(5)
真っ暗だった。呼吸ができるということは、完全に砂に埋もれてしまったわけではないらしい。
「おい、生きてるか?」
すぐそばから聞こえた声にびくっと肩をはね上げたセピアは、それがルテウスの声だと気づいてほっとした。
「うん、ルテウスは大丈夫?」
「ああ、流砂と一緒に落ちたから助かったな」
言いながら、ルテウスが水筒を開ける音がした。うがいをして、口の中の砂を吐き出したようだ。自分はルテウスに借りた布で顔を覆っていたおかげか、砂を飲むことはなかったけれど。
ルテウスがまだ袋の中をあさっている気配がする。まもなくカチカチと音がして、明かりが灯った。
「ないよりはましだろう」
短く細い松明に火打ち石でつけた炎が、二人の顔を照らす。
「……小さすぎない?」
「緊急用なんだよ。文句を言うな」
舌打ちしてからルテウスは明かりを周囲に向けた。しかし今にも消えそうな炎では、たいして見渡せない。
「昨日リリーたちが落ちたところとつながってるのか?」とルテウスがつぶやく。
上を見ても砂が時々降ってくるだけで、穴があいているようには見えない。
「レオンは無事だったのかな」
「わからんな……全員がはまって落ちたってことはないと思うが」
最後に見たのは、自分を助けようとしていたリリーと、そのリリーを引っ張っていたオルトの姿だった。
ずっとそっけなくしていたのに。きつい態度をとったのに、リリーは自分を救おうとしたのだ。
じわりと涙がにじんできた。我慢できずにしゃくりあげたセピアは、かかえた膝に顔をうずめた。
「もうやだ……何やってるんだろ、私……」
一人で傷ついて、やつあたりして、こんなところに落ちて。
「オルトがリリーを好きなのはわかってたのに……私なんて、リリーのおまけでしかないのに……」
自分がいなくてもオルトは困らない。オルトにとって自分は、一緒にリリーを守る味方程度の認識なのだ。男ではないから、リリーを取られる心配がないというだけの存在。
どんなに頑張っておしゃれをしてもかなわない。そのままで十分格好いいオルトと、かわいいリリーには並べない。
もっと美人に生まれたかった。何もしなくても人を惹きつける魅力が、欲しかった――。
今までずっと腹の底にためていた思いを泣きながら吐露したセピアに、しばらく黙っていたルテウスがぼそりと言った。
「……俺はお前の顔、けっこう好きだけどな」
聞こえた言葉が信じられなくて、セピアはルテウスを振りあおいだ。
「なんか和むっていうか、優しい顔じゃん」
話しかけやすいし、頼みやすいから、お前も男子に人気があるんだぞと、ルテウスが横目にセピアを見やる。
「告白、ちょこちょこされてるだろうが」
それって、別にリリーと比べなくても、お前のよさをわかってる奴が大勢いるってことじゃないのかと言われ、セピアはうつむいた。
「俺はお前に感謝してるんだ。あのとき、お前が母さんの日記を読んでくれたから、俺は考えを改めることができた」
母親の日記の中身を知らないままでいたら、きっと乗り越えることはできなかったと、ルテウスは苦笑した。
「何だかんだでこの冒険集団がうまく回っているのは、オルトでもソールでもなく、お前がしきってるからだと思うぞ」
そんなお前がおまけのわけないだろうというルテウスの言葉に、セピアの胸が震えた。
「確かにオルトはリリーにかまいすぎだけどな。でもあいつらがずっとお前と仲良くやってきたのは、お前のことが好きだからだろう。それを、お前自身が否定してどうするんだ」
目頭が熱くなる。一度おさまったはずの涙がまたこみあげてきた。
「俺たちの集団にとっても、あの二人にとっても、お前は必要なんだよ」
「……うん」
一言、返事をするだけで精一杯だった。苛立ちも悲しみも、全部ここに流してしまう勢いで、セピアは泣いた。
一人じゃない。ちゃんと自分を見てくれている人はいる。そう感じられたことで、消えかけていた自分の輪郭に命が吹き込まれた気がした。
