拝啓 私の婚約者様
息抜きのつもりで書いた、書きたいとこだけ書いた話です。
途中途中で修正したり中断したりしたため、一貫性がないかも…
追記)誤字報告ありがとうございます。チェックが甘く申し訳ありません。
随時修正していきたいと思います。感想もありがとうございます!
多忙により返信ができなくなっていますが、読ませていただいています。
午後のティータイム。
私はこの時間が好き。自室でもお庭でもいい。好きな場所で好きなお茶を飲んで、美味しいお菓子を食べる。難しいこと、余計な考え事なんかはあんまりしないように。大好きな読書をしたり、お菓子とお茶を楽しんだり。ただ、この時間を愛するの。
今日は自室で、私が好きなお茶と大好きなお菓子を並べたティータイム。大好きな時間。
「お嬢様、お手紙が届きましたよ」
「……」
余計な考え事ができてしまった。
「……ありがとう」
メイドは悪くない。お手紙は直ちに渡すように、というのは当主であるお父様の方針ですもの。それに従っただけ。
それにこの子はあまり見ない顔だから、私がこの時間にお手紙を渡されることが好きじゃないことを知らないだけ。ええ、気分を害したりなんかしていないわ。
受け取った手紙は、おしゃれでも何でも無い、何の変哲もない封筒。差出人の名前は予想通り。そろそろ来る頃だと思っていた。
開封して手紙を開く。すぐに読み終わった。
『拝啓 エリーゼ殿
今日は暖かい一日だった。ビービー鳴く鳥がいた。
仕事が忙しい。明日は出掛けるので晴れたら嬉しいと思う。
あなたが出掛ける時も晴れますように。
アルス』
「……」
この手紙に、なんて返事を書けばいいのか。
手紙というか、ほぼ日記じゃない。返事って必要?と思うが、必要なのよね、これが。
だってこの手紙の差出人は、私の婚約者様。
遠く離れた婚約者との文通――その内容がこれ。王国広しといえど、私くらいじゃないかしら。婚約者への手紙の返事に、こんっっっなに悩む人なんて。
私と婚約者様の婚約が決まったのは十年前。私が七歳の時だった。
何の前触れもなく、お父様が話を持ってきた。
「エリーゼ。お前の婚約が決まったぞ」
ちょっと違った。決定事項として報告してきた。
貴族の結婚は家のための契約の意味が大きい。だが当時七歳だった私はそもそも婚約の意味がよく分かっていなかった。
何か分からないが自分のことだ、ということは分かったので
「はい」
と素直に頷いた。いい子でしょ。何も考えてないだけとか言わない。
お父様は私が納得したと受け止めたらしいが、なぜ七歳がきちんと理解して納得したと思ったんだ。
そしてお父様がこの時言ったのだ。
「婚約者様に手紙を書きなさい」と。
当時の私は喜んで手紙を書いた。婚約者の意味もわからない子供が喜んで手紙を書く理由なんて決まっている。覚えたばかりの文字を書けるから。
私の黒歴史の始まりである。何を書いたのかあまり覚えていないが、恥ずかしいことばかり書いたに決まっている。覚えている限りでは最近読んだ本の感想、庭で花に水をやったこと、家庭教師に褒められたこと……などなど。恥ずかしすぎるので割愛。
とにかく、手紙を書くことが楽しくて書いていた。しかも律儀に返事が来るものだから、余計に張り切って書いていた。そうして、私と婚約者様との文通は始まった。
しかし時が流れ、成長して婚約の意味を理解した頃、私は我に返った。
――婚約者に送る手紙の内容じゃないだろ、と。
その頃には、世間一般で手紙とはどのように書くものなのかも勉強していた。
これまで出した手紙を思い出しては頭を抱えて羞恥に悶え、過去にもらった婚約者様からの手紙を読んで、また我に返った。
――相手も大概だ。
私の婚約者様はとても律儀な方で、手紙の返事は必ずくれた。でも内容が至って簡潔。
『拝啓 エリーゼ殿
今日は城にいた。部屋で作戦記録を読んだ。
明後日には司令部に戻る。早めに休めればいいと思う。
アルス』
これ手紙?日記ではなく?というか、文通を始めた頃はもっと長くなかった?
