騎士団長はデートに誘う
ふと目を覚ますと、目の前にクリス様の寝顔があった。眠っている彼の顔は、少し幼い。
私はクリス様の腕を枕にし、反対の腕でしっかりと抱き込まれていた。
少し身じろぐと腕に力が入って、頬がクリス様の硬い胸に押し付けられる。
手のひらで顔の前に空間を作ると、更にぎゅっと抱きしめられて・・・
頭の上で、くすくすと笑い声がした。
「お、起きているんですのね?!放してください!」
「おはよう、フィア」
まだ目が覚めたばかりなのか、少しとろんとしたクリス様は絶大な色気を放つ。
ぼっと、一気に顔に熱が集まり頬に手を当てる。
「顔が赤いな・・・耳も赤い・・・」
耳たぶを、ふにふにと揉まれる。
「・・・起きるので、放してくださいませ」
「今日は、休みなんだ。朝食を食べたら、ロイヤルパークの温室へ行かないか?」
ロイヤルパークは、王室が管理している公園でガラスのドーム状の温室が有名だ。
貴族であっても予約をしないと入れないので、予約待ちでいっぱいだと聞いたことがある。
急に入れるものなのか聞くと、騎士団長として優遇枠があると言う。
「と、言っても連れて入れるのは、家族だけ。それも一人だ。どうする?」
「そうなんですね・・・。ぜひ、行ってみたいです」
クリス様が朝食は部屋で食べる、とメイドに伝え、久々にゆっくりと食事を摂る事が出来た気がする。でも一つ、気になる事が・・・。
「ナタリー嬢はよろしいのですか?」
「ん?子供じゃないんだから、大丈夫だろう?」
なぜ、そんな事を聞くのか心底分からないと言うような顔をして、クリス様が答える。
朝食を食べ終え、「支度が終わったら玄関ホールで待っている」と言ってクリス様は部屋から出て行った。クリス様のいなくなった部屋は、広く感じて寂しいと思う。
(私は王命だから仕方なく受け取ったただの褒賞だわ。寂しいなんて思ったらだめ。一緒に居られるだけで・・・)
身支度を整えて玄関ホールに降りると、シルバーグレーのスーツを纏ったクリス様が立っていた。
初めての顔合わせの時のスーツだ。今日はクラバットではなくクロスタイで、交差されている部分に緋色の宝石が飾られている。
「フィア。付けてくれているんだな」
クリス様は、私の胸元を飾るエメラルドのネックレスに目を細める。
「お気に入りなので」
「そうか。不在にしていて、他に何も贈った事がなかったな。今度一緒に買い物に行こうか」
「嬉しいです・・・」
今日は一段とクリス様が、優しい。見つめ合い、その深緑色の瞳に甘やかされている気分になり、自然と頬が緩む。
「おはよう!クリス!」
階段の上から、ナタリー嬢が声をあげて走り降りてくる。
ナタリー嬢は、クリス様の胸に飛び込むようにしてクリス様に抱きつく。
「おっと、ナタリー。危ないだろ?小さな子供ではないのだ」
「クリスなら、抱きとめてくれるでしょう?昔から、私には特別優しいもの」
二人はまるで恋人同士のように見つめ合い、微笑んでいる。ナタリー嬢は分かりやすく、クリス様が好きなのだろう。
クリス様は?クリス様が本当に結ばれたいのは、ナタリー嬢ではないのか・・・
思考が沈み込みそうになった時、アルが私の肩をぽんと叩いた。
「クリス様、早く出られませんと」
「え、朝食も別だったのに、どこへ行くの?私も行きたいわ」
ナタリー嬢は私にくるりと振り向くと、「いいわよね?」と確認してくる。
さっきまで、ちらりとも私を見る事は無かったというのに。
「ナタリー、すまないが今日はフィアと二人で出掛ける約束をしてるんだ。ロイヤルパークには、家族一人しか引率出来ない」
「じゃ、じゃあ、私とクリスが行けばいいでしょう?!だって、奥様とはいつでも行けるじゃない!私は王都にいる今しか行けないの!・・・奥様も、それでいいわよね?それとも、譲ってはくださらない?」
「え・・・私は・・・」
さあっと血の気が引き、指先が冷たくなる。ぎゅっと両手を強く握り込むと、クリス様の温かい手が私の手を取る。
「こんな強く握り込んだら、爪で手を傷つけてしまう」
クリス様は私の手を握ったまま、アルに「後は頼む」と言って馬車へと向かった。
「クリス!」
ナタリー嬢の喚く声と、それを宥めるアルの声が聞こえる。良いのだろうかとクリス様を仰ぎ見れば、にこりとほほ笑まれる。
「行こう、フィア」
その笑顔に胸が高鳴り、私もクリス様に微笑んで返した。
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