ようやくセピアが落ち着いたのを見はからかったかのように、ルテウスが腰を浮かした。
「さて、と。後はここからどうやって地上へ出るかだが」
実は落ちたときからずっと警戒していたことがある、と言うルテウスは真顔だった。
「あの砂の渦をこしらえた奴らが、近くにいるはずなんだ」
「あれって自然にできたものじゃないの?」
「違うな。俺の知識が正しければ、あれはフルミ・ラルヴのしわざだ」
フルミ・ラルヴは乾燥した土でできたすり鉢状の罠をしかけ、そこに滑り落ちてきた獲物をとらえるという大型の昆虫だ。縄張りは特にないため、同じような場所に複数のフルミ・ラルヴが巣をつくり、早いもの勝ちで食料にありつく。
「俺も巣に落ちたのは初めてだが、こんなに広い空間になっているとは思わなかったな」
セピアは蒼白してあたりを見回した。今にもどこかからいきなり飛びかかってきそうで、不安が増していく。
「しかも向こうは大地属性だから、俺の『盾の法』では攻撃を防ぎきれない」
「なんでもっと早く言ってくれないの?」
そんな危険なところでずっとぐずぐず泣き続けていたのかと、セピアは身震いした。
「座り込んで勝手にいじけていたのはお前だろうが」
片方の眉をはね上げてセピアを責めてから、ルテウスは杖を構えた。
「黄の衣を豊かに広げし大地の女神サルム。来たれ、しなやかなる足取りの御使い。不可視の女王の御元にて汝もまた不可視の存在なり。我、女王の眷属にて汝を迎えん。今ここに大地の道あり。されば汝の姿、見せしめよ」
ルテウスが宙に四角形を描くと、黄色い輝きが放たれ、四角形をくぐるようにして半透明の猫が姿を現した。
「かわいい……ルテウス、いつの間に御使いを召喚できるようになったの?」
座ってしっぽを揺らしながらルテウスを見上げている猫に、セピアは見とれた。
「つい最近だ。リリーが御使いを扱えるとわかったから、急いで勉強した。遅れをとるわけにはいかないからな」
「負けず嫌いだね」
セピアはぷぷっと笑った。
地上までの道を探すよう、ルテウスが御使いに指示を出す。猫は身をひるがえすと、匂いをかぎながら左右を見て、ある方向へと歩きだした。
「よし、追うぞ」
ルテウスの呼びかけにうなずいて、セピアも立ち上がる。後に続きながら、セピアはルテウスの背中に疑問を投げた。
「ねえ、ルテウス。フルミ・ラルヴの巣だってわかってたのに、どうして一緒に落ちてくれたの?」
「……それは」
お前が、とふり返ったルテウスにじっと見つめられ、セピアはドキリとした。
「なんか心細そうだったから?」とルテウスがにやりとする。
「……ルテウスって本当に……性格悪い」
以前ルテウスに対して言ったことをそのまま返され、セピアは真っ赤になって口をとがらせた。
笑ったルテウスは、はっとしたさまでセピアの後方を見据えた。
「来たか。急ぐぞ」
舌打ちして、ルテウスがセピアの手をつかんで走る。背後でガサガサと大きな物音がいくつも響くのが聞こえ、セピアも緊張した。明かりが小さいのではっきりとは見えないが、何かが自分たちを追ってきている。
御使いが選んだ道は徐々に狭くなり、腰をかがめて走った二人は、まもなくまた広い場所に出た。しかしそこもフルミ・ラルヴの巣だったらしく、今度は頭上で大型の虫のうごめく音がした。
「きゃっ」
いきなり目の前に降ってきたフルミ・ラルヴに、セピアがしゃがみ込む。ルテウスが杖でフルミ・ラルヴを殴って弾き飛ばした。
御使いは今度は四つん這いにならなければ通れそうにない穴へと入っていく。セピアを引っ張り起こしたルテウスが「先に行け」とセピアの背中を押した。
「俺はここで時間稼ぎをする」
「だめだよ、ルテウス!」
「俺の御使いを信じろ」
絶対に地上へ連れて行ってくれる、と断言するルテウスに、セピアはかぶりを振った。
「違うの。ルテウスを置いてなんかいけないっ」
