74.ティーセットを巡る争い
「はぁ……」
ノアは、厨房でため息をついた。
先程、ジゼルの様子を見に、彼女が眠る客室に行ったが、彼女はグーグーいびきをかいて眠っており──あろう事か酒に酔っていた──謝罪する事は出来なかった。
とりあえず…しばらくしたら、また様子を見に行こう。その時に、彼女の好きな木の実のケーキを持って行きたい。料理長に、その事を頼もうと思い厨房に来たが、彼は不在の様だ。
だが、何だか良い匂いがする。木の実のケーキの匂いの様な……
「ノア、どうしたの?料理長に用事?」
振り向くと、ルーカスがこちらに寄って来た。
「兄上……」
「ジルとは話せた?」
「ジル………あ、いえ…それが、よく眠っていましたので…」
「あぁ、そっか。それじゃあしょうがないね。」
「起きたら、木の実のケーキを部屋に持って行きたいと思いまして。料理長に焼いてもらおうかと。」
「それは彼女も喜ぶよ!でも、なんだか既に良い匂いがする様な……」
「兄上、」
キョロキョロと良い匂いの元を探す兄に、ノアは改まって呼びかけた。
「ん?どうかしたの?そんなに改まって。」
「その……彼女に……もちろん、謝罪はするつもりですが。それだけで、許してもらえるのでしょうか。」
「ノア……」
仕事以外で、誰かに謝罪をした記憶は、あまり無い。ジゼルに謝罪したとして──許してもらえるのだろうか。
「それは……分からないよ。」
「………」
「ノア、だけどね。許して貰えるか分からなくても、間違った事をしたら謝る、それは人として、必要な事だよ?勇気は要ると思うけど…リアムとジェイミーにも、いつも言ってるよ。簡単な様で、難しいからね。」
「はい……」
「あとは…そうだなぁ。ありきたりだけど、相手の好きな物をプレゼントする、とかかな。大人気ない話だけど、俺もソフィアと夫婦喧嘩位、してしまう事もあるよ?本当…毎回、ちょっとしたくだらない事で…でもね、喧嘩した後は、謝って…ソフィアには花を贈るよ。」
ノアは、照れながら話す兄を見た。
「ジゼルも…花を贈ったら喜ぶのでしょうか?」
「うーん…それも、分からないね。直接、欲しい物を聞いたら良いんじゃない?欲しい物を、何でも買ってあげたら良いよ。我儘を言ってもらいなさい。良いものだよ?我儘を言われるのも。」
「欲しい物…聞いてみます。」
だが…彼女の欲しい物は───
「ジゼルがするお話は、何だか変なんだよー!」
「昔話ですか?あはは!確かに、変な設定が多いかもしれませんねぇ。」
「でもねでもね…お話してくれるジゼルは、一生懸命でね、とっても可愛いからね。僕、最後まで聞くんだ。」
「リアム坊ちゃん…くすっ…そうですか。おや、お二人揃って、どうかなさいました?」
その時、料理長がリアムの手を引いて厨房にやって来た。
「リアム!お前、寝てなかったのか⁈」
「父上!ノアも………」
「どこに行ってたんだ?もう寝る時間だろう?」
ルーカスに諭され、リアムは口をへの字に曲げた。
「あのね…僕は今日、ジゼルと一緒に寝るから。寝る前に、一緒に木の実のケーキを食べるの。だから用意をしに来たんだ。」
「リアム、お前は勝手な事を──」
ルーカスは呆れてため息をついた。
「ジゼルは良いって言ったもん。父上が何と言おうと、僕とジゼルの邪魔は出来ないからねっ!」
「リアムッ…お前は何て言い草だ……」
「私がリアム坊ちゃんに提案したのです。ジゼル様も、リアム坊ちゃんがお部屋にいらっしゃる事を、喜んでいらっしゃいますから。」
親子の言い合いに、料理長が割って入った。そして、そう言いながら、奥の調理台から木の実のケーキを持って来ると、手際良く、トレイにティーセットを準備し、木の実のケーキも一緒に乗せた。
「ジゼル様は、リアム坊ちゃんとのお茶会を楽しみに、お部屋でお待ちなんですよ?今日位、リアム坊ちゃんの夜更かしは、大目に見てあげて下さい。」
「しかし───」
料理長は、ティーセットの乗ったトレイをリアムに差し出し、リアムは勝ち誇った顔で、受け取ろうとした。
「料理長、ジゼルは起きているのか?」
「ノア坊ちゃん……はい、先程お目覚めですよ。」
しかし、ノアの質問に、料理長はリアムに差し出した手を引っ込めた。
「チッ…」
リアムは小さく舌打ちをした。
「実は……先程ジゼルに会いに行ったのだが…俺が行った時は、まだ眠っていて…話せなかった。なるべく早く、彼女と話がしたくて───」
「ノア坊ちゃん……」
「俺は、彼女に…謝りたい。」
料理長は初めて見る、戸惑い、そして憂う様なノアの表情に、瞳を潤ませた。
「料理長───」
ルーカスが、料理長の肩を掴んだ。
「ルーカス坊ちゃん……」
ルーカスに促され、料理長は、トレイを持つ腕を、ノアの方へ向けた。
「料理長っ!!」
リアムが、背伸びをして料理長のコック服の肘を引っ張った。
「リアム坊ちゃん……」
瞳を潤ませるリアムに、料理長は怯んだ。
「う……うう……」
料理長は迷いながら、ノアとリアムを交互に見た。
「料理長……」
「料理長っ!!」
「わ…私は……私は………」
───カチャンッ───
食器が軽く合わさる音と共に、料理長はティーセットを差し出した。
「ノア坊ちゃん、紅茶は注いで差し上げて下さいね。」
「ありがとう、料理長。」
ノアは差し出されたティーセットを、しっかりと受け取った。
「料理長っ!!どうしてっ……僕が…僕がジゼルと約束したのにっ!!ノアは違うのにっ!!」
「申し訳ありません、リアム坊ちゃん。あまりに理不尽ですよね…恨むなら、この私をお恨み下さい。」
「リアム、料理長は悪くない。お前はジェイミーと一緒に寝るんだ。」
リアムは、手を引こうと伸ばされた父親の手を、泣きながら振り払った。リアムは悔し涙を流しながら、小さな顔をクシャクシャにしている。そして、ついに我慢出来ず、大声を上げて泣き出した。
「ぎゃあぁぁん!ノアじゃないのに…僕なのに…う…うあぁぁぁぁ……」
「そうですよね、私は酷い仕打ちをしましたね…」
「リアム、料理長は悪くないと言っているだろう⁈ノア、リアムが暴れてしまうから、早く行けっ!」
「分かりました、兄上。リアム、ジゼルの事はいい加減諦めるんだな。彼女は俺と結婚するんだ。子どものお前が取り入る隙など───」
「ノアッ!お前も子ども相手に何を言ってるんだっ!さっさと行けっ!!」
「うわあああぁぁぁん!うわあああぁぁぁん!」
ティーセットを巡る争いは、ノアに軍配が上がり、リアムは泣きながらルーカスと子ども部屋へ向かった。
「やれやれ…ジゼル様も大変だなぁ。」
静けさを取り戻した厨房では、料理長が椅子に座り、湯気の立つ東方の茶を飲みながら、明日のメニューを考えている。
しばらく彼女が客室にいるのなら…料理のしがいがあるな、と微笑みながら。
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