76.肉と酒
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「今日も疲れたなー。空腹が限界を超えてるよ。」
暖色のランプと暖炉の灯りで、オレンジ色の店内。今日の食事をする人々や、厨房の音で、がやがやと騒がしく、大声を出さないと、周りの雑音に、簡単に掻き消されてしまう。すぐ横で、カウンターの客達が、楽しそうに酒を飲みながら、店員と笑い合っている。
木造の食堂。木製のテーブルに掛けられた、テーブルクロス。
そして、向かいの席に座る、軍服の男は、水色の瞳で、人の良さそうな笑みをこちらに向けている。
「テオドール───」
改まって名前を呼ぶと、テディは俺を見て、不思議そうな顔をした。
ジゼルと……こんなにも、よく似ていたんだな。
「久しぶりだな、テディ。会いたいと…思っていた。きっと、お前が死んでから、ずっと…俺は、そう思っていたんだ。」
「ノア、いつも通りで良いよな!すみませーん、注文お願いしまーす!メニュー、一通りっ!」
テディは、俺の問いかけには答えず、右手を厨房に向かって高く上げ、いつも通りの注文をする。
「あはは、変わらないな、テディ。今も君と、こうしていれたなら、どんなに良かったのだろう。俺は…君がいる時は…その事を理解出来ていなかった。」
色の薄い金色の髪に、例え様のない懐かしさを覚えた。
「テディ…この前、ジゼルとこの店に来たよ。」
「ノアも麦酒で良いよな⁈すみませーん、麦酒2つ!!」
「君も誘いたかった。」
「ノア、テオドール、いらっしゃい!麦酒2つね!」
この店の店主が、テーブルの上にビールを2つ、ドンッと勢いよく置いた。そして、また厨房へ戻って行く。
「ノア、今日も軍務お疲れ様〜!」
テディはいつもの様に、いそいそと麦酒を手にして、ゴクゴクと飲んだ。そして、一気に飲み干すと、空になったグラスをテーブルに置いて、俺を見た。
「なんだよノア。辛気臭いなぁ〜!」
「そうか…?」
「そうだぞ!お前が珍しく、うじうじ悩んでるから、見てられなくて、こうして食事に誘ってやったんだからな。あ!すみませーん。麦酒おかわりー!」
「テディ…俺は…悩んでいたのか。」
微笑みながら良く分からない事を言うテディを見て、俺も麦酒を飲んだ。こういう会話も、過去にしたのかも知れない。
「ノア、教えてやる。肉と、酒だよ。」
「は?」
だが、テディは、いきなり脈絡の無い事を言い出した。
「肉と酒?それは、一体どう言う───」
「ノア、あまり難しく考えるな。ジゼルはな、肉と酒が大好きだ。それさえ定期的に与えていれば、間違い無い。お前の好感度は急上昇する事だろう。」
俺は、あまりに唐突なテディの言葉に、目を見開いた。
「はい、お待ちどうさま〜。悪いけど、今日は満席でね。狭いだろうけど、どんどんこのテーブルに料理を置くからね!2人とも、頑張って食べてくれよ!」
目の前のテーブルに、店主が料理を運んで来て、テディは目を輝かせて食べ出した。こういう仕草も、兄妹で似ていたのだな。
「もぐ……肉は、焼いた肉だな。もぐもぐ……燻製も嫌いでは無い。生肉は、物による。捌きたての緑鱗鳥の肉なら───」
「ちょっとまてっ!理解が追いつかない…こんな場面、あったか⁈テディ、一方的すぎるぞ⁈」
テディは、流れる様に次々と料理を口に入れながら、こちらをチラッと見た。大きめの肉団子の入ったパスタを、俺の皿に少し取り分けると、残りのパスタをグルグルとフォークに巻き付け、美味しそうに頬張る。肉団子も次々にテディの口に入っていく。そして、ごくんと飲み込むと、2杯目の麦酒で流し込み、ジゼルと同じ瞳で、俺を見た。
「はぁ?ノア、俺が一方的だって?初めての相手に、あんな拘束流血プレイするような奴に、言われたくないね。」
「拘…………すまない……君の妹に、俺は───」
「良いよ。」
「良いのか…?そんな簡単そうに……」
「あぁ。だって、結婚してくれるんだろ?ジゼルと。」
「もちろんだ!」
「はいはいお待たせー。まだまだ料理は来るよ!ノアもどんどん食べな?」
テーブルの上は、料理で埋め尽くされた。テディは、また嬉しそうに料理を食べながら、話を続ける。
「ノア、その代わりにさ。お前の兄さんが言ってた話……前線で殉職した、バートン家、フォスター家、パルヴィン家の子息について、記録されている経緯を確認しろって、言われたろ?」
「ん?あぁ、確かに言われたが……」
「そのうち2つは、ジゼルが手に掛けてる。厳密に言えば、オーウェンと2人でかな。悪いけど、処理してやってくれ。特に最初の方は、あまり上手くやれてないからさ。」
「………分かった。」
「悪いね。」
テディはそう言って、にこっと笑った。
「ノア、ほら、サラダもあるよ!食べなよ。君の好きな、チーズとクラッカーが入ったやつだよ!蜂蜜かける?」
「はい、お待たせー!!出来立てだよ〜!」
店主が、鳥の丸焼きを持って来たが、テーブルはすでに料理で埋め尽くされている。
店主は、料理の上に、料理を皿ごと重ねだした。