思い当たった私は、婚約者様からの手紙を仕舞い込んだ引き出しを開けた。文通を始めてからそれなりの年月が経っているから、
かなり溜まっている。始めたばかりの頃の、引き出しの下の方になっていた手紙を一つとって読み直す。
『拝啓 エリーゼ殿
本日は早朝から訓練あり。朝食後、城塞の巡回。終了後部屋に戻り、自分の報告と他の部隊の報告をまとめて昼食。午後の訓練とゼラニウムの動向を確認後、夕食。本日の報告と明日の予定を辺境伯と確認し、この手紙を書いた後に就寝予定。明日は早い
アルス』
「……」
それは日記ではなかったが、行動記録だった。長々と、一日の仕事ぶりが書き綴られている。
「……」
子供の頃は意味が分からず、お父様にどういうことが書いてあるか尋ねていた。
「お仕事が大変ですということだ」
お父様はそう答えてくれたけど、そういえば苦笑いだった。そこだけ思い出した。
婚約者様からの手紙を遡ってみると、便箋にみっちりと書かれた行動記録がいくつか続いたあと、便箋は急にすっきりとする。手紙の内容が行動記録から、日記に変わったのだ。それがさっき見た手紙。
わずか数行。そんな手紙が続いている。ここで私はようやく思い至った。
――婚約者様は、お手紙のやりとりが面倒なんじゃないのかしら?
忙しい中、歳の離れた婚約者の相手をするのが大変なのかもしれない。だが向こうから手紙が来ているのだし……と気を遣って、渋々お返事をくれているのかも。
『拝啓 アルス様
お返事ありがとうございます。相変わらずお忙しそうですね。
お城に戻られてもお仕事城に戻られている間、ゆっくりする時間はとれそうですか?
私は先日購入した本を読んでいました。花の図鑑なのですが、挿絵が綺麗でつい買ってしまったのです。読んでいた、というより眺めていた、ですね。
私がこうして日々を過ごせているのは、アルス様と辺境伯様、そしてルマーヌ領の皆様の働きのおかげです。
どうか毎日を無事にお過ごしくださいますよう。
もしお休みの時間をとることも難しいようでしたら、私の手紙へのお返事は気にしていただかなくて大丈夫です。ぜひ休養を優先してください。
エリーゼ』
「これでいいわ」
もとはと言えばお父様に勧められたご挨拶の手紙から続くことになった文通。負担をかけるのは本意ではない。でも自分からやめるのは嫌だったので、向こうが言葉に甘えてくれることを期待した。
しかしこちらの予想を裏切り、いつもと変わらないペースで婚約者様からのお返事は届いた。
『拝啓 エリーゼ殿
今日も城にいた。事務処理が続いている。
手紙は全く負担じゃ無いので気にしないでほしい。
あなたがよく休めますように。
アルス』
私の申し出方が駄目だったのか、向こうも言い出しづらかったか……などと思いながら手紙を読んで、気付いた。相変わらず日記にしか思えない手紙には、今までになかった一文があった。
『あなたがよく休めますように』
これまでの行動記録や日記にはなかった、私を気にかける言葉だった。それを読んだら、文通を続けたいのは婚約者様の本心なのではと思ってしまい、気付いたら「ではこれからもよろしくお願いします」とお返事を出していた。
そして届いた手紙には「こちらこそよろしく頼みたい。あなたの憂いが晴れますように」と書かれていた。
それからの手紙は、日記のような内容自体は変わらなかったものの、必ず私を案じる言葉で締められていた。
不思議なことに、私はその一文で婚約者様のことが気になり始めた。今までは会ったこともなく顔の見えない相手に、ただ義務のように手紙を返していたが、どんな人なのだろう、と思い始めるようになった。
