな顔をした。


 ジゼルと……こんなにも、よく似ていたんだな。


「久しぶりだな、テディ。会いたいと…思っていた。きっと、お前が死んでから、ずっと…俺は、そう思っていたんだ。」

「ノア、いつも通りで良いよな!すみませーん、注文お願いしまーす!メニュー、一通りっ!」

 テディは、俺の問いかけには答えず、右手を厨房に向かって高く上げ、いつも通りの注文をする。


「あはは、変わらないな、テディ。今も君と、こうしていれたなら、どんなに良かったのだろう。俺は…君がいる時は…その事を理解出来ていなかった。」

 色の薄い金色の髪に、例え様のない懐かしさを覚えた。


「テディ…この前、ジゼルとこの店に来たよ。」

「ノアも麦酒で良いよな⁈すみませーん、麦酒2つ!!」

「君も誘いたかった。」


「ノア、テオドール、いらっしゃい!麦酒2つね!」

 この店の店主が、テーブルの上にビールを2つ、ドンッと勢いよく置いた。そして、また厨房へ戻って行く。


「ノア、今日も軍務お疲れ様〜!」

 テディはいつもの様に、いそいそと麦酒を手にして、ゴクゴクと飲んだ。そして、一気に飲み干すと、空になったグラスをテーブルに置いて、俺を見た。



「なんだよノア。辛気臭いなぁ〜!」

「そうか…?」

「そうだぞ!お前が珍しく、うじうじ悩んでるから、見てられなくて、こうして食事に誘ってやったんだからな。あ!すみませーん。麦酒おかわりー!」

「テディ…俺は…悩んでいたのか。」

 微笑みながら良く分からない事を言うテディを見て、俺も麦酒を飲んだ。こういう会話も、過去にしたのかも知れない。



「ノア、教えてやる。肉と、酒だよ。」

「は?」



 だが、テディは、いきなり脈絡の無い事を言い出した。

「肉と酒?それは、一体どう言う───」

「ノア、あまり難しく考えるな。ジゼルはな、肉と酒が大好きだ。それさえ定期的に与えていれば、間違い無い。お前の好感度は急上昇する事だろう。」

 俺は、あまりに唐突なテディの言葉に、目を見開いた。


「はい、お待ちどうさま〜。悪いけど、今日は満席でね。狭いだろうけど、どんどんこのテーブルに料理を置くからね!2人とも、頑張って食べてくれよ!」

 目の前のテーブルに、店主が料理を運んで来て、テディは目を輝かせて食べ出した。こういう仕草も、兄妹で似ていたのだな。


「もぐ……肉は、焼いた肉だな。もぐもぐ……燻製も嫌いでは無い。生肉は、物による。捌きたての緑鱗鳥(りょくうどり)の肉なら───」

「ちょっとまてっ!理解が追いつかない…こんな場面、あったか⁈テディ、一方的すぎるぞ⁈」

 テディは、流れる様に次々と料理を口に入れながら、こちらをチラッと見た。大きめの肉団子の入ったパスタを、俺の皿に少し取り分けると、残りのパスタをグルグルとフォークに巻き付け、美味しそうに頬張る。肉団子も次々にテディの口に入っていく。そして、ごくんと飲み込むと、2杯目の麦酒で流し込み、ジゼルと同じ瞳で、俺を見た。


「はぁ?ノア、俺が一方的だって?初めての相手に、あんな拘束流血プレイするような奴に、言われたくないね。」

「拘…………すまない……君の妹に、俺は───」

「良いよ。」

「良いのか…?そんな簡単そうに……」

「あぁ。だって、結婚してくれるんだろ?ジゼルと。」

「もちろんだ!」

「はいはいお待たせー。まだまだ料理は来るよ!ノアもどんどん食べな?」

 テーブルの上は、料理で埋め尽くされた。テディは、また嬉しそうに料理を食べながら、話を続ける。


「ノア、その代わりにさ。お前の兄さんが言ってた話……前線で殉職した、バートン家、フォスター家、パルヴィン家の子息について、記録されている経緯を確認しろって、言われたろ?」