「ノア、もちろんだが、ジゼルは甘いものなら何でも食うぞ。」
「テディ!妹とはいえ、言い方に気をつけろ!彼女は動物かっ!」
「はいはーい、お待たせ!まだまだ来るよー!ノア、サラダ美味しいかい?蜂蜜はたっぷりかけな!サラダが埋まる位に。」
店主が、料理をとても器用に、皿毎重ねていく。小高い山の様になってきた。
「ジゼルとデートするなら、珍しい肉が食べられる所が喜ぶぞ。ノア、どうせお前、女性とデートとかした事無いんだろ?」
「……一応、この前ここに、ジゼルと来た。それが初めてだ。」
「へぇ〜。まぁ、悪くないかな。どうだった?」
どうだった………?どうだったのだろうか。
ジゼルは…楽しかったのだろうか……
俺なんかと───
「ノア?」
「嫌いだと……言っていたな……」
「え?」
「ジゼルは…軍人は嫌いだと。そう言っていた。」
テディは串焼きの肉を、とても美味そうに食べた。
「瑣末な事だと思っている。そんな事は。だけど───」
「だけど?」
「俺は、軍人以外にはなれない。」
テディは、次々にテーブルに積まれる料理で、半分程しか見えなくなっている。
「テディ、俺は、どうしたら良い?どうすれば、ジゼルは…俺の事を───」
俺の事を………俺は………
テディは、積まれた料理の山から、器用にミートパイを皿ごと引き抜くと、齧り付いた。
「あぁ…やっぱり上手いな。ここの料理は……ノア、さっきも言ったろ?うじうじ悩むなよ。お前は昔っから、そうだよな。心配性で、仕事でも、悩んでばかりだった。あのな、ジゼルは、自分の事が嫌いなんだよ。軍人という職業を、やってる自分が。」
「テディ………」
「だけどそれは……今の段階では、どうにも出来ない。だからジゼルの代わりに、ノアが、認めてやってくれよ。今のままの、妹を───」
「はい、お待たせー!」
テディはついに、料理の山に隠れて、見えなくなった。
「テディッ!待ってくれ!まだいろいろと…聞きたい事があるのに……定期的とは、具体的にどの位の間隔なんだっ⁈あと、ジゼルに酒はなるべく控えさせたいっ!彼女は先日も自分の軍服を───」
「じゃあ、よろしく頼むよ、ノア。ここは俺が、奢るからさ。」
声だけになったテディに向かって、料理の山が、ぐらりと崩れた。
「うわぁっ!テディッ!料理がっ!!」
テディッ!テディ──────
………
……………
………………
まだ夜明け前、俺はいつも起床する時間に、アイゼン家の自室で目を覚ました。
どうやら、ソファーでそのまま眠っていたらしい。
「何て夢だ…………」
昨日ジゼルに謝罪をしたものの、いろいろと考えながら眠ってしまったせいかもしれない……
ノアは、身支度を整え自室を出た。
「フレデリック、軍に戻るぞ。」
「ブルル…………」
アイゼン家の厩舎で、ノアは軍から乗って来た、愛馬を呼んだ。フレデリックは、すぐに側に寄って来た。
「ノア、もう行くの?」
振り向くと、朝露の中、兄がこちらに歩いて来る。兄の吐く息は白く、寒そうにしている。
「兄上、おはようございます。」
自分の息も、白く登って消えた。
「おはよう、ノア。相変わらず早いねー。」
兄は、微笑みながら、羽織っていたコートをギュッと体に巻き付けた。
「ジルに、謝罪は出来た?」
「はい。謝罪は出来ました………」
「そっか。じゃあ、とりあえず良かったよ。ノア、今日も、アイゼン家に帰って来るんでしょう?」
「はい、そのつもりです。よろしければジゼルは、数日ここで、休ませてあげて下さい。無理にとは、言いませんが……」
「あぁ。俺からもそう勧めておくよ。うちの医者も、その方が良いと言っていたしね。」
「ありがとうございます、兄上。」
「あ、そうそう!これをね、ノアに渡そうと思って!」
兄は、一枚の紙を差し出した。何かのチラシだ。
「どう⁈ジルが喜びそうでしょう?誘ってあげなよ!」
俺は、そのチラシを食い入る様に見た。
確か……夢で、テディが───
「今日、夕食の時にでも……って、ノア、聞いてる?」
「テディ…流石に、あの量は食べ過ぎだろう?」
「は?ノア、まだ寝ぼけてるの?」
「ふふっ。」
夢の最後、幸せそうに、料理の山に埋もれてしまったテディをはっきりと思い出し、笑いが我慢出来なかった。
「ノア、珍しいな。何を笑ってるの⁈」
「失礼しました、兄上。ふっ……あはは…!」
「ちょっとノア、教えてよ!」
「駄目です、兄上。」
「駄目⁈ノア…一体どうしちゃったの……」
「ヒヒン!」
「ほら、フレデリックも、教えてって言ってるよ?」
「絶対に言ってませんよ、そいつは。」
「ブルル………」
ノアはチラシを軍服のポケットに入れると、フレデリックに乗り、軍へ戻って行った。
初めて見る、思い出し笑いをする様な弟の姿を、ルーカスは首を傾げながら見送った。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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