前途多難なふたり
読んで頂きありがとうございます。
フィアからのカードを見たアルの助言もあり、俺は仕事に都合をつけて月に2度は会う機会を設けた。あまり話さず終わる事も多いが、一緒にいるだけでもとても心地良く感じる。
そんな風に過ごして、あっという間に式まであと一ヶ月となった。
この国では、式の一ヶ月前に婚姻届けを出し、同じ屋根の下、夫婦として一緒に暮らし始めるのが一般的だ。
今日は、フィアが引っ越してくることになっている。
新しくこじんまりとした新居を、ラング家の敷地内に建てたのだ。
新しく土地を買い家を建てる事も考えたのだが、ここは治安も良く王宮も近い。
何より、もしフィアに何かあっても、直ぐに帰ってこれる距離だ。
「・・・そわそわし過ぎでは?クリス」
アルに揶揄われながら、玄関ホールを右へ左へうろうろと彷徨う。迎えるための準備をしているメイドからも、邪魔にされた。
そうしているうちに、ベリー家に迎えにやった馬車が玄関前に到着する。
御者がドアを開けると、中からふわりとした深緑のドレスを着たフィアが、馬車から降りようと顔を覗かせた。
馬車の近くまで赴き、そっと手を差し出して降りるのを手伝う。
「ありがとうございます、クリス様」
緊張のせいか、フィアの指先が冷たい。体も少し、震えている気もする。
「ようこそ、フィア」
安心させようと言葉を探すが見つからず、緊張のせいで顔が強張る。
フィアの方も顔色が良くなく、ぎこちない笑顔を張り付けていた。
やはり、この結婚は嫌なのだろうな、と改めて実感する。フィアを玄関ホール内までエスコートし、手を離す。
「アル、後は頼む。彼女に家の中を案内してやってくれ」
「え、ちょっと、クリス?!」
アルの慌てた声が聞こえたが、無視して階段を駆け上がり自室へとさっさと向かう。
嫌がっている彼女に、俺の姿をあまり見せない方が良いだろうな・・・。
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「ソフィアお嬢様。迎えの馬車が到着しました」
ミックに声を掛けられ、両親と玄関に向かう。式まで一ヶ月。この国の因習により、クリス様と一緒に暮らすことになる。
「お父様、お母様。今まで育てて頂き、ありがとうございました」
「ソフィ、幸せになるのよ?・・・もう、あなたったら」
父はぐずぐずと嗚咽を漏らし、何も言えないでいる。兄二人が、その背を交互に叩き励ましているようだ。
「ソフィ、クリス先輩と仲良くな。たまには帰って来いよ」
「嫌だったら、帰ってきていいからな。いつでも迎えに行く」
「ありがとうございます、ジェームズお兄様、ジャックお兄様。・・・お父様もお母様も、お元気で」
私は微笑み、迎えの馬車に乗った。家族と離れる寂しさもあったが、クリス様との新しい生活に胸が高鳴っていた。
馬車が到着すると、クリス様が直々に出迎えてくれた。
緊張と今日を思い昨夜は眠れなかったせいで、少し体がふらつく。
クリス様も、緊張しているのか今日は笑顔がぎこちなく見えた。
「ようこそ、フィア」
玄関ホールまで手を引いてくれたクリス様は、ホールに入ると私の手を離し、一人で駆け上がるようにして二階へ上がって行ってしまった。やはり、この結婚は嫌だったのだろうか。途方に暮れた私に、黒髪の男性が心配そうに声を掛けてきた。
「ソフィア・エル・ベリー公爵令嬢。初めまして。私はクリストフ様の専属秘書をしております。アルバート・ポプソンと申します。何なりとお申し付けください」
黒い瞳に見つめられ、少しホッとする。
「よろしくお願いしたします。アルバート様。でも私の名前は、ソフィア・フェル・ラングでしてよ?」
アルバート様は目を瞠った後、ははっと面白そうに笑って長い前髪をかき上げた。
「では、邸内をご案内しましょうか。それともお部屋でお休みになられますか?奥様」
恭しくお辞儀をしたアルバート様に、まずは邸内の案内と使用人の紹介を受ける事にした。
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