第五話 紫の知恵
鬼の暮らしの現状を知るため、旅を続ける桃太郎たち。
鬼ヶ島の財宝、打出の小槌があるため、旅を続けるのは楽だ。
小鎚を振ると、金銀、果物、野菜などを出すことが出来る。1日に出せる量の制限はあるが、とても役に立つ道具だ。
桃太郎たちは、クロガミ以降、いくつかの村を訪れたが、どこも鬼に対する偏見が厳しく、追い払われている感じだった。
桃太郎が蒼氷に話しかける。
「人間と鬼が共存してる村は、そうそうないのかな。」
「昔はそれなりにあったようだけど、かなり減ってきているみたい。どんどん鬼に対する偏見が酷くなってて…。」
「こんな状況だと、財宝がドンブラにあるのを突き止めるまでに、何年もかかったのも無理はないな。」
「そもそも鬼ヶ島から財宝が奪われるのは予想外だったのよ。取り戻すのは、ほとんど諦めてたそうよ。」
蒼氷が話を続ける。
「紅炎、いつ言うか悩んでいたんだけど…。鬼ヶ島の財宝は、人間と共存するために創られた道具なの。量産を進めるためにも、どこかで返さなければならない。新しい道具の開発も進めているはずだけれど。」
(俺が鬼ヶ島から財宝を奪ったせいで、量産の予定が狂ってしまったのか…。)
桃太郎は、蒼氷から財宝の目的について軽く説明された。
隠れ蓑は、人間から隠れて暮らすために創られた物だった。
隠れ笠は、隠れ蓑より前に出来た試作品で、鬼からも見えなくなるのは想定外だったそうだ。
◇◇◇
クロガミから旅を続けて数日後、多くの鬼が住んでいそうな村の場所を聞くことが出来た。
「その村を調べたら、財宝は鬼ヶ島に返しましょう。時間を貰えるよう、翠嵐には頼んであるけども。」
桃太郎は、旅の途中から隠れ蓑を使わないようにしている。仮にドンブラの火災を目撃した者に会うことになっても、受け入れることに決めた。
矛を担いでいるときは目立ってはしまうが。
◇◇◇
村に辿り着いた。人間のふりをして住めそうなところはあるだろうか。
「なによ、これ…。」
「酷いよ。ボク、こんなの初めて見た。」
3人の鬼が大きな板のようなものに磔にされていた。まだ死んではいないようだ。
文字が書かれた看板が立てられている。
桃太郎は、ほとんど文字の読み書きが出来ないが、読んでいるふりをする。
黄土は、磔にされているのが鬼だと気づかないふりをして、水と食糧を渡す。
鬼たちから事情を聞こうとするが、話せるほどの余力は無さそうだ。
そこに、頭巾を被った老人の男が通りかかり、話しかけられた。
「あなた方、外から来なさったのかい?これは見せしめでしてな。食糧を盗んだということで裁かれたのじゃよ。」
桃太郎たちは、クロガミで見たように、冤罪の可能性を疑った。詳しく調べてみて、早く鬼たちを解放したい。
それにしても、この鬼たちは大きめで力も強そうだ。桃太郎は、老人にそれとなく聞いてみた。
「この鬼たちは強そうですが、この村には強いお侍様でも?」
「陰陽師の力じゃよ。彼らは強力な呪術を使いこなせるそうじゃ。屈強な鬼すらも倒せるんじゃと。」
(俺も桃に封印されたみたいだしな。陰陽師というのは、どれほどの強さなのだろうか。)
「住居を探しているなら、ワシのところに寄らんかの?なあに、無理に笠を脱げとは言いませんぞ。」
(この爺さん、まさか…。着いていってみるか…。)
桃太郎は、老人が住んでいるという民家に向かった。
「お入りくだされ。」
桃太郎たちは、荷台から財宝などを下ろし、それらを持って家に上げてもらった。4人以上でも十分に住める広い家だった。
(人間からカマをかけられたのかもしれんが、乗ってみるか。鬼だとバレても村に居られなくなる訳でもないだろう。)
「ちょっと!紅炎!?」
桃太郎は笠を脱いで、老人に問いかけた。
「あんたも鬼なのか?」
老人が頭巾を脱いで応える。
「ワシの名は紫金。どこかで鬼だと明かすつもりじゃった。あなた方が磔の鬼を見てた感じからして、鬼を憎悪しているようには思えんかったしの。」
蒼氷が少し驚いた様子をしている。
(老人の鬼は珍しいわね。ほとんど気配がないから、強い能力は無さそうだけど…。)
鬼は人間より寿命が長く、人間でいう20代の見た目でいられる期間が長い。
強い鬼ほど老化しづらく長寿だが、特別な能力が無いにせよ、老人になるまでには、かなりの歳月がかかる。