何せこの婚約者様、ご自分の領地から出たことがない。顔も分からない、性格もよく分からない。人の噂にもならない。これまでの手紙から察するに、とにかく仕事に生きているという感じはするけど、自分のことをほとんど書かないので趣味も知らない。確かなのは素性だけ。
アルスラント・ウィーデル・ルマーヌ。
ルマーヌ辺境伯の嫡子。私より五つ上の、二十二歳。
次期辺境伯として、申し分ない実力を見せている。
本当に、私は自分の結婚相手のことをこれくらいしか知らない。強いていうなら、字は上手いけど手紙を書くのは下手。多分、報告書を書くのは上手なんでしょうね。あと、気遣いも覚えたみたい。それから、目が回るほど忙しいでしょうに、花が咲いたとか鳥が鳴いたとか、日常の小さなことに気づいては手紙に書いてくれる。
……思ったより知っているかしら。伊達に十年も文通しているわけではないということ?でも、十年文通しても、分かったことはきっと、彼を構成するほんの少しのこと。婚約者様が私をどう思っているのか、なぜ私と婚約する気になったのか――私に会いたいと思ってくれているのか。
そういうことは、全然分からない。書いてくれないから。
私?私は……会いたい。いつか会ってみたい。
私は多分、婚約者様が、お父様が、辺境伯様が――私自身が思っている以上に、婚約者様のことが好きなのだと思う。そうじゃなきゃ、こんな返事に困る手紙の主と十年も文通はなんてしない。でも、婚約者様はそうじゃないかもしれない。
会えないのは仕方ない。理由も分かっている。
私が生まれる数年前から、我が国ダリア王国のお隣であるゼラニウム王国は戦争中なのだ。相手はガーベラ国。ダリア王国とはゼラニウム王国を挟んでいるため地理的にかなり離れていて、交流も乏しい。そのためダリアに当面の危険はないが、隣のゼラニウムは同盟国であるため、色々と支援しているらしい。その要が、ゼラニウムと国境を接するルマーヌ領。よってルマーヌ領の領主であるルマーヌ辺境伯が指揮をとり、常に隣国の戦況を見張っている。
お分かりの通り、ルマーヌ辺境伯は、私の婚約者様のお父様。
隣国が落ち着くまで、辺境伯は国境を離れられない。当然、嫡子である婚約者様も。そんな状態だから、今ルマーヌ領に近づく者はいない。よほどの火急の用件でもない限り、定期連絡と、物資支援以外で行き来はないのだ。婚約の顔見せなんて、暢気な理由で出掛けていい場所ではなくなっている。ただ、最近は停戦に向けての動きが見られ、ルマーヌ辺境伯はダリアを代表して二国間を取り持っているとかなんとか。
そんなわけで、私と婚約者様は顔を合わせないまま婚約した。唯一、定期連絡の際に手紙を預けるくらいは許されたので、手紙で交流していた。
私はいつだって、私なりに一生懸命手紙を書いてきた。行動記録のような手紙にも、日記のような手紙にも、自分の考えや思いを綴って返事を出した。私自身のことも、少しでも知ってもらえたらという気持ちで書いていた。――余計なことと思われていたらどうしよう、と思いながら。
今日まで、婚約者様が私に興味を示すような、私に何かを尋ねるようなことを書いて寄越したことはない。つまり私のことには一切興味がないということでは?
婚約者様との婚約を苦痛に思ったことはない。私だって、いつかは結婚する身の上だし。手紙でしか知らない婚約者様の人柄を不安に思うこともない。仕事人間なのかなってくらい。
でも、相手の負担になっていたらどうしようとは思う。私は特別に美人でもなければ、気が利くわけでも、刺繍が得意なわけでもない。取柄と言えるものがない。実際に会ったら、婚約者様は私に幻滅しないかしら?やっぱり婚約を解消したいと言われたら?
