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風の少女と呪いの絆4  作者: たき
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(6)

 手提げ用の小さなランプを手に、四つん這いになって細い穴を進んでいくソールの後を、リリーは慎重についていった。穴の上部からは時折土が落ちてきている。いつまでこの道がもつかわからなかった。

 緊張にリリーの呼吸が荒くなっていることを察したのか、ソールが肩越しに見やる。

「怖いなら、引き返しても構わないぞ」

「……大丈夫。もし穴が崩れたら、私が法術で吹き飛ばすから」

「頼りにしている」

 強がってみせたリリーに、ソールがくすりと笑う。それだけで不思議と勇気がわいてきた。

 やがて穴の出口が見えてきた。先に抜けたソールがランプをかざし、目と耳で周囲の気配を探ってから、リリーをかえりみた。

「お前はここで待っていろ」

 ソールが地面に転がっているフルミ・ラルヴの死体へと近づいていく。背負っていた袋を下ろしてしゃがみ込み、小瓶を取り出したソールは、腰に下げていた短剣でフルミ・ラルヴの体を切り裂いて持ち上げ、垂れ落ちる血液を小瓶がいっぱいになるまで受けとめて蓋を閉めた。

 小瓶を袋にしまってまた背負う。そのとき、カサリという物音に反応し、ソールは地面に置いていた槍をつかんだ。

 息を殺して音の正体を探す。リリーも目を大きく開いて、ソールの周りに動くものがないか確認した。

 特に異常は見当たらない。ソールもそう判断したのか腰を浮かした刹那、上からひらりひらりと何かが複数降ってきた。一瞬二人ともびくりとしたものの、葉っぱだったことにほっとする。しかしリリーはそこで違和感を覚えた。

 ここは地下だ。葉が落ちるような木は生えていない。では、今落ちてきたものは――?

 最初の葉っぱが、ソールの近くにあったフルミ・ラルヴの死体の上に落下する。とたん、ソールが目をみはった。

「逃げるぞ!」

 次々に舞い落ちてくる葉っぱをかわしながらソールが走ってくる。言われてリリーは、ソールが穴に入れる程度に退いた。

 穴に這いこんできたソールが入り口を槍でついて天井を崩す。フルミ・ラルヴの巣への道を埋めてから、ソールはふうと大きく息を吐き出した。

「ソール、今の……」

「あれはただの葉っぱじゃない。フルミ・ラルヴの死体に張りついたとたん、フルミ・ラルヴがいきなり干からびた」

 体中の水分を吸い取られたみたいだったと聞き、リリーも蒼白した。

 名前はわからないが、かなり危険なものだったようだ。もしソールがあの葉っぱに触れていたら、ソールも全身がしわしわになっていたかもしれない。

「最初にここに入ったときによく出てこなかったな」

 あんなものに襲われていたら大変なことになっていたと、ソールもけわしい表情でつぶやく。

「とりあえず、必要なものは手に入った。さっさとここから出るぞ」

 ソールが小さなランプをリリーに渡す。位置的に、今度はリリーが先を進むことになった。

 片手でランプを持って前方を照らしながら、四つん這いで黙々と出口を目指していたリリーは、ふとソールの気配を感じなくなってとまった。後ろを見やると、ソールとの距離があいている。

「ソール? どうかした?」

「ああ、いや、何でもない」

 ソールはうつむいている。

「もしかして、けがをしたの?」

「大丈夫だから気にせず行け」

 まったく顔を上げないソールに、リリーは心配になって四つん這いのまま後ろに下がった。

「バカ、戻ってくるなっ」

 ぎょっとしたさまでソールが後ずさる。

「だって、様子が変だよ」

「――だからっ」

 ソールが舌打ちして顔をそらす。

「お前の尻のすぐ後をついていくわけにはいかないだろうが」

 間を置いて、リリーは沁みてきた恥ずかしさにかあっとなった。

「わかったら早く行け」

「う、うん……」

 いたたまれず、進む速度を一気に上げる。しかしあまりに急ぎすぎて膝がもつれ、ドテッと前のめりに倒れてしまう。すると後ろでソールが小さく吹き出した。

「もう、ソールのせいじゃない」

 ソールが意識させるようなことを言うから、とリリーがふくれると、ソールの双眸に珍しく意地の悪い光が宿った。

「そうか。じゃあ遠慮なく距離を詰めることにする」

「え……ちょっ……待って、待って!」

 急に迫ってきたソールにあせって必死に逃げる。そして穴の外に這い出たリリーは力尽きて突っ伏した。後を追ってきたソールも隣にごろんと転がる。二人とも無理な体勢で競争したおかげで、息切れを起こしていた。