「ん?あぁ、確かに言われたが……」

「そのうち2つは、ジゼルが手に掛けてる。厳密に言えば、オーウェンと2人でかな。悪いけど、処理してやってくれ。特に最初の方は、あまり上手くやれてないからさ。」

「………分かった。」

「悪いね。」

 テディはそう言って、にこっと笑った。


「ノア、ほら、サラダもあるよ!食べなよ。君の好きな、チーズとクラッカーが入ったやつだよ!蜂蜜かける?」

「はい、お待たせー!!出来立てだよ〜!」

 店主が、鳥の丸焼きを持って来たが、テーブルはすでに料理で埋め尽くされている。


 店主は、料理の上に、料理を皿ごと重ねだした。


「ノア、もちろんだが、ジゼルは甘いものなら何でも食うぞ。」

「テディ!妹とはいえ、言い方に気をつけろ!彼女は動物かっ!」

「はいはーい、お待たせ!まだまだ来るよー!ノア、サラダ美味しいかい?蜂蜜はたっぷりかけな!サラダが埋まる位に。」

 店主が、料理をとても器用に、皿毎重ねていく。小高い山の様になってきた。


「ジゼルとデートするなら、珍しい肉が食べられる所が喜ぶぞ。ノア、どうせお前、女性とデートとかした事無いんだろ?」

「……一応、この前ここに、ジゼルと来た。それが初めてだ。」

「へぇ〜。まぁ、悪くないかな。どうだった?」


 どうだった………?どうだったのだろうか。


 ジゼルは…楽しかったのだろうか……


 俺なんかと───


「ノア?」

「嫌いだと……言っていたな……」

「え?」


「ジゼルは…軍人は嫌いだと。そう言っていた。」

 テディは串焼きの肉を、とても美味そうに食べた。

瑣末(さまつ)な事だと思っている。そんな事は。だけど───」

「だけど?」



「俺は、軍人以外にはなれない。」



 テディは、次々にテーブルに積まれる料理で、半分程しか見えなくなっている。


「テディ、俺は、どうしたら良い?どうすれば、ジゼルは…俺の事を───」


 俺の事を………俺は………


 テディは、積まれた料理の山から、器用にミートパイを皿ごと引き抜くと、(かじ)り付いた。


「あぁ…やっぱり上手いな。ここの料理は……ノア、さっきも言ったろ?うじうじ悩むなよ。お前は昔っから、そうだよな。心配性で、仕事でも、悩んでばかりだった。あのな、ジゼルは、自分の事が嫌いなんだよ。軍人という職業を、やってる自分が。」

「テディ………」


「だけどそれは……今の段階では、どうにも出来ない。だからジゼルの代わりに、ノアが、認めてやってくれよ。今のままの、妹を───」

「はい、お待たせー!」

 テディはついに、料理の山に隠れて、見えなくなった。


「テディッ!待ってくれ!まだいろいろと…聞きたい事があるのに……定期的とは、具体的にどの位の間隔なんだっ⁈あと、ジゼルに酒はなるべく控えさせたいっ!彼女は先日も自分の軍服を───」

「じゃあ、よろしく頼むよ、ノア。ここは俺が、奢るからさ。」

 声だけになったテディに向かって、料理の山が、ぐらりと崩れた。


「うわぁっ!テディッ!料理がっ!!」


 テディッ!テディ──────



………

……………

………………


 まだ夜明け前、俺はいつも起床する時間に、アイゼン家(実家)の自室で目を覚ました。

 どうやら、ソファーでそのまま眠っていたらしい。


「何て夢だ…………」


 昨日ジゼルに謝罪をしたものの、いろいろと考えながら眠ってしまったせいかもしれない……


 ノアは、身支度を整え自室を出た。




「フレデリック、軍に戻るぞ。」

「ブルル…………」

 アイゼン家の厩舎で、ノアは軍から乗って来た、愛馬を呼んだ。フレデリックは、すぐに側に寄って来た。


「ノア、もう行くの?」


 振り向くと、朝露の中、兄がこちらに歩いて来る。兄の吐く息は白く、寒そうにしている。

「兄上、おはようございます。」

 自分の息も、白く登って消えた。

「おはよう、ノア。相変わらず早いねー。」

 兄は、微笑みながら、羽織っていたコートをギュッと体に巻き付けた。


「ジルに、謝罪は出来た?」

「はい。謝罪は出来ました………」

「そっか。じゃあ、とりあえず良かったよ。ノア、今日も、アイゼン家(うち)に帰って来るんでしょう?」

「はい、そのつもりです。よろしければジゼルは、数日ここで、休ませてあげて下さい。無理にとは、言いませんが……」

「あぁ。俺からもそう勧めておくよ。うちの医者も、その方が良いと言っていたしね。」

「ありがとうございます、兄上。」

「あ、そうそう!これをね、ノアに渡そうと思って!」

 兄は、一枚の紙を差し出した。何かのチラシだ。



「どう⁈ジルが喜びそうでしょう?誘ってあげなよ!」



 俺は、そのチラシを食い入る様に見た。


 確か……夢で、テディが───


「今日、夕食の時にでも……って、ノア、聞いてる?」

「テディ…流石に、あの量は食べ過ぎだろう?」

「は?ノア、まだ寝ぼけてるの?」

「ふふっ。」


 夢の最後、幸せそうに、料理の山に埋もれてしまったテディをはっきりと思い出し、笑いが我慢出来なかった。


「ノア、珍しいな。何を笑ってるの⁈」

「失礼しました、兄上。ふっ……あはは…!」

「ちょっとノア、教えてよ!」

「駄目です、兄上。」

「駄目⁈ノア…一体どうしちゃったの……」

「ヒヒン!」

「ほら、フレデリックも、教えてって言ってるよ?」

「絶対に言ってませんよ、そいつは。」

「ブルル………」

 ノアはチラシを軍服のポケットに入れると、フレデリックに乗り、軍へ戻って行った。


 初めて見る、思い出し笑いをする様な弟の姿を、ルーカスは首を傾げながら見送った。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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