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風の少女と呪いの絆4  作者: たき
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(3)

 週末の朝早く、闘技場に集合した七人はセピアの家の荷馬車に乗り込み、サルムの森を目指した。『食卓の布』に必要な材料はあと二つで、どちらもサルムの森で手に入る。三連休ということもあり、今回で全部そろえることができそうだ。

 リリーが『早駆けの法』をかけて出発してすぐ、鳴き声を響かせて飛んできたのはクルスだった。

 迷惑そうに渋面したオルトとは対照的に、フォルマは手をたたいて喜んでいる。念のためにと肩当てをしてきたリリーの肩にさっそくとまったクルスが一番に目を向けたのは、ソールだった。 

「何かないのって顔してるね」とレオンが笑う。ソールも同じことを感じたのか、苦笑をにじませながらそばの袋を引き寄せた。取り出した容器に入っていたのは肉団子で、クルスがすぐにソールの肩に移動した。

「昨日の夕食の残りで悪いが」

「それもソールが作ったの?」

 尋ねるリリーにソールがうなずいた。

「この前教えてもらった調味料を使ってみた。食べてみるか?」

 出来は悪くないと思うんだがと言いながら、小さな串に肉団子を一つさしたソールがリリーに渡す。耳元でクルスが騒いで羽をばたつかせたため、「大丈夫だ、お前の分はある」と、ソールはすぐに別の串で肉団子を取ってクルスにやった。

「おいしい」

 リリーの感想とクルスの満足そうな鳴き声が重なった。

「本当? 私ももらっていい?」

「僕にもちょうだい」

 フォルマとレオンも荷馬車の中を這ってくる。ついでにルテウスも一つもらい、御者台にいたセピアとオルトにも一つずつ渡された。

「うわ、うまいな」

「すごい、ソール」

 口をもごもご動かしながらほめる六人とは反対に、自分の取り分が減ったとばかりにクルスがぎゃあぎゃあわめく。

「クルス、文句言わないの。わざわざソールが用意してくれたのに……もしかしてソール、今日のために最初から多めに作ってた?」

 これだけおいしいと、家族だけで残らずたいらげてしまいそうなのに、ソールが持ってきた肉団子の量は、どう見ても全員が味見できるくらいある。

 ソールははぐらかすように口の端を上げただけで、無言で残りの肉団子をクルスの口に運んでやっている。何も答えないあたり、正解だったらしい。

「クルスはそのうちソールの家に入り浸るか、引っ越すんじゃない?」

 レオンのからかいに、それも悪くないと言わんばかりにクルスが一声あげた。



 レオニス火山よりは遠いが、昼前には無事にサルムの森に到着した。荷馬車を降りて森へ入る前に、危険な生き物や植物について一応全員でざっと確認しあう。父が昔オオハチトリバチの集団に追い回されたという話をリリーが伝えると、虫が苦手なセピアが真っ青になった。

 まずはすぐに見つかりそうなアミ草を今日収穫しようと歩きだしたところで、先頭を進むオルトが肩越しに言った。

「ファイおじさんがオオハチトリバチと格闘したのって、奇跡のパンの材料を手に入れるときだよな? 俺の父さんと母さんはその日は、レオニス火山に火の鳥の卵を取りに行ってた」

