旅は続く
地竜より吹き出した鮮血が化粧のようにも芸術のようにも見えなくもない。
それにしてはグロテスクなことこの上無いが。
当人もそれに気付いたようで、一応袖で顔を拭おうとはするが、袖だって血まみれなので意味はない。
「あ、貴女は…… 一体……」
村長は言いたいことが沢山ありすぎた。
それが一気にあふれそうになった結果こんな抽象的な問いかけになってしまった。
「……名乗らなかったか? 確か村に来た時にも聞かれた気がしたんだが……」
「いやそういう話ではなく……」
「では不老不死の話か? 見ただろう? 私は嘘偽りを述べていない」
「どうして人の身でそんなことに……」
「私の父親が人魚の肉を食わせた。 その結果がこれだ」
彼女と彼女の家族が生きていた時代にあってはよく信じられていた。
しかし今となってはそのことを知っている人間は少ない。
「そんなことが……」
そう言う彼女の眼には当人の見かけの年齢と同じくらいの少女のそれとはひときわ異なる暗さが見えた。
村長は背筋に何か不快な感覚が走った気がした。
「試そうとは思うなよ。 禁忌を犯した結果町は波にさらわれ、一人になった私は永遠の時に取り残されることになった。 永遠と言うのは思ったほどいいものじゃない。 死ぬのにも一苦労だ。 今度こそはと思ったが残念だ。 何の変哲もないただの地竜だったとは」
「そうだ…… あれは何だったんだ!? 地竜……に何の力もないって」
村人の一人が叫ぶ。
もしリームの言うことが事実で、地竜には何の力もなく、この地を鎮めていたというのが嘘だとすれば……
「だとしたら……俺たちは……」
「そんなのは知らん。 だがな、もし仮に地竜の言うことが本当だとしたらどうなんだ?」
「へ?」
「災害から守っていたというのならどうだったんだ、と言う意味だ。 生贄を差し出すことも是としたのか?」
「それは…… 地竜の正体など関係ない。 わが身可愛さに他人を生贄に差し出していた事実は変わらないのだから。 もっとも、他の選択肢があったとは思えないし、そこは同情するがな」
嘘が見抜けず、いや見抜けたとしても地竜に抗う術が村人にあったとは思えなかった。
仕方ないだけの理由はある、それでも村人はうつむかずにはいられない。
それだけ人殺しの片棒を担いだ事実は大きい。
しかしそれ以上のフォローをリームはする気が無い。
心のケアは専門分野ではないし、そもそもそこまで手を回すだけの義理なんてない。
なので、リームは村人から離れ、隠されていた赤子のアリスを拾い上げ、アランのもとに行く。
「アリスとか言ったか…… 子供は無事のようだぞ。 で? 依頼のほうはどうする? さっきも言ったがお前はもうすぐ死ぬ。 何かあったときに娘をと頼まれてはいたが?」
「…………」
ほとんど虫の息の中発せられた声、もはや声と言っていいのかもわからないほどか細いそれは、それでもしっかりとリームの耳に届いた。
「了解した。 冒険者の仕事じゃないがついでと言うことでいいだろう。 報酬は……まぁお前からくすねた剣を折ってしまったしこれでいいか」
はじめリームが持っていた剣は彼女とアランが捕らわれていた牢にあったもの。
より正確に言えばアランが逃亡の際所有していて、投獄されたときに牢に保管されそのままアランが回収しないで、リームの見た感じ性能のよさそうな剣を持っていたのである。
結果、リームはアランが置いていったほうを持ったうえで地竜のところに向かうことになったのである。
「とはいえ流石に私の仕事には連れていけない、街に戻ったら信用できるところに預ける。 多少なら金銭的な援助はしてもいいだろう。 これでいいか?」
「…………」
頷いた……ようにも見えた気がした。
気のせいかもしれないが、それだけで契約はなされたということにしてアリスを引き取って街に帰ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」
それを村人が呼び止める。
「なんだ?」
「アリスを連れていく? そのうえどこかに預ける? そんな無責任な話があるか!? だったらこの村で育てたほうが……」
「自分を殺そうとしたやつしかいない村で?」
「う……」
そういわれてしまうと皆押し黙るしかない。
この村にはアラン以外に生贄に差し出すことを反対したものは居らず、それを殺そうとしたと言われても仕方は無い。
村人は皆、アリスの顔を見る度に今日のことを思いだすことだろう。
そんな人間囲まれているアリスもまた、不幸だ。
誰も幸せにならない。
「貴女の言う通りだ。 赦されようと足掻いたところで、我々にはその子の人生を預かる権利すらない。 赦される機会も与えられるべきではない。 お願いできますか?」
「この名に……《戦女神の瞳》が序列一位《不死姫》リーム=スタークの名において……」
***
「で? そのときもらった剣がこの包丁に?」
「ああ……所詮は安物の剣、仕事にはつかえん。 鍛冶屋に行ったら包丁二本分なった。 どうした? ずいぶん難しそうな顔をして?」
「いや…… 何かもうちょっと思い入れとかがあっても良い気がして……」
「そういうものか……?」
あれから七年、リームは結局アリスとはあれからずっと一緒にいる。
預けようとも思ったのだが、何だかんだあってそれが叶わず、自身の養女として育てていた。
七年たっても世間とのズレがイマイチ直らない母親の姿を見て精神年齢が身体以上に伸びているアリスである。
ちなみに彼女、リームの冒険にも結構付いて行っている。
その辺も大人びている理由だろうか。
「ああ、そうだ思い出したぞ…… この川を越えた向こうに村があったはずだ……」
「へぇ」
二人は今町を離れ、二人が出会ったあの村の近くを訪れていた。
と言っても、目的地は別にあり、ただ通り道にその村があっただけだが。
「寄るか?」
あれから一度も村に行っていないからもしかしたら自分の生まれた場所が恋しいのだろうかと思ったリームだが、アリスは首を横に振る。
「自分の生まれたところって言われても覚えてないしピンと来ないよ。 家族もお母さんしかいないんだし…………」
「そうか? だが困るな、私が死んだあとお前をどうしたらいいのか……」
頼る相手が居ないというのも困るな……そういうリームの顔は言葉とは裏腹にどこか満足げであった。
「寄る気が無いなら行こう。 異世界から来たという人間……見てみようじゃないか……」
二人は歩き出す。
旅はまだ終わらず、まだ続いていくのである……
二人のどちらかが生きている限り
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
スピンオフ書いてないで本編早うと思います?思いますよね。
その辺もいろいろ準備していることがあるので、近く活動報告でお知らせできればと思います。