助けてくれたのに。自分から進んで、一緒に巣穴に落ちてくれたのに。
「要害を司りし大地の女神サルム。女王の眷属たる我と我に与する者たちに、盤石の大盾を!!」
襲いかかってきたフルミ・ラルヴに、ルテウスが『盾の法』を発動させる。しかし同属性のため、フルミ・ラルヴは押し合いの末に壁を突き破った。
「早くしろ、セピア! 俺では防ぎきれないっ」
完全に防御できないと知りながら、それでも少しでも足止めをしようとルテウスが『盾の法』を連発する。
セピアは唇をかんだ。自分では役に立てない。治療することしかできない自分に、今できることは何もない。
風か炎を使えたら――脳裏に浮かんだ幼馴染にセピアが心の声で助けを求めたとき、猫が入っていった穴から甲高い鳴き声が響いた。
穴をくぐり抜けてきた半透明に輝く鳥が、さあっと天井に舞い上がる。続けて這い出してきたのはオルトだった。
「セピア、ルテウス、無事か!?」
後ろからさらにソールとリリーも出てくる。
「セピア!」
リリーがセピアに抱きつく。そのぬくもりに、セピアの心が熱く震えた。ぎゅっと抱きしめ返し、セピアはぼろぼろと涙をこぼした。
「リリー……ごめん……ごめんね」
むせび泣くセピアに、リリーの手の力が強くなる。
「うん……無事でよかった」
鼻をすすりながらリリーが笑う。
ずっと、リリーを支えていたのは自分だと思っていた。リリーがもっとしっかりしていたら、オルトもリリーに執着することはなかったのにとも考えた。
でも違うのだ。リリーをかまうことで存在意義が欲しかったのは、自分だ。リリーを必要としていたのは、自分だったのだ。
「お前ら、再会の感動は後回しにしろっ」
『盾の法』を破壊されたルテウスが息切れしながら怒鳴る。そばではオルトとソールがともに武器を振るい、次々に飛びかかってくるフルミ・ラルヴを討っている。
「リリー、セピアを連れて脱出しろ。俺たちも行くっ」
ルテウスの指示にリリーが承知して、セピアを穴へうながす。リリーの後ろをセピアが這い、それからしばらくしてルテウスたち三人も追いかけてきた。
長く狭い穴を四つん這いで進むのはきつかった。いつ生き埋めになるかわからない恐怖との戦いだからだ。
それでもようやく先が見えてきた。リリーに次いで穴を抜けたセピアは、またもや広めの空洞に出たことで頭上をあおぎ、息をのんだ。
ここにもフルミ・ラルヴはいた。何匹かは死んでいるものの、いったいどれだけの数が生息しているのか。
「大丈夫、ここを抜けたら地上に出られるよ」
先に同じ道を通ってきたリリーの励ましに力をもらい、セピアが半透明の猫が待つ最後の細い抜け穴へと走ったときだった。
突然地面からフルミ・ラルヴが顔を出した。セピアの足を挟もうと、鎌状の大あごを広げる。
「セピア!」
叫んだリリーの脇を駆け抜けたオルトがセピアに飛びつく。セピアを抱きしめながら地面に転がり倒れたオルトは、すぐさま起き上がって剣をなぎ、フルミ・ラルヴを両断した。
ふうと息を吐いたオルトの体がふらついた。ぐらりと傾いたオルトを、リリーと二人で抱きとめたセピアは、目を見開いた。
「オルト? オルト、しっかりして! オルト!!」
オルトの赤い瞳から生気が消えていっている。ついにまぶたが下り、オルトは意識を失った。オルトの胸に耳を当てたセピアは、悲鳴を飲み込んだ。
「なんで? 嫌だよ、オルト!」
必死に呼びかけて肩を揺さぶるが、オルトは目を覚まさない。セピアは『治癒の法』をかけた。しかし効果はない。オルトの鼓動はひどく弱々しく、いつとぎれてもおかしくなかった。
「かまれたのか」
オルトの靴にざっくりと入った切れ目に触り、ルテウスが舌打ちする。この空間にいる最後の一匹を刺し殺したソールも寄ってきた。
「フルミ・ラルヴの毒にやられたな……とにかくここから出るぞ」
