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されど旅は終わらず

 今までで一番大きな地響きがあたりに響く。

 地竜がその巨大な前足を振り下ろした結果、地震のごとき揺れを起こした。

 その足の振り下ろされた先にいたのはリームであった。

 何を思ったのか彼女は前足を受け止めようとしたようだった。

 小さき人の身でである。

 そのあまりにも無謀な行為に及んだ者の末路は村長たちが目にしているとおりである。


 地面を抉る地竜の一撃。

 少し本気を出しただけのたったひと振りでこれである。

 やはり人の身でどうにかできるものではないのだ、そう村人たちが思い始めるころ。


 ブシッ!!


 誰もが信じられないものを見た。

 地竜の振り下ろされた前足の甲の真ん中より刃が飛び出した。

 剣の刃だ。


 「!? 何だ!?」


 さしもの地竜も驚いてその足を退ける。

 そこにいたのは全員の予想した通りあの冒険者の女だった。

 とてつもない力に踏み潰され地に倒れ伏していると誰もが思っていた。


 いやその認識は間違っていない。

 現にリームは未だ起き上がることができないままだ。

 その状態がどうであるかなど村人たちからすれば考えるまでもない。


 考えるまでもないはずなのだ。

 しかし皆、目の前にいる冒険者の女から目を離すことができなかった。

 身体中の骨が砕かれたのか、首や手足があらぬ方向に曲がっている。

 内臓だってひどい損傷をしていても不思議ではない。

 にもかかわらず、その右腕に握られた剣だったもの(根元で折れた結果柄の無い金属の刃だけになったので)が真上を向いている。

 たまたまそういうことにはならない。

 つまり、


 「生きているのか……? あの状態で?」


 誰かが呟くと、その声に呼応するようにビクッとリームの身体が揺れた。


 「ぬかったな…… 堅さはどうにでもなるだろうがそうか重さか…… そういえば踏みつけられたことは無かったな…… もっと内臓がはみ出るくらいであればあるいは……」


 しかも独り言をボソボソと話し始めた!

 それだけでも信じがたい事態なのに、ムクリと起きたではないか。

 身体中の骨も元通りに整復されていき、直ぐにその曲がりに不自然さは感じられなくなった。


 「な、何だ……? 何なのだ貴様はぁ!?」


 さしもの地竜も驚きを隠せない。

 今までの荘厳な態度が嘘のようだ。


 「貴様は……本当に人なのか……?」


 もはや驚きを通り越して恐怖だ。

 地竜も目の前の存在が何なのか計りかねているようだ。


 「人だとも、ただの不老不死のな」


 「不老不死!?」


 不老不死とは読んで字のごとく老いず、死ぬことの無い存在のことである。

 この世界では居ないわけではなく、あり得ないわけでもないと言えばそうである。

 しかしそれらは例えば吸血鬼の上位クラスであるとか、ノーライフキング(不死王)といった、かなり上位の存在であるはずだった。

 少なくとも数ばかりで脆弱な存在と分類される人間において不老不死はあり得ないはずであった。

 しかし、目の前で起こった出来事が夢や幻の類いでないなら、それは確かに不死であるが故のことであっると言わざるを得ない。


 「やはり恐ろしいか? 不死と言うのは地竜でも?」


 ドキリとした。

 地竜は内心焦っていた。

 しかし心の動揺を悟られまいとあくまでも普通にふるまっていたつもりだった。

 荘厳で落ち着き払った、強者の態度、とでも言うべきか。

 それを見透かされた気分だ。


 「恐ろしい訳があるか!! 我は地竜! 大地に混乱と畏怖をもたらす者!」


 「そうか…… そんなだったか……? まぁいい。 どのみちお前に私を殺すことは不可能だろう。 さっさと仕事を終わらせることにしよう」


 その瞬間、リームが消え、一瞬で地竜の前に現れる。


 ザシュ!!


 地竜の額に激痛が走った。

 斬られたのだ。

 恐ろしいことに地竜はその一連の動きを目で追うのが精いっぱいであった。

 地竜はその図体の大きさゆえに動きが緩慢になってしまう。

 人間がまとわりついてくる羽虫を払うのに苦労するのと同じだ。

 であるから懐まで飛び込んでくるすばしっこい相手が苦手だ。

 おまけに相手は死なない分、吶喊をためらうことが無い。

 相性が悪すぎる。

 一方のリーム。


 「ふむ……やはり折れたか…… ろくに手入れもされていない鈍は駄目だな」


 元々根元が折れていた剣、それだけだと柄が無くなっただけでまだ使いようがあったが(それでも刃の部分を握ることになるので普通はやらない)、先ほどの一撃で真っ二つになった。

