騎士団長は不機嫌
フィアと二人、ソファーでくつろいでいると、後ろから女性の声が掛かった。
「あの、ラング騎士団長様」
座ったまま仰ぎ見ると、若い令嬢が三人で立っている。
目下の者から目上の者に声を掛けるとは、礼儀知らずなと、少し訝しげに見る。
「――――なにか。」
「あの、私はコンタンス伯爵家のアドリアネと申します。団長様、少し二人でお話させて頂けないでしょうか」
「何かありましたか?今日は、警備としてここにいるのではないので、お困りでしたら部下を呼びましょうか?」
「あ、いえ・・・あの、何でもありません・・・」
「そうですか」
ご令嬢たちは、真っ赤な顔をして去って行った。
「クリス様とお話がしたかったのではないでしょうか」
フィアが、じっと俺を見て言う。
「まあ、そうだろうとは思っていたが、俺はフィア以外興味がないから、話す事もない。奥様は寛容なのだな。でも俺は、フィアしか要らないんだ。フィアしか目に入らない」
フィアの顔がみるみる赤くなる。耳まで真っ赤だ。こんなかわいい姿を誰にも見られたくないと思った俺は、ぎゅっと腕の中にフィアを抱き込んだ。
「く、クリス様!」
離れようとするフィアを腕に閉じ込めたまま、幸せをかみしめるように、くつくつと笑う。
もぞもぞしていたフィアが観念したのか、腕の中でじっとしている。
そして、「行かないでいてくれて嬉しいです」と震える小さな声で言った。
「・・・もう、帰ろうか」
二人きりになりたい。
その時、ファンファーレが鳴り響き、コールマンが王族の入場を高らかに宣言した。
燃えるような赤髪に王族の証でもある金色の瞳、がっしりとした体格のモーリス王を先頭に、エリザベート王妃、側妃たちが入場する。側妃は五人。いずれも、名のある家門、又は近隣諸国から嫁いだ令嬢だ。
モーリス王は三十八歳、王妃を始め側妃は皆、二十五歳以下だと聞いている。
モーリス王は、年若く傾国の美女ばかりを侍らせているため、『獣欲王』の異名を持っている。
モーリス王が舞踏会の開始を宣言すると、音楽が奏でられ三大公爵家の家長夫妻がダンスを披露する。
その後は爵位の高い家から順に、モーリス王に挨拶に出向くことになっている。
「フィア、行こう」
フィアの手を取り、兄夫婦と共に列に並ぶ。
俺たちの順番が来て、俺は騎士の礼を、フィアは淑女の礼を取る。
「よく来たな、クリストフ。顔をあげよ」
「カナリザル国の沈まぬ太陽で在らせられるモーリス王に、ご挨拶申し上げます」
「堅苦しい挨拶は止めよ。傷はもう癒えたのか?そちの妻の献身は聞いておる。ベリー公爵家の令嬢であったな。どれ、顔をあげると良い」
「カナリザル国の沈まぬ太陽で在らせられる我が王に、ご挨拶申し上げます。ソフィア・フェル・ラングと申します」
フィアが顔をあげ、凛と通る声で王に挨拶をする。
「ほう、そなたが・・・。なんとも美しいではないか」
金色の目を細め、じいっとフィアを見る王の瞳に危険なものが混じる気配がする。
『クリストフ、あなた舞踏会に呼ばれたわね?我が王は、なにか企んでいるわ。
多分、あなたの奥様の事。まだ、何を企んでいるのかは掴んでいないの。でも、気をつけて』
リザ王女の警告が頭を過り、頭の中で警鐘が鳴る。王の隣に座るリザ王女と一瞬、視線が絡んだ。
王に再び礼をして、その場を離れる。が、ぞわりとした視線を感じ、気付かれないように窺うと金の瞳がフィアを捉えていた。
「クリス様?どうかされましたか?お顔が・・・」
騎士団員からも、恐ろしいと恐れられている騎士の顔をしていたのだろう。フィアが怯えたような顔をして、俺を見上げていた。
「何でもない。少し緊張をしたようだ。・・・フィア、一曲踊ってはくれないか?」
俺は緊張を解くように、わざと口角をあげて微笑みを作る。
「はい、クリス様。喜んで」
フィアをエスコートし、フロアの真ん中まで進む。フィアと体を密着させて、ゆるりとステップを踏む。
段々早くなる曲に合わせて、足を動かしていく。まるで、先ほど感じた不安を振り払うように。
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