オルトにしがみついているセピアをそっと引きはがし、ルテウスがソールに視線を投げる。ソールがオルトの脇に手を入れ、ルテウスがオルトの足をつかんだ。二人でオルトを抱え上げて最後の小さな横穴まで運び、ソールが座った状態でオルトを引きずっていく。
そうして無事にフルミ・ラルヴの巣を抜けて地上に戻った五人を、穴の入り口で待っていたフォルマとレオンが迎えた。
フォルマとレオンは、万が一にもリリーたちが帰ってこなかった場合、人を呼びにいく手はずになっていたのだという。二人はみんなが生きていたことを喜んだが、オルトの容体を知ると沈鬱な表情になった。
「フルミ・ラルヴは自分の巣に獲物を運んでから食べるんだが、それまで獲物の鮮度を保つために、鼓動を弱めて動けなくするんだ。死ぬことはないはずだが、回復させる方法は……すまん、わからん」
ルテウスが赤茶色の髪をかきむしる。
野営場所までたどり着いたものの、オルトの意識が戻る気配はなかった。天幕の中で眠るオルトに付き添うセピアを残し、リリーたちはたき火を囲んで話し合った。
「『食卓の布』の材料は手に入ったし、このまま帰宅するというのは?」
レオンの提案にフォルマが首を横に振った。
「今から戻っても、薬屋はもう閉まっているんじゃない?」
「……お父さんなら知ってるかも」
父は神法学院の教官をしながら薬司の任にも就いている。もしかしたら薬もあるかもしれないと、リリーは言った。
「お父さんに使いを送ってみる。もし薬があるなら届けてもらう。クルス、行ってくれる?」
ソールの肩にとまっていたクルスがリリーを見て一鳴きした。
「暗いのに飛べるの?」
フォルマが首をかしげたが、大丈夫だと言わんばかりにクルスがまた鳴いた。
「今はそれに頼るしかないか」とルテウスもため息をつく。
リリーはさっそく風の神の使いを召喚し、さらにクルスに『早駆けの法』をかけた。
「お願いね、クルス」
御使いとクルスを送り出すリリーのそばで、ソールが腰を浮かした。
「野菜ならあるから、何か作る。どう動くにしても腹ごしらえは必要だろう」
うん、とリリーはうなずき、オルトとセピアのいる天幕をかえりみた。今は自分たちにできることをしようと。
「リリーたち、順調に進んでるかしら」
夕食後の片付けをしながらシータが言う。うっかりいつもの量を作ってしまったために残ってしまった料理に虫が寄らないよう布巾をかぶせていたシータに、洗い物を終えたファイは近づいた。
「大丈夫だろう。何かあってもみんなで切り抜けられるはずだ」
冷たくなっていた手でシータの頬に触れると、シータが悲鳴とともに首をすくめた。
「もうっ……お湯を使えばいいのに」
「君に温めてもらおうと思って」
微笑とともにささやくと、意図を察したらしいシータがはにかんださまで視線を泳がせた。学生の頃は鈍かったシータも、さすがに夫からの誘いにだけは気づくようになったが、結婚当初から毎日欠かさず――というほどがつがつした頻度ではないせいか、いまだにかわいい反応を見せてくれるので、こちらまで面映ゆくなる。
「研究は?」
「切りのいいところでとめているから心配ないよ」
シータの腰に手を回してそっと抱き寄せる。寝室に行く前の触れ合いは軽くするつもりだったが、一人娘が外泊中という状況下による解放感で、つい濃く深い接吻になりかけたとき、激しい羽音とともに窓から風の神の使いとクルスが突っ込んできた。
二人同時にびくっと肩をはね上げて体を離す。一度天井付近をバサバサ飛び回ってからとまり木に着地したクルスを睥睨したファイは、先に風の神の使いからリリーの伝言を読み取った。続けてクルスが長々と鳴くのに耳をすませる。
「リリーたちに何かあったの?」
心配そうなシータに、「オルトがフルミ・ラルヴにかまれて、対処法が知りたいらしい」とファイは説明した。
「準備が整う間、クルスに少し食べさせてやっておいてくれ」
そう告げて、ファイはきびすを返した。
