ひまりのお隣の透明人間
この作品は、「春の推理2023」の参加作品です。
テーマは「隣人」。
ひまりは祖母に頼まれて、お隣へ本を借りに行く。本がいっぱいで、キャラキャラとした声は聞こえるのに姿は見えない人に、突然出てくる本やおやつ。ひまりにとってお隣は不思議がいっぱいの場所なのである。
短いですがお読み頂けると嬉しいです。
「ひまりちゃん、お隣にお使いに行ってくれる?」
「はーい」
ひまりが幼稚園の制服から着替えると、祖母から声を掛けられた。
「今日はこの本をお願いね。」
「このほんね。」
祖母から本の画像がプリントされたメモを受け取ると、ひまりは元気に庭へ出る。
「おとなり、いってきまーす」
「いってらっしゃい」
庭には大人の背丈くらいの塀があり、お隣の庭へ繋がる木戸が付いている。そこを通ってお隣に行っても良い事になっていた。
ひまりはお隣に行くのが楽しみだった。お隣は不思議がいっぱいだからだ。ワクワクしながら木戸を通る。
「こんにちわー。ひまりです。おばあちゃんのおつかいできました。ほんをかしてください。」
庭先で声をかけると、中から返事がある。
「いらっしゃい。中へどうぞー。」
妙に甲高いキャラキャラとした変な声が聞こえて、ひまりは縁側のガラス戸から中に入った。ここはいつも開いているのだ。
お隣は本がいっぱいの家だ。天井まで届く本棚に本がぎっしり詰まっていて、溢れた本が床にも積み重なって置かれている。足の踏み場も無いくらいだが、ガラス戸から入る部屋には少しだけ空間があって、そこにちゃぶ台が置いてある。部屋の照明は点いていて、さっきまで人がいたような感じがした。
しかし、誰もいないのだ。いつも。
ひまりはキャラキャラした声の持ち主を見た事がない。
「やっぱり、とーめーにんげんなんだ!」
隣人は透明人間で、見えないだけで近くにいるはずだから、ひまりは見つけてやろうと家の中を探すのだが、今日も成功しなかった。
ちゃぶ台へ戻ったひまりは気が付いた。
「ほんだ!」
ちゃぶ台の上には、何冊か本が積まれているのだが、その横に一冊だけ離れて本が置いてある。
「めもとおんなじ!」
メモと本を見比べて、同じものだと確認する。それは祖母に頼まれた本だった。
「ふしぎ!まだなんにも、おはなししてないのに!」
ここではいつもそうだ。何も言わないうちに借りたい本が用意されている。
「ちょーのーりょくだ!」
透明人間には超能力があり、自分の考えている事はお見通しなのだと、ひまりは思っていた。
ひまりが本に手を伸ばすと、またキャラキャラとした変な声がした。
「おやつがあるので食べていってください。」
それを聞くと、ひまりはちょっと考えて、その後庭へ走っていき、木戸越しに祖母に確認する。
「おばあーちゃん、おやつたべていーい?」
「いいですよー」
許可をもらって、ひまりがまた中に戻ると、ちゃぶ台の上にはおやつが用意されていた。
「ふしぎ!ふしぎ!」
不思議に思いながらも、いただきますと挨拶して、ひまりはおやつを食べた。
「おいしー」
ここのおやつは、いつもひまりの好きなものだ。
「こちそーさまでした。おいしかったです。」
おやつを食べ終わると、お礼を言って、本を持ち、木戸を通って家に戻った。
「おばーちゃん、ただいまー」
「おかえり」
「どうぞ。ほんです。」
「ありがとう、ひまりちゃん。」
「おやつ、おいしかったよ。」
「良かったね。」
「おとなりのとーめーにんげんさんには、きょうも会えなかったの。」
「あら、あら。」
お隣は今日も不思議がいっぱいだった。
後日。
「この本、どうもね。面白かったわ。」
「良かった。お茶飲んでって。」
ひまりの祖母は隣人の藤間に本を返すと、そのまま縁側で寛いだ。
「藤ちゃん、ひまりと遊んでくれるのは有り難いんだけど…」
出されたお茶を飲みながら、祖母は藤間に言う。
「本棚の隙間に隠れ場所を使って、わざわざ姿を見せないようにしたり、」
「あそこ狭いから隠れるの大変なのよね。」
「変声機を使って変な声で話したり、」
「あの声、キャラキャラとしてて面白いでしょ?」
「借りる本を前もって用意しといたり、」
「だって先にメッセージ貰って、分かってるから。」
「見てない内におやつを出したり、」
「こっそり素早く出す練習をしたの。忍者顔負けでしょ?」
聞くと、重なった数冊の本のハリボテを作り、中の空間におやつを隠しておくらしい。ひまりが離れた隙にハリボテを外すせば、まるでおやつが突然現れたように見えるのだ。
「驚かすにしても、随分、手が込んでない?」
そう指摘すると藤間はコロコロと笑う。
「だって、ひまりちゃん、可愛いんだもの。」
祖母はひまりの言っていた事を伝える。
「ひまりはあなたの事を透明人間だと思っているわよ。」
「やった!頑張った甲斐があったわ。」
喜ぶ藤間に祖母は少々呆れた。
「そんな事してて良いの?確か締め切りがもうすぐって言ってなかった?」
(ぎく!)
藤間の表情がサッと変わる。
「隣人がテーマの推理物だっけ?」
「だ、大丈夫!ちゃんと書いてるから!」
「本当に?」
「後少しで完成するわ!」
藤間は慌てて言い訳した。
「それなら良いんだけど。」
祖母はいつもの事なので、深くは追求しなかった。
「おとなり、いってきまーす」
「いってらっしゃい」
今日もひまりは透明人間に会う為に、張り切ってお隣へ遊びに行くのだった。
おわり。
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