人間に迫害されやすい状況で、人間とさして変わらないであろう紫金が、どうして長生き出来たのだろうか。
桃太郎と蒼氷は、鬼の現状を知るための旅をしていることを紫金に伝えて、クロガミで起こったことを話した。
紫金が少し考えてから話し出す。
「確かに、冤罪かもしれませんな。証拠は無さそうでした。しかし、盗んでいないという証明は難しいですな…。」
紫金が話を続ける。やはり鬼に対する差別は厳しそうだ。
「最近になってから特に、鬼の悪い噂が流れるようになってるようでの。それまでは、うまく共存できていたようじゃが。
ワシは、この村に来て、それほど長くはないんじゃがな。今のところ、他には鬼だと明かしておらん。老人ゆえか、頭巾を脱がされることなく過ごせておる。」
暇そうにしていた黄土が、巻物を見つけて勝手にいじりだした。
「わー!なにこれ、絵巻というやつ?あれ?文字ばっか。つまんないのー。」
桃太郎が少し驚いたように紫金に問いかける。
「紫金、あんたまさか文字が読めるのか?」
「多少の読み書きは覚えましての。それで人間の手伝いもしておるから、あまり酷い扱いは受けづらい。」
話をしていると、紫金は非常に頭が良いようで、人間についても詳しかった。
蒼氷にも聞いたが、読み書きが出来る鬼など、そうはいない。
桃太郎は、紫金に鬼ヶ島の財宝を見せて、意見を聞くことにした。
「紫金、今回の件で、なにか役に立つ物は無いだろうか?」
「これは分銅かもしれませんな。変わった形をしていますが、いくつかの重さが同じかと。」
(俺には使い方が解らなかった。分銅だったのか?)
桃太郎が使い方を想像できなかったのは、それらが、現代でいうチェスの駒のような見た目をしていたためだ。馬や鳥を模した形をしている。
紫金は家にある秤に乗せて重さを比べてみた。
「やはり分銅ですな。これは今の人間からすると、凄い加工技術ですぞ。」
「ボク、それで遊ぶのかと思ってたよ。どかーん、ばかーんて。」
紫金が蒼氷に話しかける。
「共存のために創られたと考えると、鬼の持つ加工技術を示すことで、商取引をするつもりだったのかもしれませんな。」
「人間には使いこなせないって、この場合は、量産が出来ないという意味だったのかしら。」
「分銅を見せることで、交渉できるかもしれませんな。追加で作る手配は出来ますかな?」
「鬼ヶ島に連絡すれば出来ると思うわ。」
紫金は、桃太郎たちに交渉の手筈を説明する。
「ここの村長は、鬼に対する差別が酷くなさそうじゃった。読み書きで手伝ったこともありますから、ワシと一緒なら話を聞いてくれるかと。」
桃太郎たちは、磔にされている鬼たちを救うため、村長との交渉に向かった。
村長の元についた桃太郎たち。紫金以外は鬼だと明かし、商談のためにきたと話した。
分銅を見せると、村長は非常に興味を持ってくれた。
「村で仲間が磔にされているのを見た。証拠は無さそうだから、解放してくれないか?」
「分かりました。磔からはすぐに解放させますよ。牢獄には入れますが、きちんと水と食べ物は与えますので…。」
疑いが晴れてはいないので仕方がない。磔にされたままよりは良い。
次は鬼ヶ島と連絡を取らなければならない。明日、鳥に頼むことにしよう。
◇◇◇
その日の夜、火事があった。蒼氷が早めに消火したのだが、次の日、事件が起こる。
「あいつが燃やしたんだ!俺の住んでいたドンブラを燃やした鬼だ!」
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次回予告
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紫金じゃ。読んで頂けて光栄じゃよ。
世界中の洗濯物を真っ白にしようと歩みだした紅炎じゃが、妨害が入ったようじゃの。
『乾巧ってやつの仕業なんだ』なんて、草加雅人みたいなこと抜かしおる。
ああすまん。そんな名の登場人物はおらんかったな。
じかーいじかい。
ようやく陰陽師が姿を現すようじゃな。
激しいバトルが始まりそうじゃの。
この謎は、もう我輩の舌の上だっ!
【設定の附記】
鎌倉時代は識字率が低かったと想定しています。
物語の設定上、読み書きが出来ないのは、頭が良くないという訳ではないです。
田舎の村人には、出来なくて当然くらいの設定になっています。