研究部屋に入ったファイは、薬の材料をいくつか棚から取り出して、小さなカバンに詰めた。それから少し考え、たらいに水を張る。水の女神の使いを呼んで言葉を伝えてからファイが食卓へ戻ると、クルスはまだ食べていた。
「あまり食べると飛べなくなるよ。おいで」
クルスは残念そうに鳴いてから、ファイとともに玄関へ向かった。
「リリーたちには先に水の女神の使いを送った。ここからは僕が御使いで君を護衛する」
家へ戻る途中、クルスはまたもや黒き矢に狙われたのだ。あれ以来クルスも警戒していたので何とかかわしたものの、相手はクルスがリリーの家に出入りしていることをもう確実に把握していて、見張っているらしい。
ファイはカバンをクルスにかけて固定すると、風の神の使いを召喚した。そのときクルスが短く鳴いて頭を下げた。
「まったくだ」と答えてからファイは玄関の扉を開け、「さあ、行っておいで」と二羽を空へ放った。
「クルスは何て?」
尋ねるシータをファイはふり返り、眉尻を下げた。
「邪魔をしてごめん、と」
リリーの家を発ったクルスが半透明の鳥とともに暗い夜空を渡っていたとき、先ほどと同じあたりで再び矢が連続で飛来してきた。しかし行きとは異なり、御使いが輝いて風の防御壁でクルスを守った。
舌打ちが聞こえたが、声まではしなかった。正体がばれるのを相手も避けているのだろう。そしてクルスはリリーたちの待つサルムの森へ急いだ。
ソールの作った夕食を口に運びながら、リリーは空を見上げていた。自分が放った使いは父に会ったあと、どうやら父が風の神のもとへ帰したらしい。
伝言は受け取ったようだが、父の考えがわからない。ぼうっとしていたリリーは、妙に周りが静かなことに気づいた。
ソールたちの視線がリリーに集中していた。正確には、リリーの手元に。不思議に思って見下ろしたリリーは、自分の持つ器に入った汁から半透明の魚がにょきっと顔を出していることに驚いて、悲鳴を上げた。
思わず器を放りなげかけて、かろうじて踏みとどまる。これはもしや――。
「セ、セピア……!」
立ち上がり、まだオルトのそばにいるセピアのもとへ走る。沈鬱な表情だったセピアは、リリーの手持ちの器に現れた水の女神の使いを見て、目をみはった。
御使いの伝言は同属性の者でなければ読み取れない。リリーは半透明の魚を凝視するセピアを黙って見守った。
やがて一つうなずいたセピアの瞳に、強い光が差した。
「ファイおじさんから連絡がきたわ」
天幕を出てきたセピアとともに、リリーはみんなの輪に戻った。
「薬の在庫はないけど、材料のいくつかはクルスに持たせたから、現地で調達できるものをこれから用意してほしいって。作り方も教えてもらったわ」
フォルマたちの顔が晴れる。セピアはリリーをふり向いた。
「それから、クルスがまた狙われたみたい。だからリリーの御使いは帰して、ファイおじさんの御使いがクルスを守ってきてくれるそうよ」
二度もクルスが攻撃されたことにリリーは動揺したが、父が護衛してくれるなら大丈夫だ。
ここで手に入る薬の材料はあと二つ。一つはサルムの森の中にある『女神の口づけ』と呼ばれる薬草で、もう一つはフルミ・ラルヴの血液だという。死んだものでもかまわないとのことなので、薬草はレオンとフォルマとルテウスに任せ、リリーはソールと一緒にフルミ・ラルヴの巣に行くことにした。ソールたちが倒したフルミ・ラルヴがまだ残っているなら、それを回収してくればいい。そしてセピアはクルスを出迎える必要もあるため、オルトの看病も兼ねてこの場に残ることになった。
「僕も御使いを召喚できるようにしようかな。そうしたら、リリーのお父さんとやり取りができるよね」
文通みたいでちょっと楽しいかもと笑うレオンに、「だから、キュグニー先生の手間を増やすな」とルテウスが注意する。
「またまたそんなこと言って、実はルテウスが一番やりたくてうずうずしてるんじゃないの?」
にやにやするレオンに、「バカを言うな」とルテウスは怒ったが、耳まで赤くなっていた。