 汗ばんだ体に夜の湿った風が触れる。横になったまま目があった二人は、同時に笑い声を立てた。

「お前は四つん這いでも速いな」

 案外、武闘学科でもやっていけたのではないかと言うソールに、リリーは自分の腕を触った。

「ソールを殴り飛ばす私、想像できる?」

「……できないな」

 一瞬真顔になるソールに、また二人で笑い合う。

「戻るか」

 立ち上がったソールがリリーに手を差し出す。その手を借りて起きたリリーは、この空気が消えてしまうことに名残惜しさを感じて、思わず手に力を込めた。

 見上げると、自分を見つめるソールと視線がぶつかった。

 お互いに手を放さない。揺れる黄赤色の瞳に、リリーはとらわれた。

 そのとき、バサッと羽音が響いた。びくりとしたリリーのはるか頭上を黒い影が飛んでいく。

 すっとソールの手がほどかれた。背を向けて歩きだすソールの表情はわからない。リリーは胸の高鳴りと、わずかな不安をかかえながら、ソールの後に続いた。

 野営地に帰ると、レオンとフォルマとルテウスもちょうど現れた。先に着いていたクルスがたき火の前でセピアに餌をもらっていて、材料がそろったことでいよいよ薬の作成に取りかかることになった。

 鍋の中身を空にして一度洗い、その中に材料を順番に加えていく。煮詰めすぎないように見守りながら、リリーが洞穴にいた奇妙な葉っぱのことを話すと、「それはハモドキだな」とルテウスが答えた。

 基本的には死体を好んでその体液を吸い取るが、何もないときは生きているものにも張りつくらしい。自分たちがフルミ・ラルヴの巣穴を抜けていくときによく遭遇しなかったものだと言うルテウスに、リリーも改めて怖くなった。もしかしたら、かなりの数のフルミ・ラルヴが死んだのを察知して寄ってきたのかもしれない。 

「――できたわ」

 鍋の中の薬をかきまぜていたセピアが、ソールに頼んで鍋を火から下ろしてもらう。冷めれば完成だというので、少しでも早く冷やすためにソールが鍋を持って川へ向かった。セピアが空の小瓶を取って後を追う。それを待つ間、リリーはレオンたちから薬草の採取の様子を聞いた。

『女神の口づけ』は水辺で地面を這うようにのびている薬草で、昼間は銀色、夜は黄色に変わる。必要だったのは黄色くなったほうだったので、ちょうどよかったらしい。しかも色にあわせて昼なら水の女神の守護を受ける者、夜は大地の女神の守護を受ける者にしか摘み取れないという。

「それ以外の守護を受ける人間が採ろうとすれば、葉で手を切ってしまう」

 ルテウスの説明に、手を切る痛みを想像して眉根を寄せてから、リリーは感心した。

「それにしてもルテウス、よく知ってるね」

「この前キュグニー先生から借りた本に偶然載っていたんだ」

「まるでこうなることを予期していたかのような流れだね」とレオンも微笑む。

「だろ? さすがはキュグニー先生だ」

「すごいのはお父さんじゃなくて、それを借りたルテウスだと思うけど」

 何でもかんでも尊敬する教官の手柄にしてしまうルテウスに、リリーは苦笑した。

 そこへ、セピアとソールが戻ってきた。これからオルトに薬を飲ませてくると言って、セピアが天幕へ走っていく。ソールは洗った鍋の水気をとるために軽く火であぶりながら言った。

「パンはもうないから、明日の朝食はかなり質素になりそうだ」

 それなら早めに起きて魚を捕るかとみんなで話し合っていると、オルトが目を覚ましたとセピアが叫んだ。

 全員で顔を見に行くのも何なのでリリーが代表で向かったが、一言二言交わしただけですぐに天幕を出た。セピアがオルトと話したいようだったので任せることにしたのだ。

「リリーもセピアと仲直りできたみたいだね」

 フォルマの言葉に、再びみんなの輪に加わったリリーは眉尻を下げた。

「うん……まだ理由は聞いてないから、落ち着いたらちゃんと話してみようと思ってる」

「ルテウスは何か知ってるんじゃないの?」

 セピアと一緒にフルミ・ラルヴの巣に落ちたんだからと、レオンがルテウスを見やる。  

「あー、まあ……けっこうため込みやすい奴だから、いろいろとな。でもたぶん、大丈夫じゃないか?」

 あいつなら自分できちんと折り合いをつけていくだろうと、ルテウスがたき火に視線を落とす。

「むしろあいつよりオルトのほうが心配だな」

「根深い感じだもんね」

 レオンのまなざしがリリーとソールに流れる。リリーは首をかしげ、ソールは唇を引き結んで顔をそらした。   

「僕たちと同じ三人組の幼馴染なのに、なんでこうも違うんだろうね」

 レオンのつぶやきは、たき火のはじける音にまぎれていった。



「ごめんね、オルト」

「もういいから、気にするな。お前たちが薬を作ってくれたおかげで、俺も助かったんだし」

 何回目かのセピアの謝罪に、オルトが苦笑して水を飲む。意識は戻ったものの、まだ体に力が入らないため、オルトの行動は非常にゆっくりだった。 

「……私ね、オルトは私のことなんて放っておくと思ってた」

「なんで?」

 横になったオルトがセピアを見上げる。セピアは薄紫色の瞳を揺らした。 

「だって、オルトはリリーが好きでしょう?」

 セピアの言葉に異性としての意味が込められていると察したのか、オルトが動揺をにじませた。

「知ってたのか」

「そりゃあわかるよ。オルトの過保護っぷりは異常だもん」

「そんなにか?」

 目を丸くするオルトに、セピアは苦笑した。

「自分でわかってないの? 私もたいがい世話焼きなほうだと自分で思うけど、その私から見ても、オルトはリリーに執着しすぎだよ。リリーに近づく人には、警戒を通り越してほとんど威嚇してるもの」

