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王女の演説、モブ兵士の願い

 豪華絢爛な宮殿の前の広場では、ざっと一万人強の兵士たちが集う。上は四十代の壮年、下は十代の少年という、幅広い年齢層の男たち。黒を基調とした、赤いネクタイが映えるデザインの軍服に皆が袖を通している。

 そんな彼らは整列し、宮殿のテラスに立つ少女に揃って目を向けていた。


「……――己が傷つき、仲間が散り、焼けるような痛みとともに戦場に立っていることでしょう。それでも私たちは家族です。あらゆる痛みを共有できる繋がりを確かに持っています」


 グレー色の艶やかな髪は腰に伸び、愛らしくも凛々しく力の宿った碧眼。女神と例えても過言ではない秀麗な相貌は、このアレス帝国を統べる女王として相応しい美しさを備えている。

 その隣では、帝国で最強と名高い高名な騎士を携えている。

 若干十七歳の少女。

 キャロル=ウェズリーは、翌月に企てる近隣のカサマ王国の侵攻に向け、丁寧で落ち着いた気品のある口調ながらも、集う兵士たちを演説で鼓舞していた。


 キャロルは今一度、兵士たちをしっかり見渡し、


「次の戦いこそ、我がアレス帝国の底力を見せるときです! 皆さんのお力をお貸しください! これまで散っていった英雄たちの無念と悲願とともに! さあ! ――絶対に勝利しましょう!」


 キャロルは右手の拳を天高く掲げると、


「「「うおおおおおおおおおおお!」」」


 兵士たちも野太い雄叫びで王女に応えた。

 地鳴りのような男たちの雄叫びは、広場の空気を震わす力強さをまとっている。


 少女の想い(こえ)で、帝国の兵士たちが一丸となった瞬間であった。


 しかし。


 整然と並び、声を上げる数多の兵士たちの中で。


 ただ一人。

 十六歳の少年兵士・アレン=フォードは、力感の欠片もない表情で女王を見ていた。


「別に、戦う必要はないだろ」


 少年の独り言は、兵士たちの雄叫びでかき消される。

 それでも。

 女王の演説など訊くこともなく、少年は一人考えていた。


 ――この世界とは隔絶された別世界、すなわち異世界があるらしい。

 ――その異世界には、〈日本〉という国があるらしい。

 ――戦争のない平和な国で、少年や少女たちは“高校”という場所で過ごすらしい。

 ――それを“青春”と呼ぶそうだ。


「なあ、俺たちの命で贅沢して楽しいか? 知ってるよ、女王様(あんた)の本性」


 不敬な発言が処刑の対象になることは承知しているが、アレンは気にしない。

 皆の視線を一身に引きつける少女と対照的な、誰からも興味を持たれない少年。


 アレンは"左手"の拳を密かに握りしめ、


「逃げたい、――〈日本〉に。戦いは、もう結構だ」


 心からの望みを呟いた。

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