そういうことを考えだすと怖くなる。だから私は、婚約者様には「いつか会ってみたい」としか言えない。
しかし。
「エリーゼ、朗報だ。ゼラニウムの戦争が終わった。お前の婚約者に会えるぞ」
報せは突然だった。
ゼラニウムとガーベラがついに停戦協定を結び、戦争が終結したのだ。ルマーヌ辺境伯率いるルマーヌ領兵はゼラニウムから完全に撤退したそうだ。
そしてルマーヌ辺境伯の功を労うために王城で夜会が開かれることになり、嫡子である婚約者様も出席することになっているそうだ。そのために王都に行くから、マルセイン家の屋敷に寄ります、ということらしい。
急すぎる。十年――というか、生まれてこのかた会ったことのない婚約者様に会う日が本当に来るなんて。いや、いつかは会うことになるのが当たり前なんだけど、どこか現実味のない話だと思っていた。
そんなわけない。夢ではなく、婚約者様は既にルマーヌ領を離れているらしい。半月ほどで王都に――この屋敷にやってくる。
(な、何をして待っていればいいのかしら……?)
お茶の用意?お菓子の用意?これまでの苦労を労って好きなものを……。
(……知らないわ。婚約者様が好きなもの)
婚約者失格。かもしれない。
(会いたいなんて、どの口が言えたの)
実際に言ったことはないが。言わずに正解と言ったところか。
どこか呆然としたまま、私は婚約者様に会うための準備を進めていた。
十年に比べて、半月のなんと短いことか。
あっという間に半月は過ぎて、婚約者様の訪問日はやってきたのである。
(お花は飾った、お茶の用意もした。茶葉は私が好きなお茶の中でもお高めのやつで、お菓子は……挨拶の言葉は……)
起床してからずっと、同じことを考え続けている。
辛い。なんかもう、早く来て終わらせてほしい。
そんなことを思いながら家の前で待っていると、遠くに馬車が見えてきた。騎士が護衛する馬車。婚約者様が乗っている馬車だ。
馬車が我が家の門前に停まると、慌てて一人、降りてきた。
がっしり…よりぽっちゃりに近いけど、まぁがっしりした体格、人の良さそうな柔和な顔つき。お手紙のイメージとは少し違う。
「お待たせして申し訳ありません」
謝罪の声も優しい。この方が、私の婚約者様……?手紙と全然印象違いますけど。
「大変申し訳ありません。わたしはアルスラント様の従者のベネリックと申します。主人は今、馬車で準備中ですので……もう少々だけお待ちください」
「あ、はい……」
違うらしい。ちょっとだけがっかり。まぁ、確かにあの手紙とギャップがありすぎるものね……。というか、馬車で準備とは。
考えている間に馬車の扉が開いて、人が降りてきた。こんどこそ初対面となる婚約者様の姿を見て、私は――口が開いた。
現れたのは、ベネリックさんとは似ても似つかないシルエットだった。長身で、がっしりしているという印象は受けないけど、細くて頼りないという印象も受けない。鎧効果もあるかも。――そう、鎧。彼は鎧を着込んでいた。婚約者を訪ねてきて。銀色の鎧を着て、腰まで届く長い金髪を三つ編みにして垂らしている。そしてなぜか、三つ編みされた髪には花も編み込まれている。童話のお姫様かな?確かに顔はお姫様にも負けないくらい綺麗だ。何を考えているのか分からない紫色の瞳が、ひたと私を見つめている。
――この人だわ。
その瞳を見た時、なぜだかそう思った。私の文通相手。私の婚約者様は、確かにこの人だ。
「エリーゼ殿」
「はい」
ほとんど反射で返事をしていた。低い声だった。おしゃれで花を飾るようなタイプではない気がする。いや、見た目で判断するのは失礼だわ。
「初めまして。私はアルスラント・ウィーデル・ルマーヌ。あなたの婚約者だ」
「は、はい。初めまして。エリーゼ・ミルシャ・マルセインです」
「私のことはアルスと呼んでくれ。私もエリーゼと呼ばせていただけるとありがたい」
「は、はい。もちろんです」
なんかすっごいグイグイくるんだけど、婚約者様。いや、アルス様。何を話せばいいのかと悩んでいた私が何かを話す隙なんてないくらい。
アルス様が、自分の三つ編みに手を伸ばした。飾られている花の一輪をするりと引き抜くと、そのまま私に差し出した。
「え……あ、ありがとうございます?」
婚約のプレゼント、ということだろうか。よく分からないまま、受け取ろうと手を伸ばす。花に触れて、アルス様の手が花を離れた――と思ったら、なぜかそのまま私の手を掴んだ。
「あ、あの……?」
やっぱりプレゼントじゃないの?返せってこと?どうなの?なんとか言って!