 列の後方にいたセピアも手を挙げた。

「うちのお父さんとお母さんは、エルライ湖の地底湖にもぐったそうよ。あやうく溺れるところだったって言ってたわ」

「冒険集団なのに、バラバラで材料を探しに行ったの?」

 首をかしげるフォルマに、リリーが答えた。

「最初の予定では、みんなで行くつもりだったんだって。でもお母さんが緑の魔王の呪いを受けちゃって、急いでパンを作るために二人ずつに分かれて動いたって聞いた」

「魔物に呪われたのか?」

 ルテウスがぎょっとした顔になる。

「あーでも、その組み合わせで出かけたってことは、もう恋人だったってこと?」

 レオンの問いに、セピアもオルトもかぶりを振った。

「違うよ。まだ付き合ってはなかったんだって」

「俺のとこもだな」

「そもそも、うちのお父さんが一緒に行ったのはお母さんじゃなくて、ローおじさんだし」

「ああ、教養学科生だったのに冒険集団に所属してたんだよな。すごく行動力のある人だ」

「ローおじさんって、もしかしてルテウスのお母さんが証拠を預けたっていう……」

 話を聞いているのか、フォルマが目をみはる。

「何だか、すごいつながりだね」

 ちょっと寒気がしてきたと、レオンも腕をさすった。

「その奇跡のパンなんだけど、食べると本当に願いがかなったんだって。だから私、すごく興味があるの」

「『食卓の布』が完成したら次は『冒険者の集い』が始まるから、それが終わったら挑戦してみるか」

 セピアとオルトの提案にリリーたちもそうしようとうなずいて、アミ草探しを再開した。



 木漏れ日に目をすがめながら歩いていた七人はやがて、生い茂る木々を抜けた前方に群生しているアミ草を発見した。

 思う存分日差しを浴びて育っているアミ草に、リリーたちは喜んで走り寄った。

「ここにあるものを集めたら、十分にたりそうだね」

 はしゃぐセピアの横で、オルトが手にしていた大きなカゴを地面に置いた。

「確か、アミ草は根が浅いからすぐ引っこ抜けるんだったな。どんどん入れていこう」

 おー、とこぶしを掲げて、七人は作業を始めた。オルトの言うとおり、あまり力のないリリーたちでさえ簡単に抜けるので、気持ちよくてついつい夢中になってしまう。

「よいしょっと……本当に楽に採れるね」

 草丈は腰ほどあるけれど、一株はむしろ小さい。リリーが両手にアミ草を抱えて近くにいたソールに話しかけると、地面を触っていたソールが眉根を寄せた。

「ああ。だが、ちょっと土がもろい気が――!?」

 カゴに向かっていたリリーの足元がいきなり崩れたことに反応したソールの手がのびた。大穴に落ちたリリーを捕まえたものの、踏みとどまるには前のめりになりすぎていたため、二人は一緒に転落した。

「リリー!? ソール!!」

 ふり向いた五人が駆け寄ってのぞき込んだ穴は予想以上に下まで続いているようで、真っ暗闇で先が見えない。

「リリー、大丈夫か!? リリー!!」

「ちょっ……オルトまで落ちるよ!」

 そのまま穴に突っ込んでいきそうな勢いのオルトの肩をフォルマが引っ張る。しかしオルトはその手を振り払い、叫び続けた。

 まもなく何か大きなかたまりがゆっくりと上がってきた。差し込む光に照らされて明らかになったのは、ソールを支えながら『翼の法』で上昇してきたリリーの姿だった。

 セピアたちが歓喜にわく中、穴から抜け出したリリーは安全な場所でソールを下ろした。

「セピア、『治癒の法』をお願い。ソールがけがをしてるの」

 蒼白したリリーの頼みに、セピアがすぐに対応する。

「ちょっと背中と腰を打っただけだ。そんなにひどくはない」

 少なくとも話ができる状態であることに、みんなはほっとした表情を浮かべたが、リリーは涙目で反論した。

「嘘。一人では起き上がれないくらいだったのに」

『治癒の法』が効いてきたらしく、浅い呼吸を繰り返していたソールが、ようやく一度大きく息を吐きだした。

「最初のときよりだいぶうまくなったな」

「もう、ソールったら、こんなときに何を言ってるんだか」

 セピアが苦笑する。

「リリー、お前はけがをしてないのか?」

 オルトがリリーの頬をなでながら顔をのぞき込む。

「うん、私は平気。落ちたときにソールがかばってくれ……」

 リリーが言い終わる前に、オルトはぎゅっとリリーを抱きしめた。

「無事でよかった……」

 はあ、とオルトが心底安堵したように息をつく。リリーはみんなの視線が集まっているのを見て、慌ててオルトの抱擁から逃れた。

「しっかし、地面を踏み抜くって、お前意外と体重……」

「ルテウス!」

 リリーは顔を赤くしてルテウスの発言をさえぎった。 

「大丈夫だ。俺のほうが先に落ちたから、俺よりは軽い」

 口角を上げるソールに、リリーはうなだれた。

「ソール、それ……全然なぐさめになってないよ」

 どっと笑いが広がる。それからリリーたちは慎重に作業を続行した。このあたりは全体的に地盤がゆるいとわかったので、一人で動き回らないよう注意して、アミ草を回収した。

 カゴがアミ草でいっぱいになったので、今日のところはこれで終わろうと、七人は荷馬車を置いている場所まで戻ることにした。まだ時間に余裕はあったが、『食卓の布』の最後の材料である粘土は、洞穴の奥にたまっている水の底にできると言われている。その洞穴への道のりは危険な生物が出現しやすいと聞いているので、無理をしないことにしたのだ。

 オルトとルテウスが天幕を張る間に、狩りに出ていたフォルマとレオンがいくつか肉を持ち帰ってきたので、ソールが手早くさばいていく。リリーとセピアは近くの小川で野菜を洗ったり、鍋に水を入れたりして準備を進めた。