 今度は真ん中からポッキリ行ったのでもう使えない。

 それを認識したリームはアランのもとに向かう。


 「まったく……お前が私の剣を持って行ってくれたおかげで出るのも一苦労だ…… どうした? もう虫の息なのか?」


 アランは答えない。

 答えられないのかもしれない。


 「そうか…… 悪いが薬の類いは無い。 エリクサーやポーションなんぞ要らないからな」


 何せ死なないし、負傷や病気がどれ程重篤だろうと回復してしまうのだから。

 アランが持って行ったリームの剣を取り上げ、地竜に向き直る。

 馴染みの武器を手にし、いよいよ本気であるように地竜には見えた。

 それを見て地竜は一歩後ずさり、


 「ま、待て…… 本当に我を狩るのか? それでいいのか?」


 「? 何をいまさら?」


 「村人は反対したはずだ! それもそうだろう、この土地が平穏なのも我がいるからよ! そうでなければこの地にどれ程の禍が……」


 「ああ、その話なら聞いている。 災害から守る代わりに生贄を差し出せと言う話だろう?」


 「そうだ! それでも我を殺すというのか!? 多くの命を奪うことになったとしてもそれでも我を狩るというのか!?」


 村人も村長もそこで事態の危なさに気が付く。

 もしリームが地竜を殺そうものなら、確かに天災が再びこの土地を襲うかもしれない。

 そうなったら……

 そんな村人たちの心配をよそに、リームはほくそ笑む。


 「ずっと気になってたんだが…… お前が天候を操っているというのか? 魔法も使えないお前が?」


 「なっ!?」


 その言葉に地竜も驚いたがそれ以上に村人も驚いた。

 魔法が使えないなら……どうやって天災から村を遠ざけていた?


 「そもそもこのあたりで酷い災害が起こったのは一回だけのはずだ。 170年ほど前のことだ。 あの時は神竜と天竜が小競り合いを起こしてな。 あれは大事だった。 都市は一個なくなるし、山は平原になるし、湖が干上がったかと思えば、もっと大きなものが気付いた時には隣にできていた」


 しみじみと語るリーム、反対に地竜は冷や汗が止まらない。

 いや竜なので汗はかかないが、人間の感覚で言うとそんな具合だ。


 「ああそうか。 この村を襲った天災と言うのもそれか。 地竜ごときでは尻尾を巻いて逃げおおせるだけで精いっぱいだろうな。 それで首尾よく村に流れ着いて畏怖されるばかりか、生贄ももらっていたのか…… 人ひとりでは対して腹も膨れないだろうに」


 「そ、それは……」


 「まぁ村を守っているという虚言が通じるうちは村人も黙っているだろうよ。 滅ぼされたくもないだろうしな。 おかげで自分の身も守れたという訳だ。 なるほど魔法も使えず四足でしか歩けない竜の中でも最弱らしい生き方だよ」


 「!!」


 リームの話は概ね当たっていた。

 神竜と天竜の小競り合い……と言うにはあまりに迷惑な厄災で安寧の住処を追われたこの地竜はこの地に流れ着いた。

 当時はけがを負っており、それ以上動くこともできない状態だった。

 そこはあまりに人が多い場所だった。

 実際すぐそばに(地竜の基準で)大きな町はあった。

 山奥に潜んで人界に害を及ぼさないなら人間も放っておくだろう。

 だが今回はどうだろうか?

 眼前に村があり、少し行けば町もある。

 人間が自分と敵対しない可能性もゼロではない。

 その点この地竜は非常に臆病でもあった。

 そして狡猾でもあった。


 飽くまでの特殊な状況下で起きただけの災害を鎮めたと偽り、自分がずっとこの地にいたことにして人間のほうが後から来た者の礼儀として生贄も要求した。(村人は災害から守ってくれる代償とか思っていたようだが)

 すべては自分を神格化するため、村人の抵抗を失くすため。

 思いのほか村が閉鎖的なのも幸いし、ケガが言えた後もとどまり続けた。

 ここなら安全に違いないと思って。

 しかしそれも終わりだ。

 すべてが暴かれた。

 おまけに目の前の女冒険者の動きを一切捉えられていない。

 詰みと言えるだろう。

 だからと言って地竜もその状況を簡単には受け入れない。


 地竜は最後に残った意地と飽くまでも人間より上の存在であるというプライドで身体を動かし、リームに襲い掛かろうとする。


 ザシュッ!!


 それでもリームが早かった。

 今度こそ地竜の頭は真っ二つになり、多量を血液を吹き出しながら、その巨体を横たえた。

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