「どうだろうか」
「……?」
確かになんとか言ってとは思ったけど、なんとかすぎない?全く意味がわからないのだけれど。
「どう、と言いますと?」
「あなたがかつて、手紙で私に教えてくれた理想を、叶えたつもりだが」
「え……」
手紙で教えた理想?何のことだろう。
頭の中を色々なことが過ぎ去って、ふと浮かんだのは、拙い字で書いた手紙。
『アルスさま
こんやくありがとうございます。これからよろしくおねがいします。おあいできるひをたのしみにしています。アルスさまは騎士さまだからよろいをきますか?わたしはぎんいろのよろいがかっこいいとおもいます。
エリーゼ』
婚約が結ばれた時。手紙を書きなさい、とお父様に言われて、一番はじめに書いた手紙。とっくに内容なんて忘れていたのに、急に思い出した。
婚約の意味も分からなかった頃だ。お父様から「お相手は騎士だ」と聞かされた私は(辺境伯、と言われてもよく分からないだろうという配慮と思われる)、騎士が出てくる本をたくさん読んだ。そしてその感想を手紙に書いていたのだ。
『アルスさま
おへんじありがとうございます。うれしいです。きょうはみつあみのきしさまのほんをよみました。かっこよかったです。あるすさまのおかみはながいですか?ごはんをたくさんたべてください』
『アルスさま
おへんじありがとうございます。おしごとあまりむりしないでください。きょうはきしさまがかみにおはなをあみこんでいました。とってもすてきでした』
『アルスさま
おへんじありがとうございます。きょうのおちゃはおいしかったです。こっそりおすそわけします。きしさまがはなをくれるほんをよみました。いいなぁとおもいました。あるすさまもおはなをみてこころをやすめてください』
――黒歴史の数々。
アルス様が騎士だからと、それをきっかけに読み出した本。結果、騎士様かっこいい!とまんまと夢中になった私は、騎士が登場する本を読んでは自分が素敵だと思ったことを手紙に書くという暴挙に出ていた。何で?と思うけど、七歳のわたしの考えは、十年後の私にも分からない。だからきっと誰にも分からない。他愛無い話だ。
でもアルス様は、他愛無い話で終わらせずに、全て覚えていてくれた
「あなたと私が婚約した以上、あなたの理想を叶えるのは私だろう。できるだけ叶えてやりたかった」
それどころか、全て実現してくれた。
「……」
(えー……こんなの、こんなの……)
――ときめかないわけ、ないのでは?
婚約者様は私に会いたくないのかもしれない、と疑ったこともある。
でもアルス様はこうして会いに来てくれたし、私の理想を叶えようとしてくれた。
「……ありがとうございます、アルス様。とても、とても嬉しいです」
伝わってほしい。私が今、すごく感動していること。
「そうか。あなたが嬉しいなら、私も嬉しい」
そう言ったアルス様の顔はにこりともしていなかったけど、なんとなく、目元が和らいだ、気がする。きっとこの人は顔に出にくいタイプなんだ。
私の手を握るアルス様の手の力が少し強くなって、それから離れた。
離れた手が、私の前に改めて差し出される。
「お手をどうぞ、私のレディ」
「――っ!」
これも、私がいつかの手紙で書いた「理想」なのか、正直覚えていない。でも、嬉しくなったのは確かです。
「はい」
私は笑顔で、差し出された手をとった。
こののち、開かれた夜会で初めて世間に顔見世をしたアルス様が
「朗報!次期辺境伯様超美形!」
「悲報!超美形次期辺境伯様、既に婚約済!」
という感じで社交界を震撼させるのは、また別の話である。
ここまでお読みいただきありがとうございました。