「クルス、食べすぎじゃない?」

 調理を始めたソールの肩に当たり前のように乗り、せっせとつまみ食いをしているクルスを見て、リリーは叱った。

「みんなの分がなくなるじゃない……え、ちょっと、お腹ぱんぱんになってる。いったいどれだけつまんだの?」

 ソールから引き離したクルスの腹を触ったリリーは、目をみはった。

「こいつの舌は確かだぞ。味見係としては適任だ」

「ソールもクルスに甘いんだから」 

 せっかくフォルマたちが捕ってきた肉なのに、と口をとがらせるリリーに、「じゃあ明日はたくさんいそうなオオハチトリバチにするか」とソールが笑ってクルスを見た。

「オオハチトリバチって食べられるの?」

「わからんが、人くらいの大きさがあるなら、どこかは食べられる部分があるんじゃないか?」

「でも……虫だよね」

「案外うまいかもしれないぞ」

 言いながら、器に汁をよそって口にしたソールが、もう一回そそいでリリーに差し出した。

 ためらうリリーにソールが首を傾けた。

「リリーも味見に来たのかと思ったが、違ったか?」

 リリーは黙って器を受け取った。

 間接的に唇が触れることに、ソールは気づいていないのだろうか。それとも、知っていて気にしないのか。視線を泳がせたリリーは、腕の中のクルスと目があった。

 何だかにやりと笑われたように見え、思いきってリリーは器の汁をぐいっと飲み干した。

「……おいしい」

 正直、意識しすぎて味はよくわからなかった。器を返すリリーに黄赤色の瞳を細め、ソールは鍋をかき混ぜた。

「あの穴、ずいぶん深かったな。地面の下があんなふうになっていたとは思わなかった」

「ごめんね、ソール」

「体重のことなら心配するな。俺を圧死させなかったんだから、重くない」

「もう、違うってば」

 リリーがふくれると、ソールは声を上げて笑った。

「お前こそ、俺を抱えて飛ぶのは大変だっただろう」

「人を運んだのは初めてだったけど、意外と大丈夫だったよ」

 父は神法学科の野外研修のとき、母と武闘学科生の男子一人を引っ張って飛んだというから、二人までならいけるかもしれない。

「一緒に落ちたのがお前で助かった。あれだけの高さから落ちて大けがしなかったのも」

「ソールの重傷の基準って、いったいどのあたりなの?」

 感覚が違いすぎる。そもそも自分を助けようとしなければ、ソールが落下することはなかったのに。あきれるリリーに、ソールは自分の左胸のポケットをぽんとたたいた。

「これのおかげだ。あそこの店のお守りは効果が抜群だという噂だが、本当みたいだな」

「……持ってきてたの?」

「そのためにくれたんだろう?」

 恥ずかしいやら嬉しいやらで、リリーはソールの顔をまともに見られなかった。だから自分の横顔をソールが見つめていたことも、小枝を抱えたオルトとセピアにじっと凝視されていたことも、わからなかった。


 

 料理ができあがると、七人と一羽は火のそばに集まった。外で食べる肉はいつもと違うせいもあってとてもおいしく、みんなおかわりがとまらない。

 明日は肉と魚のどちらにするか話し合ったが、リリーもソールもオオハチトリバチを提案することはしなかった。

 食事が終わると、分担して片づけに入った。それから火の番はオルトとソールが交代ですることに決め、他の者は天幕で眠りについた。

 夜に活動する鳥の鳴き声がとぎれとぎれに聞こえる中、先にたき火の世話を引き受けていたソールは、オルトが起きてきたので、沸かしていた茶を手渡した。

 ソールの隣に腰を下ろしたオルトは、受け取った茶をしばらく眺めてから言った。

「昼間は、リリーを助けてくれてありがとな」

「ああ」

 たまたま一番近い位置にいたから、と答えたソールは、沈黙するオルトに視線を投げた。

「……なあ、ソール」

 オルトの双眸はどこか暗い。何かを絞り出したいような、それでいて飲み込みたいような顔をしていた。

「お前、リリーのこと好きか?」

 はっと肩を揺らしたソールを見ることなく、オルトはつぶやいた。

「俺は……好きだ」

 ため息か、冷ますためか、オルトが息で茶を波立たせた。

「小さい頃からあいつが好きで、あいつを守りたくて、俺は剣の稽古に励んできたんだ」

 オルトの手がかすかに震えている。

「冒険中は、俺もいつもリリーを守れるわけじゃないから、お前が代わりに動いてくれるのはありがたいと思ってる。お前になら安心して後ろを任せられるって。だから、これからも俺がそばにいないときは、お前が気を配ってくれると助かるんだが、ただ……」

 思い詰めた表情で、オルトがソールを見据えた。 

「勝手なことを言ってるのはわかってる。ただ……俺からリリーを奪わないでくれ」

 返事をしないソールに、「頼む」とオルトが頭を下げる。

 パチリ、とたき火がはじけた。

 すぐ近くの樹上にとまっていたクルスは、二人に向けていたまなざしを、天幕のほうへ移した。

 入り口の幕が揺らいで閉じる。ちらりとのぞいたセピアの顔は、今にも泣きそうだった。


次回5月1日に投稿予定です。

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