 まあそのおかげで、リリーに軽くちょっかいをかけたいだけの人は近づけないけどね、と言いながら、セピアはオルトに毛布をかけた。

 オルトはため息をつきながら、髪をかきあげた。

「周りにはばれてるのに、なんでリリーは俺の気持ちに気づかないんだろうな」

「オルトがリリーをかまうのは小さい頃からずっとだから、リリーはオルトがそういう性格だって思ってるんだよ」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」

 放っておいたら変な奴がいっぱいわきそうだし、とオルトが苦々しげに舌打ちする。

「……ねえ、オルト。もしリリーがオルト以外の人を好きになったら、ちゃんと応援してあげられる?」

 セピアの問いかけに、オルトは何か思い当たることがあるのかこわばった。

「……それは……考えたくないな」

「でも、リリーが大切なんだよね?」

 オルトは答えなかった。ただ眉根を寄せて、天幕の天井をにらみつけている。

「じゃあ、私ももう休むね。オルト、助けてくれてありがとう」

「セピア」

 一度目を伏せてから立ち上がりかけたセピアをオルトが呼びとめた。

「俺は確かにリリーが好きだよ。でもお前だって、俺には大事な幼馴染だ」

 だからこの先も絶対に見捨てたりなんかしないと、オルトは笑った。

「一人で抱え込まないで、ちゃんと頼れよ」

「…………うん」

 涙目で、セピアはオルトに微笑を返した。



「あれ、リリー、寝ちゃった?」

 先ほどまでおしゃべりに参加していたはずが、いつの間にかフォルマにもたれて眠ってしまったリリーに、レオンが目を向ける。

「疲れたんだろう。フルミ・ラルヴの血液を取りに行ったとき、けっこう体力を消耗したから」

 小さな鍋で沸かした湯を使って茶をこしながら、ソールが言う。

「そんなに大変な戦いがあったの?」

 尋ねるフォルマに、ソールが「いや……ちょっと、ハイハイ競争を」とボソボソ漏らす。三人は目をみはった。

「君たち、何やってたの」

「こんなときまでいちゃついてたのか」と、レオンとルテウスがあきれ顔になる。

「そんなんじゃない。少しからかったら、リリーが必死になっただけだ」

「それを世間ではいちゃつくって言うんだよ」

 レオンの突っ込みに賛同するかのように、近くの木にとまっていたクルスが一声上げた。

 ソールは決まり悪そうに視線を泳がせてから茶を一口飲み、腰を浮かした。

「天幕に運ぼう」

 リリーの膝下に手を入れて横抱きにするソールに、レオンがさらりと勧めた。

「なんだったらそのまま朝まで二人で使いなよ。僕たちはここで寝るから」

「ばっ……お前、何を考えてるんだ」

 叫びかけたソールが、腕の中のリリーに気を使ったのか声を落として怒る。

「えー? 別に何も考えてないよ? もしかしてソール、いやらしいことを想像してた?」

 にやにやするレオンに、ソールは真っ赤になって顔をしかめた。

「フォルマ、悪いが一緒に来てくれ」

「別にかまわないけど、わざわざ監視をつけなくても、ソールのことはみんな信用してるよ」

 フォルマがおかしそうに言いながら立ち上がる。

「いってらっしゃい」と手を振るレオンをむっつりした顔でひとにらみし、ソールはフォルマとともにリリーを天幕へ連れて行った。

 フォルマに出してもらった敷布の上にそっとリリーを下ろしたとき、リリーが「ソール……」とつぶやいた。起きていたのかと驚いたソールの目の前で、リリーはとろけるような笑顔を見せた。

「これ……おいしいね」

 一瞬の沈黙後、フォルマがぶっと吹き出した。肩を震わせながら、フォルマがソールに毛布を手渡す。それを受け取ったソールも、笑いをかみ殺してリリーに毛布をかけた。

「ごめ……ちょっと、無理」

 こらえきれなくなったのか、フォルマが片手を振って天幕を出る。やがてレオンたちにリリーの寝言が伝わったらしく、たき火のほうで爆笑を抑える気配がした。

 いったい何を食べていたのか、明日にでも聞いてみるか。自分が尋ねなくても、おそらくレオンが追及するだろうが。

 すうすうと穏やかな寝息を立てる幸せそうな寝顔に、ソールは目を細めた。

 ただ、それ以上触れることはしなかった――できなかった。

 リリーにつられて微笑みの形をつくっていた口元を、きゅっとかたくしめる。

 自分の予想をはるかに越える早さで高まってしまった想いにとまどうと同時に、いつかはくるだろうと覚悟し、その通り受けた牽制が、心に重くのしかかっていた。


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