(7)
休み明けの放課後、セピアは図書館のそばにグラノを呼び出した。
「グラノの気持ちは嬉しい……けど、グラノとは友達でいたいの。ごめん」
頭を下げたセピアは、それまでの上機嫌から一変して沈黙するグラノを恐る恐る見た。
「そんなにオルトがいいのかよ? 絶対に見込みがないってわかっ――」
「わかってるよ」と、セピアはグラノの言葉をさえぎった。
「オルトのことはもういいの」
納得のいかない顔つきのグラノを正面から見据え、セピアはまだ完全には苦みの消せない笑みを浮かべた。
「今までも、これからも……オルトとリリーは私の大切な幼馴染だから」
それだけは、何があっても変わらない。
たとえぎくしゃくしていても、リリーやオルトが自分を助けようとしてくれたように、自分にとっても二人は何にも代えがたい存在だ。
初恋が実らなかったのは二人のせいではない。また自分のせいでもないと気づくことができた。
これからは、もっと自分を好きになりたい。自分の中にある、もしかしたら自分にしか感じられないかもしれない小さな魅力を、少しでも大きくしていきたい。
「あきらめるってのか? だったら別に俺と付き合ってもかまわないんじゃないか?」
明らかに不機嫌丸出しで低く問うグラノに、セピアはかぶりを振った。
「今は誰かと交際する気がもてないから。こんな状態だとグラノにも失礼だと思うの。だから、いつかちゃんと他の人と向き合えるようになっ――」
「あーあ、時間をむだにしちまったぜ。まったくようっ」
セピアはびくりとこわばった。今度はグラノに話をとめられたからではない。その口調の荒さに驚いたのだ。
「お前と仲良くなったほうがリリーに近づけると思ったのに、まさか断られるなんてな」
鉛色の髪をがしがしと乱暴にかき、グラノは舌打ちした。
鼓動が異常に速まる。何が起きているのか理解が追いつかず、セピアはただグラノを見つめた。
告白は、自分を引っかけるための嘘……?
グラノは本当は、リリーが目当てだったのか。
「――なんてな」
ふっとグラノが口角を上げた。
「冗談だよ。負け惜しみだ。ちょっとお前をひやりとさせたかっただけだから」
いつもの調子に戻ったグラノが一歩迫る。セピアが思わず後ずさると、グラノは黄色い双眸を細めた。
「オルトには内緒にしといてくれよな。幼馴染に告白して振られたって知られるのは、さすがに格好悪いからさ」
セピアはようよううなずいた。しかし震えがおさまらない。唇を引き結んで耐えるセピアに、グラノは「じゃあな」と片手をひらりとさせて去っていった。
その背中を見送りながら、グラノとの仲が完全に壊れてしまったことをセピアは感じた。
気楽に軽口をたたける相手だったのに――いや、これでいいのだと心の奥で警鐘が鳴る。できるだけ距離を置いたほうがいいのだと。
オルトに忠告すべきだろうか。そう考えて、セピアはぞくりとした。
もし、へたに疑ったことがグラノに知られたら何をされるかわからない。それくらい、グラノの豹変ぶりが怖かった。
グラノもオルトとは普通に友好関係を維持できるかもしれない。
でも、ひとまずリリーには気を配っておこうとセピアは思った。
「くそっ」
セピアと別れて大股で歩いていたグラノは、道端に設置されていた木製の長椅子を蹴りつけたところで、後ろからやってくる弓専攻生に気づいた。
シータ・ガゼルの影響で、今は武闘学科を受験する女生徒が増えている。中でも弓専攻は他のニ専攻と違い、毎年必ず数人は女生徒が入学している。
モスカ・エレダールもその一人だ。長い灰緑色の髪を後ろで一つに編んでいるモスカは、顔立ちは整っているものの、表情というものが欠落している。入学当初はフォルマとともに噂になっていたが、あまりにも不愛想すぎて皆の不興を買い、今では誰も関わろうとしないという。
通り過ぎざま、冷えきった褐色の瞳がちらりとグラノをとらえる。
「何だよ。文句あるのかよ」
その手に図書館の本が数冊かかえられているのを見て、グラノは眉をひそめた。
モスカは先ほどのセピアとのやり取りを聞いていたのかもしれない。
「……別に」
抑揚のない口調でそっけなく答え、モスカが立ち去る。自分のことはまるで眼中にないとでも言わんばかりの態度に、ますます怒りが増した。
破壊欲求をどこへぶつけてやろうと視線をさまよわせたとき、中央棟の一階廊下を並んで歩くオルトとリリーの姿を見つけた。
くつろいだ雰囲気で話している二人をにらみつけてから、グラノは舌で唇を湿らせた。
のんきにしていられるのも今のうちだ。
必ず絶望の淵へ蹴り落としてやる。
愉悦に満ちた残虐行為への期待を胸に下校するグラノを、木陰でモスカとブレイが静かに見ていた。
閲覧ありがとうございます。次巻はまだ構想段階なので、投稿は6月以降になる予定です。